わたしってば天才。裁縫もできちゃうんだな
***
(ああ、フェンが本当の名前で呼んでくれるなんて)
ゆづかは、胸が熱くなって泣きそうになった。
「フェン、嬉しいありがとう」
やっと認めて貰えた気がして、フェンに抱きついたまま、ぴょんぴょんと跳びはねた。
お腹が空きすぎたせいか、胃が気持ちが悪いけれど。
寝不足で、太陽の熱が突き刺さるように感じるほど、頭はガンガンとするけれど。
でも、頑張ってよかった。
みんなに喜んで貰えてよかった。
フェンとの距離を縮められた。
まだまだ、リアとしてのやり直し人生は始まったばかりだけど、少しずつ理解者が増え、見方になってくれる人が増えていた。
嬉しすぎて、体が沸騰しているように熱く感じた。
はしゃぎすぎて酸欠でも起こしたかな。なんだか頭がクラクラする。
(ああ、なんか体が浮いてるみたい)
「おい!それ以上くっつくな!重いんだよ寄りかかるなって」
フェンが嫌そうに、わたしの胸を押す。
「ゆづか、早く離れろ!」
カウルに肩を掴まれ、勢いよくバリッと剥がされると、そのままよろけて、体が後ろに仰け反った。
「あ?」
「ゆづか?」
その瞬間、脳みそがプリンのようにぷるんと揺れた感じがした。
目を丸くする両親が、視界の端でスローモーションで流れた。
(お、倒れ……)
わたしはうけを身をとることなく、そのまま床にばたーんと倒れた。ガツンと頭を打ち、視界が暗くなっていった。
遠くのほうで、カウルの慌てた気配を感じた。
***
次に気がついたときには、わたしは城のいつものベッドで寝ていた。うっすらと開いた目に、ぐにゃりと歪む天井が映る。
体中で痛む節々と、ゾクゾクとする背中が、自分の状況を教えてくれた。
(あーこれ、風邪をひいたのか)
どうやら熱をだしたらしい。
頭に濡れた布を置くスタイルは、どこの世界も共通だなぁなんて考える。
布団をたくさんかけられていて、全身が汗ばんでいた。
手を誰かが握ってくれていた。横を向くとカウルがいた。
「カウル……」
出した声は掠れていた。唾を飲み込むと、腫れた喉が痛んだ。
「ゆづか?!目が覚めたかっ」
カウルも仮眠をとっていたのか、ベッドに伏せていた頭を勢いよく持ちあげた。
「フェンの家でいきなり倒れるから心配したぞ。凄い熱だし、医師はただの疲労と風邪だというが、どこか辛いところはないか?」
そうだった。フェンの家でひっくり返った事を思い出す。
「平気。喉が痛いとかくらいだから、寝ていれば治りそうだよ。心配かけてごめんね」
「喉が!そうか、今喉に良い薬茶を持ってこさせよう!」
カウルは部屋を飛び出し、扉の外で待機している者に指示を出していた。「へいっ総長!」と元気な声が聞こえたから、きっとロットだ。
なんだかいつもと違う匂いがして部屋を見回すと、ベッドの横に、不思議な霧が噴き出す装置が置かれていた。フラスコに似た入れ物に、青汁のような液体が入っていて、熱されている。理科の実験みたいだ。
どうやらこの霧が、怪しい匂いを醸し出しているらしい。
戻ってきたカウルに「これは?」と聞くとカウルは鼻息荒く話してくれた。
「これは医師が考案した、この国最新の医療機器だ!痛みを和らげる薬草に、熱を冷ます薬草、安眠効果のあるハーブが入っている!この蒸気を呼吸で体内に取り込むことで、体を楽にし病を早く治すんだ。どうだ?」
どうかと聞かれても、さっき起きたばかりで効果はわからない。鼻がスースーして不思議な匂いだなぁという印象だ。それ以外にも、飲み物や食べ物が山のように並べられ、なぜか花までも飾られていた。お供えみたいだぞ。そこまで重病じゃないぞ。
仰々しい看病にびっくりしたが、いつも風邪をひいた時は独りで耐えるのみだったため、誰かに心配され付き添ってもらうのもいいものだな、と思った。
「ありがとう……おかげで楽な感じするよ」
「そうか!」
厳つい顔が、ふわっと緩む。ゴツゴツとした大きな手が、おでこの布を新しいものに変えてくれ、そのまま頭を撫でた。
「ゆづかは頑張り過ぎてたからな。少しゆっくりするといい」
「うん。ありがとう。ちゃんと休んで、治ったらまたたくさんがんばるね!」
「まる1日も寝ていたぞ。昨日からろくに食べていなかったし腹は減っていないか」
「すごく空いてる。なんか食べたいかも」
答えると同時に、ぎゅーぐるるるるとお腹が鳴った。熱があっても食欲が減らない。
「はは、ゆづかは病気でも元気がいいな」
笑ったカウルの顔が近づいてくる。こつんとおでこをあわせると、そのあとに唇をパクッと覆った。カウルは食べ物でも食べるように二、三回唇を合わせるとすっと離れた。
「?!」
わたしはボンっと顔が噴火した。体中の体温が急激に上昇する。
「唇がカサカサだな。いい香油があるから塗ってやろう」
小さな瓶からワセリンのようなものを指で取り出すと、唇にちょんちょんと塗ってくれる。
「ん?熱が上がったか?」
カウルは、何も気にしていなそうに首を傾げた。
「いいいい、いま、きききききキス…」
「ノーティ・ワンには呼気から病を吸い出すという治療法がある。相手に病をうつしてしまうという難点があるが、ゆづかが伏せっているのは気が気じゃないからな。俺なら丈夫だから、安心してうつしてくれ。
それにしても、昨夜から何度か行っているおかげで回復が早いな。もう何度かしておこう」
せっかく香油を塗ったのに、またパクッと吸われる。
チュッとリップ音がなり、わたしは体を震わせた。
「ゆづか、何が食べたいんだ?なんでも持ってきてやるからな。今日は我が儘を言っていいんだぞ」
カウルはわたしの肩を抱き、気遣わしげに撫でてくれる。
それってあれですね?元の世界にもあった、カップルにありがちなキスで風邪をうつして、自分は治るっていうあれですね?
(ああ、わたしのファーストキス、寝ている間に終了……)




