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25.窃盗犯3

 

 強力な戦力がやって来たことも手伝って、工房の仕事は順調に進んだ。

 そのおかげで落ち着きを取り戻しつつあることから、以前通りの休みを取ることにした。最近は、店は閉めても、作業場で働いていたのだ。

 畑仕事だけはやらないわけにはいかないので、みなで手分けして行う。その後は自由に過ごす。


 カン七は店を持っていた際、取り引きがあった業者の下へ出かけた。新たに錬金術師工房に就職したので、そちらとの取り引きをしないかと持ち掛ける予定だ。

「仕入先を増やすってのなら、仕事だから、わざわざ休みの日に行くことはないよ」

「良いのよ。店があった場所も見て来るついでよ」


 にゃん太に伝えた通り、遠回りをして、以前の店が建っていた区画へやって来た。

 まだ煤けた臭いが残っている。切り盛りしていた店があったのが夢か幻かと思えるほど、なにもない。借金を完済するために、更地にして売りに出したところ、買い手がついた。最後に見ておこうと思ったのだ。


 薬師工房で働いていたころ、切り詰めて給金を溜め、それでもまかないきれなかったので借金をしていちから作り上げた店だ。それがこんなにも呆気なくなくなってしまうとは予想だにしなかった。

 今の仕事や生活はそれはそれで楽しい。貴重な植物を植えることができるし、工房の主のにゃん太はみなでいっしょにやっていこうという考えの持ち主だ。主体的になって動くことができる。それでも、寂しさは募った。


「いいのよ。いつかまた美容商品を作って売れるもの。にゃん太ちゃんもそうしたら良いって言っていたし」

 今までひとりでなんでもやらなければならなかった。それが、みなで取り組むことができる。裏を返せば、自分の意思を最優先させることはできないということだ。なんでも、メリットとデメリットがある。

「それでも、最大限の環境を与えてもらったわ」

 ならば、カン七の戻る場所はここではなく、猫の錬金術師工房だ。そこで精いっぱい頑張る。


 カン七が決意を新たにしていると、隣家の者に声をかけられた。

「もうすっかりなにもないな」

「本当にねえ」

 ふたりで並んでぽっかり空いた場所を眺める。カン七が有名な錬金術師工房で働いていると聞いて表情が緩む。安堵を見せた隣家の者はこの場に店を再建して再出発をするのだそうだ。カン七が高名な工房で働いているからこそ、この話をすることができたのだ。

「貴方のせいじゃないから、気にすることないのに」

 もらい火で相手の店が焼失したことが気にかかっていたのだろう。

「貴方とアタシ、お互いが被害者よ」

「そう言ってくれるとありがたいよ」


 隣家の者は火付け犯のことについて触れた。

「子供が?!」

 火事が起きて辺りが騒然となる直前、小柄な人影が物陰にいるのを見つけて声を掛けたところ、逃げて行ったのだという。

「いや、火付けや泥棒をしたとは限らない。それにただ、小柄だったというだけだ」

「小柄な種族じゃなかったの?」

 分からないと首を振った隣家の者は、まだなにかあるらしく、どう話したものか迷う風を見せた。口が重いのを、急かさず待つ。


「それがその、」

 その日、子供が迷い込んで来て、一時保護したのだという。保護者が探しに来て、中へ招じ入れた。

「眠っていたからさ」

「その子が舞い戻って来て火をつけた?」

「ううん、やっぱり現実的じゃないよな」

 しかし、そう言い出す理由がある筈だ。根拠なしに言わない。


 カン七は世間話をした後、真っすぐに工房に戻らず、リス緒を訪ねることにした。

 猫の錬金術師をティーア市獣人新聞で取り上げた同年代の女性記者とはたま絵を交えて何度か食事に出かけている。小柄さからは想像もつかないほどの健啖けんたんぶりを発揮した。


「カン七さん、このたびは思いがけないことで、心からお悔やみ申し上げます」

 さすがはペンで食べている者だけあって、きちんとしている。そうなると、続く言葉も予想がつく。

「わたしでできることがあれば遠慮なく仰ってください」

「ありがとう。リス緒ちゃんの顔の広さ、耳の速さを頼らせてもらうわ」

 定型文であることを承知しつつ、それに乗ってカン七は火災のことを訊ねる。


 こういう駆け引きはにゃん太は苦手だろう。あの工房で得意としているのはたま絵とハム助だ。みい子は良く気が付くし、取り繕うことはできるが、踏み込むことは不得手としていそうだ。その代りではないが、いろんなタイプの者と当たり障りなく接することができる。ケン太は明るく真っすぐだ。まず肯定することから入るので、他者を委縮させることなく意見を述べさせることができる。ケン太がいると場が明るくなる。


