45話『心臓が止まりかけても動いてさえいれば魔法で回復出来るので』
翌朝。同室者であるミルスさんと共にまだ案内されていなかった一室にやってきた。
聖ルドリカ堂の尖塔の一つ、『黄色き東の塔』と呼ばれる塔の内部。
この塔は一般的に魔法薬として指定されている薬剤や簡易的に魔術効果を行使できるちょっとした魔道具なんかを錬成する、教会お抱えの錬金術師さん達が勤めている場所らしい。
薬の販売もミルティア教の資金源の一つになっているらしい。薬剤師さん的な事を担ってるんだと。
奉仕活動と言っても具体的なイメージは湧かなかったのだが、これに関しては明確な慈善事業だ。内部が怪しさ満点な割に外面はマトモを装っているらしい。狡猾ですな。
塔の内装はシンプルで、上まで続く螺旋階段と壁面や柱に設置された無数の引き出しくらいしか目立ったものは無い。塔の最下階には机や椅子の他に錬金術で使用される釜やら瓶やらが置いてあり、修道服ともまた違った服装に身を包んだ男女が数名行き来している。
錬金術師っぽい服装なのかは分からない、結局広い目で見たら皆同じような、カーテンを切って作ったような服を着てるし。
服装と言えば、俺も修道服を貰ってそれを身につけている。ミルスさんと同じ白い修道服だ。
スカートは長さを調節したので引きずらないようにできているが、腕の部分が相変わらず長い。ガッツリ萌え袖。なんか頭巾もちょっと大きくて頭を大きく動かしたらズレそうになる。
螺旋階段を上がって二階に到着する。
どうやら聖ルドリカ堂にある尖塔の二階部分は教会内各所の指定された所に飛べる転移術式が複数設置されているらしい。言わばエレベーターホールみたいなものか。魔法ってやっぱ便利だよな。
「うぅ……」
「大丈夫?」
「う、うん。平気……っ」
今朝方からミルスさんの様子がおかしい。青ざめた顔をして腹に手を当て、ずっと苦しそうに呻いている。
俺の体調にはなんの変化もないのでおそらくスライム液が悪さしているわけでも無さそうだ。じゃあ何なのだろう? 一体何をそんな前屈みになって苦しんでいるのだろう?
「ミルス」
「ッ! な、なんですか?」
俺達を先導していた修道女さんが転移術式陣の前で立ち止まりミルスさんの名を呼ぶ。
この修道女、リエルさんだっけ。
ラトナを発った時から今までずっと俺の世話係みたいな感じで共に行動している30代そこらの修道女。今日の彼女はどことなく素っ気ない態度を取っていた。
リエルさんのどことなく冷たい声を聞いて、ミルスさんが表情を強ばらせる。
「……あなた方は今、天使の末席に魂を昇華させる崇高な試練の最中なのです。保身の為の嘘や誤魔化しは以ての外です。良いですね?」
「な、何が言いたいのかさっぱり。セーレはなんの事か分かる!?」
「わかんない……」
具体的な事は何も知らない。でも二人の雰囲気からなんとなく、ミルスさんにはなにか後ろめたい事情があってそれがリエルさんに筒抜けになってるってことだけは理解出来た。
尼さん生活二日目にしていきなりトラブルの予感だ。
面倒くさそうだなー。苦手なんだよな、女性同士のピリついた雰囲気とか。小心者なので。
「ミルス。木依の試練は如何に空腹感に耐えられるかを試すものだと教えたはずですよね?」
「ッ、お、教わりましたけど? それがっ?」
「既に二度、猶予を与えましたよ? まだ猶予を所望するのですか?」
一切滞りなくスラスラと滑らかな流れで口にされたリエルさんの言葉が周囲の室温を僅かに下げる。
不自然さのない柔らかい微笑み顔、虫すら殺せなさそうなおっとりとしたリエルさんから凄まじい圧を感じる。
わァ……薄目に開かれた瞼の下が全く笑ってない。リエルさんは、路上の吐瀉物を見るような目付きでミルスさんを静かに見つめている。
雰囲気やばくない?
