第参章 〝青天の霹靂〟①
陽人はいつもとおなじように、目覚まし時計の音で目を覚ました。
ちなみに、陽人が朝目覚まし時計をかけて夜には使っていないのは、朝が弱いからだ。
しかし、今日はいつも以上に眠い。昨日は、献血師學校であったことを『総本山』に報告したために、詳しい状況説明や、報告書の作成に手間取り、寝たのはいつもより遅い時間になってしまった。今回の件で、比屋定は選抜隊から離れ、學校に復帰することになったそうである。
今日は土曜日で學校は休みだが、陽人のすることは変わらない。早朝のランニングと素振りだ。それを終わらせてムラマサを起こすまでが、彼の朝の仕事である。今日は休日だから、ムラマサに食べさせる時間を含めても、ゆっくりと食事をすることができた。
母にムラマサと出かけて来てはと提案されたのは、そうして食後に一息ついたときだった。
「今日はいいお天気だし、むーちゃんを遊園地にでも連れてってあげなさい。陽ちゃんもたまには息抜きしないと、体にも悪いわよ」
「うーん……」
陽人は空返事をした。というのも、彼はいま深陰のことを考えていたのだ。昨日の様子はどう見てもおかしかった。あれはいったい……。
「どうせならみかちゃんも誘ったげなさい。ちょうど、昨日商店街で割引券三枚もらったのよ。お弁当は作っておいたからちゃんとみかちゃんにも……」
「ちょ、ちょっと母さん!」
どんどん話を進める母に、陽人は慌ててストップをかけた。〝みかちゃん〟というのは深陰、〝むーちゃん〟はムラマサのことである。
「まだ深陰の都合も分からないのにそんな……」
「あら、電話して聞いてみればいいじゃない」
それはそうだが、いや、普段ならそうするところだが、昨日の様子がどうも気になる。本人は大丈夫だと言っていたが、深陰は一人で背負い込むタイプだ。五年前もそうだったし、きっと今回も……。
「はるくん、今日はおでかけするの?」
ムラマサが陽人の服の裾をひっぱりながら訊いてきた。
「え、うーん……」
陽人はちょっと考える。母の言う通り、今日は天気もいいらしいし、せっかくの休日だ。家にいてもムラマサは面白くないだろうし、遊びに行くのもいいかもしれない。それに、深陰も誘えばなにか話してくれるかもしれない。
「そうだね。よし! 今日は一緒に遊びに行こうか!」
「うんっ!」
嬉しそうに陽人に抱きつくムラマサ。
「あらあら、よかったわねむーちゃん」
沙織もやわらかく微笑む。昨日のゴタゴタもそうだが、陽人は深陰の様子を見て、ただならぬものを感じていた。母はそれを敏感に感じ取ったのだろう。これは彼女なりの思いやりかもしれない。
『総本山』のデータベースにアクセスしてみたが、あれから野島市近辺で行方不明者が出ているという情報はない。政臣の言う通り『始祖』に動きもないようだし、ずっと根を詰めていては参ってしまう。息抜きも必要だろう。
どうせ出かけるなら早いほうがいい。さっそく深陰に電話をする陽人だが、
『ムリ。今日は用事があるのよ』
「そう、なのか……」
けんもほろろに断られ、通話もあっさり切られてしまった。
「仕方ない。ムラマサ、僕と二人で行こうか」
「いいよ! はやく行こっ!」
ピョンピョン跳ねながらムラマサが言う。陽人との久しぶりの外出がうれしいらしい。
そんなに喜ばれると、なんだか気恥ずかしい。陽人はムラマサにポンと手を置き、
「よし、じゃあ行こっか! 深陰の分も楽しもう!」
このとき、気晴らしどころか余計根を詰めることになることなど、もちろん陽人は想像もしていなかったのである。
家を出てすぐ、陽人はすぐに目を見張る事態に直面した。
(な、なんだ……あれは……?)
