【2部】第18話「選択」
選ぶということは、
自由なことだと思っていた。
誰にも決められず、
自分で決められること。
でも。
その選択に、
責任があるのだとしたら。
それでも人は、
選べるのだろうか。
空間が、崩れている。
NOMADの計器が遅れて反応する。
警告音が、少し遅れて鳴る。
LOG:
「姿勢制御、補正不能」
「現在位置、確定不可」
「そっか」
アリアは前を見る。
景色が、重なっている。
岩場が二重に見える。
通路が、別の位置にずれている。
同じ場所に、複数の世界がある。
「……なんか、増えてるね」
LOG:
「空間層重複を確認」
「記録維持不能」
「じゃあ、いらないね」
記録を捨てる。
NOMADが前へ進む。
後方。
フィリアは地面を蹴る。
跳躍。
着地。
推進補助。
空は使わない。
「空間安定率、低下」
周囲を確認する。
未来を読む。
だが。
「……収束しない」
答えが、定まらない。
それでも進む。
「追跡、継続」
そのとき。
前方から、断続的な通信。
「――フィリア様!」
「結界柱が――!」
フィリアが加速する。
崩壊区画。
地面が裂けている。
白い結界柱が傾き、空間を辛うじて固定している。
その根元。
観測士が一人、制御杭を押さえている。
離せば終わる。
そして、もう一つ。
崖の縁。
聖騎士が落ちかけている。
脚部破損。
自力での復帰は不可能。
フィリアの視線が、二つを捉える。
観測士:
「持ちません……!」
「あと、少しで――!」
聖騎士:
「フィリア様……!」
空間が、軋む。
崩壊音が近づく。
フィリアは距離を測る。
救助時間。
崩壊速度。
移動経路。
未来を読む。
だが。
「……確定しない」
LOGのない世界。
最適解が、出ない。
それでも。
フィリアは決める。
「結界柱を維持する」
観測士が息を呑む。
「崩落を広げれば、後方に影響が出る」
聖騎士は、理解した。
「……了解、です」
フィリアは槍を構える。
「これは私の判断だ」
その瞬間。
上空から、影が落ちた。
NOMAD。
アリアが降り立つ。
「なにそれ」
状況を一目で見る。
二人。
同時。
間に合わない。
LOG:
「同時救助不可能」
「一方選択時、他方生存確率低下」
「そっか」
フィリアが言う。
「ここは私が引き受ける」
アリアを見る。
「お前は離れろ」
アリアは動かない。
崖を見る。
聖騎士の手が滑る。
あと少しで落ちる。
結界柱を見る。
亀裂が走る。
観測士の腕が震えている。
どちらも、まだ終わっていない。
LOG:
「残り三十秒」
「結界崩壊後、全域落下リスク」
「……うん」
フィリアは動く。
槍を突き立てる。
秩序領域、強制展開。
空間が一瞬だけ整う。
だが、維持できない。
「急げ!」
その声と同時に。
アリアが動いた。
NOMADの腕部が開く。
ワイヤー射出。
崖下へ。
「待て――!」
フィリアの声。
だが止まらない。
ワイヤーが聖騎士を捕捉する。
巻き取り開始。
機体が軋む。
LOG:
「左腕負荷上昇」
「駆動限界接近」
「いいから、引く!」
聖騎士の身体が上がる。
地面に届く。
転がる。
その瞬間。
結界柱が、折れた。
観測士の身体が、光の裂け目に呑まれる。
声は、途中で消えた。
空間が崩れる。
フィリアの領域が砕ける。
槍に亀裂。
白い光が散る。
崩壊が止まらない。
フィリアは跳ぶ。
聖騎士を掴み、離脱。
アリアも後退。
ギリギリで崩落を回避する。
静寂。
崩壊音だけが遠ざかる。
聖騎士が息をしている。
生きている。
フィリアは確認する。
異常なし。
それから。
崩れた場所を見る。
観測士の姿は、ない。
沈黙。
フィリアが口を開く。
「……一名、損失」
事実だけを言う。
責任は、自分にある。
「これは、私の判断の結果だ」
アリアは何も言わない。
フィリアは続ける。
「お前は指揮下にない」
視線を向ける。
「だから、お前の行動に責任はない」
これは断定。
責任の切り分け。
少しだけ間。
「……だが」
わずかに息を吐く。
「聖騎士は生存している」
アリア:
「うん」
フィリア:
「それは事実だ」
(短い沈黙)
「……助かった」
アリア:
「そっか」
フィリア:
「礼は言う」
アリア:
「いいよ」
それで終わる。
評価も、否定もない。
ただ。
フィリアは崩壊地点を見る。
その目は、揺れている。
「……もし」
小さく言う。
「逆を選んでいれば」
言葉が止まる。
未来が、定まらない。
答えは出ない。
アリアが言う。
「わかんないね」
フィリアは否定しない。
「……ああ」
そのとき。
空間の奥で、光が点く。
旧文明のゲート。
半壊した認証装置。
ノイズ混じりの音声。
『識別……開始』
フィリアを見る。
『管理者系統……認証』
安定した光。
次に。
アリアへ。
ノイズ。
揺れ。
『……承認系統……』
『……データ欠損』
『暫定……通過許可』
フィリアの視線が僅かに動く。
だが、問わない。
今は、それではない。
アリアは前を見る。
進む道。
戻れない場所。
壊れていく世界。
LOG:
「機体損傷:左腕機能停止」
「飛行能力、低下」
「そっか」
帰れない理由が、また一つ増える。
フィリアが槍を構え直す。
ひび割れたまま。
「次は、止める」
アリア:
「私は、進む」
二人の言葉は、重ならない。
フィリアは背を向けない。
だが、並ばない。
アリアは一歩踏み出す。
失ったまま。
選んだまま。
選択は。
もう、軽くはない。
第18話「選択」了
選択は、自由だ。
だが。
自由であることは、
責任を伴う。
誰かの判断に従えば、
その責任は自分にはない。
だが。
自分で選ぶということは、
その結果を引き受けるということだ。
それでも。
人は、選ぶ。




