26.窃盗犯4
市場の賑やかさは子供に好まれる。お金を持っていなくて買うことができなくても、好奇心を満たすことはできる。時折、歓声を上げて駆けて行く子供の一団がある。人族、獣人族関係なく、元気いっぱいである。
そんな獣人の子供たちの一群がフェレ人を見つける。
「あ、冒険者のお兄ちゃん!」
「今日は<パンジャ>やらないの?」
「軽業を見せてくれよう」
「<パンジャ>の軽業!」
わらわらとフェレ人の近くに集まって来る。
「おお、大人気だな!」
「<パンジャ>の軽業?」
ケン太が破願し、その隣でにゃん太が首を傾げ、ハム助は自身の<パンジャ>に目を付けた子供たちが近寄って来るものだから、そっと移動してケン太の影に隠れる。子供というのはときに無遠慮で衝動的だ。そして、直情的に行動することから、<パンジャ>に触れられないように距離を取ったのだ。
フェレ人はたまに市で獣人の子供たちに<パンジャ>を使った軽業を披露していたのだという。子供たちはそれを見せてくれとせがんだ。
「今日は用事があるから、」
「「「えぇー!!」」」
フェレ人が断ると、とたんに残念そうな声が上がる。その声は子供たちだけのものではなかった。フェレ人が目を丸くしてケン太を見る。
「俺も見たかったあ! 今度やるときには教えてくれよ」
「俺も<パンジャ>を使ってどんな風に曲芸としているのか、見てみたいな」
ケン太だけでなく、にゃん太までがそんな風に言うものだから、「じゃあ、ちょっとだけ」とフェレ人が頷いた。にゃん太は冒険者稼業だけでなく、いろんな<パンジャ>の使い方を見てみたいのだろうと分かったから、そういうことならと請け負った。
「「「やったあ!」」」
さっそく、子供たちに促されて、市場の空いたスペースに移動する。
「どこも込み合っていると思いましたが、こんなところもあるんですねえ」
「ああ、馬車や荷車から荷降ろしをする場所なんだよ」
ハム助が<パンジャ>で滑らかに進み出て周囲を見渡すのに、にゃん太が答える。
「それで、市が開いている時間は空いているんですね」
「もうちょっとしたら、屋台で買って来た食べ物をこういう場所で食べ始めるんだ。そら、子供たちが脇に移動させている空き箱、ああいうのをテーブルや椅子がわりにするんだよ」
ケン太の説明に、ハム助はなるほど上手くできているのだな、と得心する。
ティーア市の広場は広く、その一角にぽっかり空いた空き地はそれなりの空間があった。フェレ人はそこを縦横無尽に走り回り、パンタグラフ式ジャッキを伸び縮みさせ、テーブルの上から高く跳びあがり、タイミングを合わせて走って来るパンジャに着地する。
「「「わあっ!!」」」
子供たちから歓声が上がり、拍手が起こる。見れば、獣人族人族関係なく、また、老若男女が人垣を作っている。市のような場所では財布のひもが緩みがちになるため、大道芸や楽器の演奏を披露して小銭を稼ぐ者を見かける。
街中で見られるようになった最新魔道具を用いた芸は見事であった。フェレ人は伸縮するテーブルの上で逆立ちしたり、小刻みに何度もちいさな宙返りを繰り返す。
その度に歓声と拍手が沸き起こる。
「すごいなあ。すごい体幹!」
「うん。ジャンプの飛距離と<パンジャ>の走る速度とを完全に読み切っている」
「ジャッキの伸縮もホイールの右折左折も自在ですね」
ケン太が両前足をさかんに叩きながら感心し、にゃん太とハム助がフェレ人の動きと<パンジャ>の操作を冷静に読み取る。
と、フェレ人は人垣の内側ぎりぎりで<パンジャ>を静止させる。
なにごとか、という緊張感がただよう。フェレ人はひと言も発することなく、するりと<パンジャ>を発進させる。
どんどん加速し、あわや、子供たちが積み上げた空箱に激突する、というところで、くっ、と前輪を上げ、後輪だけで走った。ギャリギャリッとホイールが音をたてる。すぐさま、ガガッという音とともに前輪は空箱の上を走って行く。そう、段差ができた空箱を、フェレ人が乗った<パンジャ>は乗り上げるようにして走る。
と、思う間もなく、<パンジャ>が空を駆ける。フェレ人は<パンジャ>ごと宙返りをした。
「「「おお~~」」」
観衆らはそろって顎を上げ、<パンジャ>の軌跡を目で追いかける。
ジャッとホイールをきしませ、フェレ人は着地し、するりと人垣の中央に止まった。そこでお辞儀をする。
「「「わあっ!!」」」
