19 『愛を贈る日』と菓子3
それから。
薬術の魔女は香料入りの巧克力を小分けにしたものを、知り合いに配ることにした。一口サイズに固めたものを包装で包み、簡易的に食べられるようにしたものだ。
まずは月官の蘇蛇宮へ持って行った。せっかくならまずは友人などの親しい人が居る方が良いだろうと考えたのだ。
だけれど。そこには(魔術師の男の)後輩の魔術師だけが1人で優雅に紅茶を嗜んでいた。
「あれ、伴侶は?」
周囲を見回し、後輩の魔術師に問う。どこにも室長である魔術師の男の姿も、気配もなかったからだ。
「外で仕事だそうです。そのまま直帰するそうですから、もうここには戻って来ませんよ」
「なーんだ」
後輩の魔術師の言葉に、露骨に薬術の魔女は肩を落とす。その様子を見て「(室長が居たら舌打ちしそうですね)」と後輩の魔術師は嘆息した。薬術の魔女はあまりにも分かりやすい。
「で、手に持ってるそれはなんですか」
「香料入りの巧克力。焜炉ついたから、その記念と薬術の魔女は怖くないよーっていう普及活動」
「普及活動ですか」
「うん」
一つ手に取り、後輩の魔術師は巧克力を品定めする。薬術の魔女が取り扱うものらしく、とても品質が良い。恐らく生薬用の材料だったのだろうな、と思考が過った。
「せっかくなので、一つ頂きますね」
「うん!」
口に入れると、程よい香料の香りと共に巧克力がほろりと溶けて消える。舌触りも良く、非常に高品質だ。
「そういえばですけど、聞きましたよ。また毒事件を解決したそうですね」
紅茶を一口飲み、後輩の魔術師は薬術の魔女を見る。
「え? あー、うん。なんかお茶に入ってたんだって」
頷く薬術の魔女は、特に何も考えていなさそうな様子であった。何か思惑があって助けた訳ではなさそうだ、と後輩の魔術師は即座に判断する。(というか、薬術の魔女がそういう人物ではないことぐらい知っているし、そういうところが後輩の魔術師は好ましいと思っているのだが)
「そーですか。大変なことになりましたね」
「え、なにが?」
ぱちくり、と薬術の魔女は目を瞬かせた。それを見、後輩の魔術師は僅かに口元を緩める。
「いえいえ。恐らくあなたの伴侶が教えてくれるでしょうから、その人に聞いたらいいんじゃないですか」
「うん、わかった」
それから、他の月官の室を回って行った。
他人の手作りが食べられない月官用に、通常の巧克力で作れる香料の割合を書いたレシピなども一緒に渡す。
その次に他の日官の室を回って行ったが、「食料が手に入ったぞ」と言われたので節約の一端に使われたようだ。
星官にも配ったが、微妙な顔をされた。話したことがある男官や女官にも渡し、薬術の魔女は香料入りの巧克力を配りきったのだ。
×
定時を過ぎたので、薬術の魔女は補佐官達に声を掛けてから帰宅する。
自宅に戻ると、夫の魔術師の男の気配を感じた。それと子供達の気配も。
「母さんおかえり。これ、兄弟みんなからの巧克力ね」
子供達の元へ行くと、長男を中心に子供達から巧克力を貰った。それは市販の小さな小分けのものだったが、薬術の魔女自身は気にしていない。話を聞くともう父親である魔術師の男には渡した後らしい。
いつも子供達は、長男主導で一口サイズの大きさの巧克力を一つの袋に五個ずつ入れて安物のラッピングして渡している。その理由は父親がいつも三倍返しするから倍良いものを貰って兄弟(特に長女と次女)が贅沢覚えたら困るから、だそうだ。
子供達の前でもあまり伴侶と仲の良い姿を見せないようにしているため、魔術師の男とは最低限の会話だけを交わし一日が終わった。
防御や防音の魔術式が厳重にかけられている夫婦寝室で、薬術の魔女は魔術師の男と話すのだ。
「第三王弟って人に会ったよ。なんか学校一緒だったらしいんだけど、覚えてないんだよね」
