再・再会(後編)
男の後ろ姿を眺めながら、情報を整理する。
この人物とは幼少期、手を失ったあの夜に一度だけ出会った。
その時も今回のように、助けて……貰った気がする。
――でも、何故だろう。何かが、ひどく胸に引っかかる。
加えて姿を見た瞬間から、体が全力で拒絶してるみたいに、悪寒が止まらない。
「……確認だが、ヨミトだな? あんた」
我ながら、つっけんどんな言い方だと思ったが、聞かれた背中はくすくすと揺れている。
「うんうん正解。久しぶりユメビシ。相変わらず、迷子になりやすいみたいだね」
「よく俺のいる場所が分かったな?」
「あぁ、監視してたんだキミ達のこと。だからこうなった経緯は、概ね知ってるよ」
「……監視?」
「そう、例えばユメビシが救った少女とトキノコ、二人とも無事だよ。お手柄だったね」
――こいつ、どこまで信用していいんだ?
「おや、まだ怒っているのかい?」
「怒りというよりも、不信感が勝るな」
「それは安心していい。ここにいる時点で、賭けはキミの勝ちだよ」
「……は、賭け?」
『――賭けてみようか』
脳裏で……声が反響する。
これは幼少期に聞いたものじゃない。
それなら、いつ、どこで、聞いたものだ?
つい最近のようにも、気が遠くなるほど前のようにも感じる。
突然、鼻腔をくすぐる癖の強い香りが漂ってきた。
これは……磯だ。海が近いのだろうか?
「うん。ここまで来れば大丈夫。見てごらん、立派だろう? ここが正面玄関みたいなものでね」
考え込みながら歩いていたせいか、周りの風景や足元の感触が、すっかり変わっていたことに気づけなかった。
顔を上げて目にしたのは、靄が漂う海岸。
天気自体は良いはずだ。雲一つない空。
しかし、浜から少し離れた海に鎮座する、木で出来た大きな鳥居より先の景色を、拝むことは叶わない。
――とりい、……鳥居だって?
鼓動が速まる。
断面的な風景画が、脳内から無理やり掘り起こされた。
そこは。どこまで行っても似たような木々に囲まれた林。
あれは。荒れた参道に、急な傾斜の階段と鞠月神社と書かれた鳥居。
それは。整えられた境内に手水舎。
そこに。突如として現れた男。
――賭けてみようか。
突き出された手に押され、体勢を崩した先に待ち構えていたのは?
――水面へ引き込む無数の手と、冷たい闇。
あの後……どうなったのか。
それだけは、一向に思い出せる気がしない。
「でも……少しづつ、思い出してきた」
「あぁ、記憶障害出てる感じ? 大丈夫だよ、そのうち全部思い出すから」
ヨミトはいつの間にか、自分だけそこら辺の岩に腰をかけ、得意げに言ってのけた。
それが妙に優雅な所作で話すものだから、少し癪に障る。
「誰のせいで、こうなったと思って……」
「ま、ボクだよね。この場合」
何故こうも悪びれず、涼しい顔をしているのだろうか、こいつは。
いっそ清々しいまでの曇りなき眼だ。
殺人未遂のような真似をしたというのに。
「……それに、どうして断言出来るんだ。記憶が戻るなんて」
「想像の域を出ないけど、例えるなら。長い間夢を見ていて、『夢の中の自分』を『現実の自分』と認識してしまい記憶が混濁した。その名残りなんじゃないかな? 夢は所詮、夢だ。仮初に過ぎない。現実での日常生活を繰り返せば、いつか思い出すだろう」
「日常生活、か……」
「さて、ボクからも質問。初歩的な質問ではあるけど、念の為。キミはどうして鞠月神社を訪れたのかな?」
「それは、」
盲点だった。大前提として、何の目的があったのだろう。
……いや、冷静に考えたら神社を訪れる目的なんて、普通参拝以外に何がある?
とは言え、この考察には不思議と納得出来ないし、それを根拠づける材料もまた、記憶にない。
――どうしてここまで、思い出せること、思い出せないことにムラがあるのか?
ヨミトが言うには、俺は何処かで長いこと眠っていた。
その後、明確な目的を持って、自分の力で脱出したらしいが、詳細を覚えてない。
それは眠っていた時の夢が原因と考えられる。
現実と錯覚するほど長く夢に触れていたせいで、記憶が侵され、目覚めた今も大部分の記憶が混濁しているから。
いやいや……果てしなく胡散臭いな。
そんな俺の沈黙を、予想通りと言わんばかりの表情で、彼は問いかける。
「答えられない? それとも、思い出したくない?」
勝ち誇った様に核心に迫る物言いは、俺の神経を逆撫でする。
「思い出したいに決まってるだろう! それが出来れば、こんなに苦労してない」
「それは良好。だって向き合うために戻ってきたんだろうし」
「……!」
「だから自分の力で脱出し、縁が強い第一茶室に抜け落ちた」
――もう、何を言われても聞き流そう。
全て真面目に聞いていたら気が狂ってしまう……そう心に誓った矢先だった。
ヨミトは芝居がかった調子で語りかける。
「んー、とは言ってもね。まさか出てこられるなんて。もう間に合わないと思っていたよ。あれから約70年だからね。そろそろ、もう堕ちたかなーと思ってたんだ」
「は…………?」




