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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第三章 非/日常編
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悩みの本質


「ここなら神域の深度も浅いし、海も見える。本当は漁の場なんだけど」

「海……というより、ほとんど崖じゃないですか」


 イルカさんたっての希望で海を目指していたはずの俺達は、何故か島の東側にある崖の上へと辿り着いた。

 先日落っこちた西の崖よりは、多少緩やかといった印象だが、観光に訪れる類の場所でない。

 肝心の海は遥か遠い上に、例の如く景色は一定距離を離れた先から霞んでしまっている。

 こちら側には海に建つ鳥居という目印がない分、遠近感も碌に掴めず、遠くを見ようとするほど感覚は朦朧としてくる。

 間近に海を見るなら、崖の端に伸びる――長年人が行き交った末に出来たであろう、天然物の小道を使って下へ降りる必要がありそうだが、彼女はここで満足だという。

 

「私達にとっての海はここからの物よ。そう易々と、南の浜辺に出る訳にはいかないもの」  


 そう口にするが、イルカジョウの顔はどこか晴れない。

 諦めたような、つまらなそうな……嘲るような表情を海に向けていた。

 それを横目に海を俯瞰したユメビシは、あるはずの水平線があまりにも遠い存在だと痛感する。

 

 ……自分は何も知らない。

 彼女のことはもちろん、瞑之島のことも、ここで暮らす人達のことも。

 引き受けてしまった当主代理のことだって、知らないことだらけだ。

 

 だからこそ……この一週間、罪悪感に苛まれていた。

 知らないことをじゃない、()()()()()()()()気力が湧かないことに対して。

 傘ザクラでの暮らしが心地良いほどに、誰かに優しさを向けられる度に、自分の中で押し込めていた感情が溢れ出す。

 

 ――他人に踏み込みたくない、関わりたくない。

 

 どうしても幼少期の経験以降つきまとう、人間不信。

 昔ほど悪態をつかずに、取り繕うことは出来ている……と思いたいが、根本的な部分は残念ながら変わってない。

 しかし最近では、自分のこれまでの生涯を合わせても足りないほど、多くの人々と関わりを持たざるを得ない暮らしを送っている。

 

 そんな偽りの当主として、内心では必死に取り繕っている自分を客観的に見た時。

 胸の中で、冷たい芯のようなものが刺さるの感じる。

 ……本当の自分がどちらなのか、分からなくなってしまう。

 

 それでも……ほとんど成り行きとはいえ、結局は自分で選んだことだ。

 故に今も、せめてもの贖罪と言わんばかりに、こうして自分が最も忌避する言動をとる。

 

「本当に見たい物は、別にあったんじゃないですか」 

「んー? おかしな子。そんな風に見えたなら、そこに連れて行って頂戴よ」

「……見当違いでも、怒らないで下さいね」

「ふふっ、心配しないで。思っていたよりも、ここの寒さが堪えたから、何処だっていいの……それに私が歩くわけじゃないから」

 

 そんなことを楽しげに言い放ち、イルカさんは俺の首に腕を回す。

 余計なことを言うべきではなかった……と後悔しながら、軽く彼女を抱え直し歩き始める。

 こうして来た道を逆行する形で、滞在時間わずか五分足らずの崖に別れを告げたのだった。

 

 

 ***

 

 

「今回は全く迷わなかったのね? 十分に遠回りではあったけど」

「一度通った道をそのまま戻ることは出来るんです。応用があまり効かないだけで」  

 

 意外そうな声色は、彼女にとっては純粋な称賛によるものだ。

 どうやら、すっかり方向音痴として認識されていた様なので、念の為訂正を入れておく。

 

 敷地内に足を踏み入れて早々、下ろしてちょうだい、とイルカは積み上がった瓦礫を指差す。

 ……そう、ここは二人が初めて出会ったあの廃墟だった。

 ようやく物理的な肩の荷が降りたユメビシは、一つ大きな伸びを。

 イルカはやはり廃墟の窓辺に視線を向けていた。

 ただその瞳は、彼女がしたがったお茶や海を見に行った時の、どれよりも楽しげで。

 もしかしたら自分が通りかかったことで、彼女の望んだひと時を邪魔してしまったのではないか……その予感だけを根拠に、ユメビシは戻って来たのだ。 

 

「ユメビシは今日、どうしてここを通りかかったの」


 虚空に溶けるような、その問いかけに。

 同じ場所を見つめながら答えを探してみるも、それらしいものは見当らない。


「……特に意味は」 

「意味なんてないでしょうね、聞きたいのは経緯よ。君、迷子ちゃんだから、あるべき場所に帰してあげようと思っただけ」

「俺は別に、迷子じゃないですよ」

「それは嘘。心の座りが悪そうなんだもの。そんなんじゃ、帰る場所どころか()()()()()()()()()よ」

「……どうして、それを」

 

 ここで初めて、彼女と視線が交わる。 

 見定めるように目を細め、にっこりと歪ませた口元からは異様に長い舌が覗き見えた。

 ――失念していたが、彼女もまた瞑之島の住人……それも恐らくヨミト達側なのだと、改めて思い知らされた瞬間である。


「あら図星だった? 私はね、鼻が効くのよ。別に説明するための言葉じゃなくていいわ。偶然にも私の耳に届いた、君の独り言と思うことにするから」  

「あぁ〜〜もう分かりました。そうですよ、お察しの通り、ずっと考え事をしていて……」

 

 こうして、彼女に会話の主導権を握られてしまった俺による、独り言大会が幕を上げた。

 正気に戻れば羞恥の波に攫われそうなので、半ばヤケクソである。

 前提として、これまでの自身に起きたこと、部分的に欠けた記憶があること、季楼庵当主代理に至る経緯。

 そして昨日の貝事件から発端した……今一番悩まされている、恐らく少女が俺に見せたと思われる悪夢。

 それが原因で、まんまと不安にかられている、と。

 

 不思議と口に出すことで、頭の中が整理されていく感覚があった。

 だからこそ夢と現実の区別がつかないなんて、改めて口にすると滑稽な話だと自分でも思う。

 しかし彼女は笑うことなく、最後まで聞き届けると、なんでもないことのように結論を述べた。


「それは無意識に、答えを遠ざけているのかしら。ユメビシの感じてる不安は、『夢と現実の区別がつかないこと』じゃなくて『全部現実の事だったらどうしよう』でしょ?」


 彼女による鋭利な指摘に対して、ぐうの音も出なかった。

 結局自分は、その可能性に背を向けたかったのだ。

 ……向き合うと、決めたはずなのに。

 

「まあそれだけ重ねて起こる不可思議なことが、全て偶然と思う方が楽観的よ。必ず何かの因果や、誰かの思惑があると捉えていいわ。だから仮に夢だとしても、全て現実に起きたこと、または今後起きる事と仮定して動いた方が、後に来る後悔は少ないかもね」


 ――何かの因果や、誰かの思惑。

 思惑に関しては、実際にヨミトの件がある為、嫌な説得力があった。

 

「それを差し引いて、今後『夢』に心惑わされたくないなら。あぁ――自分自身を見失いたくない、だったかしら? その為にはこの世との繋がり、縛られる枷を作るべきね」

「枷、ですか」

「あら? 何も難しくないわ。季楼庵当主代理という巡り合わせを、君自身が()()()()()()()だけだもの」

「はい……?」

 

 イルカは今度こそ捕食者の様な大きな笑みを浮かべ、淡々と述べたのだった。

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