【12:再会】
数日後から、調度の入れ替えが始まった。馬車が日に何度も出入りし、ところどころガタが来ているものもあった古い調度を出して新しいものを入れてゆく。少々やかましく、そして埃っぽくはなったが、そういったことが気にならないほど、新しい調度の木の匂いは心地よい。
古い調度もただ捨てるというわけではなく、あちこちに払い下げられている。たとえば寝台は、近在の施療院や神殿、あるいは安宿に。希望し、運搬する手段がありさえすれば、街や近隣に住む領民が持ち帰ることもできる。数多くの人や馬車が出入りし、ちょっとした混乱が生じることもしばしばで、レフノールは数少ない下士官や兵とともに混乱を収めなければならなかった。
とはいえ、そんな混乱も、時間とともに少なくなる。しばらく経てば、もとのとおりの平穏な兵営になるのだった。混乱もさることながら、レフノールを悩ませたのは、昼間あちこちから響く物音だった。足音はもちろんのこと、家具を押したり引いたりして所定の場所へ動かし、あるいは釘で打ち付けて止める、というような作業は、どのように気を遣ってもそれなりの音は出てしまう。納入の期限に追われる職人たちに気遣いなどというものはなく、執務室にいても到底落ち着いて作業ができるような状況にはなってくれない。レフノールとしてもなかなかの量の事務を抱えてはいて、だから落ち着いて仕事のできる時間は欲しかったものの、静かにしろと言ってそのとおりにできるような話でもない。
諦めて物音と付き合いながら過ごしていたある日、レフノールのもとへ来客があった。
「下士官待遇の委嘱状を持っている、という話なのですが」
「間違いなく本物だよ。通してやってくれ」
そんな会話のあとで執務室に通されたのは、4人の冒険者。
「お久しぶり、大尉」
「ひと月か。長かったのか短かったのか――まあ座ってくれ」
挨拶をしたアーデライドに頷き、ちょっとした打ち合わせのために用意されている机を手で示す。
「まずは無事で安心している。ご苦労様。長丁場だとなかなかに大変だったと思うが」
「危険なところを旅していた、というわけでもありませんからね」
レフノールがねぎらう言葉に、コンラートは穏やかに首を振った。
冒険者――つまりは特殊な技量を持つ傭兵であれば、街道の旅が危険になるようなことはない。レフノールが求めたのは、あくまでも軍が通常動く範囲の中に何があるか、ということで、それは街や村、そして街道から大きく外れた場所にはならない。
「まあそれでも、だよ。少々面倒な仕事を頼んだ旧知の相手ということなら尚更な」
「気を遣っていただけるのは、ありがたいことです。まずは私が頼まれたことですが」
和やかな調子で礼を言ったリオンが、仕事の話を始める。レフノールは頷いて先を促した。
「神殿はどこも問題なく。もともと、依頼があれば協力をする、という立場ですから。ただ――」
「なにか?」
「いえ、わざわざ手紙を書き、使いを立てて挨拶というのはなかなか聞かない、と。どこの神殿の司祭様も」
リオンの台詞に、レフノールはああ、と頷いた。
軍と神殿の関係は悪いものではなく、むしろ日常的に協力を依頼する、というところはある。神殿にとってはある意味で当然の奉仕活動の一環なのだ。だから、わざわざ着任の前に使いを出し、書状でもって協力を依頼する、というやり方は、例外と言えば例外なのかもしれなかった。
「ある意味で商人流だからなあ、俺のやり方は」
世話になるのなら辞を低く、というやり方は、軍で一般的な態度とは言えない。だが、命令を発して受けてという関係どころか、契約を介した関係ですらない神殿とのやり取りについて、軍でいつも使われるやり口が通用するという期待を、レフノールは抱いていなかった。
「何にせよ、好意的に受け止めていただけたかと」
「うん、ありがとう。まあ、世話にならないに越したことはないんだが、この商売だとな」
笑顔を浮かべたリオンに、レフノールは礼を述べた。そうしてしまってから、ああこういうところか、と思い至る。
「そうそう、そういうところだよ、大尉さん」
ヴェロニカに笑顔で見透かされ、レフノールも苦笑を浮かべる。
「性分だ。仕方ない。――で、地図と地誌は君か?」
「そ、あたし。とりあえずエリムスから先は一通りまとめた」
頷いたヴェロニカが、紙を机に広げてゆく。
「これが概略図ね。エリムスがここ、パトノスがここ、アトルスとエディルがこことここ」
「これが海岸線?」
「そう。街道は、大尉さんもここまでは見てきたと思うけど、エリムスとパトノスの間は、大型馬車でも行き違える。パトノスからアトルスとエディルまでは小型馬車なら。そこから先の砦までは、場所を決めて行き違える感じかな」
ばさばさと街道ごとの詳しい図を示しながら、ヴェロニカが言う。
「パトノスまではあんまり上がったり下がったりもない感じ。アトルス方面に行くなら結構な上り、エディル方面は1回ちょっと上ったあとでまた海岸線まで下りてくイメージね」
「まあ、旧街道ならそこまでの勾配はないか」
「そうね。行き違いはともかくとして、道自体は楽なもんよ」
レフノールが目を通すと、おおよその所要時間や露営が可能な場所、危険な箇所、村落の位置や細かい道の分岐、水を補給できる場所までが書き込まれている。軍の行動に使う、という目的をよく把握した、過不足のない地図だった。
「こう、どう曲がってるか、みたいなことまでは書いてないけど」
ヴェロニカの言葉に、レフノールは首を振る。
「いや、必要にして十分だ。いい仕事だよ」
使える地図を手に入れた!!




