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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第三章『異端審問官になるぞ編』
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46話『一旦軽いメンブレを挟みつつ』

 鞭打ち拷問の時は本当に危なかった。

 スライム液とやらを腹の中に突っ込まれたせいで魔力が極限まで少なくなっていて、あの時点だと自己蘇生が使えなかったから危うく本当に死にかけた。


 度を越した鞭打ちの折檻を受けた俺とミルスさんは痛みのショックで心臓が停止しかけていたらしい。その影響で二人とも筋肉が緩み、大小便丸出しで医務室に運ばれたと聞いた時は羞恥心で頭を壁に思い切り打ち付けましたよ。


 心臓さえ動いていれば回復魔法で延命できる。それは便利な事この上ないが、同時に恐ろしくもある。

 例えば拷問で死ぬ寸前まで人を痛めつけたとして、回復魔法をかければ肉体も神経も全部蘇生されるからまた同じ痛みを繰り返し味わわせることができるし。リエルさんがやってたのって正しくそういうやつだしな。


 なんというか、魔法がない世界って健全なんだなって思う。魔法には安全装置なんて存在しないし、本当に悪い人が使ったら凶悪な兵器になっちゃうんだもんな、全部。

 どう考えても存在しない方がいい技術だ、この世界の恐ろしさを身に染みて実感した。


 俺は懲りずにもう何回か脱走を試みた。

 と言っても飯を食えないから魔力はほぼ底を尽きかけてたし、素の10歳児の身体能力でどうにかなるわけもなく当たり前に失敗に終わったのだが。


 何度も何度も折檻を受けた。肉体的な苦痛を与えるものから、精神的な苦痛を与えるものまで。

 そうして1ヶ月もしないうちに、俺の心から反抗する気概も削がれてしまった。



 言われる通りに修道女としての一日を過ごす。模範的な生活を心掛けて、問題児扱いを少しずつ払拭していく。


 まあ、俺の中にある憎悪は未だ燻っているのだが。

 発想の転換だ。今のままじゃ逆らいようがない、それなら異端審問官として力をつけて、地位を得て、真っ当な方法でリエルをこの教会から追い出し真っ当とは言えない私刑で同じ目に遭わせてやる。



 ぐっふっふ。

 復讐をした所で心は晴れないというが、そういう人もいれば復讐が気持ちよすぎて絶頂しちゃえる人間だっているんだぜ。俺は後者だ、受けた不条理には終わりなき苦痛で返礼してやる。


 逆境をバネにするトップアスリート達を俺は素直にリスペクトしている。故に俺は復讐が好きで好きでたまらないんだ。

 絶対に赦さない。絶対に、ぜっっっっったいに赦さない!!!



 ちなみに話は逸れるのだが、個人的に『許す』って文言を使えばいい場面でわざわざ『赦す』って単語を打ち込む人種は苦手な部類だ。どことな〜く相手に対してマウントを取りたいのかなって思ってしまって何となく鼻につく。

 単語の意味合いとしてはそっちの方が正しいって理屈も分かるには分かるが、日常生活を送っていてそんなのわざわざ考えるか? 意識しないだろ、取ってつけた理由だろそれって思う。


 まあ、俺は将来的にリエルに対して取れるだけのマウントを取りまくりたいので使うが。



 そんな話はどうでもよくて。

 真面目に修道女として活動していたある日、突如として俺の体に異変が現れた。



「う、ぐううぅぅぅっ……!?」


「セーレ!? 何そのお腹、妊娠してるみたいだけど……」



 深夜。凄まじい腹痛で目を覚ました。


 起き上がろうとしても腹が重くて起き上がれず、僅かに身を捻るだけで激痛と吐き気に襲われる。

 自分の腹を見ると下腹部の辺りが異様に膨れ上がっていた。腹の内側に何かがパン詰まりになっていて、臓器が押し上げられている。


 それまでの時系列で性行為を行った事はあったし中にも出されてはいた。だが、これまで妊娠の予兆が皆無だったのにいきなり妊婦になるはずもない。



「うっ、うぅっ……」



 妊娠なんかしてるはずがない。そう思ってはいたのだが、見た目だけで言えばどう考えても妊娠しているようにしか思えず、ピックスさんとのやり取りを思い出し将来への不安に泣き出してしまう。


