【4部】第35話「分かれた現実」
世界は壊れていない。
ただ、ひとつではなくなっただけだ。
同じ場所で、同じ行動をしても、
同じ結果は残らない。
何かを選べば、
それ以外は消える。
消えたものは、
どこにも残らないわけではない。
見えない場所で、
別の形として押し出される。
だから。
選ぶという行為は、
世界を変えることではない。
何を残して、
何を消すかを決めることだ。
そして一度決めたものは、
もう戻らない。
破片が転がる。
音が、ひとつだけ残る。
そのあとに続くはずの響きは来ない。
アリアは動かない。
コックピットの中、計器は落ち着いている。
数値は一つに揃っている。
さっきまでの揺らぎが、ここだけ消えている。
前へ出る。
NOMADの足が床を踏む。
右は確かに沈む。
左は遅れて重さが来る。
半拍、ずれている。
通路の先、柱が倒れている。
同時に、立っている。
両方が重なっている。
だが。
今は、どちらも消えない。
アリアは腕を上げる。
照準を合わせる。
撃つ。
光が走る。
命中する。
同時に、逸れる。
どちらも消えない。
破片が散る。
散らない。
結果が、二つのまま残る。
「……」
息が止まる。
さっきまでとは違う。
どちらかが濃くなることもない。
同じ条件。
同じ位置。
同じ動き。
それでも、結果が分かれたまま消えない。
アリアはもう一度撃つ。
同じ場所。
同じ角度。
当たる。
当たらない。
両方が、そのまま続く。
破壊された柱と、無傷の柱が並んでいる。
空間が、裂けている。
足元が揺れる。
踏む。
床がある。
同時に、崩れる。
機体が沈む。
沈まない。
二つの感触が同時に返る。
アリアは歯を食いしばる。
どちらを残す。
選ぶ。
沈まないほう。
操縦桿を押し込む。
機体が踏みとどまる。
その瞬間。
沈んでいたほうが消える。
床が固定される。
だが。
背後で、別の床が崩れる音がした。
振り向かない。
見なくても分かる。
何かが、代わりに落ちた。
短い断片。
『……そこだけでいい。全部は要らない』
音にはならない。
意味だけが残る。
途切れる。
その直後。
遠くで、何かが止まる気配。
悲鳴は聞こえない。
ただ、“数が減った”感覚だけが残る。
見えない。
だが、減っていく。
戻らない。
アリアは前を見る。
何を残して、何を捨てたのか。
分からない。
だが、切り分けられた。
もう一つの断片。
『……同じ、なのに……』
言葉にならない。
最後まで成立しない。
意味だけが沈む。
前方の空間が歪む。
遺物。
細い脚。
光る中枢。
位置が定まらない。
一機。
複数。
同時に存在している。
敵が動く。
脚が踏み込む。
踏み込んだ結果が複数残る。
アリアは撃つ。
一発。
命中。
装甲が砕ける。
同時に、無傷のまま動き続ける。
二つの敵が重なっている。
もう一発。
同じ場所。
同じ距離。
同じ動き。
外れる。
同時に、命中する。
二つの結果が、交差して残る。
「……っ」
どちらを消す。
選ぶ。
命中のほう。
引き金を、もう一度引く。
光が走る。
今度は、一つだけ残る。
敵の脚が砕ける。
だが。
その瞬間。
別の位置で、敵が完全な形で立ち上がる。
増えたわけじゃない。
残った。
さっき消したはずの結果が、別の場所で残る。
消えたものは、消えていない。
押し出されている。
足元が軋む。
通路の一部が崩れる。
さっき踏みとどまった場所の、先。
進路が細くなる。
代わりに、敵の動きが鈍る。
選択の形が、場所を変えて現れている。
アリアは息を吐く。
考えない。
分からないまま、選ぶ。
前へ。
踏み込む。
通路が応える。
遅れて、別の場所が崩れる。
敵が動く。
光が走る。
回避。
当たる。
当たらない。
また分かれる。
アリアは止まらない。
一つを選び続ける。
踏めるほう。
当たるほう。
進めるほう。
そのたびに。
別の何かが、どこかで消える。
見えない。
だが、減っていく。
戻らない。
前方の敵へ、最後の距離。
NOMADを押し込む。
体当たり。
支柱が歪む。
敵が傾く。
倒れる。
倒れない。
両方が残る。
アリアは選ぶ。
倒れるほう。
機体を捻る。
一点に力を集中する。
支柱が折れる。
敵が落ちる。
爆発。
ひとつに収まる。
音が揃う。
静止。
アリアは息を吐く。
だが。
通路の先。
景色の揺れ方が変わっている。
さっきまでと違う。
進める場所が変わる。
通れる形が変わる。
自分が選んだ結果が、先の形を変えている。
後ろで、また断片。
『……維持しろ』
短い。
それだけ。
音にはならない。
意味だけが残る。
アリアは前を見る。
同じ場所。
同じ世界。
だが。
同じじゃない。
揃わない。
戻らない。
NOMADを進める。
足を踏み出す。
床が応える。
今度は、遅れない。
だが、その代わりに。
遠くで、何かが崩れる気配がする。
「……」
小さく息を吐く。
決まる。
だが。
同じ形では残らない。
もう一歩。
機体が軋む。
それでも前へ。
視界の先。
景色が揃いかける。
だが、その揃い方は、さっきとは違う。
第35話「分かれた現実」了
同じ条件で、
違う結果が残る世界。
それは不確定ではない。
どちらも成立している。
ただし。
どちらを残すかは、
選ばなければならない。
選んだ瞬間、
それ以外は消える。
消えたものは、
無かったことにはならない。
別の場所で、
別の形として現れる。
だから。
選択は自由ではない。
結果から逃げられない。
この世界では、
選ぶことが、
現実を切り分ける。