夫婦寝室の寝台に腰掛けながら、薬術の魔女は魔術師の男に今日あった出来事を話す。夫婦寝室の寝台は二人で寝る設計なのでかなり大きめだ。夫の体格が大きいのもあるが、薬術の魔女は数度寝返りができるサイズのベッドを何気なく気に入っていた。柔らかさや匂いも好みだからだろうと思っている。
「……第三王弟、と申しましたか?」
自身の衣装棚に服を仕舞っていた魔術師の男がその手を止め、薬術の魔女を振り返った。その声は低く、どこか警戒と疑問の混ざったものだ。
「うん、言った」
「はぁ……」
深く考えず、薬術の魔女が頷く。すると彼は深く、それはとても深く。溜息を吐いた。なんだかとても『面倒なことが起こってしまった』と言いたげだ。
「そういうことですか」
「なにが?」
薬術の魔女が問い返すも、
「いえ。此方の話です」
そう魔術師の男は緩く首を振る。
「えー、なに?」
「貴女は関係……有るとも言えなくもないですが、現状では関係はないので」
「なにそれ」
ともかく、今の魔術師の男は答えてくれないらしいことだけ薬術の魔女は察した。『教えてくれなかったじゃん』と後輩の魔術師への文句を内心で言っておく。
「ま、いいよ。はいこれ」
少し口を尖らせつつ、ではあったが薬術の魔女はとあるものを魔術師の男に差し出した。
「此れは……」
「香料入りの巧克力」
薬術の魔女がいつもの態度で言うので、魔術師の男も特に警戒することなく巧克力を手に取ってくれる。
少し眺めた後
「いつものではないですね」
薬術の魔女を見た。
「うん。宮廷で配った。焜炉ついたから、その記念と薬術の魔女は怖くないよーっていう普及活動の香料入りの巧克力」
「有り難く、賜りましょう」
と言いつつ、魔術師の男は保護系統の魔術を掛けて空間魔術でどこかにしまう。今日は食べるつもりは無いようだ。
「そんな大袈裟なものじゃないってば」
薬術の魔女は眉尻を下げる。薬術の魔女は平民なので、『賜る』のような大げさな言葉を付ける必要などないのだ。魔術師の男はよくわからないが、いつも薬術の魔女があげたものを大層大事そうに扱うのだった。(ちなみにこれは『彼女との縁を繋げられる』と、魔術師の男が勝手にありがたがっているだけである。)
「あ、あとお薬入り巧克力」
「いつもの、ですね」
「うん」
薬術の魔女が、手作りの包装で飾り付けたものを差し出す。それも、魔術師の男は嬉しそう(※薬術の魔女比)に受け取った。
「今年も3倍返し、お楽しみに」
にこ、とほほ笑んで魔術師の男は告げる。
「え、今年も3倍返しするの」
「致しますよ。其の様に決まっているのでしょう?」
「法律では決まってないけどね……」
薬術の魔女は口を尖らせる。初めて巧克力を贈った頃から、魔術師の男は3倍返ししてきていたのだ。慣れてはいるが、自分ばかりたくさん貰っている感じがして少し気後れする。
×
「すぴー」
見事な熟睡顔をさらす薬術の魔女を横目に、魔術師の男は本日遭ったらしい出来事を思考する。
「(此度の毒事件は、恐らくは偶然。だが、それを上手く利用されたと言う処か)」
妻である薬術の魔女が宮廷に呼ばれた理由はおそらく。
「(第三王弟殿下の為……か)」
最近の宮廷は保守派と革新派の衝突が激しい。王代理である第一王弟と第二王弟は表立って活動していないが、周囲の貴族(特に革新派)が活動的なのだ。
それならその双方でやり合っていれば良いものの、過激な革新派が日和見派を取り入れようとしているのだ。その結果、日和見の頭であるとされる第三王弟に取り入ろうとする者と亡き者にしようとする者が増えた。そうすると、第三王弟にとって宮廷は安息の地ではなくなる。
「(……軍部へと連れて行く予定か)」
その足掛かりとして、軍医中将となる薬術の魔女に近付けようとしたのだろう。