陽人の目に飛びこんできたのは信じがたい光景だった。クラスメイトが、二人並んで歩いていたのだ。陽人が目を見張ったのは、そのクラスメイトが、とてもよく知る人物だったからだ。
深陰だ。陽人の幼馴染である蘆屋深陰が、歩いていたのだ。昨日転校してきたばかりの、変人転校生、五条政臣と。
「はるくん……?」
「しっ」
物陰から二人を見る陽人だが、頭のなかは完全にこんがらがっている。遊びに行こうと家を出たのに、ストーカー行為にいそしみ始めた陽人を、ムラマサは不思議そうに見ている。
二人を目にしたのは、駅に近い繁華街。ショッピングモールや喫茶店などが立ち並ぶ場所だ。
心なしか、二人の距離は近い気がする。手を繋いだりはしていないが、いまにも腕でも組みそうな距離感だ。もしかして……いや、もしかしなくても、これは……。
「デート、だな」
「うわぁっ!?」
突然後ろから声をかけられ、心臓が飛び出るかと思った。じつを言うと、警察に職質されたのかと思ったのだ。
「蘆屋と政臣とは、珍しい組み合わせだな。蘆屋がデートするなら、私は山背、おまえとすると思っていたよ」
「り、林道さん……」
酸欠金魚のように口をぱくつかせ、クラスメイトの名前を口にする。
陽人の背後から声をかけたのは林道弥生。髪型のポニーテールはいつもどおりだが、服装はトップスにパンツというラフなもの。飾りっ気のないシンプルな服装だが、美人故にそつなく着こなしている。読者モデルをやっていると言われれば信じてしまいそうだ。
ちなみに、彼女は司にファッションセンスを矯正された過去を持つ。
「やあムラマサ、元気か?」
「やよいおねえちゃんだー! 元気だよー!」
「そうかそうか。いい子だ。アメをあげよう」
「ムラマサ、静かにしないと見つかっちゃうよ」
そう言って頭をなでるが、いま彼女は陽人の背中におんぶされた状態なので、ちょっとなでにくかった。
「こんなところでなにをしてるかと思えば、幼馴染をスニーカーとは……嘆かわしい」
「ストーカー、でしょ?」
「そう言……」
「ってない。っていうか、ストーカーじゃない!」
逆切れ気味に反論するが、弥生の冷めた視線をうけ、見る見るうちに冷静になる。
「……林道さんこそどうして? ここ地元じゃないでしょ」
「『始祖』の件がどうにも気になってな。散歩がてらパトロールだ。せっかく交通費は免除されるわけだし、活用せねば」
と言って、一枚のカードをひらひらふってみせる。それは『献血師』全員に支給されているカードだ。それがあれば、政治家よろしく、電車やバス、飛行機など、あらゆる交通機関をただで使用できる。『総本山』が日常的に謳っている『献血師』の〝特典〟の一つである。
「で、山背はなぜストーカーを?」
「僕はべつにストーカーじゃ……いや、ストーカーかも」
反射的に否定しかけて、結局認めた。ふと見たショーウィンドウに自分の姿を見たからだ。ムラマサを背負って物陰から幼馴染の少女を見る自分は、なんというか、虚しい気分にさせられる。
「今日は休日で人通りも多い。補導されないうちにやめておけ。蘆屋には黙っておいてやる」
「うん……いや、それはムリだ」
一度は首を縦に振りかけるが、しかしすぐに横に振る。
「だって気になるじゃないか! あれを無視しろなんて僕にはできないよ!」
「……」
弥生は呆れかえった様子で言葉も出ないようだ。しかし、格好のつかないことで大見えを切る陽人を、一周回って感心したようにも見える。
「なんというか、なんとも言えない気分だ」
弥生は言葉通りの形容しがたい表情で言った。
その横で、無邪気な笑顔で拍手をする少女が一人。
「なんかはるくんカッコいいー!」
「そ、そうかな」
照れくさそうに後ろ頭をかくも、
「だまされるなムラマサ! こいつはただの変態だ!」
「変態ってなんだよ! 僕はただ深陰が気になって後をつけてるだけだ!」
「変態じゃないか!」
声を張ったためか、周りに注目されてしまった。あまり騒いでは深陰たちにバレてしまう恐れがある。二人は慌てて口をつぐむ。
