【15:異変】
新たな任地での任務が始まってから数か月。
レフノールが送る日々は、概ね代わり映えのしないものだ。必要な物資や人員を必要な場所に届け、そのための予算を管理し、適切に使う。
最前線の砦から、拠点になるパトノスの大隊本部、そしてエリムスに駐留する第4軍団の本部まで、情報を往復させる。
要望や苦情、要請や依頼を捌き、大隊で対応可能なものは対応の仕方をグライスナー中佐に進言し、中央まで上げるべきものは王都への定期便に乗せる。現場で対応可能と思われるものは、現場に戻すこともあった。
それらはひとつひとつ手間がかかるものではあったが、一度判断を下してしまえばその先はその判断が指針となる。部隊を立ち上げる際も、そして立ち上げた直後も、レフノールやブラウエル少尉は、前例を指針として使うことのできない判断を、いくつも下してきた。
そのようにして数か月が経った今、指針は随時見直しつつ、日々の業務はおおよそ「勝手に回る」ようになっている。日々の業務の大半は定例的なもので、新たな判断を要する案件は多くない。
部隊としての練度は順調に底上げされ、担当地域内の情報は必要に応じて集まり、大きな事件も起こらない。本拠であるパトノスから外へ出て、前線へ出張することをを日々の予定に組み込んでいるレフノールにとっては、適度に忙しく、だが忙しすぎはしないという、ある種理想的な日々だった。
リディアとは時折前線へ出向いて顔を合わせ、あるいはほんの時たま、パトノスで休暇を合わせて街を歩く。ふたりの仲に大きな進展はなかったが、離れているからといって冷めるということもまたない。前線に出ているときのリディアからは時折、報告書が届けられた。親展扱いの封筒の中には決まって、報告書や日録のほかに、手紙とも日記ともつかないものが同封されている。公的な文書に載せるにはあまりに私的な感慨が含まれたそれには、前線で過ごす日々でリディアの目に入ったあれこれが、率直に記されていた。
パトノスよりも格段に暗い夜、遥かに多い星。徐々に短くなってゆく日。渡りをする鳥たちが空を横切っていったことを書いてある日もあれば、嵐の日の風の音の激しさについて書いてある日もある。それらを読むたびに、レフノールは、ある種の罪悪感を覚えずにはいられなかった。ひとつひとつの短い話題の最後の、決して書かれることのない一文――「ここであなたと一緒に見られれば良かったのに」という一文を、読み取ってしまうからだった。レフノールはそれを、リディアから直接聞かされている。
「あの日記のような私信は、あれは確かに読んでいて、君と同じものを眺めているような気分になるんだが……その、なぜああいったものを?」
「レフノールさんが言ったとおりの意味です」
「……どういうこと?」
意味が解らない、という態で問い返したレフノールに、リディアは拗ねたような表情で言った。
「隣にいて、同じものを見ていてくれれば、手紙なんて要らないんですよ」
リディアの配置を決めたうちのひとりであるレフノールは、何も言い返せずにただ詫びた。簡素に書いていたリディアの私信への返事は、その次から倍以上の分量になっている。ささやかに過ぎる公私混同だった。
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レフノールとブラウエル少尉は、あまり顔を合わせることがない。レフノール自身が前線へ出向き、じかに現場の様子を見て回ることを好む傾向にあるのがその理由だった。自分がそのようにする以上、部下に「お前は本拠地に常駐して事務の面倒だけ見ておれ」とも言えない。自然と交互に前線へ向かうようになっている。出向いた方がパトノスに戻ってきてからの1日か2日でその間にあったあれこれの引継ぎを済ませ、そのあとは今まで残っていた方が輜重隊を率いてどこかの前線へ向かう。
だから同じ部署で同じ仕事をしている上官と部下であるのに、ふたりが顔を合わせている時間はそう長くない。それは無論、不便なことではあるのだが、レフノールにとっては悪いことばかりでもなかった。どうしても入れ替わりが前提になる以上、お互いに仕事の整理が進まざるを得ない、という利点もある。これで相手がいい加減な将校であれば、単に仕事が回らなくなるだけだが、幸いにしてブラウエル少尉は有能な兵站将校で、事務の能力も高かった。結果、何らかの事故があって片方が執務を続けられなくなったとしても、もう片方がいれば業務は回るようになっている。
――第2軍団に派遣された頃とは、えらい違いじゃないか。
引継ぎもなく資料もなく、おまけに不始末だけは残されている、などという状況で、いなくなった前任者の始末をつけるところから始めなければならなかったことを考えれば、たしかにそれは格段の差ではあった。
