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第1話 不気味な迦微との出会い

最初に話しておこう。


 この世界では神と人が共存している。


 神は人に力を与え眷属とし、人は神に対して信仰を捧げる。


 信仰の廃れた神は徐々に力を失い、存在が消えてしまう。


 有名であればあるほど神の持つ力は増大する。


 


 これは世界の命運をかけた物語でもないし、甘酸っぱい恋愛物でもない。ひねくれた迦微とニヒリストの非日常を描いたそんな物語だ。

これは幼い時の記憶。


 自分は木々に囲まれた神社で、ただ何をするわけでもなくその光景をじっと眺めていた。



「おい、早くボール取ってこいよ」


「これが終わったら虫取りしよーぜ」



 子供七人の集団が神社で遊んでいる。自分はその和の中には居らず、外れた樹齢五百年ほどの木に寄りかかっていた。今こうして考えると、神社という神聖な場所で遊ぶというのは罰当たりのような気もするが。


 如何せんその神社は寂れていた。屋根を支える柱は苔が生えていたり、とこどころが虫に食われている。


 子供は皆であちらへ行ったりこちらに戻ってきたりを繰り返している。たまに言い合いにもなっていた。その同年代の子供を自分はただただ見つめている。別に和の中に入りたいだとか、羨ましいだとか、五月蝿いだとか、邪魔だとかという感情は一切湧き上がってこない。言うならば自分は背景と同化している。木のシミのようなものとしてそこに居た。


 遊ぶ同学年を呆然としながら見ていると、遊びが変わっていることに気付いた。先程まではサッカーをしていたようだが、今はどこに虫がいるのだろうと捜索をしている。



「あ、」



 流石子供というべきか、遊んだものは無惨に神社の参道へと散らばっていた。このまま放置をしていれば参拝客や神様の邪魔になるだろう。放置をするか、自分が片付けるか迷ったが、結局は邪魔にならない程度に脇へと避けておくことにした。依然と


して他の子供達は体を使いながら遊び呆けている。



「あー、この虫なんだ?」



 声がした方に顔を向けると、そこには蝿がいた。常人なら誰でも知っている蝿である。しかし、子供たちは知らなかったようで、それを蝿とすることができていなかった。おそらく奇妙な虫程度に認識していたのだろう。



「これ潰そうぜ」



 子どもの和の中で、やんちゃ者の一人がそんな事を口にする。すると他の子供達も目をらんらんとした獲物を狩るような目に変化した。目を見るに、そこには一切の悪意やら加虐心は感じられない。純粋に興味がなくなり、せめてもの遊びとしてそうなったのだろう。よく見るとその蝿は弱々しく空を舞いながら必死にその場から逃げようと羽を忙しく羽ばたかせている。蝿にも自分を取り囲んでいる子供達のしようとしていることが解ったのだろう。



「誰かこいつ抑えとけよ、俺のキックで踏んづけるから」



 そういった子供が少し後ろへとさがる。他の子は虫取り網で蝿を捕まえて逃げないようにと隙間がないように地面へと縁を押し付けている。そうして思い切り足を振り上げるとガムシャラに足を振り下げる。


 自分はただその光景を見るつもりだった。そのつもりだった。だが、結果は違った。



 「うぁ!」



 素っ頓狂な声を上げながら足を上げた子供は地面へと倒れ込む。その彼の周りにはサッカーボールがあり少し揺れ動いている。体は元の体勢から何かを蹴ったかのように足が前に出ている。そう、自分が蹴ったのだ。何故かはわからない。気付いた時には蹴っていた。



「おい、誰だよボール当てたやつ」


「お、俺じゃないぞ」


「僕も違う」


「あいつだよ」



 仲間割れの中から軽快な声と共に一本の指がこちらを指す。すると先程まで蝿を自分の欲求のままに痛めつけようといた全員が顔をこちらに向ける。自分にボールを当てた犯人が見つかったからか、いかにもガキ大将というふうの人物が顔を睨ませながら怒気をはらんだ声でこちらに語りかけてくる。



