門を出るころ
市場のすみには、夕方のいろが静かにおりてきていました。
古い木箱の上の布も、昼の白さをしまって、やわらかな影をまとっています。
そのまんなかに、もりのわっかがひとつだけ残っていました。葉は橋のように通され、継ぎ目の羽は、ひかりを細くつかまえていました。
リルは、そのひとつを見ていました。
輪と、布のしわと、木箱の角。
目はそのあたりを行ったり来たりして、手はしばらく膝の上にありました。
通りを行く人は、まだいます。
けれど昼のようには立ちどまりません。
荷をまとめる人の音、戸を引く音、遠くでパン籠を重ねる音が、ひとつずつ広場に残っていました。
市場は、だんだんと、昼の顔をぬいでいくみたいでした。
グルゥはいつものように、木箱のわきに立っていました。
大きな袋の口をひらき、荷がしまいやすいようにしてあります。
声は出さず、急がせもしません。
ただ、木箱の上へ落ちるひかりを見て、風で布がめくれそうになれば、その端をおさえるだけでした。
リルはようやく立ちあがって、最後のわっかを両手で持ちました。
羽の先を指でなぞり、葉の重なりを見て、それから布をたたみます。
ふたつのルクスは小さく鳴って、布の上から掌へ移りました。
その音は、すぐ静かになります。
木箱の上が空になると、そこだけ風の通り道が見えるようでした。
リルは輪を胸の前に抱えます。
グルゥは布と袋を持ち、ふたりは市場のすみを離れました。
町の道は、昼より長い影をのせていました。
石畳のすきまにたまった夕方の色は、うすいお茶みたいでしたし、軒先につるされた布は、もうあまり揺れていません。
店じまいの気配が、どの戸口にも小さく集まっていました。
ふたりは、来たときと同じ道を、ゆっくり門のほうへ歩きます。
リルは前を見て、ときどき腕の中の輪を見ました。
手を広げたくらいの輪は、昼のあいだ何度も見られて、いまはひとつだけになっています。
やさしくゆがんだ形が、腕のなかでおとなしくおさまっていました。
門のそばには、いつもの衛兵が立っていました。
高い槍を持ち、町の出入りを見ている人です。
毎日そこにいて、ふたりが通るときも、ただそこにいることのほうが多いのでした。
今日も、はじめはそうでした。
門の影が石にのびるなかで、衛兵は無表情のまま立っています。
リルとグルゥがその前を通ろうとしたとき、ふいに、その目がリルの腕の中へ向きました。
「それ、いくらだ」
声は低く、いつもとおなじ顔のままでした。
風向きでもたずねるような、短いひとことです。
リルは足をとめました。
輪を見て、それから衛兵を見あげます。
「……いちるくす」
衛兵はうなずきもせず、腰の袋からルクスをひとつ出しました。
金属の丸い光が、夕方の色をうすく返します。
それを差しだされたリルは、腕の中の輪を持ちなおしました。
羽がつぶれていないか、継ぎ目がきちんとしているか、指先でひとつたしかめます。
それから、両手で衛兵へ渡しました。
衛兵は輪を受け取ると、しばらく見ました。
顔は動かず、口元も変わりません。
ただ、門の石と槍と、その輪がひとつの景色になっていました。
そして、ルクスをリルの手に置くと、また元のように立ちました。
もう何も言いません。
輪は衛兵の腕に下がり、羽の先だけが夕方の風にふれています。
リルは手の中のルクスを見ました。
そこには、さっきまでふたつだった丸い光に、もうひとつが加わっています。
みっつ。
指のあいだで、ちいさく重なりました。
グルゥがその手もとを見て、それからリルを見ました。
声はなく、ただ歩きだせるように、門の外の道へ体を向けます。
リルもそのとなりに並びました。
町の外へ出ると、空気はすこしひんやりしていました。
石畳は土の道になり、草のにおいが足もとからのぼってきます。
遠くで鳥がひとつ鳴いて、森へ帰る風が道の上をなでていきました。
リルは歩きながら、手の中のルクスをときどき握りなおしていました。
布に包まれた輪はもうありません。
胸の前はかるくなっていて、そのぶん、手の中に丸い重みが三つあります。
道の先には小屋へつづく草の色が見えていて、夕方のひかりが、そのうえに薄くのっていました。
グルゥはいつもの歩幅で歩いています。
急がず、遅すぎず、リルがとなりにいられる速さでした。
大きな足が土をふみ、袋が背でかすかに揺れます。
町にいるあいだも、門の前でも、そしていまも、ずっと同じようにそばにいます。
リルは前を見たまま、手の中のルクスを親指でひとつずつたしかめました。
それから、握る手をそっと閉じます。
道は小屋へつづいていて、夕方はまだ、やわらかくのびていました。
最後までお楽しみ頂けましたら幸いです
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