 そう考えてみると、あの工房には様々な者が集まり、みなが特性を活かして働いている。それを可能にしているのは、にゃん太が独善的ではなく、みなの力を認め、頼りにしているからだ。自然と周囲がにゃん太のために動こうと思う。そして、あれほど恵まれているにゃん太が妬みを向けられにくいのは持たざる者のために尽力しているからなのだろう。


「警邏が獣人族冒険者に調査依頼を出したそうですよ」

 リス緒が当たり障りのないことから、情報を小出しにしていると感じた。

 警邏が人手を必要とする際に冒険者に依頼するのは、一般的なことだ。しかし、リス緒は獣人の冒険者だと言った。


「つまり、放火犯は獣人だということなの?」

「まだ分かりません。しかし、警邏側はその可能性が高いとみている様子です」

 警邏は隣人が言ったことももちろん、考慮しているのだろう。それだけでなく、獣人が犯人であるならば、人族が相手するのは分が悪い。向こうは縦横無尽に動き回る。だから、獣人の冒険者を頼ったのだ。


 リス緒は子供が犯人、あるいは犯行の手口に使われたとは言わなかった。秘匿しているのか、それとも知らないのか。どちらにせよ、警邏はすでに掴んでいるだろう。

「ありがとう。またなにかあったら、教えてね」

 

 にゃん太は困難な環境にある子供たちが少しでも減るようにと、<吸臭石>を作り出した。そして、その収益を寄付している。素材などの経費を差し引いた金額ではあるが、工房の面々に一時的に忙しくなったことを謝罪したと聞いた。その報酬の代わりとして、楽しい催しをしたのだという。


 そんなにゃん太が子供が悪事を働いたと聞いたらどんな気持ちになるだろうか。自分のやることは無駄なのかと落胆するだろうか。それとも、自分はやるだけのことはやったと思うだろうか。まだ救いの手は行き届いていないのだと奮い立つだろうか。あるいは、こんなにしてやったのに、なんてことをするのだと憤るだろうか。


 もちろん、まだ獣人の子供が犯人だと決まったことではない。

 それでも、カン七は不安に駆られた。どれほど真心を持って接しても、それがそのまま受け取られることがないことはままあるのだ。知能ある者は自身の考えを持つからこそ、自分の見たいように事象を捉える。

 その現実を目の当たりにしたとき、猫の錬金術師はどうするのだろうか。




<パンジャ>に関する規制、制限速度や特に小柄な種族以外は街中での使用をしない(緊急時をはぶく)、などといったものが整備され、往来でも使用者を見かけるようになった。

 そこで、ハム助も<パンジャ>に乗ってでかけてみようとなった。みい子を誘ってみたが、たま絵に料理を習うのだと断られた。勇気を振り絞ったにゃん太は、落胆のあまり、どこか狭いところに入り込みたくなった。

「ぎゅうぎゅうに詰め込まれたい」

 自分の体温、柔らかい毛並みにうずもれて安心したい。


「ほら、早く行こうぜ」

 市場へ行くと言えば、ケン太もいっしょについて来ることになった。

「ハム助さん、今まで給金を使う暇もなかったんじゃないの?」

 そう言うケン太も、忙しさゆえの、久々の市場を楽しみにしている。


「ほとんど外に出ませんでしたからねえ。でも、今日を皮切りに、あちこち行ってみようと思います」

 連れ立って道を歩きながら、ハム助はしきりに周囲を見渡す。

「ハム助さんの<パンジャ>の使いこなしぶりなら大丈夫そうだな。でも、人通りのないところや治安の悪いところは行かないでくれよ」


<パンジャ>は使用素材が高価なものだから、高額になることが最初から分かっていた。そういった魔道具は登録番号が魔力によって刻印されている。販売時にその登録番号と所有者を紐づける。それによって、盗難に遭った際、所有者が判明する。また、アルルーンの素材を使用していることから、ある程度の追跡が可能になるように設計されている。

 そこまでしていても、高価な魔道具は窃盗の対象となるのだ。海外へ売り飛ばされることもままある。


 そう言うにゃん太はじいちゃんの大容量かばんを持って来ている。こちらもとんでもない性能を持つ魔道具だ。市場に行くと言ったら、たま絵からあれこれ買ってくるよう指示を受けたのだ。工房のみんなの食事の材料となるのだから、拒否権はない。ふつうのかばんに擬装されているが、あまり一度に大量に買わないように気を付けなければならない。


 市場は広場に定期的に立つ。とはいっても、頻繁に立つ上、合間を縫ってなにかの催しがあるので広場が静まる日は少ない。広場は大通りの途中にあり、周囲を高い建物が囲んでいる。


