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誰も知らない僕の本当の名前  作者: ユタカ
誰も知らない僕の本当の名前

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20/26

握り潰された希望と、大根役者の涙

精神鑑定は、冷たく白い無機質な部屋で、数週間にわたって行われた。

複数の精神科医から、生い立ちや事件当夜の記憶、そして「僕が竹原聖である」という事実について、何度も何度も繰り返し質問された。僕は嘘をつけない。ただ真実を語り続けた。

しかし、その結果は僕たちにとって最悪のものだった。

『被告人の主張は極めて非現実的であるが、受け答え自体は論理的であり、意識障害や思考の解体は認められない。よって、事理を弁識する能力(責任能力)は完全に備わっていると判断する』

つまり「嘘をつき通しているか、都合の良い妄想を抱いているだけで、頭は正常である」という残酷な烙印を押されたのだ。

そんな絶望的な報告を受けたのと同じ頃。面会室を訪れた高橋さんは、ボロボロに泣き腫らした顔で僕と中田弁護士の前に座っていた。

「……見つけたんです。山川を」

高橋さんは震える声で言った。彼女は休廷期間中、執念の捜索でついに山川の居場所を突き止めていたのだ。彼はボランティア団体を移り、何食わぬ顔で別の街で活動を続けていたらしい。

「彼にすがりついて、お願いしました。あの動画を提出してほしい、法廷で証言台に立ってほしいって。……でも」

高橋さんの脳裏に、数日前の忌まわしい光景が蘇る。

出待ちをして声をかけた高橋さんに対し、山川はまるで汚物を見るような目を向けたという。

『動画? 魔法? ……ああ、あの気味の悪いホームレスのジジイのことですか。何を言っているのか知りませんが、うちの娘は韓国で整形手術を受けたんです。変な言いがかりはやめていただきたい』

『嘘をつかないでください! あの子は今、無実の罪で裁かれようとしてるんです! あなたが真実を話してくれれば――!』

『いい加減にしろ。人殺しを庇うような詐欺師の弁護士事務所が、善良な市民に嫌がらせですか? これ以上つきまとうなら、警察を呼びますよ』

山川は、新しく生まれ変わった娘の顔と、自分たちの平穏な生活を守るため、僕の命など「最初からなかったもの」として完全に切り捨てたのだ。証拠となる動画も、とっくに削除された後だろう。

高橋さんは鼻で笑われ、通行人の冷たい視線を浴びながら、無情に立ち去る山川の背中を見送ることしかできなかった。

「ごめんなさい、聖くん……っ。あいつを法廷に引きずり出すこと、できなかった……!」

面会室のアクリル板に額を押し当てて号泣する高橋さんに、僕はただ首を横に振り、「ありがとう」と掠れた声で伝えることしかできなかった。

僕たちの最後の希望だった「動画」と「証言」は、大人の身勝手な保身によって完全に握り潰された。

数ヶ月後。責任能力ありと判断されたことで、法廷は再開された。

証言台に立たされた僕を、木戸検事が蛇のような目でねめつけ、再び鋭い尋問を再開した。

「被告人。精神鑑定の結果、あなたの責任能力は完全に認められました。もう『狂人のふり』は通用しませんよ」

木戸検事は冷酷な声で言い放ち、手元の資料を叩いた。

「では、現実の話をしましょう。なぜ、あの夫婦を殺そうとしたのですか?」

「……殺そうとなんて、していません。僕は助けたんです……!」

「嘘をつくな!!」

突然、法廷に響き渡った木戸検事の怒声に、僕はビクッと肩を震わせた。これまで氷のように冷徹だった彼が、初めて感情を爆発させたのだ。

「では、現場に残されていたあのサバイバルナイフはどう説明する! あのナイフはどこで買った!!」

「買ってません……! あれは、シゲさんから……ホームレスのシゲさんが、護身用にと僕にくれたもので……」

「いい加減にしろォッ!!」

ダンッ!と、木戸検事が検察席の机を力強く叩き、僕の目の前まで歩み寄ってきた。その顔は怒りに満ち、夜叉のように歪んでいた。

「死人に口なしをいいことに、存在しない第三者や亡くなった人間のせいにするのも大概にしろ! お前があの夫婦を刺したんだ!! あのナイフはどうした、本当はどこで手に入れた!? どこを、どうやって、何回刺した!! 思い出せッ!!」

