6話 こんな国滅べばいいのに
「まずノア様、ノア様の中でのエルフや獣人のイメージを教えて頂けますか?」
「えっと……ごめん、人間以外の種族の事はよく分からなくて」
これは一般常識として知っているものなのか……
言語が分かるとはいえ、この世界の知っていて当然の知識が私には分からない。
「人間界は辺境の村だとそこまで知らないものですか。確かに他界との接触も無いし仕方ないのかもしれませんが……」
「人間界?」
「そこもですか……まあいいです。一から説明しましょう」
様子を見る限り一般常識っぽいけど、辺境の村の出というので納得されてしまった。
というか……
「なんで私の名前を? 住んでた所も……」
「それはまた後ほど、まずは他種族の事について説明しますね」
アルメリアさんは自分の耳を指差し──
「見ての通り、私は人間とは違う種族【エルフ】です。魔力に秀でて長寿な事、それに対応して繁殖力は低めで数が少ないのが特徴です」
それから他種族──獣人、魔族、竜族の特徴を教えてもらう。
その特徴はさして重要ではないのか、さっと触れただけで話が進む。
「これら人間以外の種族を異種族と呼びます。……不本意ですが」
最後の言葉はよく聞こえなかった。
「人間界──要は人間が住んでいる所で、私達異種族は今でも奴隷階級と同じ扱いを受けています。50年前に起こったとある戦争をきっかけに……」
服の間から一枚の紙を取り出して私に見せるアルメリアさん。
「これは?」
「読んで、みてください」
拳を強く握りしめ俯く彼女は、何かに強い憤りを覚えているようにしか見えなかった。
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【異種族の侵攻】
50年前、突如異種族達が人間界に侵攻してきます。
様々な資料から、侵攻の理由は異界の土地の減少から人間界の土地を奪い植民地にする為と考えられています。
その侵攻から人間界を守った我々人間は、彼等を奴隷とする事で異種族──悪魔の血族を許しているのです。
異種族を奴隷のように扱うのは当然の事であり聖魔教の教え。
何ら悪い事では無いのです。
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確かに元いた世界でも、戦争で負けたら植民地支配されて奴隷のような扱いを受ける国があると聞いている。
私の住んでた今の日本は平和すぎてそういうのを実感できる機会は少なかったけど……この世界はそういう危険と隣り合わせの世界なのかもしれない。
「これは王都に暮らす人間の子供が受ける教育です。確かにこれが事実ならまだ仕方ないと割り切れるかもしれませんね。それでも奴隷のような扱いを受けるのは不服ではありますが」
「ってことは……」
「はい。戦争が起こったのは事実ですが、先に攻めて来たのは人間側です。この頃に前王から今の王──ガルベリオ=ダリアへの王位継承が行われたのですが……」
(ガルベリオ=ダリア?)
この名前……あの本に書いてあった。
なるほど、今の王の名前だったのね。
あの本が何を表しているのかは分からないけど、この名前は頭の片隅にしっかりおいておこう。
別に注意しなくても覚えてるだろうけど。
この国ホントに腐ってるなあ……勇者になるのを拒否したら首切られるし、挙げ句勇者になってもこの有様。
こんな国滅べばいいのに。
「その後、ガルベリオが突然国教を変えたのです。元の国教は『人間も異種族も同じ命だから平等』という考えの五聖教。そしてガルベリオが示した国教は『人間は神の血族であり、異種族は魔物の血が混ざった悪魔の血族。異種族に人権など無い』という考えの聖魔教。ダリアは人間界で一番大きい国ですし、その大国が国教を聖魔教に変えた事で他国も国教を聖魔教に変更。……後は察しの通り、ダリアを始めとする人間界の大国が異界──私達の住む世界に突然侵攻してきました。何故ダリアが国教を変えたのかは未だにわかりません。ですが、それによって今まで異種族と友好的だった人間界に理不尽な暴力を振るわれたのは確かです。もし機会があれば、さっき一緒に行った図書館に足を運んでみてください」
「ん、一緒? アルメリアさんと逢ったのはここが初めてだと……」
というかエルフを見たのも今が初めてのはず。うん、記憶をいくら探っても彼女を見た記憶は無い。
「あぁ……そういえば言ってませんでしたね。王城から図書館の間を案内していたアメリア=フロウは私です。情報を得る為に魔法で姿を変えて王の側に就いていました。アメリア本人は王室お抱えのメイドで実在の人物ですが、今は個人の用事で出かけていると信頼できる筋からの情報を受けたので」
言われてみれば、図書館で席を外す前のアメリアの雰囲気とアルメリアさんの雰囲気は似ている気がする。
アメリアがアルメリア。色々と紛らわしいな……
「ですが図書館で席を外した後、首の後ろに鋭い痛みが走って気がついたらここです。ここは何処なのでしょう?」
「ここは国が私に与えるはずだった屋敷の地下の牢屋だよ。多分だけど図書館の途中で本物のアメリアにアルメリアさんの存在が気付かれたんだと思う」
だとしたら途中でアメリアの雰囲気が変わった事やアルメリアさんがここにいる事も納得できる。
図書館からこの屋敷までの距離は近かったし、偽物の自分気付いたアメリアがアルメリアさんを気絶させてここに閉じ込めるのは不可能じゃなさそうだ。
「そういえば何故ノア様は牢屋に? 王城に連れてきたのは私ではなくガルベリオ本人ですし、ノア様は紛れもなく本物の勇者のはず。こんな所に入る謂れは無いと思いますが」
「『私の存在が間違っている』からって言われた。なんの事かはわからないけど」
「間違っているですか……っと、話が脱線しましたね。その話も気になりますが、それは後で聞く事にしましょう。とにかくさっき話した戦争の事実を知っていれば、このあたりの歴史が改竄された跡が見つかると思います」
さっきの話──あぁ、国教が変わったって話だっけ?
うーん、宗教云々は実感が沸かないな……
宗教同士の考えの違いで血で地面を染める地域は数多くあるけど、そう考えると宗教関連の楽しそうなイベントだけ乗っかる日本人は逞しい。
そんな国に住んでる訳だから、実感が沸かないのも許してほしい。
「では本題に入りましょう。異種族の私が王城に忍び込んでいた理由は二つ。一つ目はさっきも言った通り、人間界の情報を得てエルフ達異種族の国を守る事。そして二つ目は勇者──ノア様を私達の国に誘拐し連れ去る事です」