27 降雨祭
夏が始まり、雨祭りの時期が来た。
雨祭りは冬に行われる聖人の日の対の日だとされている。この時期に降る雨のことを『清め雪ぐ雨』と呼び、『雨祭り』とは、その雨のめでたさにあやかった祭りだ。
昔は雨の日に行われていたようだが、近年では各地域で特定の日付けに定められ、晴れていても行うようになった。
『雨祭り』は地域によって開催時期が前後するので虚霊祭のように国全体がそのイベント一色に染まる事はない。
そして、大抵の祭りごとでは神に祈って晴天にしてもらうので、雨天と祭りが被るのは大変に珍しい。
雨天がありがたいものとされていても服が濡れれば不快であり、足元は汚れ面倒なことになる。なので、基本的に雨天中止となる。
雨祭りの時期には、保護者が子供達に祝福を渡す場合が多い。虚霊祭のように、お守りの付いた菓子類を贈る所もある。
「資金は集まってるし、設備もそれなりに整ったからお店を出す必要はないけど……」
雨の降る音を聞きながら、冬の事を思い出して薬術の魔女は呟いた。
ふと補佐官1と補佐官2が顔上げ、扉の方へ意識を向ける気配がした。来客がありそうだ。薬術の魔女も何となしに扉の方を向く。
すると、すぐにノッカーが鳴った。
「はーい」
動こうとする補佐官達を(作業中だったので)制し、薬術の魔女が扉を開ける。開けると魔術師の男が立っていた。
「あれ。どうしたの」
宮廷内で当人が直接的に接触を図るなど、随分と珍しい。
「奴に呼ばれました。来週の予定を1週間丸ごと空けてくださいまし」
「え」
戸惑う薬術の魔女をそのままに、魔術師の男は懐から紙を出す。それは、魔術師の男の兄である呪猫当主からの呼び出し状だった。
受け取ると、質の良い紙の感触がした。
「其れを人馬宮室長に出しなさい。休みをもぎ取れますので」
「うん」
頷く薬術の魔女の側に、補佐官2が近付いた。薬術の魔女は魔術師の男の顔を見ながら、呼び出し状を補佐官2へ渡す。
「対処しておきますね」
と答える補佐官2に「うんー」と半ば上の空で返答した。「失礼します」と補佐官2が魔術師の男の横を通って室から出て行ったので、早速対処してくれるのだろう。
「ひとまず、室に招いてはいかがですか?」
そう薬草茶を持った補佐官1が提案したので、魔術師の男を蘇蛇宮の中に招いた。
「きみもおやすみ?」
「然様です」
来客用のソファなど無いので、そこら辺にあった椅子を作業机に近寄せて座るよう勧める。「では失礼して」と頭を僅かに下げ、彼は椅子に腰掛けた。それを見て薬術の魔女も向かい側に座る。補佐官1は薬草茶を2人分作業机に乗せ、作業に戻った。
「猫のところに行くの」
薬術の魔女が声を掛けた瞬間、魔術師の男は2人を囲う魔術結界を張る。恐らく防音のものだろう。
「奴に呼び出されて祈羊に向かう成らば、儂は斯様にシケた面をして居らぬわ」
「だよね」
言葉遣いが雑だ。余程、呪猫に行きたくないのだろう。側から見ればつんと澄ました顔だが、付き合いの長い薬術の魔女には嫌そうな顔だとすぐ分かった。
「用事はなんて?」
「『子を連れて来い』と」
「要は甥や姪の顔を見たいってこと?」
「斯様に単純な話で無いわ。次女の様子見、序でに他の子達の品定めでしょう」
「そうかな?」
「良いですか。招待には私と貴女は含まれて居りませぬ。だが、『休みを取れ』と告げて居る。何かをやらせる積もりです。用心しませんと」
「そうかな? まあ、うん」
彼の呪猫当主不信は今に始まったことでないので、指摘するのは憚られた。多分魔術師の男の顔も見たかったんじゃないかな、と薬術の魔女は思うが。
×
「休暇の許可が降りたそうですよ」
結界越しに、補佐官1が薬術の魔女に告げた。連絡端末を持っていたので、補佐官2から連絡があったようだ。
