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第十八話

 突如として俺たちの前に現れた、皇国の第四王子エルハルト。

 フルフェイスの兜にローブ姿という異様な格好をしたこの男は、どんな理由があったのかは知らないが神殿の天井付近にあった窓をブチ破り、神殿のど真ん中へと落下してきた。

 それなのに彼は全くの無傷なのである。

 あの高さから落ちたら良くて骨折、悪けりゃ即死であるはずなのに、奴の体には傷一つない。


 重力はどうなっているのだ。物理法則はストライキでも起こしているのか。

 そんなツッコミを思わずしてしまいそうになるほどの、訳の分からない登場シーンであった。


 そもそもどうして窓から来たのだ。

 いや、百歩譲って窓から来るのは良いとしても、どうしてよりにもよって天井付近などという高い位置にある窓を選んだのだ、この男は。


 そんなことをするからあんな高さから落下する羽目になるのだし、窓を割って派手に登場したりするから落下地点がガラス片まみれになってしまうのだ。

 ほらまさに今、遅れて落ちてきたガラスの破片が、エルハルトに向かって一直線に落下してきたではないか。


「おおっとぉ!」


 エルハルトは落下してきたガラス片を、大げさな素振りで思いきり躱した。

 ステップを踏むだけで十分に避けられたというのに、わざわざ床を転がったのは何か理由があるのだろうか。


「うおおっ!? 手の平があっという間にズタズタに! なんでこんな部屋のど真ん中にガラス片が散乱してんだぁ!?」


 オーケー理由は良く分かった。こいつは馬鹿で間違いない。

 何でも何も、床がガラスまみれになっているのは、お前が割ったからだよ、馬鹿野郎。


 そんなガラス片まみれの場所をゴロゴロと転がれば、そりゃあ手の平もズタズタに切れるだろうさ。

 彼の両手からはちょっとシャレにならないくらいの血が流れ落ちている。

 いや、これどう見ても危険な出血量に見えるのだが、マジで大丈夫なのだろうか。


「おっと、危ない。〈排出〉〈回復〉っと」


 しかし俺がした心配は、エルハルトの呟きによってあっという間に掻き消されてしまった。

 何だったんだ今のは。あっという間に手の平からガラス片が排出されて、次の瞬間には綺麗さっぱり傷口が塞がっていたぞ。


 一瞬手の平が光ったように見えたけれど、まさか魔法を使ったのか?

 いや、流石にそれはないだろう。こんな馬鹿を絵に描いたような若造が凄腕の魔法使いだなんて、世の中の理不尽の縮図みたいな話じゃないか。


「なっ! 馬鹿な! 何なのだ、あの滑らかな魔法行使は!」

「ヘルムマスター、エルハルト。別名、皇国一の天才治癒魔法使いか……」

「我が弟ながらなんという滑らかな魔力制御! これで馬鹿でさえなかったならば! 馬鹿でさえなかったならば!」

「二回も言ってんじゃねぇよ! この裏切り者がぁ!!」


 エルハルトは地面に落ちたガラス片を無造作に掴み取ると、それをバルガス王子に向かって投げつけてきた。

 バルガス王子は構えていた剣を操り、それらを全て叩き落とす。


 一方のエルハルトは、再び血まみれとなった手の平を慌てて回復させていた。

 素手でガラス片を掴めばそうなるだろうさ。一体何を考えているんだか、この男は。


「ちっ、やるじゃねぇか、流石は兄貴か。この短時間でこの俺様に、二回も血を流させるとはな」

「どちらもお前の自爆ではないか。相も変わらず学ばない奴だ」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ! しっかり学んだからこそ、俺様は皇国一の治癒魔法使いになったんだろうが!」

「そもそも怪我をするなと言っているのだ、このたわけ者! 二回とも怪我を負う必要のない状況だったではないか!」

「必要は発明の母という言葉を知らないのかよ。怪我が絶えないからこそ、俺様の治癒魔法は他の追随を許さない程にまで進化を遂げたんだぜ」

「あああ……どうしてお前はいつまで経っても馬鹿なままなのだ。可愛い弟よ、小さい頃ならばそれは可愛げとなるのだろうが、大人になってもそのままならばただの痛い変人なのだぞ」

