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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第三章『異端審問官になるぞ編』
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75話『やはりゴリ押し』

「聖堂騎士の殺害依頼だと? 棄狂(キキョウ)よ、儂らの仕事は武器の密輸であって暗殺業は貴様個人の管轄であろう。個人での仕事に儂を巻き込むな」


「そうは言ってもさぁ〜あ? 依頼された以上その騎士がどんな人物なのか調べてみようとしたけどどうにも標的さんの情報が丸っきり出てこなくてさぁ」


「それがどうした」


「きな臭くない?」


「情報が出てこないと言うなら単純な話、団服を奪い騎士を装ってるだけの可能性もあるじゃないか。身分を偽装するような輩に遅れを取るほど貴様の腕も鈍ってはいるまい」


「にゃは〜。土地を所有しているような大貴族のお偉いさんが私みたいなチンピラ上がりの武器商人に依頼してくるのがそもそもおかしな話じゃない? 聖堂騎士団と影響力ってさ、法的に言えば貴族階級の人達には逆らえない序列になっている気もするし? やろうと思えば自分達で殺しちゃえばその事実も簡単に揉み消せるのになんでそうしないんだろう? 裏がありそうで怖いなぁ〜って」


「ただの貴族風情が騎士を相手に殺せると思っているのか貴様は」


「殺せるでしょ〜。"銃"を渡したんだよ? この世界の人間は銃の威力を知らない。銃口を突きつけられたとしてもただのガラクタを持ち出している風にしか思わない筈だよ。眉間に一発、パンッとやっちゃえば相手が騎士だろうが無力な一般人でも簡単に殺せると思うけどなぁ」


「貴様も大概この銃とやらの性能を高く買っているようだな。何がいいんだか理解が出来ん」


「赫葷(カグン)さ〜。その新しい物を受け入れない老人思考やめといた方がいいよ? 時代に追いつけないおじいちゃんの意地を見てると情けなくなっちゃいますよ私はぁ」


「若くして死んだからその姿を保っているだけで貴様もいい歳であろうが。生きていたら儂より歳上だったのではないか?」


「女の子に年齢の話をするとかデリカシーないにゃ〜」


「女の子、と呼べるほど若くはないだろうが。実年齢を抜きにしてな」


「にゃはは〜」



 笑う棄狂の腕が動く。奴は引き金に指をかけた状態で銃口をこちらへ向け、躊躇うことなく引き金を引いた。


 火薬の炸裂音が響く。弾丸は既の間に展開した黒縄門を通過しこちらの後方へと排出される。

 反応が僅かにでも遅れればこちらの額には穴が空いていたというのに、彼女は悪びれることなく煙を吐く銃口を指でなぞりながら話を続ける。



「ごちゃごちゃうるせぇんだよ。赫葷〜? 指名手配中のてめえが今こうして穏やかな日々を過ごせてるのって、私が尸斑(シフォン)にてめえの物珍しい能力を紹介して構成員に推薦してあげたおかげだったよねぇ〜? その恩をまだ私ぃ、いっっっかいも返してもらった覚えがないんだけど? 恩も返さずに私の可愛い〜お願いを突っぱねるのってすっご〜く不義理に思うんだけどそこについて何か意見はある〜?」


「時系列は遡るが、尸斑めが貴様の死体を回収できたのは儂が貴様を殺害したあと商人に死体を引き渡し冷凍保存させていたからであろう? あの取り引きがなければ貴様が蘇生されることも、今こうして第二の人生を謳歌することも出来なかったわけだ。その恩への対価だと儂は認識しているのだが、違ったか?」


「な〜に美談みたいに語ってるんだよクソ守銭奴ぉ。金欲しさに私の死体を傷付けず闇商人に引き渡したってだけでしょ〜? そのせいで私は死体愛好家の変態どもの狂った性欲をぶつけられる展示品にされちゃった過去があるわけだし、てめえに恩なんかこれっぽっちも感じてないんですけど〜?」


