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第8話 夕焼けの教室にて

 夕暮れ時、黄昏の空はかくも淡い色をしているのだろうか。

 全てが曖昧で、もしかしたら私の影法師は僕になっているのかもしれない。

 だとしたら、どうなるのだろうか……。


 などと夕日の見える一人だけの教室で、ロマンチシズムな事を考えつつ私はため息を吐いた。

 所謂、現実逃避の一つであろうと言える。

 何故そんな所以なため息を吐いているかといえば、有名人になってしまったから。

 これが良い意味ならば気恥ずかしいだけで済むだろうが、生憎と大やけど間違いなしな私。

 好奇とか嘲笑とか、あと何かキラキラした視線とかを一身に受け、初日ながらグロッキーという情けなさ。


 あれである、動物園の動物たちの気持ちが分かった気がする。

 見られすぎてストレスでポックリ逝ったと前世のニュースで見たことがあるが、それが痛いほどに理解できる。

 君たち、見世物じゃないのよ? と言ってやりたい。

 ……まぁ、私自身が何か言っても、焼け石に水な上に余計面白がられるだけなのだけれど。


「アスキスさん、こんな所に居たんですね!」


「あら、アトリーさん」


 そんな一人黄昏る私の所に、急にリセナがやってきた。

 彼女の姿を見た時、ちょっと頬が緩んでしまったのを自覚する。

 彼女は味方で、友達で、勇気のある人だから。

 傍に居てると、不思議と安心を抱けてしまうのだ。

 流石は乙女ゲーの主人公、と褒めて然るべきか。

 ……いや、そうじゃなくてリセナだからか。


「うーむ」


「どうかしましたか、アスキスさん?」


 口元に人差し指を当てて考え始めた私を、リセナが不思議そうに覗き込んできた。

 疑問と心配の半々といったところが、彼女の人の良さを現している。

 それを見て、やっぱりリセナだからだと一応の結論をつけた。

 この娘の良い子さが、今の私にとっての癒しであると感じながら。


「ううん、アトリーさんは優しいなって思ってただけよ」


「え? いきなりどうしたんですかっ」


 私が告げると、リセナは照れたように顔を赤らめて、どうしたのかと私を見ていた。

 何にしても反応が素直なのは大変宜しいことである。

 わかりやすくて、私としてもホッとするから。


「わざわざ私を探してこんな所まで来たんでしょう?」


「そんなの、友達だったら普通の事ですよ!」


「えぇ、そうかもしれないわね」


 単に、彼女がお話したいから私を探していただけかもしれない。

 けれども、その素朴さが、今の私にとってはとても心地が良い。

 一緒にいるだけで、本当に落ち着ける。

 友達と一緒に知るという、どこか懐かしい感触を味わえているから。

 それが堪らなく、好いと感じるのだ。


「でもね、私はその普通が好きよ。

 一緒にご飯を食べて、お話して、笑い合う。

 アトリーさんも、そういうの好きでしょう?」


「……そうですね。

 私も、アスキスさんと一緒のものが好きです」


「フフ、ありがとう」


 私が告げると、リセナははにかんだ。

 些細なことだけれども、僅かなことで幸せを感じられたから。

 貴族とか、女の子の機微とか、私はそういう事に疎いけれど、リセナの場合はそんな事を気にせずに話せるのも大きいだろう。

 簡単に言えば、リセナの傍にいると安心してしまうのだ。

 思わず隙だらけになってしまいそうなほどに。


「そういえば、一応聞いておくけれど、私に何か用?」


「あ、いえ、姿が見えなかったので、思わず探してしまっただけです」


「私は迷子の子供なのかしら?」


「そ、そんな事はないですよ?」


「何でどもってるのよ」


 それでは本当にそう思われていたようで、何だか癪である。

 私は断じて迷子の子猫ではなく、またリセナは犬のお巡りさんではないのだから。

 リセナはどこか犬っぽいかも、と言われれば否定はしないが。


「ま、まぁ、そんなことよりもです!」


「露骨に誤魔化したわね」


 目が泳いでるリセナに、冷たい一瞥を送る。

 あまり私の名誉に傷をつけるような真似は止して貰おう的な意味を込めて。

 ……尤も、私の名誉などは既に殆ど残っていないのだけれど。


「アスキスさんは、今度の実習で誰とパーティーを組みますか?

 もしまだなら、私と組んで欲しいです!」


「実習?」


 もうちょっとリセナを睨んでいようと思ったが、気になる単語が出てきた為に、興味がそちらの方に移る。

 今日のところはこれくらいにしてやる、ということでもう少し詳しい内容を突っ込んで聞いてみる。


「何かあったかしら?」


「えっと、二週間後の実習で、パーティーを組んで森の中を探索するって、確か先生が授業中に言ってたんですけれど、聞いてませんか?」


 おかしいな、とリセナが首を傾げていた。

 私も同じくそれに倣う。

 覚えがない、さて、どうだったであろうと。


「どの授業?」


「魔法倫理学の授業ですね」


 魔法倫理学、魔法を使うにあたっての心構えや在り方を説かれる授業。

 ……私が、フェルディナンドの事を思い出して、意識を飛ばしていた授業でもある。

 あー、なるほど、そういうことか。


「ごめんなさい、ついその授業の時はボーとしていたものだから」


「あぁ、色々とあって疲れてますもんね」


 気遣わしげな目を私に向けるリセナ。

 でも、確かに疲れてはいるが、今回はフェルディナンドのせいであって、あれその云々は関係ない。

 だから大丈夫と私は言って、彼女に尋ねる。


「その実習、他のクラスの人とも組めるのよね?」


「っはい!」


 私の言葉を聞いて、ドキドキしているように顔を赤らめて見つめるリセナ。

 可愛らしくて、頭を撫でたくなってしまう。

 そんな彼女に、私は言ったのだ。


「なら、こちらからも喜んでお願いするところよ。

 頼みますわ、アトリーさん」


「あ、ありがとうござます!!」


 嬉しそうにリセナは私に寄ってきて、手を握ってブンブンと振り回す。

 私としても嬉しくて、彼女をそのままにさせておくのだけれど。


「よろしくお願いするわ」


「こちらこそ、です!」


 こうして、私達は約束した。

 ちょっと楽しみかも、と思っている自分もいる。

 そうして二人で一通り喜んで……私は、ふと気がついたのだ。


 ――あれ、これって攻略対象とのイベントじゃない? と。


 思わず、ダラダラと汗が流れていくのを感じる。

 もしかして、やらかした?

 そんな疑問に、誰も答えるはずはない。

 ちょっと乾いた笑いを浮かべてしまう。


 ……けど、そのせいで過敏になっていたのか、何だか気配を感じた気がした。

 衝動的に振り向いた……が、そこには誰もいなくて。


「どうしましたか、アスキスさん?」


「いえ、何でもないわ」


 頭にハテナマークを浮かべているリセナに、やっぱり私は疲れてるのかも、と思うこの時であった。

手がかじかんで、キーボードを打つのが辛いです……。

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