あとはブラウエル少尉に兵站将校としての経験を積ませ、リディアに前線指揮官としての経験を積ませ、優秀さを経験で裏打ちしたような将校に仕上がってもらえればそれでよい。それまでに1年かかるか1年半かかるかはわからない。だが、そうなれば少なくとも、この独立大隊にいる間は、自分も少々休むことができるかもしれない。
レフノールは時折、そんなことを考えていた――無論それは、甘すぎる見通しと言えるものではあったのだが。
※ ※ ※ ※ ※
その日もレフノールは、荷を積んだ馬車の車列とともに、前線へ向かっていた。
王国の南岸沿い、西の端にあたる地域は、第41独立混成大隊と第4軍団が分担して管轄している。概ね、内陸側が第4軍団、海岸沿いが独立大隊の所管だった。旧王国時代に作られた監視哨や砦、そして都市遺跡が点在し、都市や村にはそれらの遺構を再利用しているものも少なくない。大隊本部のあるパトノスや、中隊が交代で駐留するアトルス、エディルなどの村もそれらの中に入っている。
独立大隊が所管する地域とは言っても、無論、隣国からの本格的な侵攻があれば、それを大隊だけで止めることなど不可能だ。だからそういった際の防戦の計画には、第4軍団が後詰めの役割を果たす、ということが前提に置かれている。妖魔や海賊、山賊などの跳梁には独力で対応しながら、自力だけで対応しきれない状況が生じた場合は、時間を稼ぎつつ救援を要請する、というのが独立大隊の役目なのだ。
大隊本部のあるパトノスから、中隊ひとつが出張っている海岸沿いの村、エディルに着いたのが一昨日の午後。荷を引き渡し、エディルの兵舎で2泊して、さらに前線へと向かう。
海岸線に沿って曲がりくねる街道を抜けた先、西の隣国ラーマゴルトとの間には山地があり、そこが国境になっている。当然ながら大隊が管轄する範囲は山地の手前までで、そこにある小さな砦が最前線だった。
旧王国の街道として作られた道は、山地を貫いて隣国まで通じてはいるが、人の行き来は基本的にない。互いに相手を外敵と見做している間柄で、交易などのやり取りが行われるような関係ではないからだった。そうであるからこそ、独立大隊が警戒をしなければいけない、ということでもある。
いま、砦にはリディアが率いる小隊が駐留している。つまり、久々に顔を合わせる機会なのだった。もちろんそれは偶然ではない。どの部隊がいつどこにいるか、という予定は、大隊本部にいるレフノールであれば容易に把握できる。加えて、リディアからの私信もある。つまりこれも、ちょっとした公私混同なのだった。
車列には、アーデライドをはじめとする冒険者たちも随行している。エディルとその先の砦で、実地に即した訓練を行うのが目的だった。実際に、エディルでは丸一日を使い、集団戦闘の訓練をさせている。無論、理由はそれだけではない。コンラートが操るゴーレムは、施設の補強や補修には欠かせないものになっている。そのための――ゴーレム専用の工具がわざわざ作られるほどに。そして、リオンがもたらす兵たちの精神的な安定も無視できない。
「もう少しのんびりできると思ったんだけどねえ」
小休止の折、アーデライドはそうこぼした。行程はまだ少々あるが、幾度か往復した道でもある。砦までの間にさほどの難所はない、と知れているから、アーデライドもレフノールも、気楽な態度だった。
「ご不満かな?」
「いや」
問いかけたレフノールに、アーデライドは苦笑して応じる。
「何もしないまま金だけ貰っても、金を使い切っちまったら何も残らない。多少は何かあった方が、残るものも張り合いもあるからね。あたしはその方がいい」
つまりは、何かと便利使いされる立場への愚痴のようなものだ。とはいえ、便利な相手であるからこそ、レフノールとしても長期の契約を持ちかけた、という部分は確かにある。そのあたりを、アーデライド自身も理解しているのだろう。首を振って笑い、もう一言を付け加えた。
「ままならないもんだよね」
その点については、レフノールもまったく同意見だった。
短い小休止の時間は、すぐに終わる。会話を切り上げて行軍に戻ろうとしたレフノールの耳に、兵たちが口々に何かを言い交している声が届いた。
「おい、あれ」
「なんだ? ――煙? 狼煙?」
「いや、そういう煙じゃあ――」
「どうした? 煙だと?」
尋ねたレフノールに、兵のひとりが、あれ、と指を差す。
兵に言われるまま視線を移すと、晩秋の空に濃い灰色の煙が立ち上っている。これから進む道の先、砦の方角だった。
たいへんお待たせいたしました。
デビュー1周年ということで、連載を再開いたします。
当面は週1回(次回は月曜)の更新でやっていきたいと思います。
よろしくお付き合いくださいませ!
また、本作の書籍化については、月末頃にもう少々具体的な情報をお出しできる見込みです。楽しみにお待ちいただければ幸いです!