「ま、とにかくだ。やるならあまり目立たないようにしろ。ムラマサ、バカはほっといて私と一緒に遊ばないか?」
「はるくんはバカじゃないよぅ……」
泣きそうな顔で言われると、弥生は黙るしかなくなってしまう。
ムラマサは陽人の背中から降りる気配がないし、陽人もストーカーをやめるつもりはないらしい。弥生は諦めたようにため息をついた。
「分かった。おまえがバカな真似に走らないよう私も付き合おう。このままじゃ、あまりにも目の毒だ」
「……気の毒って言ってくれてるんだよね?」
しかし弥生、意外にもこれをスルー。
「じつはな、尾行というものにすこし憧れていたんだ」
「散々僕をバカにしといて自分もやるんじゃないか」
「私のはストーカーじゃない。尾行だ」
サングラスをかけながら言われるが、陽人はどうも納得いかない。
「っていうかそれ、この間かけてたやつじゃないね」
「あれはおしゃれ用、これは尾行用だ」
「あれオシャレのつもりだったんだ……」
まえに見たものはなんか魚のヒレとかがついたやつだったが、いまかけているものは普通のものだ。普通のがあるなら普通のだけかければいいのに、と思った陽人だが、むろん声には出さない。
「? なんだ、なにか言いたげだな」
「いや、なんでもないよ。それよりすこし距離を詰めよう。見失っちゃう」
「そうだな。そうしよう」
「はるくん、今日はおいかけっこしてあそぶの?」
「そうだよムラマサ。僕たちが鬼だ。あの二人に見つからないようにこっそり後をつけるんだ」
陽人はムラマサを背負いなおし、こそこそと動き出す。その後ろを追うサングラスをかけたモデルもどき。
奇妙な休日が始まった。
奇妙な組み合わせの二人を、これまた奇妙な二人組が追う。
はた目には子供を背負った陽人とサングラスをかけた弥生の二人組のほうが圧倒的に奇妙なのだが、陽人からすれば深陰と政臣という組み合わせのほうがよほど奇妙に映る。
昨日からの深陰のおかしな様子。そして今朝、電話をした時の深陰の言葉。〝今日は予定がある〟と言っていた。つまり、政臣と出かけるために自分の誘いを断ったと……そこまで考えたところで、陽人はぶんぶんと頭をふって考えを霧散させた。
行動どころか、考えまでストーカーじみてしまった。
「見ろ山背」
弥生が指さす先では、二人はアイスを購入しているところだった。ちょうど政臣がバニラアイスを深陰に渡しているところだ。
「どうやらアイスをおごってやったようだぞ」
(ふん、バニラアイスね。深陰が好きなのは、たしかチョコチップだったはずだけど。どうせなら好きなのをおごってあげればいいのに)
ちなみに、政臣が買ったのはチョコミント味のようだ。
「おや、深陰さん。はやく舐めないと溶けてしまいますよ」
「分かってる」
「どうだい? おいしい?」
「うん。おいしい」
「それはよかった! このチョコミントもなかなかいけますよ。去年はチョコミント味の商品が妙に多かった。僕は小さいときからチョコミントが好きでしたが、なかなか理解を得ることができなかった。ようやく時代が僕に追いついたってことですな!」
「そうなんだ。私はチョコチップは好きだけど、チョコミントは食べたことないわ」
「ほう! それは人生を損していますよ。せっかくです。この機会に一口いかがです?」
「え、でも……」
「遠慮なんていい。さ、どうぞ」
「でも、これって……間接」
「ちょっと林道さん! 妙なアテレコはやめてくれ!」
「私なりのユーモアだったんだがな。お気に召さなかったか?」
「召さないよ! しかも深陰はそんなこと言わない!」
「おまえはさっきから輪をかけてストーカーっぽいな」
弥生が口をへの字にして言った。しかし深陰はともかく、政臣は結構似ていた。特徴があるからマネしやすいというのはあるかもしれない。実際、おなじようなことを言っていそうだ。
すると今度は、ひどく生真面目な口調で続ける。
「ところで山背。あのアイス、なかなかおいしそうだな」
「……」
「ムラマサ、君もそう思わないか?」
