第18.5話 ストーカー予備軍
今、私、村雨麟はストーカーのようなことをしている。
相手は紙雅千明。
ちなみに私の後ろや横にはいつもの2人と一柱がいる。
合計4人で後をつけている形だ。
ちなみに天納さんはいない。あいつは興味がないとバッサリと切って先に家に帰った。
私たちは学校から帰った後家に戻るわけではなくそこら辺の喫茶店へと入って、学校から出てくる紙雅を待っていた。
けれど一向に出てくる気配がなく、結局マラさんに頼んで彼の位置を調べて、彼のいる場所へと向かっている。
こんな事をしているのは朝の出来事があったからだ。
朝、彼が登校した時、彼は変わっていた。
元から変わっているふしはところどころに散りばめられていたが、ここまであからさまになるとは思いもしなかった。
彼が変わったのはその目だった。
いつも何を考えているのか掴みづらい目をしていたが、まさかカラコンを入れてくるだなんて。
彼はこちらを気にした様子もなくただただ自分の席へと座る。
私を含めて他の3人も声をかけられずにいた。
いつもの何気ない朝の挨拶、それができなかった。
しばらくしてから先生が来て朝のホームルームを始める。
全員に目を通した後、先生は誰にも気づかれないように目を細めて紙雅を見た。
やはり突然変わった目に何か思うところがあるのだろう。
そしてそのまま職員室へと連行されていった。
もしカラコンの類であるのならばお説教になりそうだ。
「え、あいつってカラコンとかするやつだったの?!」
「私もそんな風には見えませんでしたけど...」
「ねえ、もしかしてだけど彼、紙雅くん自身が目の変化に気づいてなかったりしないかい」
「?」
「どういうことですか?」
「つまりは彼自身の意思での変化ではない。だから彼自身も気づくことがない。って俺は考えたんだけど」
「確かにそれなら説明がつきそうね」
「ですけど、誰がどうやってやったんです?」
「それは...」
雲珠未さんの問いに答えを言える人はこの場にはいなかった。
確かに彼の目をあのようにしてしまう力と、気づかせない技術力が必要だ。
ましてやほぼ一緒にいるマラさんの視線もかいくぐらなければならない。
そんなのはどう考えても無理だろう。ただそれは彼が意図的にカラコンをしてきたということになるわけで。
万が一にもありえないと思いながらも現状はそう捉えるしかなかった。
そんなふうに考えている沈黙をしていた天納さんが置いていかれたマラさんに話しかける。
「マラさんは紙雅さんの目の変化に気づかなかったのですか?」
「気づいていたぞ」
「その上で放置を?」
「そうだ。カラコンとかではないが、あいつが知らないほうが何かと面白そうだと思ってな」
「ではカラコンではないと」
「なるほど。で、彼の目の色を変えたのには心当たりはあるんですか」
「ない。......が、一つ気になることはあったぞ」
「気になること、ですか」
「ああ、何故か途中立ち止まって裏路地を見てたんだ」
「確かにそれは気になりますね」
扉の近くで喋っている天納さんとマラさんの声は窓側で話していた私たちの元まで聞こえてくる。
席順を見ればしかたがないことではあるが、グループで話していて知りたいことを個人でフラッと聞けるのは才能ではあると思う。
そしてそれと同様に個人で聞いてそのまま自分の席に戻った天納さんはグループで話し合う気はないのだろう。
だいたい、いま職員室にいる彼がいないときはいつもこんな感じだ。
長い前髪とメガネのせいで表情もわかりにくい。
話しても態度は冷たい。けど、対立することはあれどたまに息があったりもする。
正直、この中で一番不思議なクラスメイト、もとい同居人だ。
「ねぇ、天納さんもこっちに来て話さないか。そっちは廊下側だから寒いだろ。こっちは窓側だけど二重になっていてヒーターもある」
マラさんと話し終えたのを見て白抜井くんは誘う。
誘ってもあまりこちらに来なさそうではあるが、一応形式上でも誘っておいたほうがいいのかもしれない。
「いいえ、結構です。好奇心で首を突っ込むほどの命は持っていないので」
「そうかい」
