【4部】第37話「代償」
正しい道を選べば、生き残れるはずだった。
少なくとも、この世界はそう設計されていた。
だが――
その保証は、もうない。
音が、規則を失っている。
警告音は一定であるべきだった。
残量警告は、段階的に強まるはずだった。
だが今は、違う。
途切れる。
戻る。
急に鳴り響く。
それだけで異常だった。
「……」
フィリアは声を出さない。
呼吸すら、浅くする。
無駄を削る。
思考も削る。
維持できるものは、限られている。
表示が遅れている。
残量が更新されない。
一拍遅れて、数字が跳ねる。
――減りすぎている。
「……」
原因を考える余裕はない。
考えれば、その分だけ遅れる。
進む。
それだけでいい。
ルートは最短。
回避経路は捨てている。
安全性は最低限。
それでも――
足りない。
スラスターが、一瞬だけ反応しない。
押したはずの入力が、遅れて現れる。
加速。
その分だけ、消費が跳ねる。
「……」
同じ操作だった。
同じ条件だった。
だが、結果が一致しない。
ログは信用できない。
予測も意味がない。
それでも、進む。
戻るために。
それ以外は、すべて不要。
残量が、また跳ねる。
計算が合わない。
予定より早い。
明らかに、足りない。
「……」
フィリアは、計算を止めた。
正しい帰還手順。
消費を抑えた運用。
回避優先。
――守れば、生き残れる。
そう定義されていた。
だが。
この条件では、届かない。
「……」
選択が残る。
正しいまま戻るか。
間に合わせるか。
一瞬。
それだけ、迷う。
フィリアは、出力を上げた。
最短直線。
回避を捨てる。
衝撃。
機体が軋む。
装甲が擦れる。
マナが削れる。
正しくはない。
だが――
止まれば、終わる。
警告音が消える。
一瞬だけ、完全に。
静寂。
その直後。
強制再起動のように、全てが戻る。
だが――
反応が遅い。
一拍、ずれる。
視界が揺れる。
位置が、微妙に合っていない。
補正が入らない。
いや――
補正が、間に合っていない。
「……」
フィリアは、操作を続ける。
修正しない。
そのまま、進む。
正しい動きではない。
だが。
ここで止めれば、終わる。
境界のラインが見える。
薄く歪んだ、空間の境目。
そこを越えれば――
戻れる。
残量は、もう表示されていない。
更新が止まっている。
あるいは――
意味を失っている。
最後の加速。
出力は制限を超えている。
同調が軋む。
意識が引きずられる。
それでも、進む。
境界を越える。
その瞬間。
すべての音が、途切れる。
そして。
遅れて、戻る。
機体が、停止しかける。
だが完全には落ちない。
最低限の制御だけが残る。
フィリアは、操作を止めない。
止めれば、終わる。
やがて。
ゆっくりと。
出力が安定する。
戻った。
「……」
フィリアは、何も言わない。
正しい手順ではなかった。
正しい帰還ではなかった。
だが――
生きている。
それだけが、結果として残る。
第37話「代償」了
正しさは、失われてはいない。
ただ――
それを守る余裕が、先に失われた。