「分かった。ありがとう」
魔術師の男が張った結界は中の音を漏らさないものだ。なので、補佐官1に分かるようにやや大きめに頷く。
「んで、今から準備したらいいの?」
「そうですね。ですが、服の準備程度で良いでしょう。子供達にも、伝えて於かねば」
薬術の魔女と魔術師の男は1週間の休みをもぎ取った。子供達は夏季休暇で休みなので、初等部への連絡は不要だ。
×
家に帰った薬術の魔女は、子供達に「今度、みんなで猫のところに行くよ」と告げた。
長男は「何か呪猫当主に呼ばれたの?」と言いつつもさっさと準備を始め、長女は面倒そうな顔をし呪猫で読む魔導書の選定を始めに自室へとぼとぼと向かった。
次女は「あたしがおねーちゃんの分も手伝ってあげる!」と長女のあとをついて行く。
三男はまだ小さいので、薬術の魔女が旅行の準備をしなければ。
「あれ、どうしたの」
ふと、次男が不安そうな顔をしているのに気付いた。目線を合わせると、次男は所在なさげに視線を逸らす。「僕は養子だから……」と、実子でないことを気にしている様子だ。
「みんなで行くよ。『子供達を連れて来るように』って書いてあるから、みんな呼んでるんだよね。養子とか実子とか関係ないよ」
薬術の魔女はそう言い聞かせる。
「追い払われたとて、遣り様は有ります。気にせずとも宜しい」
夫の魔術師の男も、そう言った。それで少し安心したのか、「準備してきます」と部屋に戻って行く。
「あの子、自己肯定感がちょっと低めだからいっぱいよしよししないとだね」
「……。適度に成功体験を与えて適切に褒める方が、真面な大人に成れるかと」
困り顔の薬術の魔女に、魔術師の男はややため息混じりで答えた。
次男は直接の血のつながりはないが、実子と同じくらい目を掛けているつもりだ。むしろ自己主張をしない遠慮しいなので、自己主張をしっかりする実子達より構い倒している。鬱陶しいなら嫌がれば良いのに、次男は強く嫌がらないので少し困っている。最終目標は、構い倒して嫌がってもらうところまでだろうか。(※長男に「それやめときなよ」とは言われている。)
まだ幼い三男の旅行準備は意外とあっさり済んだ。普段から外出用の準備をしているため、それに着替えを足すだけだからだ。『1週間の暇を作れ』と魔術師の男は告げていたので、1週間分と予備の着替えを用意する。呪猫の食べ物が合うかも分からないから、食事の用意も少しやっておく。
魔術師の男は移動手段について少し考えている様子だ。かなり前から考え込んでいた。今も居間にある自身の席に着き、卓の上に置いているカードを見つめ口元に手を遣っている。手っ取り早く行くには移動用の魔術式を使えばすぐに済むのだが、何を考えているのだろうと薬術の魔女は首を傾げた。
「あ、おとーさん! れっしゃでいこ! れっしゃ!」
唐突に、次女が叫んだ。いつのまにか居間の出入り口に立っている。
「列車……ですか」
「うん! 運命がそうゆってる!」
目を輝かせ、次女は強く主張した。その様子を数秒見つめた後、
「解りました。其れで行きましょう」
魔術師の男は頷く。それに満足したのか、次女は「おねーちゃん、れっしゃだよー」と言いながら自室のある方へ向かって行った。
「どうしたの?」
「ああ、何か妙な予感がしまして。占いでも魔術式の移動依り、『何か』で時間をかけて移動したほうが良いと出ていたもので」
「ふーん?」
彼の主張はよく分からなかったが、嫌な感じはしなかったのでそれでよいのだろう。そう、薬術の魔女は納得した。次女の意見で、時間をかけて移動する『何か』を決定したのだ。
そうして、魔術師の男は列車での移動用の予約手続きを始めた。