分かるよ、今後の展開。ミルスさんは絶対に誤魔化すのを辞めないし、その態度を見て反省無しと判断したリエルさんにくどくどくどくど詰められるのを見る流れだ。
なんならこの場に居合わせてるってだけで俺にも若干火の粉が降りかかる可能性が高い。今後の注意を兼ねて、みたいな理屈でまだ何もしてない人も気分を害するレベルの詰め方をされたりするんだよな。
おかしいよね、連帯責任だか教育の一環だか知らないけど悪くないのに圧をかけられる流れ。そんなんされたらかえって叱られた余剰分の損を挽回する為に悪さを働きたくなるってもんだ。
「セーレ」
ほら、名前呼ばれちゃった。
何を言われても反論したら怒られる流れだ、口答えするなって本音を丁寧に包み込んだ無関係な説教を食らわされるぞ。地蔵になれ、俺。
「ミルスが犯した罪、あなたは把握していますか?」
「えっ。……し、してないです」
「セーレ。教えたはずですよ。共同生活を行う隣人の不正や怠慢を叱り、共に研鑽しようと励まし合う心を育むのが土依の試練であると」
言われたっけ。記憶にないや。
「今、覚えてないって思いましたね?」
「お、思ってないです思ってないです! 言われましたねそういえば!」
「そうですか。セーレから見て、昨晩のミルスの様子に違和感はなかったと?」
「無かったです! 私より先に寝てたので、特に違和感は……」
「見ていなかった、意識していなかった。というわけでは無くですか?」
え、うん。見てなかったし意識してなかった。そりゃそうだろ、他人の寝てる姿なんて興味無いし。
と答えかけたが、多分この返答も地雷なんだろう。
土依の試練って物の内訳はよく分からんが、つまりは同居者を監視しろって話ではあるんだもんね? じゃあ無関心は叱られの対象って訳だ。素直に言えるわけが無い。
「今朝、ミルスの寝台からこのような物を発見しました」
リエルさんがそう言い、なにか細長いものが入った透明の小袋を取り出した。なぁにこれ。
「リンゴのヘタです」
「リンゴのヘタ」
「ち、ちがっ! あたしそんなの知らない! 前住んでた人が出したゴミでしょ!」
「私室での勝手な食事は禁止にしています。部屋の清掃は毎日手の空いている信徒がする事になっているのに、ゴミがまだ残っているとお思いなのですか?」
「ッ、だ、だって! お腹空くんだもん! 仕方ないでしょ!」
早いよ。自白が大分早い、それもう最初に誤魔化そうとした意味なくなるでしょ。もうちょっと引っ張ろう? 諦めが良すぎるって。正直者か。
「木依の試練初日、しかも私室で間食するだなんてとんでもない事です。あなたにはキツいお仕置が必要なようですね、ミルス」
「だってぇ!」
「それと、セーレにもお仕置が必要です」
「えっ」
なんで!? 俺もお仕置されるの? なんでなんで!? まるで納得できないのですが!?!?
「ミルスは昨晩、消灯時間が過ぎた深夜に私室をこっそり抜け出し食料庫からリンゴを盗み出した。土依の試練は規則を重んじる心を養うもの。どんな理由があれ、同居者の勝手な行いを咎められなかった場合セーレにも罰則を与える必要があります」
「寝てたんですけど!? 深夜なんて起きれるわけなくないですか!? 見ての通り! 幼女なので!」
「そうですね。あなたほどの年齢であれば睡眠欲に抗えないのは仕方ないこと。しかし、規則は規則です」
「むううぅんっ!!?」
規則は規則て、そんなの無敵理論じゃないですか。
幼女ムーブでそこを突破できないとか些か厳しすぎやしないか? 渾身の媚びうるみ顔でも同性相手には通用しないか! くぅ、俺が見目麗しいショタなら絶対乗り越えられたのにーっ!!!
「ですがその前にスライム液を排泄して頂く必要があります」
「言い方変えれます? スライム排泄って単語はちょっと」
「はい。スライム排泄して頂きます。ですのでこちらへ」
「あれ。やめてくださいって言ったんだけどな。なんでそのまま言い直されたんだろ」
この世界にはそういう異常性癖がフィクションじゃなく本当に存在するって話か? だとしてもおかしいけどね、それを平気な顔して言うの。至って真面目な試練の体なのに性癖に絡めていいはずが無いもん。
「えっ!? は、排泄ってなによ!? まさかこれ、またブリブリさせられるって話!?」
「ブリブリって効果音もやめてくださいねミルスさん。気持ちは分かるけども」
終わってんなマジで。この人ら、揃いも揃ってなんでこんなに下品なの??
