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幽縁ノ季楼守  作者: 儚方ノ堂
第二章 廻る帰還
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奇天烈道中


「…………なっ!?」 

  

 自身の素っ頓狂な声がこだまする。

 ヨミトに続き、鳥居をくぐろうとした直前、異変に気づいた。

 どこにも居ないのだ。たった今しがた、目の前を歩いてた男が。

 それなりに見通しがよく、隠れる場所なんて少し離れた竹林くらいだ。

 突然あそこまで走り出す滑稽な姿、見られるものなら、見せて欲しかった。

 

「あぁ、初めてだと驚くよね。大丈夫だから通っておいで」

 

 姿はなく、声だけがしっかり聞こえる……鳥居の向こうから。

 

 ――常識を持ち出すな、今は深く考えるな。

 

 腹を括り、赤い柱の間に体を滑り込ませる。

 念の為、息を止め、瞼も強く閉ざしてみたが、身構えるような事態は訪れなかった。

 

 ただ……音が、匂いが、灯りが、温度感が。

 これまでの自然色が根強い、緑漂う環境から、生活感あふれる人里の豊かさを連想させた。

 

 恐る恐る、自身の瞳で現状を確認すれば、多くの人々が行き交い賑わう、商店街のような大通りに立っていた。

 

「……どうなってるんだ、幻覚か?」


 背後には、今通ったであろう鳥居が一つある。

 その間から、歩いてきた石造りの小道も、左右に並ぶ竹藪も覗ける。

 しかし、目の前に広がる賑やかな往来なんて、あちらからは見えなかった。

 

「まあ言ってしまえば騙し絵に近いかな。例えばさ、鳥居はいくつあったと思う?」

「手前から見たのは、三つだが……」

「当たってるよ。でも本来はね、ご覧の通り()()なんだ。認識の齟齬を引き起こす結界、といったものさ」     

「はぁ……そうですか、そういうものですか」

「ここを通り抜けたら、傘ザクラまであと少しだけど……どうかした?」 

「いいや、別に……」 

「そうかい? じゃあここで注意事項ね。悪目立ちしたくなければ、堂々とボクの隣を歩いたほうがいい」

「突然なんだ?」

「言ったでしょ。皆新しい顔には敏感だからね。ボクの後ろを突いて歩く、見たことない子がいたら警戒されてしまう」  

  

 だからおいで〜、とニコニコ手招きされる。

 こちらとしても要らぬ警戒を買いたくはない一心で、ヨミトの隣に並ぶ。    

 すると言い出しっぺの張本人が、意外そうな声を上げた。

 

「おや、やけに素直じゃないか」

「うるさい。先を急ぐんだろ」

「ふふっ、そうだね。行こうか」

 


 ***


 

 ヨミトの言葉通り、俺達は多くの視線を集めていた。

 しかし当初予想していた警戒、不審感からくるものではなく、どちらかというと……

 

「ヨミト様だわ!」

「あら本当、珍しいわね」

「今日も麗しい〜」 

「ヨミト様ー!」 

「隣の子もステキな雰囲気……」

「お似合いねぇ」 

 

 これで何度目だろう。

 道行く女性達からの熱烈な声援。


「ヨミト様〜、新しい茶菓子が出来ましたぞ! またいらして下さいな」

「やあ店主、今度伺うよ」  

 

 いや……老若男女問わずの人気っぷりだった。

 わざわざ足を止め、振り返る人も少なくない。

 周囲の噂話を拾う限り、ヨミトは普段あまりこの往来に姿を現さないそうだ。

 

 もしかしなくても、目立ってるのは俺じゃなくて……


「なあ、離れて歩いていいか? いいよな」

「えぇ、どうしてだい?」


 それまで期待に応えるように、完璧な愛想を振り撒いていた男が表情を崩す。

 心底理解不能だ、という顔をしないでほしい。

 

「却って、無駄に目立ってるじゃないか!」

「え? 少なくとも、怪しまれてはないだろう?」

「そ、それは」

   

 ……紛れもない事実なので反論に困ってしまう。


「でもな……せめてもう少し、人通りの少ない道はなかったのか?」

「無くはないけど、遠回りになるからね。我慢して」


 観念して、なるべく正面だけを見据えながら歩みを進める。

 うっかり気を抜けば、この物珍しい光景に目が泳いでしまうからだ。

 そうだ、堂々と。妙な動きをしないように。

 

 例え……店先に並んだ用途不明の品に、奇怪な置物、奇天烈な文言の貼り紙があっても。

 更に……作り物とは思えない獣の耳や、尻尾の生えた人間が、平然と歩いていても。

 

 それらにさえ目を瞑ってしまえば、活気に満ちたよくある町並みなのだろう。

 

 ――しかし、ここらを漂う空気は、()()()()()()()と、()()()()()()に満ちている。

 

「人と妖が拠り所に、だったか。共存しているのか?」

「うん、そうだよ」

「でも……なんだか、人間の外見に近い者が多いんだな。怪談に出てくるような、あからさまな妖怪の姿を見かけない」 

「あぁ、それは一種の呪いみたいな物でね」

「呪い?」


 ふと口にした疑問から、思いもよらない話題に発展した。

 

「この島にいる人ならざる者は、強制的に人の姿にされてしまう。でも本質が変わるわけじゃない。現に強すぎる個性を持つ者は、見た目にそれが反映されるんだ。分かりやすいのだと、身長や尻尾だったりね」  

「それは……窮屈じゃないか」

「まあ何かと便利なんだよ、人の姿というのは」

「ヨミトもそうだと?」

「ん〜? さあ、どうだろう」

 

 優男は柔らかく微笑んで、はぐらかした。

 その表情からは何も読み取ることが出来ない。

 

 ――自分のことには、触れられたくないのだろうか?

 

 ずいぶん勝手な奴だ。

 とにかく、俺からしたらこの非日常な光景が、ここでは常識らしい。

 誰もがごく自然に、夕方の時間を和やかに過ごしている。

 

「平和そうな場所だな」 

「いいや? そんなこともないさ。些細な事件なんてしょっちゅうだし。だから……」

 

 途中で言葉を切ったヨミトを、何気なく見上げる。

 

「飽きがこない、()()()()()だよ」 


 ――そこにいたのは、本当に同一人物か?

 

 彼が一瞬見せたのは、興奮気味の口調に、少し高揚した頬、うっとりとした目元。

 その忽然(こうこつ)とした表情に、背筋がゾッとした。

 ここで、忘れかけていたシュンセイの言葉が再び蘇る。

 

『いいか、ヨミトを信用し過ぎるなよ。基本的に善人面で接しやすい男だが、中身は破綻してるからな』 


 ……初めてヨミトの深淵を垣間見た気がする。

 

 普段はのらりくらりと掴みどころの無い男が見せた、本能剥き出しの表情。

 これが何を意味するのか、今は追求するのを(はばか)られた。

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