『愛を返す日』(閑話)
今回も推理はなしです。
いちゃつき話。
『愛を贈る日』を過ぎたあたりから、雪は激しくなる。
薬術の魔女は軍人であるものの、『猛吹雪の中を歩く能力がない』『冬の妖精や精霊に攫われた際に責任が持てない』ので、この時期は外に出ないように指定されている。これは宮廷医として活動している今回も適応されるようだった。代わりに、緊急時に宮廷に直接入れる特別な魔道具を貸し出してもらった。
これは春の儀式に参加する月官や春官に渡されているものだ。当直になる他六官や日官にも渡されている。
子供達の通う学校も休暇に入り、子供達は家の中に居る。
そして。夫である魔術師の男も、家の中に居る。
「(『まだいる』って感じだけど)」
居間のソファで、薬術の魔女は本を読んでいた。本で顔を半分ほど隠しながら、ちら、と夫の魔術師の男の様子を伺い見る。
彼は月官なので、冬を終わらせる『春来の儀』に参加するために、宮廷へ向かわねばならないのだ。
「(室長なのは仕方ないけど……)」
彼は『春来の儀』で神に穢されてくるのだ。話を聞く限り、室長で春の儀式に生贄として参加するのは彼だけらしい。文句を言っても、決定事項であり、生贄を選ぶのは『春の神』なのでどうしようもできないという。それを思い出し、薬術の魔女は小さく口を尖らせ、頬を膨らませた。
「(……もしかして、『宮廷医』として儀式を見に行けるんじゃない?)」
ふと以前そう思い、天官に確認したところ見に行けるようだと知ったのだ。だから、薬術の魔女は『春来の儀』を見に行くことに決めた。
「変なことは、考えて居りませんよね?」
気付くと、魔術師の男が薬術の魔女のすぐそばに立っている。本をずらして、薬術の魔女は背の高い伴侶を見上げた。
「変な事って何さ。冬の予定を考えてただけだよ」
嘘は言っていない。それを彼も察したのか、目を細める。
「然様ですか。普段通りに過ごして頂けたらば、其れで宜しいのですよ」
「分かってるよー」
そう返事をしながら、薬術の魔女は魔術師の男の心情を察していた。
「(儀式に行かせたくない、って感じか―)」
まあ行くのだが。
「ところで。小娘」
「なに?」
魔術師の男がしゃがみ、薬術の魔女と目線を合わせてきた。それに合わせて、薬術の魔女もソファにもたれかかっていた体を起こす。
「本日は『愛を返す日』にて。お返しをしに参りました」
「おかえし」
そういやそんな日だったな、と思い出し頷く。視界の端では子供達がお菓子を持って喜んでいる姿があったので、子供達にはすでに渡した後なのだと察せた。
「菓子です」
「うん」
手渡された小さな紙袋を、受けとる。いつもの、品質の三倍返しの高級な巧克力だ。甘さと口溶けが好みである。この数年の結婚生活の中で、すっかり好みが把握されているな、と薬術の魔女は思う
「而、お守りです」
「うん」
これも。いつもの贈り物だ。薬術の魔女はあらゆる薬を生成できる才能から、命を狙われやすいらしい(※他人事)。その上、妖精や精霊に魔獣などからも狙われやすいらしく夫の魔術師の男は定期的にお守りをくれるのだ。
「もう一つ」
「うん」
これもいつも通り。個数の三倍返しだ。今年は何だろう、と呑気に思っていると。
「魔導機です」
「うん……って、え?」
魔導機。魔力を原動力にした機械。それは良いのだ。何の機械だ、と薬術の魔女は警戒心を強める。
「貴女、欲しがっていたでしょう? 新しい抽出機を」
「うん、そうだけど……」
抽出器。つまりは薬品精製用の魔導機と言うことになる。つまりは医療用機器。とんでもない金額が掛かっていそうだ。
「実験室に置いてあります。案内して差し上げます」
「ほぇ……」
あるんだ、と薬術の魔女は内心で肩を落とす。魔術師の男が声を掛けた時点であるのは想定済みだったが。
そうして、薬術の魔女は魔術師の男に連れられて、屋敷内の実験室に案内される。
「如何です?」
「最新式のやつじゃん」
眉を八の字にして、薬術の魔女は魔術師の男を見上げた。彼はどこか誇らしそうな表情をしている。言うなれば、獲物を持ってきて『褒めて』と言いたげな猫。
「貴女に必要な機能は全て搭載させました」
「搭載させた……って、まさか指定発注品!?」
「当然に」
「はぇー……」
薬術の魔女がオーダーメイドに気付いたところが、彼的にポイントが高かったようだ。魔術師の男はどこか嬉しそうに彼女を見下ろす。
「是で、薬品精製等出来るでしょう」
「うん、ありがとう……」
ありがたい。それは確かな話だ。だが。
「金額、絶対三倍以上してるよね?」
「其れが何か?」
彼女の疑問に、魔術師の男はなんとも思っていない顔で首を傾げた。
「きみいつも品質と個数を三倍以上にしてくるけど、これは度が過ぎてるっていうか……」
「如何でも良いでしょう。私が勝手に購入し与えているだけですし」
「うわー」
貢ぎ体質、とでも言うのか。だが彼が貢ぐのは薬術の魔女にだけなのだが。
確実に甘やかされている。そう、自覚できた。それも、きっと魔術師の男が「薬術の魔女を逃がすものか」という執着心でやっているだけなのだろうが。屋敷内を彼女にとって心地よい環境にすることによって、薬術の魔女が屋敷に戻ってくる確率を上げたいのだ。
「子供達にもあげた?」
「えぇ。菓子を」
お菓子をあげたことは知っている。「魔導機とかほかの物品あげた?」と聞いたつもりだったが。彼の返答でこの三倍返しは薬術の魔女だけだったのだとすぐに判る。
「わたしもお菓子だけでいいのに」
「此れが私に返せる『愛』なので」
口を尖らせる薬術の魔女に、魔術師の男はいつもの澄ました様子でさらりと答えた。
「結構、現物的だよね」
「目に見えて確実に『在る』、而貴女が目に見えて喜ぶ。何処に間違いが有ります?」
「うーん、説明が難しい―」
「愛を知らない」と言っていた彼なりの『愛』なのは否定しないが。まるで薬術の魔女が『物品でないと心を繋ぎ止めてくれない』とでも思っているかのような感じがするのだ。
だが、それを彼に言っても目に見えない愛を信じていない彼には難しい話なのだ。
とは言いつつ。彼からの無自覚な『見えない愛』も感じ取れるので、とやかくは言わない。
「いつかは、わたしを信じてね」
「此れでも、以前依りは信じて居りますがね」




