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はいはい、美少女美少女  作者: 佐藤鈴木
9.もう一人の私(???)
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8

 もう一人の私がびくっとするのが伝わってきた。私も同じくびくっとして、恐る恐る声がした方を向く。

 うずくまっていた巫女服の女性――女の子の相棒が顔を上げていた。完全に存在を忘れていた。

 その目は異様に輝き、火花を散らす先生と女の子の方をじっと見据えている。さっきまでの虚ろな様子もあれだったけど、そういう目をするとそれはそれで別のやばさがある。

「……タレ」

 相棒の唇がかすかに動いて、かすれた声が漏れた。と思った瞬間、彼女ががばっと立ち上がった。

「ひっ」

 悲鳴を上げたのは私だったのか、もう一人の私だったのか。両方だったかもしれない。


 今までのおぼつかない動きが嘘のように、彼女は先生たちの方へ突進した。それに気づいたのか、先生がこっちを向く。余裕の表情を浮かべていた顔にさっと驚きの色が走った。

「せんせ――」

 私の呼びかけは中途半端に途切れた。雄叫びを上げながら向かっていった相棒が、先生に向かって拳を叩き込んだのだ。

 息を呑んで目を凝らすと、その拳は先生には当たっていないようだった。女の子の包丁と同じように、少し手前で透明な壁に阻まれている。でも彼女は怯む様子もなく、太鼓でも叩くかのように見えない壁を連打し始めた。「タレ、タレ」と連呼しながら。

 女の子の包丁の先と相棒の拳、二箇所で火花が上がる。二倍になった火花でよく見えないけれど、先生がちょっと苦しげな顔をしている気がする。


 二対一なんて卑怯だ、と思うけれど、私には何もできない。先生たちの戦いには、どう考えても常識外の力が働いている。その中に突っ込んでいってもたぶん自滅するだけだ。

 おろおろしながら周りを見回す。幼馴染みたちは呆気に取られた様子で先生たちの方を見ていた。

 私の視線に気づいたのか、先輩がこっちを見た。オカルト好きな先輩なら何か打開策を、と一瞬思ったけれど、困ったような顔で肩をすくめられて、その望みは絶たれた。

 そこでふと気づく。

「……あ」

 オカルト好きなら先輩以上の存在がいるじゃないか。私は首をひねって、私にまたがった状態でぼーっとしているもう一人の私を見上げた。

「ねえ、オカルト詳しいんでしょ? あれ、何とかできたりしない?」

 もう一人の私は「あれ」と指差した先生たちの様子を見て、即座に首を横に振った。

「え、無理」

 なんだこいつ使えない、と口に出しかけて、辛うじて思いとどまった。


 そのとき、先生の声が響き渡った。

「お願い!」

 誰に対する呼びかけともつかなかったけれど、思わず先生の方を見る。相変わらず火花を散らし続けている先生は、場違いに優しい笑みを浮かべて、手の中のタレの包みを――思い切り投げた。

「……え?」

 高く投げ上げられた包みは空に弧を描き、やがて速度を緩めて、ゆっくりと落ち始める。ぽかんとしている私のところへ。

「え、え?」

 包みは落ちる速度を増して、どんどん近づいてくる。当たったら痛そうだな、と他人事みたいに思いながら、私は馬鹿みたいに口を開けてその様子を見ていた。


 包みが落ちてきたのは、正確には私のところではなく、もう一人の私の腕の中だった。

「……!!」

 反射的に受け止めてしまったらしいもう一人の私は、衝撃にぷるぷる震えながら声にならない声を上げていた。まあ、あの高さからこの重さのものが落ちてきたら、そりゃ痛いだろう。

 呑気にそう思っていた私は、ふとほっぺたのあたりに不穏な気配を感じた。見ると、女の子とその相棒がものすごい形相でこっちに走ってくる。

「ひいっ」

 彼女たちの視線がまっすぐタレの包みに向けられているのに気づいて、私はばっともう一人の私のほうを振り向いた。

「タレ、タレだよ! 早くタレ返して!」

「……タレ?」

 不思議そうに首を傾げるもう一人の私。そういえば彼女は、この包みがタレだと知らないんだっけ。そう思い当たったときには、巫女服の二人はもう間近に迫っていた。

 その迫力に身動きもできず固まっていた私のそばで、温かい声がした。


「受け止めてくれてありがとう。もういいわよ」

 見上げると、そこには先生が立っていた。

「……あれ?」

 さっきまで先生がいたあたりに目をやったら、そこには誰もいなかった。一瞬でここまで来たんだろうか?

 先生はにっこりして、もう一人の私の腕からタレの包みを抜き取ろうとした。でも、その表情が訝しげなものに変わる。

「……?」

 もう一人の私がなぜかタレの包みを離そうとしないのだ。妙に必死な様子で、そのカビ臭い包みを抱きしめている。

「ごめんね、それ返してもらえる?」

 申し訳なさそうに、でも容赦なく包みを引っ張る先生。もう一人の私はぶつぶつと何かを呟いている。

「誰もが求めて争い合うこれは、きっと究極の秘薬……いや、世界を動かせる最終兵器……? それとも……」

 いや、ジンギスカンのタレだよ。


 と言うことはできなかった。包丁と拳をそれぞれに振りかざす巫女服の二人が、私たちに向かって突っ込む寸前だったからだ。

 体が硬直して逃げることもできない。どうしようもなくてぎゅっと目をつぶったとき、先生のため息が聞こえた。

「――仕方ないか。悪く思わないでね」

 悪役のテンプレみたいなせりふと同時に、体の上に乗っていた重みが消える。思わず目を開けると、もう一人の私の体が宙に浮いていた。

「え……?」

 タレの包みを抱きしめたままの彼女と目が合った。お互い呆然と見つめ合う。その体の向こうの空間が、唐突に裂けた。


 裂けた、としか言いようがない。縦にすっと黒い線が走ったかと思うと、それが両側にぐぐっと広がったのだ。そこに現れたのは、さっきも見たあの圧倒的な闇だった。

「じゃあね」

 妙に朗らかに言った先生は、さっと手を振る。その手に押されるように、もう一人の私は闇の中に吸い込まれていった。そしてその後、というかタレの後を追うように、目を血走らせた相棒も闇に飛び込む。

