28 降雨祭 2
駅に着いた。
夏季休暇の時期と被るからか、やはり人通りが多い。人混みが苦手な薬術の魔女は、少し口をへの字にした。
薬術の魔女は三男と手をつなぎ、魔術師の男が先を歩く。子供達はその周辺で周囲の確認をしながら、会話をしながら付いて行った。
「つかれた」
少し歩いて、長女がため息を吐く。面倒臭がりな長女は、普段魔術で体の補助をして活動している。だが公共の場では周囲の魔導機への影響を考慮して、自力で活動するようにしていた。どうやら、長女は体力が切れ始めているようだ。
「……」
す、と無言で魔術師の男が手を差し出した。それに近付き、長女は彼に腕を差し出す。それを魔術師の男が掴んだ。長女はどこか嬉しそうだった。
「いーなー」次女は声を上げる。「あ、手続きできなくなると思うから別にいいよ」と断り、「おにーちゃん」と長男の腕を掴んだ。「きみもー」と、次男の腕を掴む。
「横に広がり過ぎないようにねー」
薬術の魔女は子供達に注意を促し、魔術師の男を見上げた。
「いつもの乗降場でいいの?」
「いいえ。内回りの方に乗ります。しっかりと、付いて来て下さいまし」
問う彼女に、彼は緩く首を振る。内回りの列車、と言うと少し高級な方だ。魔獣に襲われにくい上に各領地の中心地に近い場所を通るため、貴族がよく使う方。出費がすごそうだな、となんとなしに思う。
「後で奴に請求致します。呼ばなければ、無かった出費ですので」
憮然とした態度の魔術師の男に、薬術の魔女は「それもそっかー」と小さく苦笑した。呪猫当主は(特にケチじゃないので)理屈が通れば出してくれるだろう。
改札口に乗車券を触れさせ、乗降場へ降りる。それから少しして、列車が到着した。薬術の魔女達は列車に乗り込んで、全員が揃っているか確認する。
薬術の魔女達が乗ったのは特殊な寝台列車だ。基本的に他領地に列車で向かう場合、寝台列車に乗ることになる。魔獣に襲われないよう、一定の速度以上は出せないからだ。そのため、隣の領地に行くだけでも半日は掛かる。
「わたし達が二人と一緒に、こっちの部屋を使えばいいの?」
長女と次女を見、次に魔術師の男を見た。彼は頷き、「乗車券を無くさないでくださいまし。部屋へ入られなくなりますからね」と注意する。
「私は三男を預かります。貴方達は、向こうの部屋へ」
と長男と次男に一つ向こうの扉を示す。返事をする子供達に頷き、「必ず二人か三人で活動してくださいね」と念を押した。
×
「ひろーい」
薬術の魔女達の取った部屋は、いわゆる貴族向けの調度となっている。理由は魔女の肌が繊細で、通常の設備だと肌を痛めるからだ。ツインベッドが置いてあり、ドアから遠い方を長女と次女に譲る。
ベッドに腰掛け、長女は早速魔導書を開き始めた。
「列車の中回らないの?」
問う薬術の魔女に「機関室に入れないなら興味ない」と短く答え魔導書へ視線を落とす。魔術にしか興味のない長女らしい返答だった。
「仕方ないから、あたしが一緒に着いてったげるよ。おかーさん、列車の中見て回りたいんでしょ?」
やれやれ、と言いたげな顔で次女が薬術の魔女の腕を掴んだ。
×
列車の内部は装飾が綺麗だ。よく見れば、装飾の中に魔術式も自然に仕込まれており守りが強化されているようだ。
「あの人のとは形が違うから、別の人がやったのかな?」
国営の列車は、宮廷魔術師が魔術の仕上げをすると聞いている。特に伯爵以上の貴族が利用する物には、必ず使われていると言っても過言ではない。大体は犯罪率を低下させたり、魔獣からの攻撃で破壊されないよう強度を補強したりする。
「おかーさん、次の車両に行こうよー」
次女に腕を引かれ、移動した。
実のところ、夏のこの時期は呪猫によく呼ばれるので呪猫当主の呼び出しには慣れている。
逆に、冬の時期は薬術の魔女の生家にいくことが多いので生兎に居ることが多い。移動は列車の時もあれば、魔術式の刻まれた札で行くこともある。