「ちがっ……! 僕は、僕はやってない……っ! パパと、ママを……っ!」

「異議あり!! 裁判長、検察官の尋問は明らかに度を超えた恫喝です!!」

中田弁護士が血相を変えて立ち上がり、声を張り上げる。

「検察官! 被告人から離れなさい! 落ち着くんだ!」

裁判長も慌てて制止に入るが、木戸検事の容赦ない言葉の暴力に、僕の心はすでに限界を迎えていた。

「う、あ……あぁぁぁぁっ……!」

僕は証言台にすがりつくようにして崩れ落ち、声を上げて泣きじゃくった。

大人たちの悪意と、保身と、信じてもらえない絶望。それは、見た目こそシワだらけの老人であっても、中身はただ両親を愛する十歳の少年の、等身大の悲痛な涙だった。

しかし――。

その日の午後。一時休廷となり、僕が押し込まれた裁判所の待機室。そこに置かれた小さなテレビからは、僕の悲痛な涙を完全に「消費の対象」とする、生放送のワイドショーが流れていた。

『――たった今、法廷から速報が入りました。被告人の男が、検察の追及に対し、突然法廷で泣き崩れたとのことです!』

『こちらが先ほど送られてきた法廷画ですが……いや、呆れますね。床に突っ伏して、まるで駄々をこねる子供のように泣き喚いていたそうです』

スタジオのコメンテーターたちが、僕の描かれたフリップを指差して冷笑を浮かべていた。

『本物の十歳児のつもりなんですかね? 泣けば許されるとでも思っているんでしょうか。気味が悪いですよ。どう見ても三流以下の大根役者です』

『死刑になりたくないからって、あそこまで惨めに狂ったフリができるなんて、逆に恐ろしいですね。視聴者からの怒りの声も止まりません。SNSでは現在「大根役者」「さっさと死刑にしろ」という言葉がトレンド入りしています――』

僕の流した涙は、リアルタイムで「大根役者による最低の演技」として全国に拡散され、嘲笑の的になっていた。日本中の誰もが、僕という人間を心の底から軽蔑しているのだ。

そして、すべての証拠調べが終わり、運命の判決の日がやってきた。

東京地方裁判所、104号法廷。

裁判長は、一切の感情を交えない冷酷な声で、主文を読み上げた。

「主文。被告人を――無期懲役に処する」

強盗殺人未遂における、事実上の最高刑。

中田弁護士が必死に集めたホームレスたちの証言も、高橋さんの泥臭い努力も、僕の血を吐くような訴えも、すべてが「無価値なゴミ」として棄却された瞬間だった。

僕はその言葉を聞き、もはや涙すら出ず、ただ虚無の中で天井を見つめていた。僕の命の時間は、この冷たいコンクリートの檻の中で尽きることが確定したのだ。

しかし、その判決を聞いた直後。

検察席に座る木戸検事の顔は、怒りに歪んでいた。彼は「完全なる勝利」であるはずの無期懲役の判決に、全く納得していなかったのだ。

「……甘すぎる。このような反省の色が全くない化け物を、生かしておく理由などない」

閉廷後、マスコミのフラッシュを浴びながら、木戸検事は冷徹に宣言した。

検察は、求刑していた「死刑」を不服とし、即座に高等裁判所へ【控訴】の手続きをとった。

僕を完全に社会から抹殺し、その命を合法的に奪い去るまで、大人たちの狂気は決して止まらない。

絶望しかない獄中生活が、今、静かに始まろうとしていた。

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