奇天烈道中
「…………なっ!?」
自身の素っ頓狂な声がこだまする。
ヨミトに続き、鳥居をくぐろうとした直前、異変に気づいた。
どこにも居ないのだ。たった今しがた、目の前を歩いてた男が。
それなりに見通しがよく、隠れる場所なんて少し離れた竹林くらいだ。
突然あそこまで走り出す滑稽な姿、見られるものなら、見せて欲しかった。
「あぁ、初めてだと驚くよね。大丈夫だから通っておいで」
姿はなく、声だけがしっかり聞こえる……鳥居の向こうから。
――常識を持ち出すな、今は深く考えるな。
腹を括り、赤い柱の間に体を滑り込ませる。
念の為、息を止め、瞼も強く閉ざしてみたが、身構えるような事態は訪れなかった。
ただ……音が、匂いが、灯りが、温度感が。
これまでの自然色が根強い、緑漂う環境から、生活感あふれる人里の豊かさを連想させた。
恐る恐る、自身の瞳で現状を確認すれば、多くの人々が行き交い賑わう、商店街のような大通りに立っていた。
「……どうなってるんだ、幻覚か?」
背後には、今通ったであろう鳥居が一つある。
その間から、歩いてきた石造りの小道も、左右に並ぶ竹藪も覗ける。
しかし、目の前に広がる賑やかな往来なんて、あちらからは見えなかった。
「まあ言ってしまえば騙し絵に近いかな。例えばさ、鳥居はいくつあったと思う?」
「手前から見たのは、三つだが……」
「当たってるよ。でも本来はね、ご覧の通り一つなんだ。認識の齟齬を引き起こす結界、といったものさ」
「はぁ……そうですか、そういうものですか」
「ここを通り抜けたら、傘ザクラまであと少しだけど……どうかした?」
「いいや、別に……」
「そうかい? じゃあここで注意事項ね。悪目立ちしたくなければ、堂々とボクの隣を歩いたほうがいい」
「突然なんだ?」
「言ったでしょ。皆新しい顔には敏感だからね。ボクの後ろを突いて歩く、見たことない子がいたら警戒されてしまう」
だからおいで〜、とニコニコ手招きされる。
こちらとしても要らぬ警戒を買いたくはない一心で、ヨミトの隣に並ぶ。
すると言い出しっぺの張本人が、意外そうな声を上げた。
「おや、やけに素直じゃないか」
「うるさい。先を急ぐんだろ」
「ふふっ、そうだね。行こうか」
***
ヨミトの言葉通り、俺達は多くの視線を集めていた。
しかし当初予想していた警戒、不審感からくるものではなく、どちらかというと……
「ヨミト様だわ!」
「あら本当、珍しいわね」
「今日も麗しい〜」
「ヨミト様ー!」
「隣の子もステキな雰囲気……」
「お似合いねぇ」
これで何度目だろう。
道行く女性達からの熱烈な声援。
「ヨミト様〜、新しい茶菓子が出来ましたぞ! またいらして下さいな」
「やあ店主、今度伺うよ」
いや……老若男女問わずの人気っぷりだった。
わざわざ足を止め、振り返る人も少なくない。
周囲の噂話を拾う限り、ヨミトは普段あまりこの往来に姿を現さないそうだ。
もしかしなくても、目立ってるのは俺じゃなくて……
「なあ、離れて歩いていいか? いいよな」
「えぇ、どうしてだい?」
それまで期待に応えるように、完璧な愛想を振り撒いていた男が表情を崩す。
心底理解不能だ、という顔をしないでほしい。
「却って、無駄に目立ってるじゃないか!」
「え? 少なくとも、怪しまれてはないだろう?」
「そ、それは」
……紛れもない事実なので反論に困ってしまう。
「でもな……せめてもう少し、人通りの少ない道はなかったのか?」
「無くはないけど、遠回りになるからね。我慢して」
観念して、なるべく正面だけを見据えながら歩みを進める。
うっかり気を抜けば、この物珍しい光景に目が泳いでしまうからだ。
そうだ、堂々と。妙な動きをしないように。
例え……店先に並んだ用途不明の品に、奇怪な置物、奇天烈な文言の貼り紙があっても。
更に……作り物とは思えない獣の耳や、尻尾の生えた人間が、平然と歩いていても。
それらにさえ目を瞑ってしまえば、活気に満ちたよくある町並みなのだろう。
――しかし、ここらを漂う空気は、寂しい穏やかさと、優しい妖しさに満ちている。
「人と妖が拠り所に、だったか。共存しているのか?」
「うん、そうだよ」
「でも……なんだか、人間の外見に近い者が多いんだな。怪談に出てくるような、あからさまな妖怪の姿を見かけない」
「あぁ、それは一種の呪いみたいな物でね」
「呪い?」
ふと口にした疑問から、思いもよらない話題に発展した。
「この島にいる人ならざる者は、強制的に人の姿にされてしまう。でも本質が変わるわけじゃない。現に強すぎる個性を持つ者は、見た目にそれが反映されるんだ。分かりやすいのだと、身長や尻尾だったりね」
「それは……窮屈じゃないか」
「まあ何かと便利なんだよ、人の姿というのは」
「ヨミトもそうだと?」
「ん〜? さあ、どうだろう」
優男は柔らかく微笑んで、はぐらかした。
その表情からは何も読み取ることが出来ない。
――自分のことには、触れられたくないのだろうか?
ずいぶん勝手な奴だ。
とにかく、俺からしたらこの非日常な光景が、ここでは常識らしい。
誰もがごく自然に、夕方の時間を和やかに過ごしている。
「平和そうな場所だな」
「いいや? そんなこともないさ。些細な事件なんてしょっちゅうだし。だから……」
途中で言葉を切ったヨミトを、何気なく見上げる。
「飽きがこない、愉しい場所だよ」
――そこにいたのは、本当に同一人物か?
彼が一瞬見せたのは、興奮気味の口調に、少し高揚した頬、うっとりとした目元。
その忽然とした表情に、背筋がゾッとした。
ここで、忘れかけていたシュンセイの言葉が再び蘇る。
『いいか、ヨミトを信用し過ぎるなよ。基本的に善人面で接しやすい男だが、中身は破綻してるからな』
……初めてヨミトの深淵を垣間見た気がする。
普段はのらりくらりと掴みどころの無い男が見せた、本能剥き出しの表情。
これが何を意味するのか、今は追求するのを憚られた。




