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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第3章

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【17:後退】

 命令はただちに実行された。狭い街道の上で、ゴーレムの力も借りながら、どうにか車列が馬車の向きを変える。そうして部隊は、街道をもと来た側へと戻り始めた。


 移動を始めてほどなく、北西の空にも赤い狼煙の混じった煙が立ち上がった。それは、内陸部にある北の砦も同じような襲撃を受けた、ということを意味している。海岸沿いと内陸部のどちらが主攻であるのかはわからない。だが、ただ大規模なだけの侵攻ではなく、周到に計画され、調整された侵攻である、ということは間違いがなさそうだった。


 下士官たちは、兵の様子に注意を払い、ときに叱咤しながら後退を続けている。無論、レフノールもただ移動するだけではない。隊列の先頭近くに陣取って、周囲の地形を苦労しながら観察する。複雑な形状の海岸線に沿って走る街道そのものには、急な起伏も大きな湾曲もない。ある場所では岬を削って切り通しを作り、別の場所ではやや内陸を迂回して道が作られている。


 そんな街道上で逆撃を仕掛け、敵の戦力と戦意を削り、可能な限り時間を稼ぎ出す。

 口にしてしまえば簡単な話ではあるが、実際は簡単とは程遠い。後退をやめて迎え撃たねば敵の足は鈍らない。つまり時間を稼ぐことは難しい。迎え撃てば、迎え撃った部隊の離脱は難しくなる。

 場所も問題だった。広い場所では回り込まれて話が終わってしまう。馬鹿正直に配下の戦力を並べるのも上策とは言い難い。敵に見えていない兵がいなければ、小細工の仕掛けようもなくなってしまう。

 正面から当たることも、同様に避けるべき選択肢だ。たたでさえ大きな戦力差があるのだから、こちらは可能な限り兵力を温存しなければならない。


 つまり「兵力を温存し、敵だけに損害を与えながら、どうにかして時間を稼ぎたい」というのが、レフノールが望むところ、ということになる。


 ――さすがに我が儘が過ぎるのでは?


 レフノール自身にしてからが、そう思わざるを得なかった。だが、絶対に不可能だとも考えてはいない。数で圧倒される戦場には二度立たされて、二度とも生き延びている。そうであるからこそ、勲章も受け取っているし昇進もした。

 いつかこれまでのツケを払わされるのかもしれないが、それは今考えても仕方のないこと、と思っている。


 ともあれ、レフノールの望みを叶えるためには、敵を迎え撃つべき場所にいくつかの条件があった。迂回が困難で、見通しが利かず、できればこちらの兵を伏せておける場所。


 幸いなことに、海岸線にそって曲がりくねる街道であれば、そのような場所にはさほど困らない。後退を始めてから四半刻ほどで、適した場所は見つかった。

 陸側に湾曲していて見通しが利かず、街道は海岸の急斜面の中腹を通っている。斜面の高さはさほどではなく、せいぜいが大人の背丈の数倍という程度のものでしかない。だがそれでも、ロープや何かで補助をしながらよじ登るか、あるいは大きく迂回をしなければ上へ回ることは難しそうに思われた。下はそのまま、岩がちな海べりまで切れ落ちている。


「止まれ!」


 レフノールの命令に、停止、停止、と下士官たちの号令が重なった。すぐに車列が止まる。レフノールはもう一度、下士官と冒険者たちを呼び集めた。


「ここで味方と――この先の砦を放棄して後退してくる味方と合流し、敵を迎撃する。ラーマゴルトの大軍が来ているとなれば、エディルの近辺やその先の領民たちの避難も必要になるだろう。つまり、俺たちは可能な限り、時間を稼がなければならない」


 言葉を切って、レフノールは場の全員の顔を見回した。相手によって違いはあるが、平均すれば少々過剰な緊張感が、そこにはある。


「とはいえ、殿軍が必ず死ぬまで足止めをしなければいけない、という法もない。むしろ生き延びれば二度三度と足止めができる。そうであればそうすべきだ。異論はあるか?」


 出るはずのない異論を確かめるように、もう一度視線を巡らせる。当然のことながら、誰からも異論は出なかった。


「よろしい。俺も死にたいわけじゃないからな、諸君の総意と俺の希望が一致したことは喜ばしい。だが、俺と諸君が生き延びるためには諸君と兵たちの協力が不可欠だ。少々苦労はあるだろうが、ここはひとつ協力してくれ」


 は、と下士官たちの声が揃う。


「ありがとう、諸君。では、まず、最後尾――もっとも砦に近い馬車を1台使う。少々贅沢ではあるが、それで時間を稼ぎ、兵の命を救えるのなら安いものだ。構想と段取りを説明する。コンラート、今回も君に大いに頼らせてもらう。できないと思われることはそう言ってくれ」


 指名された魔術師に、全員の視線が集まった。その視線を平然と受け止めて、コンラートが一礼する。敬礼ではなく、腰を折る礼だった。


※ ※ ※ ※ ※


 ややあってレフノールの構想を聞き終えたコンラートは、苦笑しながら頷いた。


「細かい部分はヴェロニカやアーデライドに聞く必要があるでしょうが、大枠では可能かと。しかし――」

「不安が?」

「いいえ。随分と思い切りがいい、それでいて容赦のない作戦を立てられる、と思っただけです」

「なんだ、知らなかったのか? 将校というのはつまるところ、こういう商売だよ。君らも商売上必要ならばやるだろう?」

「まあ、確かに」


 軽口と言ってよいやり取りに、下士官たちの張り詰めた空気がふっと緩む。緊張を強いられる場面での適度な弛緩は、レフノールにとっても歓迎すべきことと言える。

 そしてレフノールには、もうひとつ歓迎していることがあった。作戦を立てるとき、レフノールにとって重要なことはふたつしかない。手持ちの手段で可能かどうかと、目的に対して妥当かどうか。それだけだ。

 足止めのための作戦として妥当で、そして実現が大枠可能、ということが明らかになったのは、たしかに歓迎すべき話ではあった。そうであるならば、あとは今この場でできることをする以外に為すべきことはない。


「ならば諸君、早速かかってくれ。ゴーレムに手伝わせて、最後尾の馬車の向きを変える。こう、横向きにして道を塞ぐような形で。それから、砦の補修用の資材を積んでいた馬車があったな? まずは積み荷を下ろす。それが済んだら、残りの馬車を下がらせろ」


 下士官たちが口々に了解の意を示し、持ち場へと散った。命令が繰り返され、兵たちが慌ただしく動き出す。海沿いの狭い街道の上で、戦争が始まろうとしていた。


準備回そのいち。冒険者であるコンラートがやや引き気味になるくらいのアレです。

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― 新着の感想 ―
考えてみれば今まで対魔物戦がピックアップされてきたこのお話の中では初の「対人、国家間戦闘」なんですよねぇ 敵も統制がとれた人間の軍隊とあっては今までと少し別種の緊張感がありますね
野郎ども野戦築城じゃぁ!
ゴーレム、もう工兵あたりじゃ必須なかほりの便利さ
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