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第1話 母親の顔をした怪盗

第1話 母親の顔をした怪盗


貧民街の朝は、共同井戸の滑車が鳴る音から始まる。マレナは六畳ほどの台所で、昨夜の豆のスープを温め直していた。灰色のワンピースには何度も縫った跡があり、袖口には薬草の汁でできた緑色の染みが残っている。窓辺の欠けた鉢では、ルカが市場で拾ってきた黄色い小菊が二輪咲いていた。


「お母さん、今日はお肉が入っているね。冒険の仕事でもらったの?」


六歳のルカは寝癖のついた髪を手で押さえながら、鍋をのぞき込んだ。スープには一口分の燻製肉が三切れ浮かんでいる。マレナは二切れを息子の器へ入れ、残りの一切れを自分の器へ落とした。


「昨日の薬草採取がうまくいったのよ。依頼人が多めに払ってくれたの。冷める前に食べなさい」


嘘だった。昨日の薬草採取でもらった報酬は、銅貨十二枚だけだった。燻製肉も、棚にある黒パンも、裕福な宝石商から盗んだ指輪を売った金で買ったものだった。ルカは母親の言葉を疑わず、木の匙で肉を小さく切って食べた。


朝食後、マレナは井戸で洗った服を窓際へ干した。ルカの靴下は踵に穴が開き、下着には三種類の布で継ぎが当てられている。冬が来る前に新しい物を買わなければならないが、薬草採取だけでは薪代にも足りなかった。マレナは濡れた靴下を広げながら、昨夜の盗みは必要だったと自分へ言い聞かせた。


「貧しい人からは盗んでいない。あの宝石商には、指輪が百個もあったもの。一つ減ったところで、朝食の肉が小さくなるわけではないわ」


「お母さん、誰と話しているの?」


「小菊よ。水をやりすぎると根が腐るから、我慢しなさいと言っていたの」


ルカは鉢をのぞき、花は喉が渇いたと言っているように見えると答えた。二人は水をやるかどうかで少し言い合い、最後には匙一杯だけ与えることにした。ルカが匙を傾けると、水は土ではなく窓枠へ半分こぼれた。マレナは文句を言わず、洗ったばかりの布巾で拭いた。


昼前、マレナは冒険者ギルドへ向かった。腰には短剣と鍵開け道具を下げ、擦り切れた茶色の外套を羽織っている。石畳の脇では赤い実をつけた蔦が壁を覆い、焼き栗の露店から甘い匂いが流れていた。財布には昨夜の金が残っていたが、マレナは銅貨を使わず、匂いだけを吸い込んで通り過ぎた。


冒険者証には、職業が盗賊、等級が最低の木札級と記されていた。盗賊になって五年もたつのに、マレナは一度も昇級試験を受けていない。モンスターから素材を盗むより、人間の屋敷から財布を盗むほうが簡単だった。罠解除や補助魔法を覚えなくても、夜の仕事には困らなかった。


「マレナ、今日も薬草採取か。盗賊なら、洞窟の宝箱を開ける依頼を受けたらどうだ?」


受付係のロッタが、依頼札を一枚差し出した。彼女の机には飲みかけの山羊乳と、砂糖をこぼした跡がある。マレナは札へ書かれた報酬を見たが、洞窟という文字を見つけるとすぐに戻した。


「洞窟には毒針の罠があるのでしょう。私、昨日から指を痛めているの。薬草なら片手でも摘めるわ」


「その指、さっき財布の紐を結ぶときには動いていたわよ。訓練場へ通えば、毒針くらい解除できるようになる。行動短縮魔法も覚えないと、いつまでも一人で低級依頼をすることになるわ」


「一人のほうが報酬を分けずに済むもの。それに、夕方までには息子を迎えに行かなければならないの」


マレナは薬草採取の札を取り、逃げるように受付を離れた。掲示板の横では、新人盗賊たちが罠の構造を教わっている。教官が細い金具を差し込むと、箱の蓋が音もなく開いた。マレナにもできそうに見えたが、失敗して笑われる自分を想像すると、足が訓練場へ向かなかった。


町外れの草原では、薄紫色の野菊が風に揺れていた。マレナは薬草を摘み、根についた土を払って籠へ入れた。昼食は朝の残りの黒パンだけで、冷たく硬くなっている。歯でちぎりながら数を確認したが、依頼に必要な量にはまだ半分も届いていなかった。


