第55話:それぞれの戦後(2)
ユースティティア王国とスパイン帝国の戦争が終わってから一ヶ月後、戦場となったサウプトンには、戦後の交渉を行うために両国の代表が集まっていた。
アイフィルト新皇帝に同伴したスパイン帝国の前皇帝派閥の貴族達の表情は青ざめていた。
「ユーノ王子、貴国が我が国に求める賠償金の額が良心的で助かった」
「アイフィルト皇帝、復興に必要な額以上を不用意に求めるつもりはない」
「この額なら、帝国内の一部の貴族が不当に蓄えてきた裏金を集めれば賄えそうだ。なるべく早く支払いを済ませる」
「それは助かる。エフィーがしっかりと調べてくれたおかげだな」
笑顔で握手をするアイフィルト皇帝とユーノ王子、それを見てさらに青ざめる前皇帝派閥の貴族達。
「大枠は話し終えたし、残りは担当者レベルで詰めれば良いか?」
「そうだな、ユーノ王子」
「あぁ、では引き続きよろしく頼む」
ユーノとエフィーは席を立ち、交渉を行なった部屋から退出しようとした。
「すまない、もう一つ話したいことがあるのだがいいか?2人にというよりも主にエフィー王女に対してなのだが」
「なんでございましょう?」
アイフィルトは咳払いをして改まった雰囲気で告げた。
「エフィー王女、わたしと婚約してくれないか?」
エフィーは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに王女の顔に戻った。
「・・・そうですね、両国間の関係を良好にするために王族同士の政略結婚は有効ですわね。とはいえ、わたくし1人では決められないので、我が国の国王陛下にも確認いたしますね」
「あっ悪い、言葉が足りなかった!俺にとっては政略結婚ではないんだ。君に出会ってから俺は、君に相応しい男になることが目標になった。そのために努力もして、帝国の横暴な旧体制を終わらせることもできた。そしてこれからの未来は、エフィーと一緒に平和な国を作りたいんだ。皇帝の立場が前提になっていることは否定できないけれど、俺にとっては恋愛結婚なんだ」
「まぁ!まぁ!そうですか!そうですか!お気持ちは嬉しいですし、やぶさかでもないのですけれど、やはりわたくし1人では決められませんわ。国に戻ってお父様にお願いしますね」
エフィーは一礼すると、年相応の女の子の表情で足取りも軽やかに部屋から退出した。
ユーノはそんな妹の様子を眺めていた。
ムーノをみていたからか、俺の妹は王族としてあろうとする意識が少しばかり強すぎることが気がかりだった。アイフィルト殿と話す時は年相応の一面を見せることも多かったし、薄々気付いていたけれど、平和を求めていたアイフィルト殿にエフィーは好意を持っているだろう。戦争が起こった国同士の王族の結婚となると色々と大変なこともあるかもしれない。けれど、俺は、王子としても兄としても、妹のことを応援しようと決めた。
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ユースティティア王国とスパイン帝国の戦争が終わってから三ヶ月ほど経った頃、マーサは王都のアクトゥール公爵邸にいた。プライベートなお茶会を開催する用の個室で、これから来る予定のファウナを待っている。
「こうのんびりとしているとあの戦争が遠い昔のことのようですわね」
私はオーランドの防衛戦のことを思い出していた。
あの時、目が覚めるとテントの天井が私の目に映った。
「ここは・・・?」
「お嬢様!」「マーサ様!」
「アルマ?それとファウナ様?」
「意識が戻られたのですね!本当に、よかった・・・!」
アルマが泣き出してしまった・・・?
「マーサ様、三日間も意識が戻らなかったのですよ」
「えっ?そうなんですか?それにしてもなぜファウナ様が目の前に・・・?」
ファウナも泣いている・・・?
少しずつ思い出してきた。ムーノとの戦闘の後で倒れたんでしたっけ・・・?
そうえいば傷は?致命傷だったと思うのだけど・・・
私は自分のお腹を見ると完璧に傷が治っている。
「致命傷だと思ったのだけど、ファウナ様が治してくれたのですか?サウプトンからよく間に合いましたね」
「わたしが間に合えば良かったのですけれど・・・わたしとルイス様がオーランドに着いた時にはすでに治ってました」
「お嬢様が意識を失ったあと、クラトス様が治癒魔法をかけたんですよ。けれど全然治らなくて、どうしようもできなくて、けどどうしてもどうにかしたくて、それでもどうにかできなくて、途方にくれはじめたころ、急にお嬢様の体が優しい光に包まれたと思ったら、傷が塞がってました・・・」
「わたしもその時の話を聞いたのですけど、さながら女神のような神々しさだったそうです。ほんとに奇跡が起こってよかった・・・」
私はまだ状況が把握できていないけど、
「女神だなんて柄じゃないわ。それに女神ってほんとうにいるの?クラトス様の潜在能力がその時突然開花したとかの方が信憑性があるわよ」
(あなたのそういうところ嫌いじゃないけど、少し寂しいわよ。傷はお礼に治しておいたわ。ありがとね、小さな英雄さん)
えっ?