「その経験を経たおかげで今があるのだ。考え方を改めてみろ」


「にゃはははははっ! や〜んも〜、相変わらず欲しがりさんだなぁ赫葷は! もう一発ぶち込んでやろうか。次は黒縄門が間に合わない方で」


「なに喧嘩してる、ふたり」



 一触即発の空気が流れる中、表に出ていた炬吏(カガリ)が戻ってきた。棄狂は己の小指を銃口に入れて銃を揺らすように遊びながら炬吏に話を振る。



「か〜がにゃ〜ん! 聞いてよかがにゃん! この腐れ死に損ないジジイが酷いんだよぉ。私がさ? 怪しい依頼を受けて万が一の事があるかもって思ってお仕事手伝ってってお願いしてるのに全く聞き入れる素振りを見せないし挙句の果てに私のこと若作りおばさん扱いするの! 酷くにゃい? 泣いちゃうよ〜えーんえん!」


「若作りは間違い。棄狂の体は死んでますから僵尸のほう正しいですよ」


「ん、ん?? 炬吏? そのじゃんしーって単語に聞き馴染みは全くないけど死んでますからって言ったってことはきっとそれ屍人(アンデッド)の1種族みたいなものだよね? 違うよ? 私アンデッドではないからね???」


「アンデッドみたいなものじゃろ。つい数ヶ月前の悪魔捕獲作戦の際にも襲撃に遭い肉体をすり潰されておったんじゃろ? 紅死穢(ホンジュイ)から聞いたぞ。復元するのに一番手間取ったとな」


「うっさいなぁ。あの桃色髪のちびっ子異端審問官、次会ったら絶対ぶっころころころしてやるし! その復讐を叶える為にも万が一にも私は妙な事に巻き込まれてこの儚い命を散らすわけにはいかなーいの。赫葷が手伝ってくれるならもし私が死ぬようなことがあっても死体回収できるじゃん。奔月會の大事な大事な主戦力を失わずに済むんだよ?」


「そもそもそんな依頼受けるなという話だ」


「報酬金ものすんごいんだもんそれはしょうがなくない? 非合法組織を運営してる以上、初動の資金は集めれるだけ集めるべきでしょ!」


「組織考えての事なら尸斑は喜びますよ。棄狂偉いです」


「でしょ!? かがにゃん話わっかるぅ!」


「はあ……回収係程度ならしてやらんことも無い。が、騎士の暗殺は貴様だけでやるのだぞ。儂は一切手伝わんからな」


「それでいいよ〜ん。あ、でもでもぉ〜、騎士って群れて行動するから1人になった時に閉じ込めて奇襲仕掛けるのが一番安全に、円滑にことが進められるよね? ってなわけで、標的であるヴルディールとやらにお手紙でも送って呼び出してみるので、結界とか景色誤魔化しの術とか諸々もお願いっ!」


「一気に負担が増えたではないかふざけるな。報酬金は想定していた倍は貰うぞ」


「待って? なぁに報酬金って初耳だよ? お金取るの? 身内から? 資金繰りで余裕あんまりない組織の人間が身内同士で経済回すなんてことあっていいの? めちゃくちゃ愚かじゃないそれ?」




 *




「棄狂の予想がこうも的中するとはな。あの異端審問官、まだ幼い子供であるにも関わらず二度も黒縄門を使わされるとは。アジトまでの門を繋げるために魔力は……まだ残っておるな」



 儂の狙撃に気付き襲ってきた異端審問官が死亡したのを確認し自分の身に残る利用可能な魔力残量を確認する。

 現在同時進行で衝撃を全て呑み込む『叫喚結界(きょうかんけっかい)』と景色に嘘を吐かせる『狂観領域(きょうかんりょういき)』を展開しているため、使用できる地獄は残り六つ。常に微量の魔力を大穴の方へと供給しなければならない都合上、戦闘に利用できる魔力量にも制限がある。


 規格外に巨大な戦斧を携えた異端審問官が高速で接近してきた時はそれなりに覚悟をしたものだったが、短絡的な思考の持ち主だったおかげで楽に斬首出来た。沈着冷静な手合いであればこうはいかなかっただろう、不幸中の幸いというやつか。


 にしてもスナイパーライフル、と言ったか? 遠距離まで攻撃が届くのは確かに利点だが射撃時の音が大きすぎる。儂を襲った異端審問官はこの銃の射撃音を聴いて儂の存在に気付き反撃してきたんだろう。