とたんに、ひと際高い歓声と惜しみない拍手が送られる。
「格好良い!」
「可愛い!」
「すっげー、あんなに高く跳べるなんて!」
大人気である。フェレ人に芸をせがんだ獣人の子供たちはその場で何度もジャンプして興奮しきりである。
そんな獣人の子供たちの一角にあの狐族の子供とパンダ族の子供もいた。
「あれ、あの子たち」
「ああ、こないだうちに来た」
ハム助の声にその視線をたどったにゃん太も気づく。
「怪我したっていう子供らか?」
その日の夕食時に聞いた話をケン太が思い出したのと同時に、狐族とパンダ族の子供もこちらを見た。正確には、ハム助が乗った<パンジャ>に気を取られる。今見た素晴らしい芸をしたのと同じ魔道具である。
「あ、あのハムスター族の」
「猫の錬金術師さん!」
「「<しゅわしゅわレモン>の!」」
まだ四肢は短く、ふたりは転がるようにして近づいて来る。
「「こんにちは!」」
「はい、こんにちは」
「ふたりとも、今日はお使いに来たのか?」
口を揃えて挨拶するのに、ハム助が目を細め、にゃん太がたずねる。ケン太は初見であり、すぐに別れるのなら名乗る必要もないだろうと黙って眺めることにする。
「ううん。ここに来たら、たまにおやつをもらえるから」
「ときどき仕事をさせてもらえるから」
無邪気かつ正直に答えるパンダ族の子を突いた狐族の子供が言い直す。
「ふうん。じゃあ、俺たちも仕事を頼もうかな」
にゃん太は市場の案内を頼むことにした。つい先ほど、目的なく回ろうと言い合っていたところだ。
「いいよ!」
「猫の錬金術師さんたちはなにを探しに来たの?」
ぱっとふたりは表情を明るくした。仕事がもらえるチャンス到来だ。
「そうだなあ、」
にゃん太がケン太とハム助に視線を移すと前者が口を開く。
「なにか珍しい植物の苗が売っていないか? できれば、信用できる者が売っているところ」
「ううん」
「苗だったら、こっち!」
パンダ族の子供は「信用できる」という点に頭をひねり、狐族の子はとにかく苗を売っている店に連れて行こうと早々と歩き始める。そして、ついて来ているかどうか確認するために振り返る。
「前を見て歩かないと危ないですよ」
「「はあい」」
子供がよく言われる注意だが、<パンジャ>を操るハム助には素直に返事をする。
たちの悪い者なら、店からも金銭を得て、そこへ連れて行こうとするだろう。どこへ行きたいかと聞いて相手の希望を叶えようというところが子供ながら良心的だ。
「お待たせしました」
にゃん太たちが異動しようとしているのに気づいたフェレ人が、自分を取り囲む獣人の子供たちから別れて近づいて来る。
「フェレ人さん、すごいな!」
「お疲れ様です。素晴らしかったですよ」
「うん、<パンジャ>を使いこなしていた」
手放しの称賛に、フェレ人が照れる。
「ね、ねえ、猫の錬金術師さんたちって、そのフェレット族の獣人と知り合いなの?」
先行していた狐族の子供が戻って来ておずおずと尋ねる。パンダ族の子供に至ってはぽかんと口を開けて固まっている。そんな子供たちの反応を他所に、ケン太があっけらかんと言う。
「そうだぞ。この獣人もいっしょに行くからな!」
その傍らでハム助がフェレ人に、以前、工房で怪我の治療をしてやった子供たちで、市を案内してもらうのだと話す。
「よろしくな」
フェレ人が言うと、子供ふたりはほほを紅潮させて目を輝かせる。
「あ、あの!」
「うん?」
パンダ族の子供が勢い込んで言うのに、フェレ人が小首を傾げる。正面から見れば半円の耳、丸い顔の角度が変わって可愛い。
「握手してください!」
言って、パンダ族の子供はカチコチの角ばった動きで片前足を差し出す。のんびりしたいつもの動きとは全く違う。
「お、おい、失礼だぞ!」
狐族の子供がパンダ族の子供を突く。
「構わないよ」
言って、フェレ人は<パンジャ>を滑るように進ませてパンダ族の子供の突きだしたままの片前足を握った。
「わあ! 小さい!」
そう、種族の違いから、フェレ人はパンダ族の子供の大きさとそう変わらない。
「あ、あの、」
狐族の子供がもじもじするのに、フェレ人はこちらとも握手をした。
「本当に小さい。この両前足二本に、それぞれ武器を持つなんて」
「へえ、フェレ人さんは双剣遣いなのか。君、良く知っているなあ」
握手し終えた自身の片前足をじっと見下ろす狐族の子供に、ケン太が感心する。
「フェ、フェレ人さんは今、注目の冒険者で、」
