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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第二章 廻る帰還
29/32

新しい名を(前半)


 ――神域には、それを形成するための核が必要となる。

 

 『第何茶室』と呼ばれる神域では、その名の通り『茶室』が核をなす。

 しかしこの隔離空間に限っては、御神木などと呼ばれる大樹こそが、その機能を果たしていた。

 

 遥か昔より多くを見聞きし、全てを知りながら沈黙を守る、義理堅いそれに。

 中立さの象徴か、『記憶する者』の同業故か……。

 この場所を管轄する男は、その在り方に敬意を払いながら、そっと息を吐いた。

 

「今日の話し合いは、至ってシンプルでね。知っての通り、キミ達二人の処遇についてさ。まあ、方針はある程度決まってるんだけどね。まずは彼女の件から始めようか。トウノサイ、報告を」

「はい。ご覧の通り、蟠華摘出に成功しています。後遺症の有無については、まだ判断出来ないとは言え、初の生還者です」

「昨夜は、何事もなかったかい?」

「えぇ。再発することも、身体が崩れることもなく。非常に静かな眠り姫でしたよ。今朝方、ご自身で起き上がりましたし」 

「とは言ってもよぉ。(にわか)には信じ難いってのが、本音だなぁ。そんな都合良くいくもんかね?」


 カナンの指摘はごもっともであった。

 長年に渡り、碌な解決策が講じられない難問だったのだ。

 そんなあっさり解決するものか、と。

 

「まぁ、そうなりますよね……では、証明になるか分かりませんが、三木君。首の後ろを、こちらに見せて下さいますか?」 

「は、はい」

 

 自身に関する話し合いとは言え、どこか他人事のように眺めていた三木しずな。

 しかし、皆の視線が集まっていると気づき、意識は現実に引き戻される。

 逃れたい一心でいそいそと身体の向きを変え、ぐっと髪を引き上げて、(うなじ)を晒した。

 果たしてそこに、何があるのか?

 彼女は当然、知る由もない。

 

 ……僅かに、場がざわつく。


「こりゃあ……」

「あら、全てが元通りって訳じゃないのね。完全に摘出できてるけど、まるで火傷痕みたい。蟠華だとこうなるのかしら?」

 

 痛ましそうな表情を浮かべるカナンとは対照的に、純粋な興味により口元を緩めるリンシュウ。

 そして不思議そうに、項をさすって確認する三木。


「……え? 今は痛くも、痒くもありませんけど……」

「うーん、トウノサイの見解は?」

「こればかりは管轄外ですね。篝針(かがりばり)に診せた方が確か、かと」


 ――篝針。

 この瞑之島に唯一存在する医者……正確には二人の闇医者である。

 倫理観に若干問題があるものの、腕利きな二名ならば一つの回答を提示出来るだろう。

 そんな綱渡りな信用の上における提案であったが、診察の対価を支払うのはあくまで三木であることを、トウノサイは口にしなかった。

 『島民の誰もが一度は通る洗礼だ』と言わんばかりに。


 コホン、と軽く咳払いし、三木にとって予想外の言葉を、彼は続けた。

 

「どちらにせよ、()()()()()()()()でしょうね」

「それって、どういう……」 


 途端、真っ青になった顔色と、今にも消え入りそうな声で呟く少女。

 良からぬ想像を働かせているのは、明白だった。

 

「あぁ、勘違いしないでね。『しばらく瞑之島から外に出ないで〜』ってことさ。キミの安全の為にも……って言えば、聞こえは良いんだろうけどね。正直な所、こちらで保護してしまった方が色々と都合良いんだ」   

「三木君にとっても、悪い話じゃないでしょう? 少なくとも身の安全は保証されますし。ただし明確な期限については、お答え出来かねますが」

「わたし、は」


 ――どうしたら、良いんだろう?

