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グルゥとリル、もりのはずれで  作者: うつチャリンカー


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9/30

夜のまえの声

全30話 五月五日まで毎日朝七時投稿

夕ぐれが森のすみにやわらかくたまって、家のまわりの草むらから、ちいさな虫の音がこぼれはじめていました。

ひとつ鳴いて、またひとつ鳴いて、それがいつのまにか重なって、見えない糸のように空気のあいだへ張られていきます。


グルゥは戸口のそばにしゃがんで、かまどの火を見ていました。赤いところを細い木べらでそっと寄せると、ぱち、と乾いた音がして、またすぐ静かになります。大きな手の動きなのに、音はあまり立ちませんでした。


リルは床にすわって、浅い器の中で豆をころころと転がしていました。指先でえらぶたび、かすかな触れあう音がして、それも虫の声の下にうすくまじります。ときどき耳をすますように顔を上げては、また手もとへ戻っていきました。


外はもう青いような灰色のような色で、木々のあいだから見える空だけが、まだすこし明るさを持っていました。

その明るさも、ゆっくり、ほんとうにゆっくりとほどけていきます。


リルは豆をえらぶ手を止めずに、ちいさく言いました。

「きょうは、よくきこえるね」


グルゥはうなずいて、火の上の鍋を見ました。

湯気は立っていません。ただ、中で煮えているものが、とろり、と身じろぎするような気配だけがありました。香ばしい匂いに、草の青い匂いがまざっています。


虫の音は、遠くで鳴くものと、すぐ足もとで鳴くものとで、すこしずつ高さがちがっていました。

高い音は葉のうらにひそんでいそうで、低い音は土の近くで丸くなっていそうでした。

どこにいるのか見えないのに、そこにたくさんの小さな気配があるとわかる夜でした。


リルは器の中をのぞきこんで、丸い豆を二つ、掌にのせました。

それを見てから、こんどは戸のほうを見ます。

開けてあるすきまの向こうは、もうほとんど夜で、黒くなりきる手前のやさしい色をしていました。


グルゥが立ち上がって、戸を半分だけ閉めました。虫の音が消えないくらいに、けれど火が落ち着くくらいに。

それから器を受け取り、えらび終わった豆を鍋へ入れます。

大きな指なのに、豆はひとつもこぼれませんでした。


リルはそのようすを見ていました。

うれしいとも安心とも言わず、ただしばらく見ていました。


火は赤く、小さく鳴っていました。

外の虫たちは、それよりもっと細い声で鳴きつづけています。

家の中と外で、ちがう音が並んでいるのに、けんかをしないのがふしぎでした。どちらも急がず、どちらも自分の速さで、夜をつくっているようでした。


鍋が煮えるまで、することはあまりありません。

リルは自分のひざを両手でかかえて、壁にもたれました。眠たげな顔のまま、耳だけが起きているようです。

グルゥは木べらを鍋のふちに置き、棚から皿を二枚下ろしました。皿の触れあう音は、ごく短くて、すぐ虫の声に溶けました。


そのうち、さっきまで高かった虫の音が、すこし奥へしずんだように聞こえました。かわりに、近くの草むらの声がはっきりしてきます。

夜が深くなったのか、こちらの耳がなじんだのか、たぶんどちらもでした。


リルは壁にもたれたまま、そっと言いました。

「みんな、ちいさいね」


グルゥは皿を置いて、外を見ました。

「……ああ」


それだけでした。

けれど、その短い声のあとには、まだたくさん鳴いているものたちの気配が、そのまま置かれていました。


やがて鍋の匂いがもうすこし濃くなって、夕ぐれの名残はすっかり見えなくなりました。

戸のすきまは暗く、火の赤さだけが近くにあります。

リルはひざをかかえたまま、耳の奥にひろがる虫の音を聞いていました。

グルゥは静かに椀へよそい、湯気の向こうでその横顔を見ました。


呼びかけるほどのことでもない夜でした。

ただ、そこにある音をいっしょに聞いているだけで、もうじゅうぶんのようでした。

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