「アルマ、ファウナ様、今何か言いましたか?」
「何も言っておりませんよ?」
「マーサ様まだお疲れのようですね。もう少し休んでいてください。ルイス様やクラトス様にもマーサ様の意識が戻ったことを伝えてきますね」
あの時、確かに声が聞こえたと思ったのだけど、結局あれはなんだったのかしら?
そこで部屋のドアがノックされたので、私は意識を切り替えた。
「ファウナ様、ようこそ。アルマも案内ありがとう」
「マーサ様、本日はお招きありがとうございます」
紅茶とお菓子を片手に3人で話し始めた。
「マーサ様とアルマさんは来週出発するのですか?」
「そうですね、2人で適当にぶらぶら世界旅行してきますわ」
「寂しくなりますね」
「大丈夫よ、ファウナとユーノ殿下の結婚式にはちゃんと参加するから」
「ふふ、ありがとうございます。招待状用意しておきますね」
「よろしくお願いしますわ」
「お二人はアメリアには寄るのですか?」
あっ、アルマの視線が・・・!
「アメリアは通過するだけでいいかなーと」
「お嬢様」
「すいません、特に南部には寄りたくありません」
「あの氷の樹はいつになったら溶けるのですか?オーランドは南の方にあるので、結構気温も高いと思うのですけど・・・」
私がマグマを凍らせたのがそのまま残っているらしい。氷の樹に見えるので、若干観光地化してきている。私が大地につけた切れ込みは海まで届いていたようで、今では海水に満たされている。そっちも観光地化してきているようだった。
マグマを凍り付かせたくらいだから火魔法を試しても溶けなかったのよね。あの時使った魔法って、永久凍土と絶対零度でしたっけ?どうしよう、ほんとにいつ溶けるんだろう。えっ溶けるよね・・・?
「たぶんそのうち?魔力が尽きたら?」
「はぁ、しばらく溶けないのですね。わかりました。まぁ観光地化して、復興のシンボルにもなりつつあるので、いいのではないでしょうか」
理解のあるメイドでよかった!!
「それよりアルマも本当に一緒にくるの?きてくれるのは嬉しいのだけど、婚約者のことはいいの?」
アルマは、以前から文通をしていたアメリアの文官の男性と婚約していた。ユースティティアに住むか、アメリアに住むかはまだ決めてないらしい。おそらくあの件のついての私の決定を待ってくれているのだろう。
「大丈夫ですよ。むしろ彼からはアメリアの英雄を蔑ろにするな、って言われますし。ただ、時々会いたいのでオールドミルには寄りたいです。それに、一年の間だけですし」
そう、私たちの旅行は1年間の期限付きだった。
「マーサ様、アメリアの統治の件はどうされるのですか?わたしとしては、断ってもいいのではないかと思うのですけれど・・・」
「そう言ってくれてありがたいですわ。けれどもう少し考えてみます。それに、この戦後の大変な状況の中で、1年間も猶予を作ってくれたユーノ殿下とエフィー殿下には感謝しておりますわ」
私は先日王城に呼ばれて、国王からアメリアの統治を任せたいと依頼されていた。私としてはのんびり人生を送りたいけれど、アメリアからおぼえのよい私が最適な人選であることもわかっているから悩ましい。
そのうえ、密約もある。スパイン帝国が元他国であった領地の独立を認めたりして、大国が広く支配する構図が変わりつつある。アメリアの独立の機運も高まっていることから、将来的なアメリアの独立が実は保障されている。その分、統治の舵取りが難しそう。
「マーサ様を絶対に慰安旅行に行かせるんだって息巻いてましたからね。ユーノ様とエフィー様に、マーサ様が感謝していたと伝えておきますね」
「ありがとうございます」
「そうだ。旅行から帰ってきてもし統治をお断りになる場合は、専属護衛として雇って差し上げてもよろしくてよ?」
まだ慣れてなくて少し照れてるところが可愛いけれど、
「王妃っぽい」
「「ふふふ」」
しばらくして部屋のドアがノックされた。
他に誰か来る予定があったっけ?