「うん! おもう!」
なにかを察したムラマサが元気よくうなづいた。
「……買えと?」
「そんなことは言っていない。ただ、おいしそうだなと」
「わたしもー! おいしそうだなって!」
ムラマサが楽しそうに言った。
陽人と目が合うと、意味もなく笑っている。つられてすこし笑って、深いため息をついた。
「なんか見てたらアイス食べたくなっちゃったな。二人とも、食べるかい?」
「買ってくれるのか? 悪いな。イチゴ味を頼む」
「わるいなー!」
「ムラマサ、林道さんの真似をするのは……」
「じゃあ、私は抹茶を」
「うるさいな。わかっ!?」
聞き覚えのない声。振りかえると、見覚えのない顔が目と鼻の先にあった。常に目を見張っているような大きな瞳。雪のように白い肌。風でやわらかく広がる銀髪も、彼女の美貌をより一層引き立てているように見える。
突然のことに、弥生も驚いて言葉を失っているようだ。ムラマサに至っては、見ず知らずの人にいきなり話しかけられ、涙目になっている。
「あ、あの」
どなたですか、と続けようとしたときだった。
「これはこれは陽人君! こんなところで会うとは奇遇ですな!」
さっきまで歯磨き粉を食べていたはずの政臣がいきなりそう話しかけてきたので、陽人はまたびっくりした。
「か、政臣君……本当、奇遇だね」
「ふっふっふ」
軽く手をあげてあいさつした陽人を、政臣はすべてを見透かしたかのように笑う。
「なんてね。本当は最初から気づいていたんです。君につけられていることはね。やあ、弥生さん! もちろんあなたのことを気づいていましたよ。そして、ムラマサちゃん! 元気かな? 子供は元気でなくっちゃね!」
話しかけてきたと思ったら、いきなりこれだ。彼には遠慮というものが一切ない。残念だが、いま陽人たちは政臣にかまっている暇はないのだ。……ストーカーしておいてなんだが。
「政臣君、じつはいま……」
「ああ、いないと思ったらこんなところにいたのか。あまり僕から離れないでくれと言っただろう」
「そんなこと言われた覚えはないけど?」
銀髪の美女は軽く肩をすくめてみせる。
「あ、あれ? 知り合いなのか?」
「彼女ですか? 彼女は僕の『四鬼神』でリャナンシーです。どうぞよろしく」
「それだけ? 自分の自己紹介のときには、どうせ訊いてもいないことを長々しゃべったんでしょ?」
銀髪美女……リャナンシーはすこし不満そうに口を尖らせた。
あらためて見ると、本当に美人だった。身長は結構高い。政臣よりもすこし低いくらいか。陽人よりは頭一個分くらい大きい。モデルのようにスタイルがよく、大きく肩が露出した服を着ていた。
「喋りたくて喋ったわけじゃない。僕は名字で呼ばれるのが嫌いなんだ。名前を呼ばれるのに記号で呼ばれるなんて、じつに馬鹿げた話だ。學校に来たのに刑務所にでもいる気分だったよ。まあ、そんなことはどうだっていいじゃないか、そんなことより深陰さん、ほら陽人君たちだ。こんなところで会うなんて、数奇な運命だと思いませんか」
政臣の後ろから、深陰が顔を出した。
「深陰……」
「つけてたの?」
「そ、その……駅に行く途中で偶然見かけて……」
いきなり訊かれて、ごにょごにょと答えるが、それが逆に公定の意となってしまった。
深陰は軽くため息をついたようだった。瞬間、陽人は身構える。いつも通り、罵倒されると思ったからだ。しかし、
「あんたって、ほんとバカね」
呆れたようにそう言われただけだった。
「あ、あれ?」
「なに?」
「いや、なんでも……」
「おや、どうしました? もっと話してもいいんですよ。せっかく会ったんですから、語り合わないと。積もる話もあるでしょう」
「べつにないわ。毎日会ってるし、こんな変態といまさら話すことなんて……」
「そう? まあ、無理にとは言いません」
「ところで政臣!」
弥生が意を決したように発言した。
「なんです?」
キョトンとした顔で政臣が答えた。その近くでは陽人も怪訝そうな顔をしている。この状況でいったいなにを言おうというのだろう?
