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滑り込みセーフ。
(どうする)
目の前のエルフを倒したとして、里のエルフ全員と戦うことは避けなければならない。戦闘用の機巧術はナノマシンの消費量が激しく連戦の場合、黒松に搭載された自動ナノマシン生産スキルだけではいずれ供給が追い付かなくなる。そもそも本当なら、他の補給手段を見つけられていない時点で戦闘自体を極力すべきではない。ジェイルとの件は不意打ちが決まった上、相手の戦意が何故か低かったから消耗せずに済んだだけなのだ。
更にこの里の中から出る手段もはっきりとはしていない。設置型転移陣の説明を受ける前に里に来てしまったため、使用方法がゲームと一緒なのかどうかすら分かっていないのだ。今から思えば、それを見越して転移陣を使わずに里に招いたのかもしれない。考えれば考えるほど、目の前のティグの術中に嵌まってしまっている現状だけが明確になっていく。
「答えられないのかい?」
黙り続けるマリスに業を煮やしたように迫るティグ。
「…………正直に言うと、俺も混乱している。どこから話せばいいのか」
エルフは近親者の強い感情を読み取れる。それが他者に対して全く通じないと仮定するのは、危険過ぎる。ならばここは嘘をつかないで真実を言わないようにするしかない。
「気が付いたらこの森にいたんだ」
「森には結界が張ってある。部外者は森の奥深くまでは来れない筈だよ?」
声音はあくまで優しいものだが、明らかに強まっていく威圧感に息することも辛くなっていく。浅くなりそうな呼吸を落ち着けて、軽く深呼吸。
(立場が下の状態での圧迫面接なんて軽いコミュ障の自分には無理だ)
胸中で泣き言を漏らすマリス。かといって情報が揃っていない今、何時も通りのゲーム内でのマリスをなりきりするわけにはいかない。歯痒いが、まだその時ではないのだ。
「……いつの間にかだ。休眠カプセルを出たらもうここに着いていた。多分何かしらの事故で本拠地からカプセルごと飛ばされたんだろう」
「ふむ、休眠カプセルから目覚めたばかりか……」
自分が最初に抱いた仮説を全面に押し出した嘘の含まれていない回答に、腕を組み何やら思案し出すティグ。
「……覚醒遅れの個体かな」
(覚醒遅れ、未発見。ジェイルも似たようなことを呟いていたな)
「それじゃあ君の職業は機巧兵かな?」
先程より幾分圧を緩め聞いてくる。確かそれもジェイルが口に出していた職業だ。
「違う」
機巧兵は、機人種の戦闘系初期職業の一つでしかなく、もちろんマリスもゲーム開始時の初心者の頃に選択してはいたが、もう既に上位の職業へ転職している。
「そう。ということは本格的に野良ってことかな」
マリスの返答に小さな声でぶつぶつと呟いているティグ。よく聞き取れず、聴覚強化を行いたいところだが、機巧術の発動を敵対行動とみられるのは不味いので控える。
「じゃあ改めて聞くけど、君の目的は?」
「現状の情報収拾と当面の活動拠点の確保だな」
それ以外はまだ考えられない。当初は補給の面からも自分の本拠地が異世界ではどういう状態になっているのかが一番気にかかったが、今はそれよりも自分の種族が置かれている立場を正確に理解したいという感情が上回っている。
「多少怪しいけど、嘘は一個も無かったかぁ」
そう言うとこれまでの様子は何処へやら、んー、と手を上げ伸びをして、にへらっとだらしない笑みを見せるティグ。
「よかったー。娘の恩人とことを構えなくて済みそうだ」
心底安心した、と漏らすティグに彼もまた緊張していたことが分かる。チャイチェや里のエルフ達によれば滅多に揉め事すら起こらない平和な土地なのだそうだ。このような荒事には慣れていなかったのだろう。
「はぁ」
すっかり弛緩しきった表情でよかった、よかったと繰り返すティグを横目に、マリスもまた安堵の溜め息をついた。
「それじゃあ、お邪魔したね?」
相変わらず掴み所のない雰囲気を纏いながら、ティグは娘の待つ自宅へと帰っていった。
あれから、ゴメンねと偉く軽い態度で謝るティグを睨み付けつつも今後の方針について話し合い、この里に止まることが決まった。
また他にも、里で暮らすのは構わないがエルフ達は機人種を怖がったり嫌ったりしているので正体は隠すべき、チャイチェとテュケーに対しても秘密にして今後も凄腕の魔法使い()風に振る舞った方が良いなど。里で暮らしていくための幾つかのレクチャーを受けた。
そう言うティグ自身は機人種への嫌悪感や恐怖は無いのか聞いてみたが、なんでも機人種の友人が里外にいるそうで、悪感情は特に持っていないとのことだ。その友人もティグ曰く“野良”の機巧術使いらしい。機会があれば会って話を聞いてみたい所だ。ついでに世間での機人種の立ち位置についても詳しく知りたいと聞いてみたが、それについてはまたいずれ、と言葉を濁し話してはくれなかった。
謝礼についても改めて話し合った。里の外れにティグの保有する使っていない土地があるらしく、愛娘を助けてくれた御礼にそこを暫くの間は自由に使って構わないとお墨付きを貰うことが出来た。
(仮拠点はこれで何とかなりそうだ)
ベットに横になり、一日目にしてトントン拍子で事態が進んでいく現状を整理する。
(情報については大体揃いつつある。あと欠けているのは本拠地の現在の状態と機人種の扱い、その根本にある何かだな。本拠地については拠点さえ何とかなれば多分何とかなる)
機人種と他種属との溝。恐らくは迫害されるに値する“何か”が起こったのだろう。それが分かれば此方も対応を練ることが出来る筈だ。問題は、それを誰も話したがらないことだが──。
白竹の内ポケットへ手を伸ばし、細長いボールペンのような銀の筒を取り出すマリス。
(こいつに聞けば良いだろう)
お喋りの上手な盗賊を思い浮かべ、銀筒を手の中で転がした。
感想よろしくお願いいたします。