「そうそう! いつかあのにい也さんにも並ぶって言われているんだぞ!」
狐族の子供が握手した方の片前足を別の前足で胸の前で抱き締め、パンダ族の子供は興奮して言い募る。
「父ちゃん、ここで名前を出されるくらいすごいんだなあ」
にゃん太はこっそりつぶやいた。
「子供たちに人気の冒険者が<パンジャ>を使っているなんて、素晴らしい広告塔ですねえ」
「そんな、俺の方こそ、感謝しているんです。メンテナンスも頻繁にしてくれるし」
「改良を重ねるためのテスターも兼ねているんだから、気にする必要はないぜ」
ハム助が目を細め、フェレ人は恐縮し、ケン太がからりと笑う。
にゃん太たちは子供たちに案内された店であれこれ話し込んでいくつかの苗を買う。その他、ああだこうだ言いながら市場を回った。フェレ人もいつもとは違う楽しみ方を満喫した。
「ありがとうな。助かったよ。ほら、これ報酬だ」
「やった!」
「ありがとう!」
にゃん太は前金を要求されることもなければ、価格も前もって聞いていなかったことに遅まきながら気づく。こういった相場も知らないから、小銭を適当に出したところ、子供たちは喜んだ。
「ちょっと小腹がすいたのですが、すぐに食べられるような屋台などは出ていないですか?」
先ほどフェレ人が芸を見せた空き地では、食事も楽しむのだと聞いたことを思い出したハム助が子供たちに尋ねる。
ハム助の言葉に、にゃん太たちはその意図を悟る。そんなことはあずかり知らぬ子供たちは「こっち!」と駆けて行く。市場に慣れている様子で、人通りを上手に避けて進む。
甘い香りや香ばしいが漂ってきて、彼らが市場のどこになんの店があるのか分かっていることを知る。
「あ、なんだか、俺もお腹が空いて来た」
「美味しそうな匂いって空腹を誘いますよね」
にゃん太の独り言を、フェレ人が拾う。ふたりで顔を見あわせて笑う。なんてことがないことを、時間を、共有しているのが楽しい。市場で見るものについて言い合う感想が面白い。
「お勧めの店はありますか?」
「あれ! あの串焼き、すっごく美味しそう!」
「あとはあの果物のジュースも!」
案の定、ハム助は自分の分の他、子供たちのものも買い求めた。にゃん太やケン太、フェレ人の分も買おうとするものだから、ふたりは「三分割して払おう」と言った。
「俺も払いますよ」
「さっきの芸の見物料だよ」
「そうそう。俺たちはあの場で払っていなかったからさ」
「フェレ人さんも食べたいものがあったら言ってくださいね」
口々に言われて、フェレ人はごちそうになることにした。それまでも、金銭を受け取ることもあったが、食べ物を見物料としてもらうこともあった。
「これ、俺たちの?」
「食べてもいいの?」
「もちろん。ここまで連れて来てくれた報酬ですからね」
子供たちにハム助がにこやかにうなずく。子供たちはしきりに鼻をひくつかせ、目はしっかりと串焼きとジュースに釘付けだ。ちなみに、食事が終わった後、串とジュースの入った木彫りのカップはそれぞれの屋台に返却するようになっている。
「さっきの空き地に行こう」
「空箱をテーブルとイスにしよう」
串焼きを持つケン太に促されて、ふたりは大人しくついて行く。空き地では同じように考える者たちがちらほらいた。
大きな空き箱をテーブルに見立て、その周辺に小さな空き箱を人数分置いてめいめいが座る。
夢中でかぶりつく子供たちを見ていると、実に美味しそうに見える。にゃん太はふうふう息を吹きかけてから口をつけた。
「うん、美味い!」
「香辛料がきいていますねえ」
「にゃん太さん、やっぱり猫舌なんですね」
「俺、ちょっとパンも買ってくるわ」
あっという間に食べ終わったケン太は串焼きが呼び水となって食欲を刺激されたらしく、他の屋台へ向かう。
パンの他、焼き菓子も売っていて、子供らにも勧める。パンダ族の子がさっそく手を付けたが、狐族の子供は迷う素振りを見せた。
「なんだ? もう食べられないのか?」
「うん、ううん、あの、」
ケン太の問いに、前足でパンを掴んで困った表情を浮かべる。
「今、食べられないのなら、持って帰って食べても良いですよ?」
「い、いいの?」
ハム助の言葉に、狐族の子供が驚き半分、嬉しさ半分の顔をする。聞いていたパンダ族の子供も食べるのを止める。
