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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第二章 廻る帰還
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おはよう、不法侵入者


 ――チク、タク、チク、タク、チク…… 

 

 規則正しく時を刻み続ける秒針は、さながら建物の心臓のようで。

 普段なら心地良く感じるそれに、焦りを感じるのは何故か?

 

 つい先程まで、2階から数名の足音が行き交っていた。

 しかし今は建物全体が寝静まったらしく、朝の静寂に包まれ、この不安に駆られる音のみが元気に活動している。


 辺りはまだ薄暗い、早朝6時過ぎ。

 首だけ僅かに動かし窓を見上げると、白く濁った空が映る。

 単に霧が原因なのか、本日の空模様が曇天なのか、俺には判断出来なかった。


 再び視線を天井に戻し、すっかり見慣れてしまった、魚の鱗に似た木目を眺める。

 

 未だベッドに深く沈む身体は、指先一つ動かすのも億劫なほど気怠い。

 あの行為後は、決まって怠さに襲われるが……これほど長引くのは、初めての気がする。

 更には全身が火照って我慢出来ず、トキノコ達の制止を振り切り、真冬に水浴びをした程だ。

 

 後に聞いた話ではあるが。

 彼女に憑いていたのは、俺が知っている寄生華とは別の個体だったらしい。

 ……どおりで、妙な蔦で裂かれると思ったら。

 おかげで着物は血まみれのボロボロになってしまったが、当然肌には傷一つ残ってない。

 

「案外きちんと、覚えてるもんだな……何年振りにやったんだろう」

 

 摘出は成功し、寄生されてたあの子も助かった……はずだ。

 俺だけ先に休ませてもらったから、彼女の無事を最後まで見届けた訳じゃない。

 一度、寝巻きなどを届けてくれたアリマも「専門家が連れて行っちゃってさ。よく分からないんだよなぁ」と漏らしていた。

 

 ――とにかく。良い加減、起き上がりたいんだが……

 

 結局一睡も出来なかったことが要因なのか、随分横になっているのに、このざまだ。

 しかしどうしても、眠りにつくのが恐ろしかった。

 

 

 ――瞳を閉じると、思い出してしまう。 

 

 アリマから風呂場の説明を受けた際、意を決して聞いてみたのだ。

   

「……その、妙なことを聞いて悪いんだが、今は何年の何月何日になる?」

「えっと、今日は2023年2月12日の日曜日だよ……はっ! 納豆、今日までか……」

 

 

『まあ今は実感無くても、そのうち分かるよ。(むご)いよね21世紀』

『実感以前にお前の発言を信用したくない!』

 

 

 胡散臭いヨミトならまだしも、アリマに言われてしまうと、俄然神妙性が増してしまう。

 また目を覚まして70年後など、流石に笑えない。


 仕方なく、再び木目を数え始めれば、これまで物音一つしなかった廊下からパコパコと聞き慣れない音が聞こえた。

 それは徐々に近くで聞こえ、この102号室の前でピタリと止まった。


 コンコン。

 

「ユメビシ〜、起きてるかい?」


 ――よし、寝たフリだ。

 

 朝からこの男の相手をするほど、余分な体力は持ち合わせてない。

 ……瞳を閉じ、規則正しい呼吸を繰り返すことだけに意識を集中させる。

 いいぞ、これで引き返せば……

 

 ガチャっ。

 

 勝手に入ってきたぞこいつ。不法侵入じゃないか。

 焦らず狸寝入りに専念していると、ヨミトはベッドに腰を下ろし、こちらを見下ろしている様だった。

 

 ――流石にバレるか……て、んん?!

 

「キク……」


 ヨミトは身の毛がよだつほど甘ったるい声で誰かの名を呼び、ゆっくり俺の右手を撫で始めた。

 あまりの衝撃に一瞬目を開けてしまったが、奴はそれに気づかない。

 完全に自分の世界に浸っているのだ。


 ――この状況は、一体なんだ……?


 欺こうとした罪悪感で抵抗できず、ヨミトの好きにさせてしまっているが……。

 とにかく執拗に、皺だらけの手を触って喜んでいる様子は奇妙だった。

 このあまりに居心地の悪い時間は、気が遠くなる程続き、俺の額に変な汗が滲み出した頃。

 

「……ま、そろそろ勘弁してあげるよ。触らせてくれてありがとう、ユメビシ」

 

 …………腹立たしいことに、最初から狸寝入りと分かった上で、揶揄(からか)ったらしい男の声がした。

 だとしても、今更起きるのも癪なので、状況継続という道を選んだ。


「強情だなぁ。着替えはそこの使って。準備出来たら、玄関にいるトオツグって男と合流するんだ」


 言い終わるや否や、気配は離れていき、足音は恐らく扉の前で止まった。


「じゃあ、また後で。……もう問題なく動けるはずだよ」


 それだけ言い残し、ドアノブが回される音を聞いた直後。

 突如冷たい冷気が流れ込み、酔いを誘う花の香りと、賑やかな笑い声が辺りに充満する。

 

 一瞬の出来事だった。

 目を開けた時には扉は閉じており、部屋はヨミトが訪れる前の静寂を取り戻していた。

 

 ……もう何処からも、あの独特な足音は聞こえなかった。

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