 色とりどりの布を棒で支え、日よけにしている店が並ぶ。その下に果物、野菜、木の実、植物の苗、香辛料といった様々な物品がたくさん詰め込まれている。人族も獣人も雑多に入り混じる。売り手も買い手も、売買に夢中だ。種の相違なんて、日々の営みの前では小さなものだ。牛族も羊族も肉屋に訪れる。そこには牛肉も羊肉も売られている。彼らはそれを買わないけれど、他の客が買って行くのに文句をつけることはない。


「わあ、人が多いですねえ」

 言いつつ、ハム助は少しばかりテーブルを上に移動させる。<パンジャ>を使う者が他にもおり、ハム助と目が合うと、会釈する。

「良いですねえ」


 ティーア市に来る前にいた場所では、同じ小動物同士、助け合うこともあれば、自分が逃げるために脅威の盾にすることもあった。見ず知らずの者とこんなに穏やかになにげない挨拶をし合うようになるなど、考えもつかないことだ。


 一方、にゃん太もケン太もなんだか嬉しくなった。自分たちが作った魔道具を使って便利さを実感してくれている者を目の当たりにした。ハム助やフェレひとが使っているのを見てきたが、赤の他人が使っているというのは別の感慨がある。小柄な種族もああやってどんどん活動的になっているのかもしれない、なんていう想像をすると、わくわくしてくる。


「ティーア市は陸からも運河からもいろんなものが運ばれてくるんだ」

「織物の市だってのに、食べ物が隅に売られていたりするしな」

「そういうときに売られている苗が珍しいものだったりするんだよな」

 にゃん太とケン太が交互に話し合う。ふたりとも、久々の市に浮き浮きしている。


「カン七さんもいっしょに来ればいろいろ教えてもらえたのになあ」

「仕入れのために、植えられている畑にまで見に行っていたくらいだから、苗の段階から薬草に詳しいものな」

 ケン太がぼやくと、にゃん太が感心する。外国から入って来た見たことのない苗などは、本物かどうか判別がつかない。売り手の言われるがままである。ここ最近、アルルーンに頼り切りだったことを痛感する。流石にアルルーンは市場に連れて来ることができない。


「錬金術素材一覧を持って来ればよかったかなあ」

「今日はゆっくり見て回って、今度カン七さんの都合が合う時にまた来ましょうよ」

「そうだな。そのときは姉ちゃんも誘って、」

 そうしたら、たま絵から料理を習うこともないみい子もいっしょに来るかもしれない。


「にゃん太はあれだな、もういっそ、なにかにかこつけて誘うんじゃなくて、「デートしよう」って言った方が早いんじゃないか?」

「そ、そんなこと!」

 それができていればこんなにぐずぐずしていない。


「あれ、フェレ人さんじゃないか? ほら、<パンジャ>に乗っている獣人」

 ケン太はにゃん太がごまかすために言ったと思ったようだが、実際、そこにはフェレ人がいた。


「フェレ人さん!」

 にゃん太はこれ幸いとフェレ人に声を掛ける。

「にゃん太さん。ケン太さんにハム助さんも。みんなでお買い物ですか?」

 みんなで買い物、というフレーズに、うっとにゃん太が返答に詰まる。ケン太がにやにやする。


「そうなんです。工房の他の面々はそれぞれ用事があって。フェレ人さんもお買い物ですか?」

 問うハム助に、フェレ人は冒険者稼業に使う用品を補充するためにやって来たのだという。

「そっかあ。いっしょに回れないかなと思ったんだけれど、邪魔しちゃあ悪いよな」

「大体、買いそろえたので、大丈夫ですよ」

「ちょうど良い。いっしょにぶらぶらしようぜ! たまには友だちとのんびりするのも良いよなあ」

 ケン太もここ最近の忙しさから解放されてうきうきと周囲を見回す。多様な種類の獣人族や、肌や髪の色が様々な人族が歩き、ユール国や外国のいろんな商品が並んでいる。明るく自由で雑多で、目まぐるしい。


「友だちとのんびり。良いですね」

 フェレ人がにっこりする。フェレ人からしてみれば、今までの行動方針は「生きるため」だった。冒険者となったのも、依頼を遂行すればすぐに金銭が得られるからだ。そして、討伐依頼を受けるために必須品である武器を手に入れ、その借金を返すために冒険者稼業に明け暮れた。四肢が短く身体が長いフェレット族に合わせた武器であったがために特殊な者となったから、高額となった。そのため金銭を稼ぐ必要があった。

 生きるために冒険者になったのに、借金を背負うことになる。冒険者は手っ取り早く稼ぐ職業のように思われがちだが、なんにでも落とし穴がある。魔獣とやり合うには武器が必要なのだ。


 それでも、フェレ人はまだ恵まれている。フェレット族の身体的弱点を補完しようと、素晴らしい才能の持ち主たちが協力し合って魔道具を発明してくれた。<パンジャ>はハム助だけでなく、フェレ人をも不自由から解放していたのだ。





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