短い会話だったが明確に拒絶の意を示してきた。
彼女の中で私達と彼の違いは何なのだろうか。
と思いつつ、彼女はもう少し社交的になったほうがいいとも感じた。
まだこのクラスは5人だから大丈夫だとは思うが、あのスタンスで行けばあまり大衆には好まれないだろう。嫌がらせも受けるかもしれない。
そんな事を考えていると紙雅さんと先生が戻ってきて授業が始まった。
放課後、今日の授業が全て終わって、体をほぐすために伸びをしているとふいに雲珠未さんから声をかけられた。
「あの、良かったらこのあと、その...紙雅さんに目のことを聞いてみませんか」
「え、」
周囲に目を向けても紙雅は幸いいない。トイレにでも行ったのだろうか。
そして今いない状況だからこそ話しかけに来ている。
「隣の席の天納さんにも声をかけたんですけど断られてしまって」
「でしょうね」
まぁ、彼女なら十中八九断るだろう。逆にそれでも話しかけた雲珠未さんを褒めたい。
そう思いながら肯定の意を示すと、朝日を迎えたアサガオのように顔に光を灯す。
「あ、ちなみにこれからマラさんと白抜井さんも誘う予定です」
「どっちも参加してくれそうね」
「はい」
そのままつまずくこともなくこの後、紙雅本人に今日の出来事を聞く事になった。
しかし、私は思い違いをしていた。
話を彼から聞くことが出来るものだと。
そもそも本人に話を聞くということも何も言っていないことを。
私達が彼に声をかけようとした時、彼はすでに教室にはいなかった。
「マラさんを置いて何処かに行くだなんて珍しいわね」
「あいつ、放課後は用事ができたから先に帰ってろ、と言ってな」
「この後何かあるのかしら」
「心の中を呼んだら博田の奴となにかするらしいぞ」
「博田...あぁ、先生か。え、2人で」
「2人で、ですか」
「ああ」
会って3日の先生と2人で何かをする。
文字起こしをしなくても伝わるこの異常さは理解してくれる人ならわかるだろう。
カラコンのことなら取って説教をして終わりだと思うが、2人で行動をするというのは先生とどんな関係なのか聞き出さなくてはならない。
そう思い彼を呼び出そうとしたら、もうすでに教室にはいなかった。
そしてバックもなく、ただそこには机と椅子しか残っていなかった。
放課後、何かをするとは言っていたが忘れてしまったのかもしれない。
それで、一足先に帰ったのかと思い急いで準備をして下へ降りると、探していた人物、ではなく天納さんがいた。
内靴を脱いで下駄箱に入れて、外靴を取り出している。
「すまない、紙雅くんがどこにいるかわかるかい」
「彼ならさっき2階の図書室前にいましたよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
私も軽くお辞儀してマラさんもお礼を言う。
そして皆で2階に向かおうとして方向転換をした時、天納さんが呟いた。
「これはあくまで独り言ですが、自分たちの好奇心で人のプライバシーに関わる問題をあれこれ聞いたり調べたりするのは良くないと思いますよ」
私達が彼女を見返すと、すでに靴を履いて昇降口を出ようとしている。
彼女がたまに見せるこのお高くとまった雰囲気が私は嫌いだ。
「知る権利よ」
意味は違うと思うが、大きな声でそう捨て台詞を吐いて図書室へと向かう。
結局、図書室にも彼の姿、形、影すらもなかった。
避けられている。そう言葉が頭の中をよぎったが彼がそんな事をする理由というのが全く見つからない。
「疲れました」
「そうね」
「ちょっと休もうか。確か近くに喫茶店があったはずだからそこで休んで彼が校門から出てくるのを待っていよう」
「なんか、お前らってやってることって、刑事ドラマの刑事みたいだな」
「いつの時代のドラマを見てるのよ」
マラさんの言葉にツッコミを入れながら1階へと戻る。
全員が階段を降り終わった時、夕日の光で影となってよく見えないが紙雅のような人影が見えた。
私も含め他の3人が声をかけようとした時、ふと下駄箱で天納が言った一行がフラッシュバックをする。