 異常を察知したミルスさんが大慌てでリエルを呼び出し、俺は医務室に運ばれた。




 結果から言うと妊娠はしていなかった。当たり前だが。

 どうやらこの膨らみの正体は腸の中で詰まった凝固状態のスライム液だと判明した。


 後から判明したことなのだが、俺の魔力には『吸収』の他に『反芻』という作用も含まれているようで、要は俺が吸収してきたスライム液が吸収限界量を超過し、ダムが決壊するかのように今まで吸収していた分が一気に腹の中に再構築されたとの事だった。


 考えてみれば、怪力を行使する重奏凌積(リフレクション)という能力も吸収したエネルギーを吐き出す……というか反芻? させるものではあったし、自己蘇生能力だって言っちゃえば心臓を起点に肉体を再構築する能力だから姿を消したスライム液がそのまま復元されたことにも納得は行く。


 こんな形で自分の魔力の性質や能力の仕組みに対する理解が深まるとは思っていなかった。

 そりゃそうだよなぁ。質量保存の法則的にも、無尽蔵に物質を吸収するなんて出来るはずがないもんな。

 一つの袋に物を入れ続けたらいつかは破裂する、そんなのあまりにも当然の事すぎて逆に思い至らなかったわ。



「う、ぐぅっ……!」



 妊娠でもなければ肉体の不調でもなく、単に腸内が詰まってしまったというのなら対処法は至って単純。俺は東の塔の地下区画に運び込まれ、そこで延々とスライムを出し続けさせられた。



「あ゛あああぁぁぁっ!? あ………………あふっ」


「気を確かに! まだ残っていますよ、セーレ!」


「気絶したら絞まっちゃうから落ち着いて、深呼吸して!」



 リエルとミルスさんは俺が気絶しかけると肩を揺すったり頬を叩いたりして無理やり意識を覚醒させてくる。

 奥の方に引っ込んだスライム液は最早石のような硬度にまで圧縮されていたので、自力で出そうとしても位置がズレる度に内臓が動くような感じがして気が遠くなってしまう。



「セーレ! セーレッ!? ミルス、布を! あともう少しなのです、しっかりしなさい! セーレ!」


「……」


「瞳が動かない……完全に放心していますね……仕方ない。荒療治です」


「…………ッ!? あ、あはあ゛ぁっ!? あ゛ぐぁっ!?」



 ……自力じゃどうにも出来ないので、リエルはスライム液を掴み強引に全部引きずり出してきた。


 ゴリゴリゴリと腹の内側を削られるような不快感が、不快とも言いきれない妙な感覚に変化し脊髄を昇ってくる。ゾワゾワする感触がうなじの辺りで暴力的な程に増幅し、胸と頭に爆発的な衝撃を与えて足の筋肉が何度も緊張と弛緩を繰り返した。



「お゛ぅっ!? ぐっ、ふぅっ!? ひぐっ!? やばっ、いぃいっ!?」


「きゃっ!? もう、服が濡れてしまったではありませんか。セーレ……セーレ? 大丈夫、ですか?」


「んぃ゛っ、いひぃ……っ」


「駄目そうですね……」



 ぱちぱちと火花が頭の中で爆ぜ続け、余韻が小さくなってくると勝手にしょわわ〜と失禁してしまった。全身が鉛のように重く感じるほどの倦怠感に逆らえず、脱力しきった状態でリエルにもたれ掛かる。




 鞭打ち程ではないにしても、これも人生指折りの壮絶な体験にランクインした。

 個人的トラウマ度で言えば1位がスライム溺死で2位が鞭打ち、3位が落雷直撃で4位がこれ。

 あと4回壮絶体験をすればトラウマのフルコースが作れるな。いらんわ、そんなもん。



 トラウマと言えばで思い出したのだが、どうやら異端審問官に課せられる四つの試練の内の一つに「出産の痛みに耐え生を尊ぶ」というものがあったらしい。それ故に異端審問官志望の女性には性行為が必要なのだとマザー・リエルに説明された。


 俺がなんで免除になったのかは未だによく分からない。

 同室者であるミルスさんは俺がその試練を免除された事について思う所があったようだが、「まあ子供だし仕方ないか」という理屈で特に不満をぶつけること無く納得してくれた。