先程、パンダ族の子供は「おやつをもらえることもある」から市場へ来るのだと言っていた。そういう場合は、その場で食べる。持ち帰ることはない。なぜなら、おやつを与える者は美味しそうに食べる姿を見たいからだ。自分がした行いが善行であると実感したいのだ。
「———あ、良いですか?」
ハム助がお金を出したケン太に確認を取る。
「もちろん、構わないさ」
ケン太は串焼きを包んでいた大きな葉にパンをいくつか入れて包む。器用なもので、茎をくるくると巻いて、包みが開かないように固定する。
「ほら、残りを食べちゃいな。君も、俺のを半分あげるよ」
にゃん太はパンダ族の子供に言い、自分のパンをちぎって、それを狐族の子供に差し出す。
「どうして、」
「あなたたちを待っている者たちがいるんでしょう?」
狐族の子供がにゃん太たちを見渡して戸惑うのに、ハム助がやさしく問う。
「案内は十分してもらったから、食べたら、パンが柔らかいうちに帰りな」
ケン太が言うのに、パンダ族の子供が残りのパンを頬張る。それを見て、狐族の子もにゃん太からパンを受け取って食べる。
フェレ人は一連の出来事を黙って眺めていた。
にゃん太たちは「大変だなあ」とか、「親はなにをやっている」とか、余計なことは話さず、子供たちを見送った。その後、たま絵から仰せつかった買い物をした後、購入した苗や<パンジャ>のことを話しながら帰路に就いた。
だから、みい子になにかお土産を買って帰ろうと思っていたことを、工房についてから思い出したにゃん太である。
「すっかり忘れていた!」
「にゃん太はそういうところがさあ、」
「なんだよ」
さて、フェレ人は夕食に誘われ、ありがたくご馳走になることにした。なんだか、にゃん太たちと離れがたい気持ちになっていた。
自分に羊彦が救いの手を差し伸べてくれたように、にゃん太たちが同じようなことをしているのを目の当たりにした。いや、にゃん太たちは以前からそうしていた。<吸臭石>の売り上げを寄付したり、小柄な獣人たちを困難から解放するために<パンジャ>を発明した。
すごいことだ。
自分にはなにができるだろう。
フェレ人もたくさん助けられている。だったら、自分もなにかしたい。
にゃん太たちがすごいのは多くのものを救ったことだけではない。そうやって、救いの手を増やしていくことができる者でもあるのだ。
フェレ人を伴って工房へ帰ってきた面々のうち、ケン太はさっそく買って来た苗を畑に植えに行き、にゃん太とハム助は二台の<パンジャ>の消耗具合を比べた。
その日の夕食の席ではフェレ人がいたので控えていたカン七は、彼の帰宅を待ち、食後のお茶と共に仕入れてきた情報を伝えた。
「ここにも以前、獣人の子供が来たんでしょう?」
と話すのに、にゃん太たちは顔を見あわせてなんとも言えない心地になった。
市場でその獣人の子供たちに会ったことを言うと、カン七だけでなく、たま絵もみい子も考え込む。
「悪く思わないでね。それでも、アタシは警戒するに越したことはないと思うのよ」
「そうね。その子たちは良い子供たちだわ。でも、その周辺の大人が良心的かと言うとかならずしもそうではないわ」
「そういう子供たちを利用することも考えられますね」
知らず知らずのうちに犯罪に巻き込まれている可能性もある。だとすれば、彼らも被害者であるという。
女性たちは現実的だ。この場合、カン七もそちら側に含むとして。
「そうですね。悲しいことに、そうなんですよね」
以前いた場所で困窮していたハム助は、両前足の指を握り合せてそう言った。助け合い、自分たちができることを精いっぱいやって生きている子供たちを見て眩しく思った。そんな彼らを食い物にする者は、いつでもどこにでもいるのだ。
「でもさ、俺たちが発明した<吸臭石>はそんな子供たちの役に立っている」
みながケン太を見やる。視線が集まったことで少々言いにくそうに身じろぎする。
「俺、にゃん太が収益を寄付するって言い出したとき、驚いた。それで、単純にいいアイデアだと思った。今日、実際、精いっぱい生きている子供らを見て、やっぱり良いなあってあらためて感じたよ」
ケン太に、にゃん太もハム助も頷く。
まだ子供が犯人だと決まったわけでもなければ、ましてや、あの狐族とパンダ族の子供たちであるとは限らない。
自分たちができることをやれば良いのだ。
「そうねえ。じゃあ、がんばって品質の良い<吸臭石>を作って、じゃんじゃん売らなくちゃね!」
カン七が殊更明るく言い、みなに笑顔が戻った。




