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第7話 思い出すのは、彼との思い出 下

 大きな屋敷、広い庭園、子供の私にも敬いを忘れないメイドに騎士達。

 どれをとっても、レベルの高さが極まっていると言える場所。

 流石は公爵家、と私は睨みつけるようにその玄関を見つめていた。


 けれど、圧倒されるよりも、遂に来てしまったかと言う感慨の方が大きい。

 だってこれから、婚約者……という名目の人物に会う事になるのだから。

 男……男である。

 とてもではないが無理だ。

 僕としての記憶が、そう叫んでいる。

 だって男の人といちゃついてナニするなんて……。

 あぁ、考えるだけでも頭が痛くなってくる。

 でも、会わなければいけないのが、貴族としての辛いとこ。

 両親の顔を立てなきゃ、公爵殿の機嫌を損ねるとあってはいた仕方なし。

 そう言う訳で、ここまで来たのだ。


『マリア、分かっていますね?』


『……はい、お母様』


 最終確認といわんばかりにお母様は訊ねて来て、お父様は頷いた私に無言で軽く肩に手を置いた。

 二人揃っているのは、私に頼みごとをする様な感じである事。

 そのせいで、無碍になど出来なくなってしまっている。

 本当に、大人って汚いと思えてしまう。

 けど、これが貴族の付き合いなのだから、そういうものだと割り切るしかなかった。 


 そうして決心した私を見たお父様は、公爵殿の使用人に言って、扉を開かせた。

 さぁ、ここからが勝負の始まりと言えよう。

 軽く息を吸って、私は屋敷の中に踏み込んだ。

 ほら、出てくるなら公爵でもお化けでも、出てくればいい!!