相対的に俺が一番マシじゃない? 尼さんと村娘が自分より引く発言してることにそこそこのショックを受けるんだけど。
ヒリついた空気を引きずったまま俺とミルスさんはこの塔の地下階にあるという倉庫横の部屋に通された。
この部屋は上階で使う素材を魔獣から摘出したり、取り扱い注意の素材を管理したりする区画になっているらしい。
そんな場所で何をするのかと思っていたのだが、桶を用意された事で全てを察した。頭おかしいよ、ここの人達。
「あれ。思ったより呆気なく終わった……?」
隣の個室からミルスさんの声が聴こえてきた。注入する時はそこそこの激痛と異物感を伴ったから出す時も同じような痛みを感じると思っていたのだが、どうやらそんな事も無かったらしい。
いやぁ、女の悲鳴が聴こえなかったのは精神衛生上良い事なんだけど、効果音はバッチリ聴こえてたんだよな。ズルズルって、デュルンッて。汚いわ。
もうね、音だけでテンション萎え散らかしますよ。吐きそうだわ、マジで。
「? セーレ、あなた……」
「はい?」
俺の監視に当たっていたリエルさんが、いつまで経ってもスライムをブリつかせない俺に痺れを切らし声を掛けてきた。
こんな事で怒られても困るよ? 俺、今別に便意ないもん。
気配を感じないものを出せと言われても難しい。
便秘って雰囲気でもないし、マジで腹の中空っぽな感じ。力んだら切れ痔になりかねないので踏ん張らないぞ、俺は。
「って、ちょちょ! いいぃひぃっ!?」
急にリエルさんが俺の尻をふん掴んで無理やり御開帳してきた。撮影されてます? 気の狂ったAVでもなきゃ絶対にされない事されてるんですけど。
「汚い! 照れ隠しとかじゃなくそれは本当に汚いやつですってリエルさん!!」
「私の事はマザー・リエルと呼ぶように」
「サーイエッサー! マザー・リエル!! 直腸チェックは度を越してると思います!!!」
「おかしいですね……」
「いたっ!? な、なんか突っ込んでます!? 痛いって! いたただはっ!? いだぃってええぇぇぇ!!?」
「暴れないでください!」
「本当に痛い本当にっ!!? それっ! ゴンゴンやめろまじでっ、内臓傷つきますってえぇぇ!!?」
「フリア! セーレを抑えるのを手伝ってください! この子かなり力が強いっ!?」
ケツの穴によく分からない器具を突っ込まれて痛みが走ったのでもう半ば真剣に泣きながら抵抗していたらミルスさんを監視していた修道女がやって来て取り押さえられた。
ゾワッとする不快感に鳥肌が立つ。
具体的にどんな感覚なのか説明するのは汚らしすぎるので遠回しな言い方をするが、無理やりうんこを捻り出されそうになってる感じだ。とにかく気持ち悪い、それと痛い。暴れて当然だ。
痛みと恥ずかしさと情けなさで羞恥心がオーバーヒートして必死に抵抗する。怪力を使うと誤ってこの人らを殺しかねないので重奏凌積の効果はオフにしておいてるが、場合によっては流石に使わざるを得ない所まで来てる。
てかもう使うべき場面ではあるか? ケツん中に風が当たる感じがめちゃくちゃ嫌だ。コイツら吹き飛ばすか、マジで。
「いぎいいぃぃっ!? お、お願いやめて本当にお願いっ!! ごめんなさい、ごめんなさいって!! もう帰る! 助けてっ、ミルスさん助けてぇ!!」
「セ、セーレ?」
必死に個室の壁を叩きミルスさんに助けを乞う。彼女は壁越しに心配そうな声音で俺の名を呼ぶが、リエルさんに「そこでじっとしてるように」と釘を刺され困り果てていた。真に困ってるのは間違いなく俺だが。
「もう帰るっ!!! もうこんなの嫌だ!! ひぐうっ!?」
グリっと器具を押し込まれて腹の中の変な部分が押し付けられ圧迫される。例えようのない感覚につい尿道が緩み粗相をしてしまうが、俺を辱めてる修道女達はそんな事気にせずジロジロとケツの穴を観察してくる。
ああもう、死にたい。今すぐ心臓を抉り出してやろうかな。そう思い爪を自身の胸に立てた瞬間、フリアと呼ばれた修道女が不思議そうな声で言葉を発した。
「スライム液が無い……寝てる間に出してしまったのでしょうか?」