「君は蘆屋と付き合っているのか?」
なっ!? 声を上げそうになってしまった。なにを言うかと思えば、いったいなにを言っているんだこの人は!
「り、林道さん!? な、なにを訊いて……」
「なんだ。どうせおまえは訊けないだろうから、私が代わりに訊いてやったんだ。変態のくせして優柔不断だからな」
大きなお世話だ、と言いたかったが、気になっているのは事実だし、訊けないのも、まあ、事実だ。ナイス林道さん。陽人は心中で親指を立てる。われながら現金な話だ。
果たして政臣の答えは、
「ああ、付き合ってますよ。我々は許婚なんです」
……。
…………。
「……え?」
「だからね、許婚なんですよ」
世界が止まった。
「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!?」」
あまりにすらりと出てきた回答に驚いたのは陽人だけではない。陽人と弥生の驚愕の声が響き渡った。
「え、えっ!? 許婚!? 許婚なの!?」
「そう」
「聞いてないけど!?」
「言ってませんから」
「深陰! 本当なのか!?」
政臣があまりに平然と答えているので、驚いている自分が異端と思ってしまう。今度は幼馴染に直接訊いてみることにした。
「……まあね」
「ほ、本当に本当なのか?」
「さっきからそう言ってるでしょ」
「い……いつから決まってたんだ? 結構前から?」
「いや、最近ですよ」
と政臣。
「たしか三日前じゃなかったかしら」
「超最近じゃん! なんだそれ!」
いま陽人は混乱していた。生まれてからこれほど混乱したことはないかもしれない。決まったのは三日前? 深陰の様子がおかしくなったのは昨日から。ということは、三日前に決まって、昨日知らされた? 突然のことに驚いて様子がおかしくなった?
辻褄が合わなくもないが、これは違う気がする。なんというか、もっと深刻な、根が深い問題のような気がしてならない。いまの深陰は、五年前、母親を失ったときと同じ目をしている。
「はるくん、いいなずけってなあに?」
ムラマサが無邪気に訊いてくる。陽人はムラマサを背中から降ろすと、やさしく頭をなでる。
「ムラマサ、僕ちょっと用事ができたから、ほんのすこしだけ、弥生お姉ちゃんと一緒にいてくれるかい?」
「う、うん……いいけど……」
「よし、いい子だ」
「でも、はやく帰ってきてね」
「大丈夫、すぐに戻るよ。林道さん、悪いけど、頼めるかな」
「ああ。構わないぞ」
今度は弥生がムラマサの頭に手を置くと二つ返事で了承した。
「話があるんだけど、いいかな?」
「もちろん構わないよ。じゃあ、深陰さん。僕は適当にぶらついているから、終わったら……」
「いや」
すでに背をむけて歩き出そうとしている政臣に、陽人は待ったをかけた。
「僕が話があるのは君なんだ。政臣君」
「ほう。僕に?」
ここで初めて政臣は不思議そうな顔をした。
「あら、大人気じゃない。『四鬼神』としても、鼻が高いわ」
「そのようだ。僕もなかなかすてたものじゃない」
政臣はどうでもよさそうに言って陽人にむき直る。
「もちろん構いませんよ。いい機会だ。じつは、君とは一度ゆっくり話がしたいと思っていたんです」
政臣はにやりと笑う。ほんの一瞬、彼の本音を見た気がした。