「お前が俺にボールを当てたのかよ」



 先程までは存在すら認知されていなかったというのに自分に害が出た瞬間に問い詰めてくる。それを関心を示しながら受け答えをする。



「そうですけど、何か」


「お前、俺が誰か解ってるのか」


「知りませんし、知る理由も見当たりません」


「なら教えてやるよ。俺は社長の息子なんだ。社長ってのは偉いんだぞ」



 そう言って彼は近づいてきて目前で手のひらを握りしめて拳を作る。



「つまりは何をやってもある程度は許されるってことだ」


「すごいですね。貴方に関する情報が一割り程度しか乗っていませんでしたよ。それに、貴方の親が社長というだけで貴方には何の特徴も無いのですね」


「お前、痛い目にあいたいのか。こっちは七人だぞ」



 事実を口にしただけだというのに彼の怒りに触れてしまったらしい。沸点が低いのか、プライドが高いのかは興味のかけらもないが、多分これから殴られるだろうということだけは理解できる。


 そんな事を呑気にも思っていると、案の定右から固く握った拳が飛んでくる。勿論避けることは叶わずきれいに顔に右のストレートが決まった。すると立て続けに左頬、右頬へと同じ痛みがほとばしる。そんな中、顔に伝わる痛みに耐え続けていると徐々に手数が増えていることが感覚として伝わってくる。一人、また一人とこのいじめ、なのかはよくわからないが、リンチに加わっている。危ないから閉じていた目を薄っすらと開けると、五人が拳や足を振り上げて顔、胴体、足へと暴行を加えてく


る。そうして、徐々に意識がぼんやりと引いていくのがわかった。



「おい、やっちまえ。もっと強くだ」



 最後に聞こえたのはそんな言葉でそこで意識はハサミに切られた糸のようにプツリと途絶えた。幸い手で頭と首を守ったためそれほどの重症を負うことは無かった。




 意識が戻って目を開けると、それと同時に痛みが体中に伝達された。蹴られた後だというのに痛みには残存性があるらしい。危険がないか周りを見渡すが、人っ子一人居らずこの場にいるのは薄汚れた自分だけとなっていた。景色は変わらず、ただ子供がいなくなったから嫌に静かに感じられる。先程まで、と言ってもどれほどの時間が経ったのかはわからないが、やはり子供の声は聞こえない。おおよそリンチに飽きて


他のことをしにこの境内から出ていったのだろう。



「いっっ」



 体の痛むところを手で擦りながら立ち上がると、不意に後ろからの視線を感じた。しかし、不思議に思い振り返っても誰も居らず、されど足跡があった。その足跡を辿ってみるとお社の後ろへとたどり着く。だがそこには何も誰もいない。足跡はそこで途切れており、煙のように足跡の続きが消えていた。



「ねぇ」



 突然、背中からそう声をかけられた。後ろには何の気配をも感じなかったというのに声がしたのだ。得体のしれない声の発生源に警戒心を持ちながら後ろ振り返る。


 するとそこには顔を紙で隠した人形の何かが立っていた。ここで人形のなにかと記述をするのは、雰囲気というか人から感じられるのものが無く、そのかわりに威圧感と神々しさを感じたためである。



「聞こえているでしょ」



 抑揚の少ない声で語りかけられる。見た目は古典の教科書でよく見るような中世日本の服を身にまとっていて、7つの点模様が一本の線で繋がれている。


 姿に魅了、惑わされているともう一度この場に声が響いた。その声は大きくはないのに何故かよく通る、流水のような声だった。



「聞こえていないの」


「...聞こえていますけど、知らない大人には口を聞くなと言われているので」


「そう。なら良かった。さっきは助けてくれてありがとう」


「さっき?」



 一度記憶を読み返してみるがこのような人物を助けた記憶などはない。助けたのはどこにでもいる蝿である。だがまるで目の前の人物はその蝿を自分だと言っているような話し方だった。



「あっているよ。私が先程踏み潰されそうになった蝿だ」


「......」


「どうしたんだ?」


「脳内で考えていることを読まれるのは初めてですので。それに蝿から人の形に姿を変えたと言っている人にはどう対処すれば良いのかと悩んでいるところです」


「確かにそんな事を言っている人間がいたら少し可笑しいな」


「そうです。貴方のことですよ」


 そう言うと目の前の自分つは目を、紙で顔を隠されてあるから素顔を見ることはできないけどパチパチとさせた。と思う。


「君には私が何に見えているのか聞いてもいいかい」


「端的に言えば変人、不審者です。他に合う言葉が見つからないので」


「そう思われていたんだね。残念だけど私は君の思うような存在じゃないよ」


「厨二病、ですか」


「厨二病?なんだそれは」


「ある種の不治の病みたいです。何故かかるのかは知りませんが」


「そうなのか。で、話を戻すが私は人ではない」



 脱線をした話を戻し本題に入る。


 周りの木々は風による揺らぎを止め、また風も止み周囲の音がかき消されたように静寂に包まれる。そうして彼女なのか彼なのかわからないが、目の前の人の体、服だが不可思議に風が通ったかのようにはためき始める。風は一度も吹いていない。