「いえ、彼女達の部屋にそのような痕跡はありませんでした。そもそもスライム液は魔力を吸って固形化するまでは粘性が高いので自力で出すのは不可能かと」
「となるとどこへ……?」
「あうぅっ!?」
急に器具を引きずり出されて、若干の気持ちよさはあれど不快感が大半を占めた感覚に襲われる。脱力しその場に倒れそうになるがミルスさんは俺を抱きとめ、布で俺の股間を拭いながら言葉を続ける。
「セーレの魔力には吸収という性質が含まれている。スライム液と似た性質ですね。魔力や生命力ではなく物質そのものを吸収するというのは聞いた事がありませんが……」
「物質そのものを……? そんな魔力が存在するのですか? というかそれが本当なら、この子の肉体が形を保っている事って矛盾しているのでは」
「体液や特定の肉を媒介にしてその効果を具現化しているのかもしれません。魔法使いと同じ原理ですね」
「なるほど……」
真面目に考察していらっしゃいますが、人の肛門ほじくっといてそのまま放置というのは如何なのでしょうか。
当方、メンタルに限界きてもう泣いちゃってますけど。メンタルケアとかそういう概念はない感じなの?
「ひっく……あ、あの……私もう、やめます……これ……」
「なりません」
「!?」
即断!? 床にへたりこんでなきべそかいてる幼女の弱音を真っ向からたたっ斬る!? 鬼なのかなこの人!?
「試練に苦難は付き物なのですよ、セーレ。あなたは過酷な試練を二つも免除され、比較的苦痛の少ない試練のみを受けている身なのです。あなたはこれまでいくつもの過酷を乗り越えてきたではありませんか。立派です。今回もきっと乗り越えられますよ」
「身に覚えないですよそんなのぉ! そりゃ確かにスライムの腹の中に閉じ込められた時は人生指折りの壮絶体験ではありましたけどっ! これはなんか、ジャンルが違う!!!」
「その身を蹂躙される経験についてあなたはもう乗り越えられている筈です。シャンとしなさい」
「なんで怒られなきゃなんないのぉっ!!!?」
もうめちゃくちゃだよこの人!!! 身を蹂躙される経験!? ねぇよ! 身に覚えないわ! 少なくともこんなレンタルビデオ屋の奥で埃被ってるAVみたいな拷問受けた事なんて一度もない!!! 乗り越えられるかぁ!!!!!
「ミルスとセーレには引き続き、新たなスライム液を注入します」
「「えっ!!?」」
「セーレは特殊な体質をしているようなので通常より多く注入しましょう。如何に魔力が特殊と言えど子供なのです、吸収量にも限界はあるはず」
「待って!? ごめんなさいリエルさん気に障る事言いますね!? 馬鹿なの!? あんた!!!!」
「まあ!? マザー・リエルになんて口の利き方!?」
「言ってもいいだろその資格はあるだろぉ!!! あんたら人の体をなんだと思ってんの!? 頭イカれてるのかなぁ!? カルトめ! 邪教の犬どもめ!!!!!」
「セーレ!!!!」
「ビビりませんから!? 絶対今回に関しては俺が正しいから! 前言撤回しねぇから! ばーかばーか!! アナルマニアのクソキチガイどもが!!!」
「……マザー・リエル」
「えぇ。どうやら徹底的に躾ける必要があるようですね、セーレ」
「だから帰るって言ってる!? もうこんな所二度と来ない!?」
「なりません」
「ふざけんな! このっ……魔力がめちゃくちゃ減ってる!? くそっ、離せ!? 離せえええぇぇぇっ!!!」
魔力枯渇によって重奏凌積が使用できず、そのままフリアに拘束され引き摺られる。
ミルスさんは俺が暴れるのを少し離れた位置から眺めて怯え切っていた。助けを求めるのは無理そうだ。
ビシッ! と肉を打つ鞭の音がした。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいいぃぃっ!!!」
泣きながら許しを懇願するミルスさんの声が冷たい部屋に反響する。
俺とミルスさんは教会の懲罰房に連れて行かれ、服を剥かれて裸にされた。
二人とも縄で腕を縛られて天井から吊るし上げられている。
