表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第二章 廻る帰還
19/29

傘ザクラへようこそ


 いつしか商店街は終わりを告げ、人気の少ない通りに差し掛かった。

 

 通りのど真ん中には、迂回を勧めるように、立派な松が聳え立ち道を塞いでいる。

 しかしヨミトは慣れた具合で松と塀の間を通り抜け、さらに奥へ進んで行く。

 

 すぐ右手側には、商店街に立ち並んでいた店構えと、また違う系統に異彩を放つ一軒の建物。

 『商店ドグラ』。木製の看板にそう彫られていた。

 煉瓦造りの赤茶色の壁と、夕日に反射する花柄のステンドグラスが、ここだけ異国情緒漂う店構えにしている。

 

 そこを通り過ぎると、正面は行き止まりなのだが、左手側には隠されたように、人一人しか通れない幅の階段が上に伸びていた。

 

 それは三階建てらしきドグラの屋根と同じ高さで途切れ、先には緩やかな登り坂が続く。 

 道なりに真っ直ぐ進むと、玄関口に大きく『傘』と書かれた暖簾が目印の、民家が現れた。

 中から漏れ出す光は、すっかり薄暗くなった周辺に輪郭を与えている。

 

「ここが傘ザクラさ。良い隠れ家だろう」

 

 商店街の喧騒から外れた辺鄙な場所に建っているおかげで、居心地の良い静けさに包まれる。

 しかし建物は勿論、その周辺にも手が行き届いており、雑草ひとつ生えていない。

 誰かの手により、こまめに管理されているのが伺えた。

 

「そうだな。……ところで、俺は何をすればいいんだ?」 

「うーん、待機」

「え、待機?」 

「別に監禁が目的じゃないけど、くれぐれも大人しくね」 

「そんな、いつまで」 

「準備があるからね。そのうち迎えに来るからさ〜」 

 

 そう告げ、ヨミトはづかづかと中へ入ってしまう。

 暖簾の隙間からは、控えめな灯り揺らめく、広い玄関が見えた。


「おーい、誰かいるかい? ほらユメビシも、早くおいで。大丈夫。ここは一番安全だから」 

 

『……いらっしゃい』

  

 敷居を跨いだ瞬間、すぐ真上から、深みのある落ち着いた声音でそう囁かれた。

 女性の声だったが、見上げても当然ながら誰もいない。


 ――ん?

 

 そんな俺の様子を見かねたヨミトが補足を入れる。

 

「彼女、恥ずかしがり屋だからね。きっと、そのうち姿を見せてくれるさ」    

「そうなのか? ありがとう、お邪魔します」

 

 具体的にどこを見ればいいか分からないので、ひとまず適当な上空に向かって挨拶する。


『……わぁ……ヨミト……この子、とっても、良い子だわ……』  

 

 消え入るような声と入れ替わりに、正面の階段から、ドッドッドと慌ただしく駆け下りる音が響く。


 ――足元から順に姿を現したのは、白い割烹着……が大変よく似合う、青年だった。

 

「はいはい、お待たせー。早かったねヨミトさん。もしかして彼が噂の?」

「そそ、だから面倒見てやって。あとね彼、現代の生活に慣れてないから。大きな赤子か、若い老人が来たと思ってくれたまえ」

「そなの? りょーかい」 

「それじゃ良い子にしてるんだよユメビシ。無茶はしないこと」


 それじゃ、と。

 呆気に取られる俺を放置し、ヨミトは音も無く、外の闇に溶けて見えなくなった。

 

「とりあえず、上がりなよユメビシ。俺はアリマ。短い間かもだけど、よろしくな」 

「は、はい。お世話になります……アリマさん」 

「くすぐったいから『さん』なんていいよ。歳同じくらいだろ? あんまり気負わなくていいからな」 


 片手が差し出され、握手を求められていると分かっていても、他人に手を触らせるのは抵抗があった。

 しかし俺が戸惑っているのを察したのか、アリマは嫌な顔せずその手を引っ込めてくれた。

 

「……すみません」 

「いんや? ……あのな、それより」

  

 彼は急に声を潜めながら、正面の廊下の先を指差した。

 視線を追うと、二つめの扉の影から、何かが揺れている。

 

 ……差し詰め、頭隠して尻隠さずならぬ、頭隠して髪の毛隠さずか。

 一つに結えた髪の毛が、途中についた飾りの重さで振り子の様に、ゆらゆら見え隠れしているのだ。

 その臙脂色(えんじいろ)の髪と、丸い飾りには見覚えがある。

 

 「トキノコ……だよな?」


 名を口にすると、トキノコはひょっこり顔を出した。

 ……鬼の様な形相で、俺を睨みつけながら。

 

「トキちゃん、ユメビシ来たよー。こっちおいで」


 大層ご立腹らしい彼女は、無言でアリマの後ろに駆け寄り、彼を盾代わりにすっぽりと隠れてしまった。

 束の間、気まずい沈黙が流れる。


(この状況は一体……?)

(トキちゃんさ、ずっと心配してたんだよ。ユメビシのこと)


 困惑する俺に、アリマがそっと耳打ちする。

 

 ――そうか。あの崖で別れたきりだったのだ。

 

 お互いの安否は、ヨミトづてに知らされていた……筈だよな? 

 しかし落下時に垣間見た、彼女の悲痛な叫びと表情が脳裏に蘇る。

 

「トキノコ、その……心配かけてすまなかったよ。怪我はなかったか?」

 

 恐る恐る尋ねると、短く、息を吸い込む音がした。

 

「……私、怒ってるんだから!」

 

 やっと顔を上げた彼女は、瞳と声を振るわせ、そう訴えた。

 

「このお馬鹿っ! 結果的に上手くいったけど、あんなやり方……好きじゃない」

「ごめんな」

「無茶なことを続けると、癖になるんだから。その末路に傷つくのは、ユメビシだけじゃないこと……忘れないで」

「肝に銘じるよ。……だから泣かないでくれ」


 片膝をつき、彼女と視線を合わせる。

 トキノコの目元を濡らす雫を拭えば、私の方がお姉さんなのに! と文句を言いながらも笑顔を見せてくれた。

 アリマはといえば、先ほどから菩薩のような、慈愛に満ちた表情で見守ってくれている。

 

「……もうお説教は終わり! 例の子ね、気絶しちゃったけど生きてるよ」

「え、気絶?」

「起きたらその元気な姿を見せてあげて。安心すると思うから」

「そうそう、その子も今ここにいるんだよ。客室で寝かせて……」 

   

 

 ――ガッシャン!!

 ――きゃっ!



 何かが割れる音に続き、短い悲鳴。

 それが玄関の左手側に伸びる、廊下の先から聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