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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第三章 非/日常編
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屋敷への糸口


 翌日、シノノメはユメビシと合流し、再び商店ドグラへ赴いていた。

 つい先ほど、急な呼び出しを受けたのだ。


『例の件について、お伝えしたいことがあります。どうも店主の興が乗ったらしく、一晩で鑑定が終わりました。ただ……ユメビシさんも、連れてくる様に。とのことです』

『……ユメビシを? それは構わんが、またどうして』

『さあ……もしかしたら、イルカ様なりの()()()、なのかもしれません』 

 

 鞠月神社で職務中のシノノメに届いた、ラモンからの連絡。

 例の件とはもちろん――人喰い箱事件の大きな手がかりと考えられる、あの奇妙な紙切れの鑑定結果だ。

 しかしシノノメとて、間が悪いのを承知の上で頼んだ、言わばダメ元の依頼。

 最低一週間はかかるだろうと、見積もっていたのだが……。

 

「昨日の今日でえらい進展だな。どんな魔法使ったの、ユメビシは」

「魔法って大袈裟な……ただ昨日少し、一緒にいただけですよ」 


 本気で大袈裟と思っているらしいユメビシは、眉を八の字に下げ、そう告げる。

 ……さぞかし、昨日この二人を見かけた通行人らは、度肝を抜かれたことだろう。

 

「まあいい。ああそれと……通常のイルカジョウとは、まだ会ったことがないんだな」

「通常?」

「あの人、脱皮直後はかなり性格が丸いんだよ。ほんと、良いタイミングに接触したもんだ」 

 

 ――私の所感として。

 イルカジョウは非常に気分屋で、興味のない事にはとことん無頓着な気質だ。

 聡明な方である一方、眼中にない相手の顔や名前は一才覚えないらしい。

 商店ドグラも結局のところ、終の住処兼、道楽の延長線だと聞く。

 一言で表せば非常に気難しい人であるが、その突出した知恵を季楼庵に貸してくれるなら、これほど頼もしい人もいない。

 

「ユメビシ。恐らく今回の事件において、イルカジョウの協力は必要不可欠になるだろう。だが私個人からの依頼となると、当然限度がある。そこで商店ドグラとは……昔の様に、季楼庵と協力関係を築いて欲しいと考えている」


 無礼を働いた当時の季楼庵当主が失踪したせいで、これまで何十年と放置されてきたというこの溝を。

 つい先日、当主代理となったばかりのユメビシに背負わせてしまうのは気が引けるが……風向きの変わりつつある、今が好機なのも事実だ。

 

「シノさん、多分大丈夫ですよ」


 そんな私の迷いを打ち消す……程ではない、やや頼りない笑顔を浮かべるユメビシだったが、一旦この青年に委ねてみよう、と思わせる謎の安心感だけはあった。

 

 ――あぁ、そうか。

 こんな風に笑う奴が、ごく身近にいるからだ。

 今頃、鞠月神社で雑務に明け暮れているであろう、人畜無害な男の顔が頭をよぎった。


 

 ***

 

 

「いらっしょいませ。どうぞ奥へ」 

 

 ドグラについて早々、ラモンに通された二人は、ドグラ自慢の異彩を放つ商品棚を突っ切り、イルカジョウが鎮座する奥の間へ通される。

 そこにいたのは昨日から一転、()()()()()()()に戻ったイルカジョウの姿。

 座高約三メートルの巨女にして、上半身が人間の女、下半身が蛇の半身半蛇。

 昨日の姿は、脱皮直後で力が衰え、瞑之島の呪いの影響をより濃く受けたものである。

 それも僅か一瞬の奇跡に過ぎず、こうして一晩もあれば元の体へ戻るのだ。

 

 そんなイルカジョウは普段、商店ドグラ店内の奥――レジカウンターを越えた先に作られた座敷から、ほとんど動かない。

 この限られたスペースが彼女の居住空間であり、店主としての定位置でもある。

 そして客には基本興味がないため、接客対応は全てラモンら従業員に任せ、自身は座敷へ雪崩こみ、ダラダラしているのが常なのだ。

  

「……だれぇ」

「シノノメさん、ユメビシさんがお見えになりました」 


 ぴくり、と初期微動を見せ、ゆっくり起き上がる。

 美人ではあるが、その表情は心底つまらない、退屈だと言わんばかりの不服顔。

 人間の体をいとも容易く握りつぶせそうなほど、大きな、大きな手が、迷う事なくユメビシに向かって伸びてくる。

 今までにないイルカジョウの挙動に、シノノメは異変を察知した――が。

 

「んも〜〜〜〜遅かったじゃないの」

「すみません、洗濯してたので」


 ――んん? 