車両を見て回る間に、列車を楽しむ長男と次男に出会った。
「この等級に乗るの初めてだから、一緒に見て回ろうって誘ったんだ」
長男はそう笑った。
「それに、喉乾いたから売店でなんか買いたかったし。ふたりで行動しろって父さん言ってたから、やっぱり一緒に来てもらわなきゃだし」
「飲み物ならママ持ってるよー?」
「車両の売店で買いたかったんだよ。旅の醍醐味でしょ」
余計なこと言うな、と長男は薬術の魔女をジト目で見上げる。次男は少し緊張している様子だが、楽しんでいるようだ。
「一通り見た後はボードゲームとかして遊ぶつもり」
「ね?」と長男が首を傾け、「はい」と次男も頷いた。それから、長男達と別れる。
×
と。
「……運命が、なんか変な感じ。……ママ」
きゅ、と次女が不安そうに薬術の魔女の裾を掴んだ。
「え、なに?」
振り返ったその時。変なにおいを感知した。どこか、薬物に似た臭いを。誰か、知らない人間が通った直後だ。
「……気のせいだったかな」
「如何しました」
首をひねる薬術の魔女の側に、魔術師の男が近付く。いつの間にか、傍に立っていた。
「……三男は?」
彼が1人で居る事に首を傾げると、「長男と次男に託して居ります」と魔術師の男は涼しい顔で返す。どうやら途中で会ったらしい。
「お二人共、不安そうな顔ですね。何か有りました?」
薬術の魔女と次女の顔を見、魔術師の男は真剣な表情をした。腰元の簡易的な杖に手を掛けているが、車両内は戦闘系の魔術の発動は禁止されている筈だ。なので「誰かに何かをされたとか、言われたとかそんなのじゃないんだよ」と薬術の魔女は彼をなだめる。
「気のせいだったらいいんだけど。あのね……」
三名は広い場所に移動して、薬術の魔女はわけを話した。なにか、違法薬物によく似た臭いを感じた事や、その前に次女が何か嫌な予感を感じていたらしいことなどだ。
「……」
話し終わると、考え込んでいる様子の魔術師の男。
「なにか問題あった?」
「いえ。……然し、奴の事成らば呪猫か国に関わる筈……」
「(やっぱなにか問題あったっぽいな)」とは思いつつ、詳細は聞かなかった。どうせ必要になったら彼は教えてくれるはずだからだ。
×
夕食を食べ終わり、自由時間となる(そもそも時間拘束もされていないのだが)。
長女は相変わらず、魔導書を眺めている。このペースだと列車の中だけで読み終えてしまうのではないかと思ったが、「呪猫では別の本があるから良いの」と長女は平然とした顔で言っていた。
次女は絵柄の付いた札を並べたり、混ぜたりしてうんうんと唸っていた。「何してるの?」と問うた時、「しっ! 邪魔しないで!」と言われてしまったので、薬術の魔女は眉尻を下げて大人しく引き下がった。
「寝る前に、浄化装置は使うんだよ」
ひとまず自由な娘二人に掛けられたのはそれくらいだった。
薬術の魔女も何かしら趣味の活動はしたいが、生憎、車両内には薬草や薬物の持ち込みはできない。そのため、薬術の魔女はおとなしく持ち込んだ薬草の論文を眺めることにした。
「そうだ、次の学会に向けて何か書いとこうかなー」
と呟くも、何を書けばよいのか分からない。実のところ、宮廷医として活動している間は(王からの命令なので)論文は出さなくても良いのだが。
うんうん唸りながら論文集を読んでいると「まま、うるさい」と長女に文句を言われてしまった。
「おかーさん、この草のこと調べたらいいかも」
次女が薬術の魔女がベッドの上に放っていた薬草辞典(最新版)の一ページを開き、一つの薬草を示した。
「なんか、運命がそうゆってる」
「次女がそういうならやってみようかなー」
示された植物は、とある地方で痛み止めとして使われているものだ。
少し長くなりそうなので細切れで出します。