硬い皮の鞭を持ったリエルが何度もミルスさんの裸体を打つ。力を込められてしなった鞭による亜音速の打撃を受けたミルスさんには無数の蚯蚓脹れのような跡ができ、打たれる度に彼女は金切り声と悲鳴を上げる。
鞭打ちの刑は歴史上最もポピュラーな刑罰だ。多分。歴史に詳しくない俺でも知ってるのだからきっとその認識で間違いは無いのだろう。
見た目だけで言うならギザギザの板の上で石を抱かされたり、水責めにあったりした方がキツそうに見える。
てか鞭で打つなんて正直大したことないと思っていた。SMでもやるって聞くし。でもそんな先入観は既に俺の頭からすっぽ抜けていた。
「もう許してっ、くださいぃ!! あぎゃああぁぁっ!? 死んじゃうっ!? ぎやああぁっ!? 痛いっ、痛いぃぃぃぃ!!!?」
「コソコソ隠れて盗みを働くだなんてミルティア教の信仰を侮辱する大罪です。その身についた痕を見て都度この痛みを思い出しなさい!」
「もうしませんっ!! だから許しっ、ひゃあぎゃああぁぁっ!!?」
素の声の原型を留めない動物じみた悲鳴が響く。ミルスさんは必死に頭を振り、痛みのあまり失禁したまま何度も何度もごめんなさいと叫んだ。
正気じゃない。こんな事、人にやっていいわけが無い。
あんなに反抗的な目をしていたミルスさんが今じゃ痛みに脅えきった小動物みたいになっている。全身の鞭打ち痕が紫色に変色し、入れ墨のようになっている。
「ごめんなっ、あああぁぁぁっ!!?」
背中に痛烈な一撃が入る。ミルスさんは何度も海老反りになった挙句、失禁どころか細々とした大便まで漏らしていた。
「……気絶してしまいましたか。本日はここまでにしましょう」
白目を向き、半開きの口からベロを出し激しく痙攣しているミルスさんが降ろされる。縄で縛られていた彼女の手首は過剰に動いたせいで皮膚が破れていた。
「医務室に運びなさい。清掃はセーレの懲罰が終わり次第行います」
「ゆ、許してください! もう生意気なこと言わないです!」
かくいう俺も縄で縛られたまま宙吊りにされているので既に肩甲骨が外れそうなくらい痛くなっている。
目の前で半狂乱になるミルスさんを見たせいで心もポッキリ折れている。震えを隠すことも出来ず、媚びた顔で泣き言を言うがリエルさんは微塵も表情を変えなかった。
「ご、ご、ごめんなさいっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ! これからは何を言われても従いますから、どうか許してくださいっ! お願いします!」
「これも試練の一環なのです。耐えなさい」
「無理っ!? あんなバチバチ叩かれたら死んじゃいますって本当に! こ、こんな小さい子をいじめちゃダメですよ! 体面が悪いぞ!」
「あなたは困った事があるとすぐに自分が幼い少女であることを盾にし問題から逃げようとしますね。まずはその打算的な部分を矯正しましょう」
「だって事実ガキの体だしな!? そりゃ盾にもするし傘にも着ますよ! 子供が無理やりスライムを排泄させられる!? 子供を鞭で打つ!? あっていいのかなぁそんなこと!!!」
「……」
「て、てかそもそもこれってミルスさんが隠れてリンゴ食ってたのが発端だったわけで俺は巻き込まれみたいなもんですよね!? ちょっとカッとなって悪い言葉使ったくらいで鞭はやり過ぎでしょ!? 自分の思春期反抗期時代を思い出してください! 俺と大差ない態度取ってたでしょあんたも!?」
「フリア、水を」
「はい」
俺に面と向かっていたリエルが控えていたフリアを呼び掛けると、彼女は水の入った桶を持ち上げ俺の近くまで寄ってきた。
「ひぃっ!?」
氷が入ってキンキンになっている冷水を全身にぶっかけられる。
幸い季節的には夏に近い気候なので凍死することは無さそうだが、とはいえ全裸で冷水をぶっかけられたのだ。寒さで体が震えあがる。
「あ、ああああのっ! まさかこのまま鞭で……」
「ご名答です」
「死ぬっ!? それは流石に死ぬ!?」
拷問というか処刑じゃん。冷えた体に鞭はやばいじゃん、冬場の縄跳びの五億倍の痛みを味わうじゃん。人を苦しめる事を熟知しすぎてない? 聖職者なんだよね???