 ミルスさんもまだ10代で子供ではあるんだけどね。自分だけ楽している気がしてちょっと申し訳ない気持ちになる。



「おめでとうございます、シスター・セーレ。これでようやく木依(きのえ)の試練は終了となります。よく耐えましたね」


「はあ。お褒めに預かり光栄です?」



 スライムを全て出し切り、反動で衰弱した俺が完全に快復し業務に復帰するとリエルが再会を祝福すると同時に試練の終了を知らせてきた。


 木依の試練は宿主の魔力と栄養を奪うスライム液を腹の中に入れたまま、質素な食事をした上に我慢するという単純なものだった。

 本来であれば一番簡単な試練だったらしいが、俺はスライム液を吸収していたのでいつまで経ってもこの試練をクリア出来ずにいた。それが今回の騒動をきっかけに合格判定を頂けたらしい。



 木依の試練をクリアし、普通の食事が解禁されたので早速ミルスさんに声を掛け食堂のお供をしてもらう事にした。


 聖ルドリカ堂の中央施設、修道士達が生活する修道院の真正面に建つ立派な居城じみた西欧建築物の中を歩く。


 食事自体は修道院の方でも出るのだが、あちらで出されるのは基本朝食のみで昼と夜の食事はコチラで出されるらしい。

 ちなみに俺はここに来てから一度も昼と夜の食事をしてこなかった。木依の試練中は質素な朝食しか許されて居なかったからな。



「肉も魚もある!? サラダもある!? 修道院じゃパンとスープしか出なかったのに!!!」


「おめでとうセーレ! 久しぶりの栄養満点な食事だね。食べてみたらもっと驚くわよ? すきっ腹は一番のスパイスだからねって、もう食べてるし……」



 くああぁ〜〜肉の脂が全身に染み渡る〜!! 聖職者が肉なんて食って良いのでしょうか!? ミルティア教は牛も豚も鳥も羊も特に神聖視してないからおっけーなんだったな最高〜〜〜!!!



「んぉっ、魚うまっ!? こんなに身がぷりぷりな事ある!? 調理上手すぎじゃない!? かーっ! 異世界で出てくる飯は日本で出される飯より不味いってのが定番なイメージがあったがそんなことも無いな! 甲乙つけがたい!!! 生きてるってサイコー!!!!」


「……フォークの持ち方は上品なのよね、貴族みたい。でも食事の前に祈らないとまたマザーに叱られるわよ?」


「主の慈しみに感謝いたしますあなたへの奉仕を続けるために私達とこの恵みを祝福し信仰の糧とさせてください私達の主ミルティアによってそうありますように!!! はぐっ、はぐっ!!!」


「巻いたわね〜」



 早口言葉ばりの高速お祈りを行いダンスにしか見えない速度で十字を切り虚空にヘッドバットして食事を再開する。空腹感がみるみるうちに満たされていく、腹へりゲージが可視化されてたら凄い勢いでMAXに近づいてるんだろうなぁ!



「うめっ! うめっ! うめっ!」


「よく食べるわねぇ。ここの食事、ちょっと量多くない? 肉と魚が一緒に出てくるしパンもあるしさ」


「むぐむぐぐっ! こんなのぜんっぜん足りないですよ!!! なんせ今まで発狂しそうな飢餓感に襲われてましたからね! 聴いてください私の腹の音、栄養の雨に歓喜の鐘を鳴らしてますわ!」


「胃が刺激されて鳴ってるだけでしょ」



 冗談のつもりだったんだが、ミルスさんは本当に俺の腹に耳をつけて胃の音を聴いてきた。普段なら恥ずかしいのでやめさせる所だが、今はそんな事をするのも惜しいくらい腹が減っている。構わず食べ進めるぞ!



