【18:合流】
レフノールの心配は結果として杞憂に終わった。
「前方から武装した兵の集団……わが軍の武装です!」
作業を始めて半刻も経たないうちに、見張りに立たせていた兵から声が上がった。その声を聞いた兵たちがまた声を上げ、情報は瞬く間に全員に伝わる。味方が無事に姿を現したという情報は、現状では貴重な朗報と言えた。喜びの声を上げる者、仲間と戦友の無事を喜びあって手を止める者、そして一目彼らを見ようと持ち場を離れようとする者までいる。
「手を止めるな、持ち場を離れるな! 今流す汗があとで流す血のかわりになる! 忘れるな!」
言葉ほどに、レフノールの口調は厳しくはない。兵たちを激励して手を動かさせなければ、という意識はもちろんあるが、それ以上に安心感が強かった。いやいや実際に無事なところを見るまでは、と自分に言い聞かせる。
近づいてくる隊列には特に騒ぎもなく、常よりも速い歩調ではあれど、慌てた様子もなかった。先頭には大柄な赤の長髪と、細身で小柄なふたりの騎乗姿がある。リディアとベイラムは隊列の後ろに陣取っているのだろうと思われた。
向かってくる隊列の様子を見る限り、少なくとも現状、敵に喰い付かれている、というわけではなさそうだった。どれほど時間の余裕があるかはまだわからないが、レフノールが選んだ場所で、準備を整えたうえで戦える、ということは確かなようだ。
「アーデライド、ヴェロニカ、ふたりともご苦労」
レフノールの言葉に、ふたりの女性冒険者が笑みを浮かべて敬礼する。
「なんの苦労もないよ。あの中尉、彼女はやっぱり優秀だね。こんなときでもちゃんと部隊をまとめて引っ張ってる」
馬を下り、レフノールの傍に立って、アーデライドが低い声で告げる。
「中尉は後ろに?」
「うん。デュナン特務曹長と一緒に最後尾だって」
アーデライドのリディアに対する評価をさておいてレフノールが尋ね、ヴェロニカが軽い調子の小声で応じた。レフノールがひとつ息をつく。
「怪我人は?」
「いないってさ。全員無事」
ヴェロニカの短い答えに、レフノールは今度こそ深く安堵した。
下士官まで含めても50人に満たない小隊の隊列が、レフノールたちの脇を通り過ぎてゆく。すぐに隊列の後尾につくふたりの姿が見えた。その傍らでラバを引いているのはおそらく、砦にいた酒保業者だろう。ちょっとした嗜好品を仕入れて売り、あるいは炊事や洗濯を請け負う半軍属だ。もう少し規模が大きい駐留地であれば食事と睡眠以外の欲求を解決する場を提供することもあるが、駐留の期間が短くなる上に兵以外がいないという最前線の砦では、そこまでは求められない。行軍慣れしていない酒保業者は兵以上に苦労しているはずだったが、彼らも、そしてリディアやベイラムも、そんなことを気にしてはいられないのだろう。後方を警戒しながら、酒保業者たちが遅れないように急かせてきたに違いなかった。
「コンラートには今いろいろと働いてもらっている。方針と段取りは伝えてあるから、一息入れたら彼から話を聞いておいてくれ。逆に、今俺が聞いておくべきことはあるか?」
「了解。今は特にないよ」
ふたりの女性冒険者にかけた言葉に、アーデライドがごく簡潔に応じた。
「中尉の撤退が早かったからだろうね。まだ喰い付かれてない。まあ、向こうも追撃の足は速めてくるだろうけど」
簡潔に過ぎると思ったのか、そう付け加える。レフノールが頷くと、じゃああとはコンラートと話してくるよ、とふたりは立ち去った。
リディアとベイラム、そして酒保業者までを含めた全員が馬車とにわか作りの防柵の内側へ入ると、リディアが傍らのベイラムに声をかける。
「先任、小隊に伝達。総員小休止」
「はっ! 総員小休止!」
ベイラムが声を張り、行軍してきた兵たちがやれやれという様子で荷を下ろし、思い思いに一息入れる。それを確かめて、リディアは馬から下り、敬礼した。
「大尉、お出迎え痛み入ります」
「中尉、無事で何よりだった。特務曹長も」
「ありがたくあります!」
レフノールが付け加えた一言に、まず歴戦の下士官が応じる。
「ありがとうございます、大尉。……ここで何を?」
にこりと笑い、そしてやや声を落として質問したのはリディア。
「君たちが離脱に手間取っているようなら、援護しなければと思ってね。それに、いずれにしても、時間は稼がねばならない。だから、どこかで一度、反撃しておく必要がある」
「それをここで? たしかに、優勢な敵を迎え撃つにはよい場所かと思いますが……」
迂回路が近くにない、海岸沿いの街道。馬車と防柵で道を塞ぎ、少人数でもできるだけ長い時間を稼げるようにしてはある。
それにしても戦力の差が大きすぎはしないか、と訝るような態度だった。
「敵軍の数はわかるか?」
「正確な数は把握できていませんが、見えた限りで千は超えているかと」
意図してのことだろう、声を更に落としてリディアが答える。
「……それに、北からも煙と狼煙が」
「俺も見た。同じことが起きたのなら、似たような規模と考えるべきだろうな」
「はい」
心なしか肩を落とし気味に、リディアが頷く。
見えた限りで千を超える規模。王国軍に引き比べるならば、先鋒だけで少なくとも大隊規模以上。それを複数の方面に進出させた。だとすれば、目的は砦の奪取などではあり得ない。
「君の素早い判断がなければ、とんでもないことになっていたはずだ。先任、そうだろう?」
「中尉殿は実に迅速で的確な判断をされました。欲をかいておれば、小隊は今頃全滅しております」
唐突に話を振ったレフノールに、ベイラムがにやりと笑って応じる。
事前に決まっている対応とはいえ、実際に戦うことなしに重要な防御拠点である砦を自ら焼いて撤退、という行動を実行に移すには、それなりの決断力が必要だ。もう少し様子を見てから、一戦してからなどと考えていては、離脱の機を逃したり、追撃に遭ったりしかねない。そういった意味で素早い判断は重要で、リディアは必要十分な判断の速さを見せた、ということになる。
「そういうことだ。中尉、よくやった」
「はい!」
ひとまず無事合流の回です。
損切りの判断は早い方がいいんですよ。遅れると取り返しがつかなくなるから。




