【2部】第16話「世界」
世界は、正しい。
そう思っていた。
そうでなければ、
人は生きられないから。
でも。
もしそれが、
最初から壊れていたとしたら。
それでも、
進めるだろうか。
空が、歪んでいた。
NOMADは減速している。
いや、
減速しているように見えているだけかもしれない。
LOG:
「速度計測値、正常」
「……視覚情報と一致しません」
「うん」
アリアは前を見る。
境界。
空間が、揺れている。
光が、遅れる。
雲が、二重に見える。
「変な感じ」
LOG:
「マナ密度、急上昇」
「計測限界付近」
境界へ入る。
その瞬間。
音が、遅れる。
エンジン音が、
ワンテンポ遅れて響く。
「……あ」
手を動かす。
遅れて動く。
いや、違う。
二つある。
一つは今。
もう一つは、少し前の動き。
LOG:
「時間認識にズレを確認」
「内部時計との同期維持困難」
NOMADの翼が揺れる。
推進が乱れる。
出力は正常。
なのに、進まない。
「……飛びにくいね」
LOG:
「空間抵抗値が定義外です」
地面。
浮いている。
岩が、空中で止まっている。
落ちていない。
「……落ちないんだ」
LOG:
「重力挙動が不安定です」
進む。
さらに奥へ。
空が、裂けている。
いや。
重なっている。
遠くの景色が、
少しずれて見える。
「……同じ場所?」
LOG:
「位置情報が確定できません」
「同一座標に複数の空間が重複しています」
アリアは考えない。
ただ進む。
背後。
フィリアは地上を進む。
跳躍。
推進。
飛べない。
空は、信用できない。
「……空間不安定領域」
足場を確認しながら進む。
聖騎士たちはついてこられない。
距離が開く。
「単独追跡に移行します」
前方。
光。
動いている。
機械。
旧文明ドローン。
形状が歪んでいる。
複数の形が重なっている。
LOG:
「自動防衛装置を確認」
ドローンが反応する。
一瞬。
アリアを見る。
止まる。
揺れる。
再び動く。
LOG:
「識別信号受信」
「敵対判定……不確定」
「なにそれ」
「分類不能です」
ドローンが近づく。
照準。
止まる。
また動く。
照準が、ずれる。
撃たない。
通過する。
「……行ける?」
LOG:
「暫定的に非敵対と判定されています」
アリアは進む。
遅れてフィリアが到達する。
ドローンが反応。
一瞬。
識別。
通過。
何も起きない。
「……識別許可」
そのまま進む。
さらに奥。
地面が崩れる。
いや、違う。
形が変わる。
同じ場所が、
別の形になっている。
LOG:
「地形データ保持不能」
「記録が維持できません」
「……記録って消えるの?」
「はい」
「この領域では、情報の保持が不安定です」
空間が歪む。
遺構。
巨大な構造物。
半分だけ存在している。
残りは、別の場所にある。
「……壊れてる?」
LOG:
「違います」
「構造は維持されています」
「ただし、観測できません」
フィリアが追いつく。
距離はある。
だが見えている。
「……止まりなさい」
アリアは止まらない。
「ここは管理外領域です」
「正確な判断ができません」
アリアは振り向かない。
「うん」
突然。
空間が歪む。
ドローン群。
複数。
今度は明確に反応する。
攻撃。
光線が走る。
ズレる。
外れる。
LOG:
「攻撃軌道、収束しません」
「未来予測が不安定です」
アリアが動く。
避ける。
いや、違う。
当たるはずの場所に、
当たらない。
「……外れた?」
LOG:
「結果が確定していません」
フィリアが割り込む。
槍。
結界展開。
一瞬で安定する。
攻撃が止まる。
ドローンが後退する。
「……秩序領域を一時確立」
空間が整う。
数秒だけ。
正常になる。
「ここでは」
フィリアが言う。
「正しい状態を維持できません」
静寂。
風がない。
音も遅れる。
世界が、一定じゃない。
アリアが言う。
「……なんかさ」
少し考える。
「決まってない感じ」
沈黙。
フィリアは否定しない。
「この領域は」
「未来演算が機能しません」
(=正解がない)
だが言わない。
LOG:
「進行方向解析」
「高密度領域を検出」
「……境界深部」
アリアは前を見る。
「……うん」
「そっちだね」
理由はない。
でも分かる。
フィリアが言う。
「そこは」
「戻れない可能性があります」
アリアは答えない。
ただ一歩踏み出す。
空間が歪む。
光が遅れる。
世界が揺れる。
アリアは進む。
「……行くよ」
フィリアは止まる。
追える。
でも、止まる。
(ここから先は“管理できない”)
アリアの背中が遠ざかる。
境界の奥へ。
LOG:
「この領域では」
「正解を提示できません」
沈黙。
アリアは少し笑う。
「いいよ」
「じゃあ、自分で決める」
世界が、揺れる。
でも、進む。
第16話「世界」了
世界は、壊れているのかもしれない。
それでも。
止まる理由にはならない。
正しいかどうかではなく、
進むかどうか。
その違いが、
ここでははっきりする。




