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グルゥとリル、もりのはずれで  作者: うつチャリンカー


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28/30

木箱のそばの昼

全30話 五月五日まで毎日朝七時投稿

町へつづく道は、朝のひかりをうすくひろげていました。

草の先にはまだつめたいしずくがのっていて、歩くたび、足もとで小さくきらりとします。リルは布にくるんだもりのわっかを、胸の前でそっと抱えていました。布の中には、やさしくゆがんだ輪がみっつ、重ならないようにおさまっています。


となりを歩くグルゥは、大きな袋を肩にかけていました。

袋の口からは、木の枝と、水筒のふちが見えています。

ときどき風が通ると、リルの髪がわずかにゆれて、布の端がふわりと持ちあがりました。


町へ近づくにつれて、音がふえていきます。

荷車の輪のきしむ音。

パンを焼くにおい。

どこかで水をくむ音。

市場のあたりには、もう人の流れができていて、朝の空気の中を、ことばや足音がゆるくまざっていました。


市場のすみには、古い木箱がひとつあります。

角がまるくすれて、木目のあいだに長い月日の色がしみこんでいるような箱でした。いつも来るたびに目にする場所で、今日も壁ぎわにひっそり置かれています。人の波のまんなかではないけれど、通りへ目をやれば、ちゃんと見つかるところです。


リルはそこで立ちどまりました。

市場のほうを見て、それから木箱を見て、また人の流れを見ます。

目は静かに動くだけでしたが、どこへ置けばよく見えるか、手の中でたしかめているようでした。


グルゥは何も言いません。

ただ、木箱のわきへ袋をおろし、じゃまにならないように半歩うしろへさがります。

大きな体はそこにあるのに、場所をふさがない立ち方でした。


リルは木箱の上へ布をひろげました。

古い木のかたい色の上に、布のやわらかい色がのると、そこだけ朝の雲みたいに見えます。

それから、包みをひらき、もりのわっかをひとつずつ並べました。


みっつの輪は、手をひろげたくらいの大きさです。

草の編み目はさらさらしていて、葉は橋のように通され、継ぎ目には羽がそっと差してあります。

同じ作りでも、ひとつずつ形がちがいました。右がひろめのもの、上の葉がななめのもの、下の草編みがやや厚いもの。布の上へならぶと、そのゆがみまでちゃんと見えて、森の風が丸くなって休んでいるみたいでした。


リルは三つの間を、指でちいさくなおしました。

すこし寄せて、また離して、いちばん見やすいところで手を止めます。

そのあと、木箱の端に、紙きれを一枚おきました。そこには、ていねいな字で、こう書いてあります。


一ルクス


紙はまっすぐではなく、端がややそっていました。

けれど、字は静かで見やすく、輪のとなりによくなじんでいました。


通りを歩いていた人が、ひとり、目をとめます。

つづいて、ふたり。

荷を抱えた人、買い物かごを腕にさげた人、小さな子の手を引いた人。みんな、木箱の前で足をゆるめて、布の上を見ました。


「これ、なあに」

だれかが、やさしい声でたずねます。


リルはその人を見あげて、輪のほうへ目をもどしました。

「もりのわっか」

そう言って、いちばん手前のひとつを、見えやすい向きへそっと回します。


「きれいねえ」

その人は笑って、羽のところを目でたどりました。

けれど、手には取らず、そのまま人の流れへ戻っていきます。


また、べつの人が立ちどまりました。

「一ルクスか」

紙を見て、輪を見て、ふむ、と小さくうなずきます。

それから、買うとも買わないとも言わずに、となりの店の野菜へ目を向けて歩いていきました。


リルは追いかけるようなことをしません。

木箱のそばにいて、輪がよく見えるようにしているだけです。

風が吹けば羽の向きをなおし、布の端がめくれれば、そこを平らにする。その手つきは家の中にいるときとおなじで、急がず、ほどけず、しんとしていました。


昼へ近づくころ、市場の音は丸くふくらんでいきました。

パンの焼けるにおいは濃くなり、水売りの桶が光を返し、人のことばは、あちこちで小鳥のように重なります。

そのなかで、木箱の前にも、ときどき小さな立ちどまりができました。


「森のもの?」

「飾るのかな」

「やわらかい形だねえ」


そんな声が、布の上にふわりと落ちてきます。

リルは聞いて、聞いたままにしていました。

うなずくこともあり、輪の継ぎ目を見せることもありましたが、声はいつもひとことか、ふたことでした。大きく呼ぶこともなく、ただ、そこにみっつあるのを見てもらうようにしていました。


グルゥは木箱の横に立ち、水筒を足もとへ置いたり、日が動けば影になる場所を少し選びなおしたりするだけです。

商いのことには手を出しません。

人に説明もしないし、背をかがめてのぞきこむこともしない。けれど、そこにいるだけで、木箱のまわりの空気は落ちついていました。大きな木の根もとみたいに、あわてなくていい場所になっているのでした。


しばらくして、リルは木箱の前にしゃがみました。

輪を見て、紙を見て、それから通りを見ます。

だれかが近づけば顔をあげ、だれもいなければ布のしわを指でのばす。

その目は静かで、戸口を見ていた昨日のつづきみたいに、まっすぐ道のほうへ向いていました。


まだ、どの輪も布の上にあります。

羽は三つとも、朝とおなじように光をひろい、草の編み目はくずれていません。

見ていく人はいるけれど、連れていく人はいませんでした。


人の流れのむこうに、子どもがひとり立っていました。

近くへはきません。ただ、布の上の輪を、遠くからじっと目で追っていました。


それでも、リルは困った顔をしません。

輪のならびを見て、通りを見て、また輪を見ます。

そのあいだに、木箱の上へ落ちる光がすこしずつ傾いて、布の色が昼の白さから、やわらかな午後へ変わっていきました。


ひとりの人が立ちどまり、三つを見くらべてから、またあとで来るような足どりで去っていきます。

リルはその背を目で追わず、木箱の上を見おろしました。

そして、いちばん左の輪をほんのわずか手前へ寄せます。


布の上には、まだみっつ。

市場のすみの古い木箱のそばで、輪たちは静かにならびつづけていました。

町の風は、その羽の先をときどきゆらして、つぎの足音を連れてきます。

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