未来へ
そして翌日。
ルートヴィッヒ王子は午後にエーレンフロイト邸にやって来た。
久しぶりに会う王子は少し痩せたようだったが、精悍さが増しますますかっこよくなっていた。
『眼福、眼福』
と内心思いながらソファーを勧め、お茶とお菓子を出した。
王子の訪問に屋敷の人間達は皆興味津々だが、ずらりと勢揃いして私を取り囲んでいるのも王子に対する不敬なので最低限の人員についてもらっている。だが、王子はしばらく世間話をした後
「二人で話がしたい。」
と言い出した。
と言われても「承知しました」というわけにはいかないのが貴族社会の厄介さだ。
結局アーベラとユリアの二人を残し、二人には壁際まで下がってもらった。
「ベッキーに確認したい事があるんだ。」
「はい。何でしょうか?」
「君は『稀人』なのか?」
「・・・・。」
答えにくい質問だ。
この時私は二つの事を考えていた。
エリーゼ様、王子にその話してないんだ。
王子とエリーゼ様は従兄弟同士でとっても仲良しだ。一周目ではエリーゼ様が王子の愛人だという噂もあったくらいだ。だけどエリーゼ様は時間を巻き戻した時まだ『清らかな乙女』だったと自分で自分の事を言っていた。
20代後半を『乙女』と呼ぶかの論議はまた別にするとして、とにかく『愛人』云々はデマだったって事だ。
二周目でもエリーゼ様は『稀人』の話を言いふらしたりせず、黙っていてくれているらしい。
口の固い方だ。とても誠実な方なのだ。
もう一つ考えたのは、もし私が稀人だとしたら異世界から迷い込んで来た人間という事になるから、エーレンフロイト家の実子ではないという事になってしまう。それは重要な問題だよね〜。
という事だった。
婚約するかしないか?という問題を前にこれは重要な情報だ。王子としては確認しておかないわけにはいかないだろう。
まあ、別にもう隠す事でもないのだけどね。この部屋の中にいるユリアとアーベラはもう知っているのだし。
というわけで、私は先日エリーゼにした話をそのまま繰り返した。
王子は少しぽかんとしているようだった。私みたいなケースは珍しいのかもしれない。もしくは、そういう人がいたとしても誰にも信じてもらえない。と思ってひた隠しにしているかだろう。
だって、私だってジーク様の昔話を聞いた時は「本当かなー」と一瞬疑ったのだ。私の日本時代の話だって信じられない人には絶対信じられないだろう。むしろそちらが正常だ。だから答えにくかったのだ。
だけど、王子は真剣な顔をして最後まで話を聞いてくれた。そして
「すごいな。」
と言ってくれた。正直嬉しかった。
「ベッキーは・・元いた世界に帰りたいか?帰る方法があったらどうする?」
と王子に聞かれた。
「帰る方法があるんですか?」
「僕は知らないけれど、もしかしたら世界のどこかには探せばあるのかもしれない。」
「・・・・。」
「僕は、ずっと君にここにいて欲しい。僕の側にいて欲しい。けれど、どうしても君が帰りたいと言うのなら・・・それは止める事はできない。でも、そうなった時は・・何も言わずに消えたりなんてしないで欲しい。僕は君にたくさんの物を与えてもらった。だから僕からも何かを君に贈りたい。帰って行く君に何でもどんな物でも一つ贈りたいと思う。何でも欲しい物を言ってくれ。」
「あ、そうですか。じゃあ、その時には是非とも・・・。」
私がそう言うと、ルートヴィッヒ王子はがくぅっと肩を落とした。そして聞くのが怖いという表情で目をぎゅっとつむった。
私は言った。
「ルートヴィッヒ殿下を持って帰らせてください。」
「・・・え?」
「私、殿下と一緒にいたいです。で、友達に殿下を紹介したいです。私の生まれた田舎町を見てもらって。それから、また一緒に戻って来たいです。」
「ベッキー。」
「でも、弟達も持って帰りたいし、そしたらエリーゼ様が付いてきそうだし、ユリアとコルネとリーシアとミレイも連れて帰りたいし、お父様とお母様も付いて来そうだし、そこまでなるとフィリックス公子とかまで一緒に来そうですよね。一つって難しいなあ。」
帰りたいか?
と言われたら正直微妙なのだ。
だって、私の顔は文子とは別人だ。何年も前に行方不明になった文子です。と言っても誰も信じてくれないだろう。
せっちゃんには会いたいが、それなら私が向かうべき場所は北大陸だ。日本じゃない。
それすらも、行きっぱなしではいたくない。ヒンガリーラントに必ず戻って来たい。
ここがもう私の国。私の帰るべき場所なのだ。
私の大切な人達のいる、私の大切な場所なのだ。
そしてルートヴィッヒ王子の事も。とてもとても大切なのだ。
私が彼と距離をとってきたのは、彼が私を殺したのかもと思っていたからだ。
優しい表情の下に残酷な素顔を隠して冷酷な仕打ちをする、それこそアウグスティアンかもと思っていたからだ。
だけど彼はその表情どおりの優しい人だった。そして、国の為に自らを文字通り犠牲にできる高潔な人だった。
時を戻す秘術の生贄が、具体的にどんな目に遭うのか聞いてないし聞きたくもないけれど、積極的になりたいものではないだろうし、他に候補者がいれば権力を振りかざして押し付ける事もできただろう。でも、彼はそうしなかった。彼は自分の為に人を利用する人ではなく自分が前を行き犠牲にもなれる人だった。
そんなふうに彼が犠牲になってくれたから、私は愛する家族と優しい友人達にまた出会う事ができた。違う人生が生き直せたのだ。
私はそんな機会を与えてくれた彼を尊敬する。
私は彼が好きだ。私に興味が無くなったと言われても、追いかけて追いすがりたいくらい好きだ。
もし本当に元いた世界に強制送還されて、一つだけ何かを持っていけるとなったら彼を持って行きたいくらい好きだ。心からそう思う。
「私はルーイ様の側にいたいです。」
「ベッキー!」
これが令和の日本のテレビドラマなら、二人ががばあっ!と抱き合ってキスくらいするのかもしれないが、それはない。二人きりじゃないから。
ただルーイ様はぽろぽろと泣いていて、私がハンカチを差し出す。それだけだ。
男女の立場が逆のような気もするが、それも私達らしさだろう。
今この瞬間も、エディアルドという男がなんか悪巧みをしていて、エリーゼ様やジーク様がそれを叩き潰す為に対策を講じているのだろう。
北大陸ではせっちゃんが楓の幹に傷をつけて樹液を集めまくっているに違いない。
問題は別に解決したわけではないけれど、それでも時は未来に向かって進んで行く。お菓子の学校を作るとか、観光事業や郵政事業を立ち上げようという夢もある。
その夢と未来の中に家族がいて友達がいる。そして何より大切に思うルーイ様がいる。
私は幸せだ。
すごく幸せだ。
「いつまでもあなたの側にいさせてください。」
「うん。僕の側にずっといてくれ、愛している。ベッキー!」
私達はそう言って微笑みあった。
最終話です
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