 相棒からわずかに遅れてこっちに突進してきていた女の子は、目の前に出現した闇にはっと顔を強張らせた。とっさに止まろうとしたみたいだったけれど、それを見た先生がぞっとするような微笑みを浮かべる。

「あなたもいってらっしゃい」

 立ち止まりかけた女の子の体は、その言葉に弾かれたみたいにつんのめる。

「貴様……っ」

 怒りが滴るような叫びと憎悪の視線だけを残して、その小さな体は裂け目に吸い込まれた。間髪を容れずに裂け目がぴたっと閉じる。そして何事もなかったかのように、そこは元通りの公園に戻ったのだった。



 女の子たちが姿を消した直後、怒涛のように押し寄せた幼馴染みたちにひとしきりもみくちゃにされた。やっとその嵐が落ち着いたところで、さっきから気になって仕方なかったことを尋ねる。

「……で、先生は何者なんですか?」

「んー? ただの保健の先生だよ」

 にこにこと言われて脱力する。ただの保健の先生があんな力を持っててたまるか。でもそれ以上聞いても無駄な気がしたので、大人しく引き下がった。

「あの二人とは、二十年ぐらい前にちょっと因縁があってね」

 そう言う先生に、私は力なく「はあ」と相槌を打った。何というか、いろいろ起きすぎて思考が麻痺している。

「むしゃくしゃしたからタレを隠してやったんだけど、まさか今まで見つけられないままでいたとは思わなかった。ジンギスカン職人も意外と大したことないね」

 あの二人の二十年越しの不仲は先生のむしゃくしゃのせいだったのか。


 先生最強説、という言葉が脳裏に浮かぶ。そんな私に、先輩が後ろから抱きついてきた。

「ああ、あなたが無事で本当によかった」

 ぐいぐいと抱きつかれて、背中にすごいボリューム感が。何とは言わないけど。

「だめーっ! 油断も隙もないっ」

 その先輩を引き剥がす幼馴染み。今まで何度となく見てきたその光景に、謎の懐かしさを覚えた。

 視線を感じて周りを見回すと、委員長が穏やかに微笑みながら私を見ていた。お嬢様と妹は興味なさそうな風に目を泳がせているけど、その頬があからさまに安堵に緩んでいる。

 ちなみに留学生は先生にまとわりついていた。青い瞳をきらきらさせて「先生、あれがニンジュツですカ! すごいデス!」などと言っている。また誤解が深まった感がある。

 しかし、この世界の私が再び消えてしまったことを、誰も嘆いていない様子なのがちょっと腑に落ちない。あれでも一応私だったかもしれない存在らしいので、同情のような悲しみのような微妙な気持ちになる。


 そこではっと気がついた。

「……先生」

 呼びかける声はかすれていた。先生は留学生に向かって微笑んでいた顔をこっちに向けて、ちょっと首を傾げる。

「どうかした?」

「あの女の子と相棒がいなくなっちゃったってことは、私、もう元の世界に戻れない……?」

 不吉な予感に、すーっと血の気が引いていく感じがする。もしかして、もう一生この美少女まみれの世界で生きていかないといけないんだろうか。

 でも、先生はあっさり首を横に振った。

「そんなことはないよ。私も世界同士をつなげられるから」

「……はい?」

「さっきもやったでしょ?」


 驚愕でよく回らない頭で必死に考える。さっき、さっき……

「……ああ」

 もう一人の私と巫女服の二人を飲み込んだ、空間にできた裂け目。あれはやっぱり、先生が作ったものだったのか。

 そう思い当たるのと同時に、私は先生に詰め寄っていた。

「先生、私を元の世界に帰してください! 今! すぐ!」

 幼馴染みが先輩と言い争っていて聞いていない様子なのをいいことに、全力でお願いする。先生はちょっと考えるように頬に片手を当てて、それから優しく微笑んだ。


「んー、やだ」


 ごく軽い調子で返ってきた答えに、私は絶句した。先生なりの冗談なのかと思ってまじまじとその顔を見るけれど、先生が今の言葉を撤回する様子はなかった。

「……なんでですか?」

 おずおずと聞いてみる。先生はにこっとした。

「あなたのこと気に入っちゃったから。私のそばにいてほしいの」

 そう言った後、先生はちょっと眉を曇らせた。

「あー、でもさっきの子たち、たぶんそのうちこっちに戻ってくるから」

 先生の顔にまた優しい笑みが浮かぶ。

「私が守ってあげるからね、一生」

 邪気のない笑顔に背筋がぞっとした。実はこの人、すごい危険人物なのかもしれない。委員長の手紙を燃やす奇行が可愛く思えてきた。


 ……あれ? 今言われたことから考えると、私が元の世界に戻るチャンスはなくはないということだろうか。

 先生の口ぶりからして、女の子と相棒はまたこの世界に来るらしい。そのタイミングで、先生の隙を突いて元の世界に戻してもらえばいいのか。

 さらに無理ゲーになっていることに気がついて、私はうなだれた。私はただ、目立たないブスとして天寿をまっとうしたいだけなのに、どうしてこうなった。

 美少女まみれの生活は、まだ当分続きそうだ。

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