近くの森から、角兎が一匹現れた。角兎の毛皮は冬用の手袋に使えるが、マレナはモンスターから物を盗む技能をほとんど鍛えていない。試しに背後から手を伸ばしたものの、角兎は彼女の指へ噛みつき、草むらへ逃げた。赤くなった指を口へ入れながら、マレナは顔をしかめた。


「人間の財布なら、目を閉じても盗めるのに。どうして兎一匹から毛皮を盗めないのよ」


夕方、採取した薬草をギルドへ納めると、報酬は銅貨十二枚だった。共同保育所へルカを迎えに行く途中で、マレナは焼き栗を一袋買った。紙袋の底には小さな栗が七つしか入っていない。ルカは一番大きな栗を母親へ渡し、自分は割れて形の崩れたものを選んだ。


「お母さん、冒険のお仕事は大変だった?」


「角兎と戦ったわ。とても恐ろしい敵だったけれど、お母さんが勝ったのよ」


「すごい。角を取ってきた?」


「今日は見逃してあげたの。あの兎にも、帰りを待っている子どもがいるかもしれないでしょう」


ルカは母親を立派だと言い、手をつないで歩いた。マレナの指には角兎に噛まれた痕が残っていたが、隠すように手を握った。薬草採取の報酬だけでは、焼き栗と今夜のパンを買えばなくなってしまう。明日の薪をどうするか考えると、夜の仕事へ行かないという選択は浮かばなかった。


帰宅すると、ルカは上着を脱ぎ、窓辺の椅子へ座った。薄茶色の上着は袖が短くなり、右肘の布がほつれている。マレナが夕食を作っている間に、ルカは裁縫箱から針と黒い糸を出した。小さな指で針穴へ糸を通そうとするが、何度やっても先が曲がった。


「危ないから、お母さんがやるわ。針を貸しなさい」


「自分でできるよ。お母さんは冒険で疲れているでしょう。ここだけ縫えば、冬もまだ着られるから」


「袖が短すぎるわ。手首が全部出ているじゃない。そんな上着では、雪が降ったら寒いわよ」


「手袋をすれば大丈夫。去年の手袋も、お母さんが縫ってくれたから、まだ使えるよ」


マレナは鍋の前に戻り、干した豆を木の匙で混ぜた。今夜のスープには肉がなく、塩も残り少ない。背後では、ルカが針を落とすたびに床を探す音がしている。やがて指を刺したらしく、小さく息を吸う声が聞こえた。


その夜、ルカが眠った後、マレナは床板の下から黒い衣装を取り出した。昼間の茶色い外套を脱ぎ、体へ沿う黒い上着と細身のズボンに着替える。短剣、針金、音を消す粉を腰へつけ、最後に黒い鳥をかたどった仮面を顔へ載せた。鏡の中から、母親ではなく怪盗「夜鴉」が彼女を見返した。


今夜の目的は宝石ではなかった。王都から来た高級服飾店が、冬物の展示会を開いている。店主は貴族を相手にしており、子ども服一着で貧民街の一家が半年暮らせるほどの値をつけていた。マレナは金持ちから一着もらうだけだと、自分へ言い聞かせた。


屋根から屋根へ移り、服飾店の二階窓へたどり着いた。鍵は複雑だったが、人間の作った鍵ならマレナに開けられる。針金を二本差し込むと、錠は小さな音を立てて外れた。店内には新品の布、乾燥させた香草、防虫用の樟脳が混ざった匂いが満ちていた。


月明かりの中に、子ども用の外套が並んでいた。赤い毛織物、青い厚手の上着、兎の毛皮をつけた白い外套もある。その中央に、銀色に輝く小さなコートが飾られていた。月織りのカシミヤで仕立てられ、襟元には雪の結晶が刺繍されている。


マレナはコートへ手を伸ばした。ルカがこれを着れば、雪の日にも手首を隠せる。針で指を刺しながら、古い上着を繕う必要もなくなる。そう考えたとき、眠る前に聞いた息子の声が耳へ戻った。


――お母さんは冒険で疲れているでしょう。


マレナの指先が、銀色の布へ触れた。柔らかなカシミヤは、貧民街の店で売られているどの服とも違っていた。彼女は一度だけ手を引いたが、やがて展示台からコートを外した。胸へ抱えると、息子の体ほどの重さもなかった。


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