 目の前で繰り広げられている光景に、シノノメは開いた口が塞がらない。

 あのイルカジョウが、ユメビシをその両手で包み込み、頬擦りしそうな勢いで来店を喜んでいるのだ。

 シノノメは一気にご機嫌となった彼女の豹変ぶりに困惑しながら、同じ感想を抱いているだろう、一歩下がった位置から傍観を決め込むラモンを小突く。


「……私は余程疲れてたらしい。ありゃ誰だ?」

「…………イルカ様です」 

「なんであんなにテンション高いの。脱皮ってのは内側から変わるもんだったか?」

「決してその様なことは……俺にとっても信じがたい光景なんですよ。あのイルカ様が、出会って間もない者の顔を覚えるなんて。それほど彼を気に入ったのでしょう」 


 本当に……どうやって、たった一日であの人を籠絡したのか。

 ユメビシの底知れなさに頭を悩ませていると、一通り我らが当主代理様と戯れあい、ご満悦なイルカジョウがこちらを向く。


「シノノメもいらっしゃい。あなたが持ってきたあの紙ね、面白いことが分かったわ――()()()()()()()、聞いたことはない?」

「…………へ、いえ、自分は初耳です」 

「そう。もともと閉鎖的な一族だし、ここ数十年めっきり名前も聞かなかったから、知らなくて当然ね」


 手本のような単刀直入っぷりに、面食らうシノノメ。

 それを横目に、すっかり店主の顔に戻った彼女は淡々と告げる。

 

「あの下手な落書き……まだ外交していた頃に出回っていた、オルゴール屋敷こと大瓜山(おおうりやま)家の印だと思うわ。根拠は二つ。私の秘蔵コレクションにも類似したものが描かれていたこと。そしてユメビシが入手した黒片、細かい突起が付いてたでしょ? あれは恐らく、オルゴール盤の欠片。少なからず、あの屋敷に関係する者が、箱の事件に関わってるんじゃないかしら」


 それは今まさに、烈奇官が喉から手が出るほど欲しがっている――極めて有益な情報だった。

 一気に捲し立てられたおかげで、必死にメモをとるシノノメとは対照的に、ユメビシはどこか腑に落ちないといった表情を宿す。

 

「ふふ、物足りないって顔ねぇ? ユメビシ」

「……もしかしてなんですけど。イルカさん、まだ知っていることがあるんじゃ」

「ええ、もちろんあるわよ。今のはあくまで、シノノメからの依頼に応えたまで。けれど、さらに私から情報が欲しいのよね? それは()()として? それとも……()()()()()()の願いかしら」


 どこか雲行きが怪しくなった、二人のやり取り。

 ユメビシの返答一つで、これまでの和やかさがひっくり返るような危うさを孕んでいる。

 これがラモンの言っていた『イルカジョウなりのけじめ』なのは明白だった。

  

「……俺自身が知りたいと願っています」


 一呼吸置くと、ユメビシは真っ直ぐにイルカジョウを見据え、自身の気持ちを正しく伝えるべく、慎重に言葉を紡いだ。

 

「その欲求は俺の都合……わがままでしかない。でも真相を知りたい、解決したいと思っている人は俺以外にも沢山いるから。結果的にみんなの利となる行動をしてる点では……季楼庵代表としての要望になってしまうのかもしれません」 

「馬鹿正直ね……」

「だけど逆に、季楼庵当主の立場というだけで、イルカさんを頼ったりしません。()()()()()()()()()()()()()()だけです。……だからどうか、力を貸してくれませんか」


 人間の頭蓋骨より大きな目を丸々と見開き、小首を傾げていたイルカジョウだったが……次第にピクピクと肩を揺らし始める。

 

「ふふっ、あははははっ! は〜〜〜〜ぁ、ほんと変な子! でも及第点ね。それも、シノノメからの貢物を足しての。……いいわ、協力してあげる」 


 思う存分笑った彼女は、人差し指でユメビシの頭をこねくり回しながら、今後の協力方針を心底愉快そうに述べた。


「大瓜山家は比較的歴史の浅い一族で、私が入島後に繁栄したらしいの。だから私の知り得る情報は全て、過去実際にオルゴール屋敷へ足を運んだ、カンセツの受け売り」

「その……カンセツさん、というのは」 

「うちにセンスの良い商品を売り込みに来る行商人なんだけど、何日か前にね、近々こっちへ来ると文を寄越してきたの。だから彼を引き止めるための()は、こちらで用意してあげる。ただし……手綱は、季楼庵(そちら)がしっかり握ってちょうだいね」


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