「あっ」
考えている間に鞭が振るわれる。
リエルさんの持っていた鞭が大きくしなり、銃声のような音を響かせて俺の背中にぶち当たる。その瞬間、皮膚を貫通して骨身の奥にまで鋭い痛みが浸透し肉体を切断されたかのような激痛が走った。
「ぎゃああああああぁぁぁぁっ!!!」
全く遊び心のない、なんとも典型的な悲鳴を上げたなぁと我ながら思う。でも意識して出した悲鳴などではなく、痛みに反射して勝手に出た生理的な叫びであった為俺に制御できるわけもない。
鞭が離れたあとも全身に電流が走っているかのようなビリビリとした痛みが響く。打たれたのは背中なのに指先まで痛みを感じているようだ。痛すぎて末端神経の内側に痒みさえ覚える。
初撃で涙がボロボロ出てきた。これを耐えるなんて無理だ。
「あ、あ……」
リエルさんが再び腕を上げる。その動きに合わせて鞭が流線的な軌道を描く。
「ぎいいあああああああっ!!?!? もうやめっ、やめてやめてやめてやめてやめてっ!!! ごべっ! やだぁっ、あああああああぁぁっ!!?」
二度目の痛打に全身を震わせて逃れようとする。しかし痛みは全然肉体から出ていかない、脳を鷲掴みされてるかのようにしつこく全身を蝕んでいる。
「やだやだやだやだっ! やっ……ああぁっ……!?」
「たった二度打った程度でなんて顔をするのです。この程度の痛みで絶望しているようじゃ、先が思いやられますよ」
「あ、あ、ああぁ……っ」
「また失禁ですか……水も飲んでいないのによく出ますね。恐怖を感じたら漏らす癖でもついているのかしら?」
「ぎゃふっ!? あ゛あああぁぁぁぁっ!!!!」
打たれた痛みで背中が大きく跳ねる。ガチャガチャと腕を動かし逃げようとするが逃げられない。宙吊りになった状態で体が大きく揺れている。逃げられない、怖い、そんな感情のみがじんわりと血液のように脳に染み渡っていく。
「漏らしながら揺れるとは、なんて情けない姿なのですか。痛みに恐怖するのではなく自分の罪と向き合いなさい」
「あ、がぎっ、ひひっ、ひぎっ……!?」
恐怖で奥歯がガチガチと鳴り上手く言葉を発せられない。その様を見てリエルが怪訝な顔をする。
「体質といい、その歯といい、不思議な子ですね。亜人であるならば人間よりも頑丈なはずです。フリですか? この期に及んで反省の色も無いとは」
「ちぎっ、あうっ! 亜人じゃはがっ、なでぃいっ!! はんぜっ、しだ、からっ!!!」
「いいえ、あなたはまだ自分の罪と向き合えていない。その逃げ癖は今日ここで矯正します」
「あ゛あああああああぁぁぁっ!!? ゔぅううぅぅぅあああがぁあああああぁぁぁっ!!?」
鞭の雨が降ってくる。全身がバラバラに引き裂かれるような痛みが断続的に響く。終わりない激痛の嵐に揉まれ、気絶と覚醒を繰り返す。
30分ほど叩かれた辺りで俺の脳内がプチプチと言い始め、目の前が完全に白み意識が途絶えた。
次に目覚めた時には俺は医務室にベッドに寝かされていて、全身には軽く触れるだけで飛び上がりそうになるくらいの生々しい傷跡が残されていた。