 尸斑に今回の件を伝えて、この武器の販売停止と調整を進言しても良いかもしれぬな。命中精度が低い上に存在を気付かせてしまう遠距離武器など欠陥品も良い所。棄狂も炬吏も、銃というものを過剰評価しているのだ。そこについても共有をしておくとしよう。



「……?」



 弾を撃ち尽くした銃を拾い上げ、大穴の方へと進もうとした矢先。異様な音が背後から儂の鼓膜を揺らした。


 ひゅん、ひゅん、と。例えるならそれは縄が風を切るような音だった。



「…………?」



 音は儂の後方から聴こえていた。


 そこには先程始末した異端審問官の身体があった。頭一個分身長が低くなった、頭そのものを失った状態の少女の亡骸が、生きているかのようにそこに立っていた。




「なんだ、これは」



 少女の亡骸は片手に己の髪を乱暴に掴み、頭部を振り回していた。ぐるぐると、肘から先を回し、少しずつ加速させながら頭部に残っていた鮮血を撒き散らしている。


 音の正体はこれだった。少女が自分の首を振り回し風を切る音。それが空間内に不気味に響いていた。


 理解が追いつかない。何が起きている? これはなんだ。


 この手で殺めたはずの人間が、物を考える脳を失った胴体のみで立ち上がり、知性を伴わなければ行えないような行動をさも当然のように行っている。


 死後硬直では決して再現できない動き。血が通っている生物のように滑らかで自然な動作。それ故の違和感、不気味さ。


 本能に従うのであれば今すぐにでもこの場を離れるべきだ。しかしそのあまりの光景につい見入ってしまっていた。


 反応が遅れてしまった。


 亡骸は投石紐(スリング)の要領で勢いのついた自身の頭部をこちらに向けて思い切り投げ放ってきた。

 生気を失った少女の瞳が眼前に迫る。この距離で黒縄門を発動すれば儂の肉体が次元の断層に巻き込まれて切断される、黒縄門は使えない。衝突する……!



「くうぅっ!!」



 身を捻って頭部同士の接触を避ける。慣れない動きをしたせいで腰に激痛が走ったが、高速で飛来する人間の頭部が直撃すれば大怪我どころではない。判断としては間違っていなかっただろう。



「なにっ!?」



 頭部を躱した瞬間銀色の光が視界の端に映る。自分の頭を投げ放った異端審問官の首なし死体がこちらに接近し斧を振り上げていた。


 自分の頭を投擲武器として利用し、それにこちらの意識を集中させながら突貫してくるだと? 聞いた事がない、なんだその戦い方は。奇妙にも程がある!



「黒縄門!」



 腰痛で大胆な動きは取れない。他に取れる手段はないため足元に黒縄門を展開する!



「ッ!」



 思考する間もなく反射的に黒縄門を展開してしまったせいで出口の座標指定を雑におこなってしまった。岩場の上に黒縄門が開き、着地した際に足首を捻ってしまった。



「ぎゃはははっ! さっきの首チョンパだがよぉ、たった今カラクリが分かったよぉ〜」



 痛めた足を庇うように立ち上がると、同時に先程立っていた地点から乱暴な口調の少女の声が聴こえてきた。



「……どういう事だ」



 有り得ないという先入観が理解を拒もうとしていたが、儂の目がその不可思議な光景を現実だと克明に知らしめてくる。


 儂がこの手で始末した少女、戦斧を振るい襲いかかってきた異端審問官が何事も無かったかのようにそこに立っていた。

 数秒前まで首から上が存在していなかったはずの胴体に、切り離したはずの頭部がくっついている。



「なんなんだ、お前は」


「あんたの出すワームホール、そのミクロサイズの側面を物質にぶち込んで、押し込んで切断してんだろ。考えたよなぁマジで、空間に直接何かを出現させる能力ならではの応用攻撃って感じよなぁ?」



 異端審問官が斧を引きずりながら、ギャリギャリと耳障りな金属音を立てて近付いてくる。



「異能バトル物っつったら能力の開示が必要不可欠だろ? 教えろよ、あんたの転送ポータルはいくつまで展開出来るんだ? 無制限ってわけじゃあねえよな」


「貴様、なぜ首がくっついている! いつ治した!! いや違う、なぜ動ける! 首を切り落とされておきながらなぜ生きている!!? 貴様っ、人間か!?」


「あんたこそ人間か〜? 人間語で喋りかけてんだから問いかけに答えてほしいなァ」


「それ以上近付くな!!」



 再度異端審問官の肉体を切り裂こうと黒縄門を展開する。首、胸、腹の三箇所。例え何かの間違いが起きようと今度こそ確実に絶命する、絶命を免れたとしても身動きが取れなくなるよう念入りに肉体を切り刻む!