その数秒の思考停止が凶と出て、その人影は角へと曲がってしまい姿が見えなくなってしまった。
喫茶店にて学校から紙雅が出てくるまで皆で話し合いながら外を観察する。
そんな事を30分ほどしていると、突然白抜井くんが立ち上がった。
「今、先生の車に乗った紙雅くんがいた」
「え、それは本当か!」
マラさんが椅子から急に飛び出して喫茶店の外へと行ってしまう。
忘れていたがマラさんは迦微であるので彼女の意思で姿を見せようとしない限り一般人には見えないのだ。
財布を取り出して大雑把に全員分のお金をレジに支払う。
お釣りはもらうがレシートのことは無視して外へと出た。
普通に走っても追いつけないことを理解しながらも走り出す。
私の主である神様はヘカテー。ギリシャ神話に登場する、遠くまで力の及ぶ者とも訳される存在だ。そんなヘカテーは魔術を司るという。
つまりは自分に魔術をかけることが出来る。今はまだ発展途上で自分にしかかけれず放出や他の力を使うことはできないが、これだけでも便利だ。
音速に到達しないよう調整をしながら先に向かっていった3人に追いつく。
驚愕されながらも車の特徴を聞く。
「どんな車?」
「黒のミニバン、後マラさんが紙雅くんの場所わかるらしい」
「大まかだがな」
「そう、それじゃあちょっと乱暴するわよ」
そう言って私は雲珠未さんを背負ってマラさんの腕を掴むと再びギアを戻して走り出す。
「ちょっ、はや!」
すぐに白抜井くんの声が聞き取りづらくなるまで距離を離すとナビゲーターをマラさんに頼む。
結果、車はマラさんが言っていた裏路地の数メートル前で止まった。
あの速度を出してバレていないといいが、物陰へと隠れる。
すると2人は奥へと進み、やがて鳥居のあるこじんまりとしたお屋敷があった。
明らかに歓迎をされていない空気が漂っている。黒猫がこちらを見ており、あまり歩いていないはずの雲珠未さんの靴の紐がほどけた。
それに細かいかもしれないが苔が不揃いに生えていて地面が2人から分けるかのように割れている。
あの二人はどうなのかと見ると雲に隠れた太陽から光が注がれている。
先生が胸ポケットから何かを取り出したあと、2人は鳥居をくぐり目の前から姿を忽然と消してしまった。
その数十分後に白抜井くんが到着して状況を説明する。
「はぁ、はぁ、はぁ、はやいって、...あっ、が、はぁ」
「意外と早いじゃない。多分3キロはあったわよ」
「そりゃ、はぁ、はぁ、陸上部だったからね」
意外なことを知りながらも揃った4人で鳥居周りを散策する。
けれど何の手がかりもないので最終的に鳥居をくぐることにした。
「じゃぁ、まずは俺から行くよ」
そう言って白抜井さんが鳥居をくぐる。
しかし、何も起こらなかった。
いや違う。
白抜井くんも今朝の紙雅くんと同じように目の色が変わっていた。オレンジ色に。
色が対象的なのは...人間性だろうか。
全員試しても結果は変わらずあの2人のようにはならない。
そして、目の色が変わったのも白抜井くんだけだった。
やはり歓迎をされていないのだろう。それに少し危険だ。
原因不明で男性のみ目の色が変わりオッドアイになる。
これは...もう家に帰るしかないようだ。
頼みの綱である先生も今は紙雅くんと一緒で、どこに消えたのかわからない。
それに、時間はまだあるが、3月。日が落ちるのにはまだ時間がありそうだが、如何せん寒い。
今頃、天納さんは家でゴロゴロでもしているのだろうか。
何の成果も得られず肩を落として家へと帰ると優しい香りが家中に漂っていた。
料理姿の天納さんが廊下から顔を覗かせて、
「おかえりなさい。シチューできてます」
私以外は疲れているのと、絶叫を体験したからか声を出せないでいるが、生気は取り戻してきているようだ。
「ありがとう。ただいま」
結局、あの目の謎は聞けなかったし解けもしなかったが、ある意味楽しい一日ではあった。
そう思いながら私達はテーブルに乗っているシチューに手を付けた。
「自分のことより他人のこと、ある意味みな人間らしい。彼以外は」
彼女が陰ながら発した言葉はお腹が空いている私達の耳には届かなかった。