『ようこそいらっしゃいました』


 出てきたのは、お化けでは無くて物腰柔らかな使用人であった。

 白髪眼鏡にタキシードを着込んだご老人で、無性にセバスチャンと呼んであげたくなるような。

 彼に目をやってから屋敷の中を見渡すと、絵が飾ってある額縁が数点に、何かムキムキの男の人の銅像が飾ってあった。

 飾ってある絵も、馬に騎乗した騎士や訓練風景などを描いている物など、一目見ただけで察してしまう家柄だった。

 よくよく見てみると、廊下の方には全身鉄の鎧があるのも見えるし。


『旦那様はこちらでお待ちです。

 ただいま、ご案内いたします』


 けど、そんな家でも、老執事はそれを感じさせない柔らかさを持っており、安心させてくれる物腰であった。

 無骨すぎる家の中で、安らぎの様なものを感じさせてくれる。

 恐らくこの家に私が生まれていたら、爺や爺やと呼んで慕っていただろう。

 そんな彼に私と両親は案内されて、屋敷の廊下の方へと進んでいく。


 余所の貴族の家は珍しくて、私はおのぼりさんみたいにキョロキョロとしてしまっていた。

 廊下の窓から見える光景は、ギリギリ見える訓練場で騎士達が己を鍛えているもの。

 みんな筋肉モリモリの変態に違いない。

 そして植林されたであろう木の木漏れ日がとても眩しくて、家の廊下を連想してしまい、少しだけ親近感を覚える。

 このお屋敷は好きそうになれそうだった。

 ……婚約者や結婚は嫌だけれど。

 そうして歩き続けていると老執事は足を止めて、こちらに振り向いた。


『こちらの部屋になります』


 ほっとさせる笑みで老執事は言って、そっと手を当てていた個室のドアノブを回す。

 カチャ、と軽い音が響いて、扉は開いた。

 心の準備もまだ出来ていなかったけれど、呆気ないほどにその時は訪れたのだ。


 私の視界には、きちんと部屋の中が全て見えた。

 その部屋の中には、一人の男性と男の子が立っていて。

 どちらも金髪で、蒼い目をしている。

 どこか不器用そうな表情が、この二人は親子なんだとの証左であると感じられた。

 けれど、私の眼には男の子の方に強く目が引きつけられて。


 ――何故だか、強い既知感を感じた。


 決して、一目惚れとかそんなものではない。

 でも、この男の子は知っている……様な気がする。

 直接は会った事がないけれど、それでも何処かで見た事がある気がするのだ。

 何処でかは思い出せない。

 だけど、確信にも似た感覚が、私を強く揺さぶったのだ。


『貴方は……』


 口を開いてしまっていた。

 けれど、何を言えばいいのかが分からなくて。

 困ったように、私よりちょっと背の高い男の子を見上げていたのだった。

 ムスっとしている、彼の横顔を。


 すると男の子も私を見返してきて。

 透き通るような目が、私の心を覗き込もうとしている様に感じた。

 思わず、目を逸らしてしまう。

 だって、まるで心の中を覗かれている様に感じてしまったから。

 気恥ずかしさと怖さが混ざって、まともに男の子の事を見れなくなったのだ。


 そうして、私達は沈黙して。

 親達もじっと私達を見守っている。

 どこか私にとって気まずい沈黙であった。


 私達は言葉もなく立ち尽くして、チラリと視線を向ければ目が合ってしまい、直ぐに下に俯いてしまう。

 目を合わせるのがちょっと怖いのだ。

 心の底まで暴かれるのではないかと、そんな訳がないのに思ってしまって。


 そんな私の中で燻ぶる既知感。

 彼を知っていると、心が囁く。

 不気味で、怖くて……でも、気になってしまう。


 蟻地獄の中にいるような感覚。

 何れは思考の奥底まで、私は引きづられて抜け出せなくのでは無いかという錯覚まで感じてしまう。

 それほどに、謎と不思議に満ちた彼。

 なので私は彼をチラチラと見てしまい、気にしてしまう。

 まるで気になっている男の子に、構って欲しそうに見えるくらいに。

 ……そんな行動ばっかり取っていたからか業を煮やした彼が、言葉を発した。

 私にとって、魔法にも近い効力を持った言葉だ。


『フェルディナンド・チャーチル』


 彼は、その名を告げた。

 ひどく素っ気ない声で、けれども私を確実に揺さぶる一撃でもあったもの。

 私の中でナニカが繋がったのだ。

 記憶の断片と自身のこと、それらの整合性がパズルの様に組み上がったのかもしれない。

 だってそれは、私の知っている知識の一片であったから。


 フェルディナンド・チャーチル、それは私が前世で妹から借りていた乙女ゲー『貴方と私で鳴らす鐘』の攻略対象の名前。

 その名前を聞いて、容姿と見事に適合したのだ。

 そして私の立ち位置も、正確に理解した。

 このゲームの、悪役令嬢であることを。


 自分の事は全く気が付かなかった。

 何故なら、私とゲームのマリア・アスキスには決定的に違うところがあるから。

 それは、表情の多くを司る目という部分。

 ゲームの中の彼女は、常に強気で貴族令嬢たるに相応しき堂々さを持っていた。

 しかし私は、前世の小市民的な雰囲気が前面に出てしまっていて、常に惚けた目つきになってしまっていたのだ。

 容姿が幼くて、未だに従来のゲームの姿とはボヤけてしまっていたのも大きい。

 お陰で、すっかり気付かずに今まで過ごすという失態を犯していた。


 うん、情報が頭の中に広がるようだ。

 混乱している、自分でも分かるほどに。

 冷静な部分で思考はしているが、他の部分は大いに役立たなくなっていた。

 え、とか、は? とか、ふぁ!? とか、色々な擬音が頭に沢山湧いている。

 総じて、何故に!? と衝撃を受けている気持ちが強いのであろう。

 目に見えて、私はあたふたしていた。


 そしてそれを、両親達は急に挨拶されて戸惑っているのだと受け取って。

 ほら、挨拶を返さないと、と優しく言ったのだ。

 私としてはそれどころではないが、思考も纏まらないのでそのまま両親の言う通りに自身の名を告げる事になっていた。


『マリア・アスキス、です』


 声はかなり硬かった。

 緊張していると受け取られても、おかしくない程に。

 だからか、公爵殿は私とフェルディナンドを見て、息子同様にやや硬めの表情で、こんな提案をしてきたのであった。


『ここは若い者同士で語り合うのが良かろうて。

 子供にとって親がいるというのは、どうにも居心地が悪かろう』


 それを聞くと、私の両親も”ご尤もかもしれません”なんて言って、ポンポンと私の頭に手を置いてきた。


『失礼の無いように、よ』


 お母様は耳元でそう囁いて、公爵殿やお父様と一緒に出て行ってしまった。

 私は制止しようとして、けれどもそれも間に合わずに。