「私は迦微なんだよ」


「迦微、ですか。発音的に神とは違うんですか?」


「それは異国、おもに西洋の神々に対する読み方、発音だ。私は日本の迦微だからな」


「そうなんですか。それで、何の迦微なんですか」


「......」



 沈黙が続く。


 自分のことを自分で答えられない、ましてや役割を話すことができないとはあり得るだろうか。



「はぁ、自分のことを知らずに迦微と詠っているんですか」 


「いや、自分が迦微であることは確かなんだ。だが、信仰を失ってから名前も役目も記憶から消えたんだ。ただ自分が迦微であることだけを覚えている」


「信仰を失ってから力と記憶を失うまで時間がかかると聞きます。一体どれくらいの時間が経ったんですか」


「ざっと150年くらいだ。ここは分家だから私も分身体だろうな」


「本体と分身体でなにか違うんですか」


「何も変わらないな。ただ、信仰は廃れると分身体は消滅する。本体は天に昇るらしいが」


「なら、自分が分身体であることだけは覚えているんですね」


「そう...だな」


「自分が分身体であることに何かコンプクレックスでも?」



 明らかに気分が落ちたようで、肩を落としている迦微に対して理由を聞いてみる。聞いたとて励ます気はさらさら無いが、何なら蔑む自信すらある。



「それはあるさ。人が信仰をせずに、都合の良いときだけ願いを申し出てくる。迷惑なものだよ。こちらの要求は無視を決め込むくせに」


「それはコンプレックスではなく愚痴では」


「いや、そうなったとしても毎回願いを叶えてしまう自分に対して馬鹿だと言ってやりたいんだ」


「それはまた面倒の臭いことで」



 神、いや迦微だったか。そんな存在にも色々苦悩、人間らしい部分はあるらしい。信仰を糧にして存在しているからもしれないが。絶対的存在ではないことは解った。絶対的存在というのは恐らくキリスト、イスラム教的な考え方に近いのだろう。



「そういえば名前はなんて呼べば良いんです」


「名前か、そうだな。名前を覚えていればよかったんだが......」


「名前すらも思い出せないと」


「いや、まて。浮かんできた。...マラ――で頼む」


「マラさんですね。多分もう合うことは無いと思いますが記憶はしておきます」


 そう言い残してこの場を去ろうとする。しかし、両肩を強く捕まれ取り押さえられた。


「どうしてすぐに帰ろうとする」


「もう要は無いので。名前を聞いた時点で貴方は不審者から名前を知っている知人になったので」


「頼む。まだいかないでくれ」


「まだなにかようですか。お礼も言われましたし、日も落ちるので帰りたいのですが」



 気づけば太陽は遠くの山に身を三分の一ほど隠しており、周りにも夜の影が落ち始めていた。文字通りもうすぐで日が落ちて夜になる。ちょうど逢魔ヶ時とでも言うのだろうか。そんな言葉で言い表すのがちょうど合っているような時間帯だ。風も再び吹き始めて、昼の活発な鳥や虫たちの美声も徐々に薄くなり、夜行性のコオロギやらスズムシなどのまた違った安らぎを感じさせる音色が聞こえてくる。今帰ったとしても日が落ちきる前には帰れるだろう。今すぐに帰ることができればの話だが。



「要は要だが、その...な」


「何か言いづらいことでも」


「わ、私の眷属になってくれないか」


「.........は?」



 マラの言った事には理解できない。まず人間が神の眷属になれるのかとか、何故自分が神の眷属として選ばれたのかだ。この2つの疑問が頭の中で車のタイヤのように回転しており何も行動が取れないだ。


 この時、何もできないことによって自分の、僕の人生は大きく変わってしまった。


それこそ高校生の生活が通常と変わってしまうように。




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