「んぐっ、んぐっ! おかわり!!」


「おかわりなんて出来ないわよ。ここの食事は出された分しか食べれない、事前に聞いていたでしょう?」


「おかわり!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「声大きいな……まるで聞いてないわね」


「おかわり?」


「それしか言えなくなったの? 夜にも出されるんだから今はそれで我慢しなさいな」


「ちぇー。まだまだ食い足りないのに、こんだけの飯で午後の労働かよー。ケチんぼめ」


「今までは昼食抜きでやってこれたんでしょ? どこで聴かれてるか分からないんだから文句はそこまでにしなよ」



 それもそうか。仕方ない、口惜しいが食器を片そう。


 流し台に行き食器を洗って棚に戻しミルスさんの所へと戻る。爆速で食い散らかしてしまったからまだ昼食の為の空き時間には余りがある。

 今日は聖歌のレッスンがあるんだった、喉を慣らしとこうかな。



「空き時間にも読書でお勉強か。相変わらず熱心よね、セーレって。最初来た時と大違い」


「お歌の授業もあるんで音読したら一石二鳥ですよ。聖書の内容も暗記出来るし喉も慣らせる。怒られポイントを減らせるのでオススメ」


「怒られたくないので優等生に徹してると」


「そゆことです」


「なるほどねぇ。あんなに帰りたい帰りたいって毎晩泣いてたのに急に真面目になった理由はそれか。理由はアレとして、凄いわよね」


「? なにがですか」


「前向きな理由で勉強してる訳でもないのに勤勉だし、戦闘訓練も好成績を残してるでしょ? 同期で一番優秀な子だって神父様が言ってたわよ」


「それは単に私が神父様に気に入られてるからそう言ってもらってるだけですよ」


「気に入られてる? 急に自信満々な事を言い出したわね。……もしかして、時々部屋を抜け出してるのってそういう?」


「くくく。神父様も所詮は男。甘えちゃえば手玉に取る事なんて簡単です。あの御局のリエルを引きずり下ろすために一役買ってくれるでしょう彼は。ぎゅっふっふ!」


「うわぁ……そりゃ、セーレくらい見た目が良ければ男なんてすぐ引っかかっちゃうだろうけどさ。そんな企みがあったんだ……腹黒いな」


「頭が回ると言って頂きたい。男相手にメロつくのなんて精神すり減る行為なんだから、むしろよくやっていると褒めてほしい所ですな」


「でもセーレの甘えにまんまと騙されるのはちょっとなぁ。子供相手でしょ? 小児性愛者じゃん」


「やめてあげてくださいね。てか私を指して小児呼ばわりとは何事か、そんなぺドい見た目してないでしょ」


「ぺドいとかメロつくとかイッセキニチョウ? とか、よく分からない言葉を使うよねセーレって。どこかの方言なの?」


「そんな所ですな。田舎者なんでね」


「へぇ」



 さして興味もなさそうな相槌を打ちミルスさんがお腹を触る。


 ミルスは俺と違い、この教会の人間と頻繁に性行為を行い妊娠してしまっている。妊娠周期も結構経ち、もう腹も膨らみ立派な妊婦さんだ。


 水依(みずのえ)の試練の為とはいえ、好きでもない相手の子供を産まされるなんて考えただけでも嘔吐物なのに、よくもまあ愛おしく腹を撫でられるものだと思ってしまう。



「出産、どれくらい痛いんだろ」


「どうなんでしょうね」


「なーんか。男の方はさ、修道士や司祭になるのにこういう痛みを伴う試練は無いわけでしょ? てか、ミルティア教的には女って見下されてるみたいな立場だし。不公平だよねぇ」


「ですねぇ」


「なーんで女だからって最初から罪があるみたいに言われなきゃなんないんだろ」


「主が作り出した最初の番のうち、女の方が夫を堕落させて主を引きずり下ろすきっかけになったから原初の罪人は女性だったってお話で差別されてるんじゃなかったですっけ」


「聖書だとそうだけど絶対そんなの嘘だし。てか本当だとしてもその人が悪いだけで別に他の女性が責任負わされる理由は無くない?」


「堕ちた三女神の逸話とか、搾精鬼(サキュバス)にはメスしかいないって理由も絡んでそうですよね。一般信徒や下位の修道女にも必ず洗礼の儀を行うみたいですし、女に対する穢れ扱いが徹底的すぎて時々ムッとしますよね」


「いつもムッとしてるわよ。聖書読んでるとイライラしてくるもん」


「あはは……」


「男しか司祭になれない理由も、主の恩恵を授ける秘蹟を行えるのは穢れ少ない存在だからって理由だからなんでしょ? 男は主の代弁者で女は主の代行者、或いは隷属者なんでしょ? 下に見られすぎだし、差別主義者かよって」