「アルマさん、わたし公爵邸の畑を見てみたかったんです」
「そうだったんですね。ではさっそく今からいきましょうか」
「でしたら私も」
「「お嬢様(マーサ様)、このままいてください」」
えー、急にどうしたの?
ファウナとアルマと入れ違いでクラトス様が入ってきた。ユースティティアとアメリアの諸々の調整の為に、今は王都に滞在していた。
「マーサ嬢、体は大丈夫か?」
「ええ、おかげさまで。本日は急にどうされたのですか?」
「昔、政略結婚の話をしたのを覚えているか?」
「そういうこともありましたね」
「統治についてはどちらでもいいが、改めて政略結婚を申し込ませてくれ」
クラトス様はピンク色のマーガレットの花束を私に差し出してきた。
ピンクのマーガレットの花言葉は、確か、真実の愛?
花言葉の意味に気付いた時、私の胸の奥から温かい気持ちが溢れてきた。
そうか、私は。
「政略結婚お受けしますわ」
それと、
「私もこの花が好きですよ」
私もあなたが好きですよ。
クラトス様は私の言っている意味を理解したようだ。それにしても、統治がどちらでもいい政略結婚って・・・ほんと、素直じゃないわね。
私たちは見つめ合い、お互いの顔が近づいていき、唇と唇がふれあいそうに
「マーサ!来週からの旅行の件なんだけど」
「お、お、お、お父様!?きゅ、急にドアを開けてどうされたのですか!?」
クラトス様が目の前で倒れている。私は思わず突き飛ばしてしまっていたようだ。
えっ待って待って、私さっき何しようとしていた?キキキキキス・・・?
「マーサ、もしも嫌なことをされたすぐに相談するんだよ?絶対だよ?」
マーサは気付いていなかったが、クラトスはルイスから一瞬向けられた殺気に気付いていた。彼の目の前には、とても大きな要塞が立ち塞がっているようだ。
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この世界に存在する西大陸、そのどこかの草原。
そこに、ケイディーとウィリアムの姿があった。
「あいかわらずケイディーは悪知恵が働く」
「機転がきくって言ってほしいわね」
「うまく制約の隙をついたな」
「世界の管理者の後継者の勧誘の時は直接干渉が多少できるわ。大事な後継者候補を治療するくらいはしていいでしょ」
「お姫様には振られたようだけどな」
「もとから想定してたし、いいのいいの!それよりウィリアムのお姫様は良かったの?」
「あぁ。元から向こうの世界でも傾国の美女と呼ばれていたらしい。警察?という国家権力を私物化して色々とやっていたようだ。にもかかわらず、向こうの世界で処罰されるまえに亡くなった。こちらの世界でも反省していなかったようだし、まさに天罰だな。向こうの世界の神にも感謝されたよ」
ケイディーはぼそっと呟いた。
「まぁ、あの子を轢き殺したんだからそのくらい当然の報いよね」
「なんか言ったか?」
「あなたのそういうドライなところ皇帝っぽいわね、って言ったの」
「本物の皇帝だからな」
「それにしても、これでひと段落ね」
「あぁ肩の荷が一つ降りたようだ」
ケイディーは草原全体をみわした。
「この西大陸も自然や生態系が戻ってきたわね。世界は良い方向に進めているかしら」
「それが俺たちの役割だからな」
「この世界の生きとし生けるもの全てに祝福を」
「なんか年寄りっぽいぞ」
「はっ?慈愛に満ちた聖女でしょ」
「慈愛?拳一つで敵陣に殴り込んできたお前が?あの暴馬っぷりに俺は正直お前の夫に同情していた」
「あなたの奥さんこそ何度も実家に帰っていたじゃない」
「あれは実家の領地運営を手伝いに戻っていただけだぞ」
「信じたの?」
「えっ?」
「あの戦乱の時代、誰が味方で誰が敵かわからない魔窟と化していた政界を、涼しい顔して渡り歩いていた女の言葉を信じたの?って聞いたの」
ウィリアムは動揺した。彼の妻とケイディーは面識があった。もしかしたら自分の知らないところで女子会なるものをやっていたのか?
「なーんてね、冗談よ。ほんとに領地運営の手伝いだったはずよ。ふふっ、あなたとても焦っていたわ。カメラがないのが残念ねー。案外可愛らしいのね、皇帝陛下って」
「・・・・おいアメルーシャ」
「なによスパイン」
「今日こそ100年前の決着をつけてやる」
「今までわたしに一度も勝ててないのに?どこにそんな自信があるのかしら?」
「それはお前もだろっ!」
喧嘩するほど仲がいい・・・?
いずれにせよ、ムーノとジャンヌに端を発するこの世界の危機は過ぎ去った。




