四人の主人
「おうおう、遅かったじゃねえの!」
突如、肩にのしかかるズシっとした重さ。
続いて、背中に厚い胸板を感じた。
首を少し捻ると、鉢巻姿が妙に似合う人物と目が合う。
「なんだぁ、顔色悪いな。お前ら飯食ってねえだろ。いかんぞ、人の子はすぐ死ぬからな」
「……酒臭いです」
そのよく通る声の主は、明朗快活を体現した様な男だった。
裏表が無さそうで、他者との距離が無駄に近い。
自分には眩し過ぎて、普段であれば苦手な部類の筈だが……不思議と、居心地の悪さは感じない。
ただ、側にいると酔いを錯覚する程度には、アルコール臭が鼻につく。
そっと確認すれば、いつの間にか、宴会組の人数に変動が見られる。
恐らく、あそこから来た人物なのだろう。
「ダメですよ。ユメビシ君はまだしも、こちらの三木君は明らかに未成年……」
トウノサイの不自然な間の後、隣から「ひゃっ」と小さな悲鳴が上がる。
振り返れば、ミキの両頬を両手で包み込み、至近距離で観察している女の姿があった。
背丈は俺よりもずっと高く、凛とした雰囲気の美女ではあったが、有無を言わせない迫力を放っている。
そんな視線を浴び続けるミキは、捕獲された小動物の様に怯えていた。
「そうねぇ……ちょっと青白いけど、可愛い顔してるわぁ。ユメビシ君もね」
女は何かを見定める様な険しい表情を崩し、とびきり優しげな微笑みを見せた。
その仕草は同性にも効果絶大だったらしく、ミキはほんのり頬を染めながら、戸惑っている。
「えっと……あ、あの……ふごっ!?」
「よしよし、もう怖がらなくて良いのよ〜」
彼女は少女をたいそう気に入り、愛玩動物を愛でる以上の、大胆なスキンシップを始めてしまった。
三木の顔を、自身の豊満な胸元に埋めながら、強く抱擁して離さない。
控えめな抵抗の合間に漏れた、何かくぐもった擬音。
要約すると、『離してほしい』旨を切実に訴えていたのだが、当の本人には届かなかった。
子猫が戯れているとしか、認識してないからである。
しかし、この場にいた誰もが『そろそろ助け舟を出した方が良いのではないか?』と、なけなしの善意を思い出していると……。
ユメビシにとっては数少ない、聞き覚えのある怒声が飛んできた。
「おい、そこの酔っぱらい二人! 俺だけに見張させるな、さっさと戻ってこい!」
***
こうして、彼らが先程まで酒盛りを興じていた場所へ連行された御一行。
太い大木の下に、大人数でも問題なく座れそうな赤い敷物が広げられていた。
その上で鎮座し、待ち構えていたのは、見知った顔の二名。
「……ったく、カナンはまだしも。リンシュウ、あんたもか」
「あら、御免なさいね? 私好みの顔だったから、つい」
「大勢いると楽しいだろ? 祭りみたいで、ついな」
一人は、仏頂面のシュンセイ。
相変わらず目の下には、深いクマを刻んでいる。
彼の制止を振り切って、場を離れたらしい、カナンとリンシュウを呼び戻した功労者だ。
苦情を漏らしているが、罪悪感のカケラが微塵もない二人に、却って嗜められている。
そしてもう一人が……
「揃ったね。それじゃあ、始めようか」
……何故か、上半身を縄でぐるぐるに縛られた男で、凛々しく、そして高らかに宣言した。
ユメビシは後に、アリマから「ドン引き」という表現を教わるが、この時はまだ知る由もない。
故に、柔らかめな嫌悪感を露わにしていた。
「ヨミトは……なにしてるんだ」
「なんだいその目は! 別にこれ、趣味じゃないからね!」
ユメビシはそんな弁明を横目に、ここへ移動するまでの道中、トオツグがこっそり教えてくれた情報を整理する。
――四柱の神、その配役についてだ。
「おやおや、随分しっかりと縛りましたね」
第四茶室の主人、トウノサイ。
丁寧な言葉で話し、落ち着いた雰囲気の男。
主人の中で一番の古株。故に、まとめ役になることも多い。
ところが、その風変わりな眼鏡を愛用しているなど、独特な感性や価値観を持ってるらしい。
「だってヨミトったら、すぐ居なくなるんですもの。それに、口を開くには困らないでしょう?」
第三茶室の主人、リンシュウ。
大胆な着崩しに、大きな髪飾りが印象的な女。
瞑之島の守護を担っている実力者で、こと戦闘においては彼女に依存してる部分が大きい。
戦闘における残忍さとは裏腹に、無邪気な一面もあるらしい。
「あらら〜僕、すっかり疑われてる」
言わずもがな、ヨミト。
この状態でいながら、いつも通り、どこか余裕ある態度を崩さない。
そういえば……中立者とは、どういう意味だろう?
「そりゃあ、な。日頃の行いじゃないかね?」
第二茶室の主人、カナン。
癖っ毛な髪を高い位置で一つにまとめ、派手な鉢巻をした男。
この島における『祭り』を司る主神でもあり、賑やかなこと自体が好きな祭り狂い。
少々暑苦しい所もあるが、この集まり唯一の良心枠らしい。
「はぁ……いいから、始めよう。日が暮れるだろ」
そして第一茶室の主人、シュンセイ。
大きなフードの付いたマントのような物を羽織り、中は和装に袴姿の男。
主人の中では一番の若手で、隙あらば脱線する進行を主軸に戻すなど、影の苦労人らしい。
しかし我慢が限界に達すると、所構わず苔を生やす悪癖を持つ……。
こうして彼らが一同に介した光景を見ると、主人達とヨミトの共通点に気づく。
髪型や髪質はそれぞれ全く異なるものの、髪色は銀髪。
銀とは言っても、シュンセイだったら薄桃色っぽかったりなど、それぞれ薄っすら異なる色味があるのだと。
そんな各茶室主人が奥、その対面側に俺とミキ、大木を背にヨミトが座る。
トオツグは俺達の一歩後ろで、何やら紙に書きこんでいた。
「うん、それはごもっとも。それじゃあ改めて、実に82年ぶりの会合を始めよう」
――その言葉を皮切りに、これまでの和やかとも取れる雰囲気が、一変した。
背筋を這う薄寒さと、好奇に期待を寄せる熱気。
この相反する未知の集い、開始の狼煙が立ち込める。
それは芳香な……いや、こちらを酔わせるほど甘い、華の香りだった。




