8.脱出行
スレイド達が推測する“工場”がほぼ完成したある日、ファムは母親に言われて山に入り谷川で魚を獲ったり山菜を集めていた。十分な収穫を得たので村に帰る道を歩いていると、遠くに煙が見え嫌な予感がしたファムは慌てて村が見える丘まで走っていった。そこで彼が見たものは、炎上する村と村人に向かって銃を乱射する兵士達だった。ファムが必死になってモバイルで母親を呼び出すとややして奇跡的に通話が繋がった。母親の苦しい息が聞こえ、かすれ声で「逃げなさい」。それが最後だった。銃声が聞こえ、通話が途切れた。
数人の兵士が山道をこちらにのぼって来るのが見え、ファムは逃げた。どこをどう走ったのかも分からず、山を越え谷を越え、3日3晩後に山中でトラックが止まっているところに出くわした。誰もそばにいないのを確認してトラックに潜り込むと、ショックと疲れが出たのかファムは眠り込んでしまった。気が付くとトラックに多数の人間が乗っており、しばらくすると(スレイドの推測ではおそらく)宇宙港と思われる場所に着いた。
トラックに乗っていた人々が奇妙な形をした箱(リベラシオンⅡ号?)に乗り込むのをみて、ファムの方は他の貨物に紛れてその箱に乗り込んだ。誰にも見つからぬよう、1階のハッチ横の狭い棚のような場所に潜り込んだ。オクシタンからテラフォードまでの約1週間、彼は山でとった魚や山菜を齧りながら飢えをしのいだらしい。
2人の間に長い沈黙が落ちた。しばらくしてウォラフソンが尋ねる。
「2つの村がある時、ほぼ同時に消滅したということですか。2つの事件に関連があると思いますか?」
スレイドはグラスのウィスキーに目を落とし、軽くグラスを揺らした。カラン、と氷が澄んだ音をたてる。
「ナージュ村の人たちが着ていた服をそちらで分析センターに回したんだったな。その分析結果を君は読んだか?」
「ええ、確かプロトフェリジウムでしたっけ?が検出されたとか。何です、そのプロトなんとかって?」
「俺も聞き慣れない物質だから専門家に聞いてみたよ。ナナビシ・スターの子会社で鉱山と金属を専門に扱うところがあってな。そこに20年来の友人がいるんだが、そいつにプロトフェリジウムのことを聞いてみた」
ナナビシ・スターはもともとテラフォード経済を牛耳っていた財閥系の老舗で、今でもテラフォード共和国内で恒星間貿易に従事する会社の中で1、2を争う程の巨大商社だ。スレイドが続ける。
「そいつもプロトフェリジウムは扱ったことがないらしいが、数年前に1つだけプロトフェリジウムに関する論文が専門雑誌に載っていたのを思い出してくれた」
興味をそそられたのか、ウォラフソンが身を乗り出す。
「俺も彼が言ってた論文を探し出して読んでみたよ。それによると、プロトフェリジウムは強い放射線を出す希少金属元素らしいんだが、気化・精製した上で低重力下で特定の金属と融合させると従来型の鋼板と比べて非常に軽くて強い鋼材が作れたり、ある種のビームを高い率で反射する可能性がある、という内容だった」
「軽くて強い鋼材やビーム反射・・・あっ!」
ウォラフソンは目を瞠る。
「シャハリヴァル村の軍艦工場!」
スレイドは頷くと立ち上がった。
「今はまだ状況証拠にもとづく推測にすぎん。だが、オクシタンの動向についてはもうちょっと注目しておく必要がありそうだな」
暇を告げたスレイドに並んで事務棟入口まで送りながら、ウォラフソンはふと数日前に見た光景を思い出し尋ねた。
「難民達の聴取の時、ダスティンもフィリップさんでしたっけ、彼も随分と難民達に同情しているように見えたけど・・・あれも話を聞きだすテクニックなんですか?情報機関の人って、もっとこう・・・」
「冷血漢かって?」
スレイドが冷やかす。ウォラフソンはあいまいに手を広げる。
「何しろ、警備艦隊情報部の人間ともあんまり仕事上の付き合いがないもんで」
スレイドは無言で笑ってポケットに手を突っ込む。どこかぼんやり宙を眺めながら、
「もちろん、悲惨な事件の後、知らない環境にいきなり投げ出されて動揺している人達から話を聞きだすにはそれなりの配慮がいる。それをテクニックと呼んでもいい。ただ・・・」
ウォラフソンはスレイドの横顔を盗み見た。どこか寂しそうにもみえる。
スレイドはなぜか投げやりな口調で続けた。
「ただ仕事上必要というだけじゃなく、気持ちを表しても差し支えない場合にはきちんと喜怒哀楽を示した方がいい」
少しおいて発したスレイドの言葉は暗闇に沈んだ。
「でなければ、そのうち自分の感情がすり減っちまう」
後にその言葉をウォラフソンは思い出すことになる。