「淀れ(とまれ)」



 今度はなんだ!? 異端審問官が何かを呟いたあと、儂の展開した黒縄門を手で払って粉砕した!? 物理的に触れられる物ではないぞ、黒縄門は! 形を持たぬ現象をどうやって、どんな理屈で触れて破壊したというのだ!!



「酷いなァ。会話に付き合ってくれないどころかまた俺をぶっ殺そうとした。三箇所ぶった切ろうとするとか人間の所業じゃねえよ」



 言葉とは裏腹に、異端審問官の口の端がゆっくり釣り上がり笑みの残忍性が増していく。



「目には目を、歯には歯を、って言うよなァ」



 斧の先端がこちらに向く。よく見ればその斧は汚れこそ落とされているものの、刃の表面には数多の生物を切断してきたであろう脂の跡が付着していた。



「てなわけで、膾斬り決定な?」



 笑いの混ざった声と同時に爆発音が轟く。異端審問官の少女が驚異的な脚力で大地を蹴り砕き、爆ぜるようにこちらへと急接近し巨大戦斧を振りかぶる。



 黒縄門を発動させ足場を無くし落下することで斧を躱す。しかし相手は斧刃が地面に刺さる前に腕を切り返し、大地を浅く削るようにしてこちらに斬撃を見舞ってきた。

 大質量の鉄の塊を振り回すにしては物理法則を無視したかのような異様な軌道に前腕が巻き込まれる。骨に食い込むほど深々と肉を裂いた刃がそのまま上に振り上げられ、儂の体も穴から引きずり出されてしまった。


 目を見開き愉快そうな顔を浮かべた異端審問官が耳障りな笑い声を上げながら宙に舞い上がった儂の腹に斧刃を添える。そのまま振り下ろして身体を引きちぎるつもりなのだろう。


 異常な膂力、尋常ではない移動速度、そして常識では測れない再生能力。コイツは本当に人間か? 今まで幾人もの人間と命を奪い合ってきたが、そのどれとも比較しようがないほどにこの女は滅茶苦茶だ。人間の常識が通用しない、世界のルールに反してるとしか思えない!



「等活勁(とうかつけい)!」



 相手の額を叩き斥力を生じさせる。

 何が起きるか予想出来ていなかった異端審問官は当然為す術なく直線を描きながら吹き飛んでいくが、すぐに戦斧を地面深くに突き刺し支えとすることで強引に斥力を打ち消していた。

 少女の異常性にばかり目が行っていたが、あの戦斧も相当な耐久性を誇っているようだ。刃の部分全てが一気に埋まるほどの力で岩肌に叩きつけられたというのに、細い柄が大きくしなるほどの斥力を受けているのにまったく折れる様子がないとは。



「重奏凌積(リフレクション)!!!」



 楽しそうに叫びながら少女が地面に埋まった戦斧を払うように引き抜く。岩肌が薄皮をめくるように引き剥がされ、壁となってこちらに迫り来る! 黒縄門で一瞬物質世界から逃れることで壁を回避するが、黒縄門の出口に先回りしていた少女が既に引いていた腕を回し斧の刃がまた左腕に接触した。



「ぐああぁぁぁぁっ!!?」


「ぎゃはははははっ!!! もう1本寄越せやああぁっ!!!」



 既に肉が抉れていた左腕が完全に斬り飛ばされ、流れるように弧を描いた斧刃が抉るような角度で右肩に接触仕掛ける。


 魔力を出し渋っている余裕はない。結界と領域への魔術供給を止めなければ今ここで命を落とす! 身体強化をかけて死に物狂いで後ろに飛び、残った五指全てを指標(ポインター)にし5つの黒縄門を少女の身体に重なるように展開する。