 差別主義ではあるな、確かに。そういう視点で文句を抱くのは女性として当然か。中身が男である俺でさえムカつく記述とかあったりするしな。



「出産させる理由も複数あるんですよね」


「そうなの? あたし、あんまり真面目に座学を受けてないからそこら辺の事情はあまり知らないのよね」


「なんか、異端審問官は戦闘職だから痛みに慣れる必要があるって理由もあるんですけど、一番は子を作る事で特定の対象に操を立てさせ、精神を成長させる為って話らしいですよ」


「操って。あたし達修道女って主と婚姻してるって形式を取ってるから洗礼を受けるんでしょ? 他の男の人と子供なんか作ったら浮気にならないの?」


「ん〜……そこは解釈が難しい所で。基本的に修道女達は正式に信徒と認められた場合指輪を貰ってそれをはめるらしいんですよ」


「指輪?」


「主との婚約指輪みたいなものですかね。で、だからこそ修道女には結婚が許されてないし、修道院や教会を我が家とする形式を取るみたいですね」


「指輪なんてあたし貰ってないけど。セーレは貰ったの?」


「貰ってないです。私達が目指してる異端審問官は教会内でも特殊な立ち位置で、主の敵を討つ力の代行を担う役割なので護るべき存在である"妻"ではなくさっきミルスさんが言った"隷属者"になるんですって。だから指輪は貰えないと」


「天使の末席とも言うしね。そっか、天使は主の直接的な奴隷なんだし、そういう扱いにもなるか」


「代わりに、正式に異端審問官になれた人には十字架の首飾りが送られるらしいですよ」


「首飾り? マザーはそんなの付けてたっけ」


「マザー・リエルは異端審問官ではなく修道院長ですからね。実際の異端審問官は担当教区が割り当てられるのであまりここには来ないんですよ」


「へぇ」


「ほんで、十字架の首飾りは悪く言うと犬につける首輪みたいなもんらしいです。主に対する絶対服従の証って事ですな」


「……うわ。やる気下がるなぁ、それ」



 分かる。頑張って頑張って苦難を乗り越えた先に貰えるのがワンコ扱いの首輪とかモチベ下がるよな。相当なマゾっ娘じゃないとそんなの手放しに喜べないよ。



「清貧、貞潔、服従を重んじるとか禁欲を美徳だと謳ってる割に毎晩乱れてる連中もいるし、なんだか腐敗の匂いするわ、この組織。考え方も古臭いし、あたし達が大人になる頃には瓦解してそう」


「それは無いんじゃないですかね。こんなんでも大陸一の影響力を持ってる宗教ですし、色んな国の国教にもなってますし」


「内部告発したら絶対崩壊するって。あたしはセーレと違って男誑かしたりしないし、後ろめたいことな〜いもん」


「急に悪女扱いされた。こんなに清廉潔白純真無垢なのになんで」


「どこがよ。腹黒幼女め」



 腹黒幼女て。散々な言われようだな、友人相手に使う言葉かそれ。



 食事の規定時間が終わりに近付き、礼拝堂への廊下を歩いていたら前方から俺を発見し歩み寄ってくる修道女の姿が見えた。


 ……げげげっ、噂をすればなんとやら、にっくき御局のリエル女史だ。顔を合わせたくない相手とバッタリ遭遇しちゃったな、萎える〜。



「こんにちは、シスター・ミルス」


「こんにちは、マザー・リエル。どうしたんですか? またセーレがなにかやらかしたのです?」



 またってなんだよ。最近は誰が見ても模範的としか思えないであろう真面目そのものな修道女に徹してましたけど? 怒られる覚えなんて昼食の時のマナーくらいしか……それかぁ。


 くぅ、折檻を受けるようなことでは無いけど長いお説教タイムが挟まりそうな予感。



「いえ、今回はそういう訳ではありません。シスター・セーレ、本日の午後は予定を変更して頂きます」


「え。予定を変更、ですか? 急ですね」


「ふふふ。お噂は聞きましたよ? あなた、候補生の中でも特に優秀な成績を収めてるのですってね」


「あ〜……あはは。どうでしょう、神父様と多少親しくさせて頂いてるだけで、私なんてまだまだ」


「謙遜する事はありません! 司祭様曰く今すぐにでも正式に異端審問官になれるほど優秀な人材だと聞き及んでいます」



 えぇ〜? あの神父さん、随分と俺の事を高く評価してるな?