 だって、そんな、急に言われても……どうしよう、頭が上手く回らない。

   

「一つ言っておくが、自分の意思で決めろよ。望まない奴が居座った所で、迷惑なだけだ。今の状況をお前がどう受け止めて、どうしたいのか」


 シュンセイの一言は、厳しい口調ながらも、冷たさを孕んでいなかった。 

 その声音は寧ろ、三木を本心から案ずるもの。

 それが上部だけの気遣いよりも、ずっと温かく感じ……彼女は、本来の冷静さを取り戻し始めた。 


 ――そうか。私自身が、どうしたいのか。

 

 トウノサイから軽い説明を受けたとはいえ、だ。

 この人達のことも、今いる此処が何なのかも、全て理解出来てるわけじゃない。

 だけど、これだけは言える。

 いくら地元とはいえ、あんな場所……本当は、もう。

 

「……タタリ」

「あ? 祟り?」 

「最近、地元のあちこちで奇妙な事が起きてたんです。お年寄りは口を揃えて祟りだと言うし、みんな神経質になってて……正直、帰りたくないんです。その点、保護して頂けると言う事なら、寧ろ有り難くて。ここに置いてもらえるなら、出来ることはなんでもします」

「……ふん。そうか」 

 

 シュンセイは決して多くを語らないが、三木の返事は及第点だったらしい。

 短い相槌の後、目元が僅かに和らいだ。

  

「あの、でも出来れば一度、最低限の荷物だけでも、取りに戻りたいのですが……」

  

 ここに居ろと言われたばかりだったが、ダメ元で頼んでみる。

 暫く家を空ける事になるなら、どうしても取りに行きたいものがあるからだ。

 

「それくらいは許可しよう。どのみち蟠華を目撃した現場に、誰か派遣するつもりだったしね。護衛付きで短時間の滞在なら、問題ないだろう。キミの口から暫く不在する旨を、家族なり友人に上手く伝えてほしい。我々としても、出来れば穏便に済ませたいからね」

「あ、ありがとうございます……!」 

「よし、それじゃあトオツグ、これからの動きだけど……」 

  

 三木の返事を皮切りに、ヨミトはトオツグや主人達を交え、打ち合わせを始めた。

 内容としては、誰を同行させるか、移動手段をどうするか、烈奇官(れっきかん)への対応は……といったもの。

 しかしながら、ユメビシと三木は、飛び交う単語一つ取っても聞き慣れないものが多く、二人は蚊帳の外だった。

 

 そんな中、ユメビシは彼女の小さな変化に気づいた。

 三木は爪が食い込むほど強く、手を握りしめ、何かに耐えていた。

 

「あまり握り過ぎると、跡が残るぞ?」    

「え……あはは、すみません。なんだか緊張してたみたいで」

 

 可笑しいですよね。

 そう照れ笑いを浮かべ、未だ震える赤い掌をユメビシに見せた。

 

「……頑張ったんだな」

 

 するとユメビシは自身の両手でそれを挟み込み、温める様に摩りだす。

  

「……っ!?」

 三木は軽いパニック状態に陥った。

 嬉しいやら、恥ずかしいやらで、顔に熱が集まるのを感じた。 

 対するユメビシは、善意100%からくる行動なのだろう。

 その表情は真剣そのもの……だからこそ。

 

 ――ど、どうにかして話題を逸らさないと、私の心臓が持たない……!


「あ、あの! そういえば、ユメビシさんもここに住んでるんでしたっけ!?」 


 咄嗟に思いついた問いかけを、早口で捲し立てる。

 幸いにもそれは、彼の気を逸らすのに充分な効力を持っていたらしい。

 触れていた手が自然と離され、今度はユメビシ自身の顎へ添えられる。

 ほっとした様な、少し……寂しいような。

 押し寄せるこの複雑な気持ちに、更に羞恥心を駆り立てられ悶絶していると、彼はゆっくり口を開いた。

 

「いや、俺は」

「……ユメビシさん?」


 あまりの歯切れの悪さに不安を覚え、名を呼ぶが返事は返ってこない。

 その瞳は何処か遠くを見ており、何だか寂しげで。

 私はこれ以上、声をかけることが出来なかった。

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