 少女は体を大きく曲げ、畝るような動きで黒縄門を潜り抜けながら走る。途中で出っ張った岩を握り潰し、細かい欠片にして投げつけてきた。



「黒縄門!」



 展開していた黒縄門を引っ込め新たに自分の前後に展開する。岩の礫は門を通過し後方に建っていた古い家屋の壁面を破壊した。



「等かっ」

「遅せぇよダボ!!!」



 門を回り込んできた少女が斧を振り上げたまま斬撃ではなく蹴りを繰り出してくる。靴底が深々と脇腹に刺さり骨が数本ひしゃげ肺から酸素が漏れ出る。遅れて来る衝撃で足が地面から離れ、行動の自由を奪われた儂を追従するように投げ込まれた戦斧が牙を剥く。



「等活勁!」



 自分の負傷していない方の脇腹を叩き斥力を生じさせて戦斧の軌道上から外れつつ、棄狂達の居る大穴の方へと飛ぶ。この女は儂一人の力じゃどうにもできない、この手の相手は棄狂の担当だ。安全な場所まで離れて門を開き増援を呼ばなくては!



「引っ掛けに弱いなァてめえ」


「な!? は、離せっ!!!」



 しまった! 投擲された戦斧にばかり気を取られていた、少女は当然儂が回避行動を取ることを予見して予め大穴の方に走り込んでいたのか!?


 少女は儂の足首を掴み、斥力が働いているのとは逆方向へ腕を回す。景色が回転し地面が近付く。掴まれた足の骨が折れ、握られた箇所が潰れ、激痛によって視界が点滅し空間把握が困難になる。黒縄門の座標指定ができない!



「炎熱糾(えんねつきゅう)!!!」



 掌から火球を作り出し爆発を起こす。最大限自分に影響が及ばないよう威力は落としたものの、爆発によって吹き飛ばされたことで体を強く打ち意識が揺れる。しかしこの能力は自然消滅しない炎を発生させるもの、持続的に流れ出る魔力を止めなければ己に燃え移った火が消えず全身を炭化させるまで燃え続けてしまう。



「がはっ! ぐううぅっ、焦熱灸(しょうねつきゅう)!」



 魔力の供給を停止してから間髪入れずに少女に向かって新たな火球を放つ。これは爆発こそ伴わないものの対象を焼き尽くすまで決して消えぬ炎で相手を閉じ込める術! これを受ければ何人足りとも戦闘続行は不可能になるはず! 



「ごほっ、く、がはっ!」



 焦熱灸は少女に命中した。悲鳴を上げる間もなく少女は火達磨になりその姿は火炎に呑まれ見えなくなる。顕現負荷の大きい地獄を連続で使用した為か肺の水分が蒸発し呼吸がままならないが、これで一先ずあの少女を始末できたはずだ。



「こほっ。ぐ……っ! 魔力を供給を止めた以上、2人の元に敵の増援が向かった可能性が高い、な。しかしこの戦闘で消耗をしすぎた、黒縄門はまだ使えるが、帰りの門を繋げるのに数日要さなければ」


「ナぁーに独り言喋っテんだぁ?」


「ッ。冗談きついぞ、化け物め……!」


「まさか勝った気でいルわけじゃあねえよなぁ? 死に損ないがァ!!」



 激しく燃える異端審問官の少女が焼け爛れた肉をグチャグチャと自ら引きちぎりながら立ち上がる。彼女は炭化と再生を絶えず繰り返しながら、表面が溶解し半分髑髏になったような顔で不気味に笑いながらひた、ひたと1歩ずつこちらへ近付いてくる。



「いい加減、もういい加減死んでおけ!!! なんなんだお前は! 首を斬っても死なず燃やしても死なず、何故まだ立ち上がる!! どうなっているんだ!? 狐にでも化かされているのか儂は! こんなの現実では有り得ない、有り得ないだろうがぁ!!!」