 確かに他の人らより優遇して貰えるよう尻尾振って可愛がられはしたが、そんな特別扱いされるほど意識されてるとは思ってなかったや。俺と似たような打算的な女なんてごまんといただろうし、騙されやすい気質なのかな。



「そこで。あなたには特別に、異端審問官の仕事を実際に体験してもらい現状の実力を示す機会を与える事となりました」


「……んっ?」


「実戦ですよ、実戦! 教会本部で溜まっている悪魔払いの依頼を一件受注してもらいます!」


「んんっ!?」



 なんであんたが嬉しそうに小躍りしてるのと突っ込みたくなる気持ちをグッと押えて疑問符を頭に浮べる。


 話の流れはわかったが、そんなトントン拍子で候補生を実際の現場に立ち会わせることなんてあるか?

 悪魔払いって、普通の魔獣を退治するよりもずっと危険な仕事だって耳にした事あるんだけど、そんな死地に学生同然の人間を送り込むとか正気か?


 いい加減俺の存在が鬱陶しくなったから監督責任を放棄して殉職させる算段だろうか。絶対俺が加わったところで足手まといだし、無駄死にする確率高くない???



「…………すんっ」


「えっ」


「セ、セーレ? どうしたのですか? 何故泣いて……?」


「……私が、鬱陶しいのは分かりますけど……そんないきなり死ねって……本気で思うのは流石に酷くないですかぁ……?」


「何の話です!? 私は一言もあなたに死ねなどとは言ってないのですが!?」


「それってそういう事じゃないですかぁ……!」


「それってどれです!? 何の話をしているのですかあなたは!?」


「マザー・リエル……この子も最近頑張ってるんですよ。泣かせるなんて酷い……」


「あなたまで何を言い出すのですシスター・ミルス!? 心無い発言をしてしまったのでしたら謝りますが、今の短いやり取りのどこに悪意を感じ取ったのか教えて頂きたい!」


「私、確かにマザーの事は嫌いです……でも…………それはそれとして、手取り足取り色んな事教えてくれたから、感謝してる所もあったのに……あったのにぃ……っ」


「なんで余計に泣き出すのです!? ほらほら、こんな所で泣かないの! 一度私の部屋に来なさい! 暖かいお茶でも飲んで落ち着きましょう! た、大変だったのですね? 溜まった疲労が一気に爆発したのでしょうか!?」



 リエルに背中を摩ってもらいながら彼女の部屋まで案内される。


 そりゃね、寝る間も惜しんで大嫌いな勉強に打ち込み、フラフラする足取りで候補生最強と言われるくらい必死に戦闘訓練に臨んできたからね。


 他の人は木依の試練をクリアしていく中、俺だけ限界まで空腹の状態での生活を強要されてそういう事を何ヶ月も続けてきたから精神も擦り切れますよ。そんな状態で食らった『お前は戦場で死んでこい』発言、耐え切れるわけないよね。



「頑張ってるのに……これでも……頑張ってるのに……っ」


「あなたの努力はよ〜く伝わっています! 故に昇格の機会を与えたのですが!?」


「……勝手にこの世界に呼び出されて、使い倒されて、捨てられて。折角出会った仲間とも強制的に離れ離れになって、嫌な事や痛い事を沢山させられて、反省して、じゃあ真面目になってみようと思ったのに、それすら認められなくて……」


「セーレの努力は認めてますよ!? こ、ここに来る以前は大変な目に遭っていたのですね……? 私はあなたにいち早く、目標とする異端審問官になってほしいと願っています。ですからどうか、泣き止んでください……」



 マザー・リエルによるメンタルケアは1時間にも及んだ。この時の俺って鬱1歩手前までいってたよなぁと思う。


 今は離れているピックスさんやぷるみちゃんの事も気になるし、数多の不安や不満を抱えたまま無理に活動してたから体力が底を尽きるのは自明の理だった。


 男の頃はそんな風になるとは思わなかったが、アレクトラの肉体になったせいで精神が少しずつ変化しているのかもしれない。


 怖いなぁ、女の体を動かすのって。完全に黒歴史だもんなこれ。黒歴史メーカーになっちゃったわ。うーん、死にたいね。

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― 新着の感想 ―
神父に甘えるなんて、怪しい。やはり神父は典型的なペドフィリアだ。
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