 気が付けば、この部屋でフェルディナンドと二人っきりになってしまっていたのだ。


『――――』


『――――』


 しかも、お互いにあまり喋るタチではなくて。

 親達がいた時よりも、更に深い沈黙の霧が、私達の間に立ち込めてしまっていた。

 それも、どちらも積極的に晴らそうなんてしない消極性の塊で。

 だから私たちは、チラチラと互いを見つつも、やはり会話は途切れてしまっていた。


 私は混乱中で、フェルディナンドは不器用で会話の種が見つけられない。

 だから私は、まずは自身の混乱を収めることに尽力していた。

 このままでは、迂闊に何かを喋ったら、いらない事まで漏らしてしまいそうだから。

 なので、深呼吸を何回もして、只管に落ち着こうと努力をする。

 フェルディナンドが困惑したように私を見ているが、そんな事は知ったことではない。

 すぅーと息を吸い、はぁー、と吐く。

 それを何回を繰り返して、ようやく落ち着きを取り戻してきた。

 そうだ、別にそんな事に気付いたからといって、この世界が崩壊する訳ではないのだから、と。

 どうにか、そう言い聞かせて混乱は収まった。

 細かい事は、帰った後にでも考えれば良い。

 そう一先ずは結論づけて、私は前を向いた。

 彼、フェルディナンドと視線を合わせたのだ。


『……好きな、食べ物は?』


『はい?』


 そうしたら、急にフェルディナンドがそんな事を聞いてきた。

 ちょっと考えてみたが、恐らくは彼なりに私との共通の話題を探していたのだろう。

 しかしそれが好きな食べ物の話題など、不器用さここに極まれりと言える。

 だけれど、やはりコイツは悪い奴でないと、そう印象付けられるものがあった。


 ゲーム本編でも、マリアとすれ違って悩んでいてい、それを主人公たるリセナに相談に乗ってもらっていたのだ。

 お陰で余計にすれ違うなどと、不器用さを存分に発揮してしまっていたが。

 けれど、プレイしている時はバカだなぁ、とは思っても、そこまで嫌いに離れなかった人物だ。


『……好きな食べ物は、リンゴです。

 飲み物は紅茶で、ミルクを入れるととても柔らかい味になります。

 お菓子と一緒に食べると至高で、アップルパイとは素晴らしい組み合わせです』


 それを思い出したから、彼なりの頑張りに応えて、珍しく饒舌に喋っていた。

 食べ物、子供舌にチェンジしていた私の、胸焼けしてしまいそうなラインナップを。

 彼からすれば、あまりにズレているであろう食べ物のお話。


『そうか、俺は肉が好きだ。

 香草焼き何かは癖になる』


 私は自由に喋っていたが、彼も大概マイペースに喋る。

 交互に、自分の好きな食べ物の話をしていった。

 とてもではないが、貴族の婚約者同士でする内容ではない。

 けれども、この時ばかりは気楽であった。

 何にも囚われずに、自由であったから。

 会話というにはキャッチボールでなく、おお振りの主張同士であったが、別段困った事にはならなかった。

 今はただ、沈黙の方が気まずかったのだから。


 そういう訳で、会話すること三十分。

 互いにネタが切れて、口篭り始めた時に、ようやく両親達が戻ってきた。

 その時になって、ようやく緊張の色が緩んだといえよう。

 助かったと、素直にそう思ったのだから。


『どうだったか』


 入ってきて早々に、公爵殿がそんな事を聞いてきて。

 私は何も言えずにモゴモゴしていると、代わりにフェルディナンドがこんな事を言ったのだ。


『……彼女が良いのならば、俺も良い』


 そんな、私に責任が重たくなるようなことを。

 ギョッとして彼を見ると、非常に真摯な顔で私を見ていた。

 偽らざる本音、といったところ。

 面倒になったから判断を投げたのではなく、私が良ければ本当に婚約者になっても良いと思っているのだろう。


 思わず、顔が引き攣りそうになる。

 だって、意外に重いのだ。

 私が決断して、決めなくてはならない。

 しかも男と婚約者になるというもの。

 あまりの事態に、言葉が出なくなる。


 けれども、この部屋にいるみんなが、私を見ている。

 答えないわけには、いかなかった。


『……よく、分かりません』


 結局、私から出たのはそんな情けない言葉。

 本当は嫌だけれど、フェルディナンドと一緒にいたら、場合によってはリセナとくっ付いて別れられるという打算もあった。

 だから、こんな誤魔化すような言葉を吐いたのだ。

 全く持って、我ながら酷い奴だといえる。


『……わかった、ではこうしよう』


 そして私の回答を聞いた公爵殿は、こんな提案をした。

 それは、妥協といっても良い類のもの。


『今は、仮の婚約者として、これからも様子を見ていこう』


 その提案がなされた時、両親は一も二もなく賛同していた。

 恐らくは、あれだけ嫌がっていた私が迷っているから、可能性の蔦はしっかりと握ってようと考えたのであろう。

 ちゃっかりしている。


 そして私は、一日公爵家にお泊りしてからアスキスのお屋敷に帰る事となった。

 その時に劇的な何かがあったという事はない。

 一番フェルディナンドと喋っていたのは、あの時の自分が好きな食べ物の時だけ。

 それ以降は一緒の場にいても、めっきりと喋らなかったのだ。

 何事もなく、何事も流れて、私はチャーチル公爵家のお屋敷を跡にしたのだ。

 別れ際のフェルディナンドの姿が、困ったような表情だったのが、何だか印象的であった。


 以後、あの好きな食べ物の事を喋った時以上に、話すことなんてなかった。

 きっと、あの時はある意味特別であったのだろう。






「という訳で、次の実習は気を付けるように。

 では、今日の授業はこれまでとする。

 各々、しっかりと予習をしておくように、以上」


 ガラリと、先生が扉を開けて出て行ったところで、ようやく私は今が授業中であったと事を思い出した。

 ノートを見ると、板書の半分しか書けていない。

 思わず、顔が引き攣る。

 まずいと、そう本能が囁く。


「あの、黒板は私が消しますから、暫くそのまま置いてもらっていても良いですか?」


 だから恥ずかしいけれど、日直当番である人にそう告げて、黒板を消すのを待ってもらった。

 当番の人からはとても意外そうな顔をされてしまって。

 優等生の私が授業中にぼぉっとしていたのが珍しかったのだろう。

 私も、恥ずかしくて持っている羽ペンを強く握ってしまう。


 ――これもそれも、全部急に話しかけてきたフェルディナンドが悪いんだ。


 そう責任転嫁をして、私は黙々とノートの続きを取り始めた。

 何時か、ちょっぴり仕返ししてやろうと心に決めて。

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