「吠えてんじゃねえよォ苛ついてんのはこっチなんだよてめえよぉ!! なんだァ? 馬鹿みたいに初見殺し技を連発しやガって。そういう事されっとよォ、どういう死に方したいのかわかンなくなっちまうんだよなァ! バラバラ死体になりてぇのか? 焼肉にされてェのか? なァ、教えてくれよ。てめえは一体どういう風に調理されてぇんだァ〜あああぁぁァァ〜!!!?!? ぎゃはははははははははっ!! げひひひひひゃひゃひゃひゃっ!!! 殺す、殺す、ぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺してやるぁァァぁぁっ!!!!」



 ギャリギャリと斧が引きずられる音が近付いてくる。人肉の焼ける嫌な臭いが強くなっていく。溶け落ちた肉が溢れ、体液で湿った臓腑と脂が炎をより強くする。



「ぎひひひゃひゃっ! 良い事思いついたァ。残った片腕と両足はぶった切って刺身にしテ食わせてやるよ。その後斧を肉叩き代わリに、テメェの身体を少しずつ叩き潰してすり潰シて生きたまんまボルシチにしてやるよおおォォォっ!!! 最っ高のアイデアだろ? 最っ高の死に方だよなあァ?」


「くっ、来るなあぁぁぁ!!! あぐっ、くっ!! 無間監獄(むけんかんごく)……ッ!」



 相手の前後左右、頭上を黒縄門で囲んだ箱を作り相手を閉じ込める絶対の密室を展開する。黒縄門の出口はそれぞれ箱の内部に繋がっており物理的に出ることは確実に不可能! 光も酸素も遮断され、閉じ込められた相手は何が起きているかも分からずどこへも行けないままこの密室の中で酸素を失い命を落とす! 例え不死身であったとしても酸素がなければ蘇った所でまた死ぬのみ。オマケに奴は消えない炎に絶えず肉体を燃やされ常に激痛に苛まれているはず!!


 魔力欠乏症が起きる寸前まで儂は絶対にこの術を解かない。流石にこの状況なら、何があろうと、どんな能力を持とうと相手は確実に詰みだ。


 あとは仲間達を連れてこの場から離れるのみ。棄狂と炬吏が居れば騎士が何人来ようと勝てる見込みはある。団長クラスの相手だろうと勝ち方に拘らなければ、殺そうとせず隙を見て逃げる算段を立てておけば大事には至らない。棄狂は頭が足らない愚者だが冷静な炬吏が共に居るのだからきっと、最悪の事態には陥っていないだろう。



「は、がぁ……っ。頭、が……」



 無間監獄を使用した反動で目玉を抉るような激しい頭痛に苛まれる。切り札を短時間に二度も使わされた。肺が焦げ、脳が刻まれる痛みに意識が揺れる。


 敵の様子は……箱の中で蹲り、力なく頭を地面に着けている。自分の置かれている状況を理解し気力が削がれたか。ようやく、あの化け物も諦めがついたというわけか!

 はは、ははははっ! 良い気味だ、そこで大人しく無限の苦しみに苛まれるがいい! 終わりの見えない孤独に心を折り自らの不死を呪え! それが化け物である貴様にお似合いの末路だ!!!



「はぁ……は、あ…………あ? なん、だ。これは」



 化け物に背を向け、足を引きずりながら大穴に向かっていたら地面から小さな白い二つの突起物が出ているのが見えた。



 頭が回らない。これが一体なんなのか、何故こんな物に意識が向いたのか、自分の気付きにさえ理解が及ばない。

 儂は何故、こんな何の変哲もない白い突起物を見ただけで足を止めたのか。


 その突起物の形状と色は、過去儂が始末した亡骸の"鎖骨"に酷似していた。


 不意に突起物が動き出し、互いに干渉し合った。それらが合わさった時、やはり骨に骨が当たった時特有の、表面は硬く中には空洞があると思わせるコーンッという音が鳴り響く。



「……やめてくっ」



 言い切る前に突起物が強く振動し、表面から新たな棘を生やし蛇のような動きでこちらに伸びてきた。

 棘の先端が喉元と太ももを貫通する。体内に及んでいる棘が振動を連鎖し始める。次にどうなるかを想像するのは容易かった。


 先に根負けしていたのは、終わりない殺し合いに絶望していたのは、どうやら儂の方だったらしい。そう気付いた頃には既に手遅れであった。

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