「俺様は自分を偽らないと決めているのさぁ! 父上だって言っていたじゃねぇか。俺様はこのままで良いんだって!」

「親馬鹿にも程がありますよ、父上ぇ!」


 まるで兄弟げんかのようなやり取りをしている二人ではあるが、片方は剣を構え、片方は両手を上げたままの態勢である。

 つまり二人は会話の間、一切臨戦態勢を解いていないのだ。

 これは即ちエルハルトには戦う意志があるということを示し、同時にバルガス王子がエルハルトを驚異として認識していることを意味している。


 俺もフロンもグレン率いる歓迎軍も、エルハルトからは一切目を離していない。

 グレンの説明を忘れていなかったからである。


『勇者の装備には絶対服従の呪いが掛けられている』

『特に全身を覆う鎧と、頭を保護する兜はヤバイ』というあの説明を。


 俺たちの目の前に突如として現れたエルハルトは、出会った時には既にこの勇者の兜を被っていた。

 その外見ははっきり言って異様の一言だ。

 しかし、周りからの指摘は一切なく、かといって他の誰も同じような格好をしている者はいなかった。


 その理由が今になって理解できる。

 ヘルムマスター、それが兜であるならば、例え勇者専用装備であってもその力を自由に行使することが出来るという奇跡の持ち主。

 ならば、ローブ姿の上にフルフェイスの兜という異様な外見であっても誰も文句は言わないだろう。


 なにしろ勇者の兜を被れるのだ。

 外見の異様さなど、その実用性の前にはあっという間に霞んでしまう。


 宝物庫を物色して発見してすぐに兄弟揃って装備しているのだ。

 恐らく勇者の装備にはそれなりの性能があるのだろう。

 いや、仮にも勇者専用装備と呼ばれていたのだ。

 奇跡に勝るとも劣らないような、チート機能の一つや二つ付いていてもおかしくない。


 確かに改めて良く見てみれば、デザインといい形といい、決して悪くはない代物だった。

 と言うか、むしろ格好良い兜なのである。

 ただこれを鎧も着ずに、ローブ姿の上から被っているから異様に見えるだけなのだ。


 ヘルムマスターという奇跡を持っていたというのならば、きっとエルハルトは以前からこんな格好をしていたのだろう。

 だから周囲は誰も文句を言わなかったのではないだろうか。

 全員揃って麻痺していたのだ。どう見ても異様な外見なのに。

 俺と同じで初めて見るであろうグレンたち歓迎軍の連中が、エルハルトの姿にドン引きしているのがその証拠だ。



「それでエルハルト。お前は一体何のつもりで、たった一人で私の前に現れたのだ?」


 痺れを切らしたのか、それとも実の弟に向けて剣を構え続けるのは嫌だったのか。

 バルガス王子はエルハルトに向けて、この場に現れた理由を問いただした。


「はぁ? それはもちろん兄貴に自首を勧めるために決まってるだろうがよ! 父上を殺したのも何か理由があったんだろう? ダー兄やクリス姉は怒り心頭だけれど、俺様がなんとか命だけは取らないように二人を説得するからさ。だから帰ってきれくれよ、兄貴! 俺様は兄貴とは戦いたくないんだよ!」


 驚いたことにエルハルトはバルガス王子に自首を勧めに来たようだ。

 顔をすっぽりと覆うフルフェイスの兜のおかげで表情は全く分からないが、その姿や声色からは兄を純粋に心配する弟の必死さが伝わってくる。


 しかしその訴えは決してバルガス王子に届くことはないだろう。

 何故ならこの状況下で自首などしたら、老害国王に殺されるのが目に見えているからだ。


「何度も言うようだが、私は父上を殺していない。故に自首の必要などなく、そもそもお前たちと戦う理由すら無いのだ」

「馬鹿なことを言ってんじゃねぇよ、兄貴。この兜を使いこなせるのが俺様だけのように、あの剣を使えるのは兄貴しかいないんだぜ? 一体誰がどうやって、あの剣を使って父上を殺したっていうんだ」

「その謎は既に解明されている」

「何だって? 一体誰がどうやったって言うんだよ」

「今からそれを説明してやろう。つまりだな……」


 そう言ってバルガス王子は、エルハルトに勇者の剣で殺したように見せかけるトリックの方法を語って聞かせた。

 それを聞いたエルハルトの体が、突然小刻みに震え始める。


 一体彼はどうしたというのだろう?

 短絡的に兄を犯罪者呼ばわりした罪悪感に、今更飲まれでもしたというのか?



「そっ、そんな……ソレハオカシイ。ソレデハ陛下ノ説明ト食イ違ウコトニナルデワナイカ」

「陛下? 何を言っているのだ、エルハルト。父上は既に事切れているのだぞ?」

「陛下ノ言ウコト二間違イハナイ。陛下ノオ言葉ハ絶対デアル」

「お前やはり……! その兜を脱げ、エルハルト! お前は絶対服従の呪いに侵されているのだ!」

「陛下ハ絶対! 陛下ハ完璧! 陛下ノ敵ハ皆殺シ! 敵ハ殺ス! 殺スンダァァァー!」



 突然頭を抱えて、つまりはフルフェイスの兜を抱え込んで身を捩り始めたエルハルトが急に叫び声を上げたと思ったら、その頭を包み込んでいる勇者の兜が眩い光を放ち始めた。


「あれは!? まずい! みんな伏せろぉ!」


 グレンが言ったか言わないかのタイミングだっただろうか。

 突如として勇者の兜の目の部分から光が一直線に射出されたのだ。


 それは神殿の壁に直撃すると、いとも容易く貫通してしまう。

 そのまま首を回すと、あら不思議。

 まるでSF映画に出てくるビーム兵器のように、光の線が壁を切断しながら俺に迫ってくるではないか。


〈三択です!〉


 俺はグレンたち歓迎軍とは違い元騎士というわけではない。

 だから咄嗟にグレンの指示に従い、その場に伏せることなどできなかった。

 それはフロンも同じだったようだ。


 見ればバルガス王子は既に伏せている。

 と言うか、俺とフロン以外は全員床に伏せていたのだ。

 この場で反応できずにボケっと突っ立ったままでいたのは俺とフロンだけだったようである。


〈勇者の兜の機能の一つ、勇者ブレイブ熱視線ラブアイズが迫って来ています! このままでは一瞬で真っ二つにされてしまうでしょう。どうしますか?〉


 ①こんな所で死んでたまるか! フロンを押し倒して二人共助かる。

 ②本気になった皇国の王子に叶うわけがないじゃないか! このまま黙って真っ二つにされよう。

⇒③ロース



 おかしい、おかしい。絶対におかしい!

 ブレイブラブアイズ? 勇者の熱視線って一体何だ!

 何で兜から壁を貫通する光線が出てくるんだよ! しかもどうしてラブアイズ? 意味が分からんぞ!?


 これはひょっとしてあれなのか?

 勇者の熱い恋心を再現した兵器だとでも言うつもりなのだろうか。

 勇者の熱い恋の視線は文字通りの熱光線となり、問答無用で相手を貫き殺してしまうとか?


 どんな機能だ、それは。

 兜を被った勇者は、恋をした瞬間に相手を殺してしまうではないか。


 いや、ひょっとするとそれこそがこの機能の狙いなのかもしれない。

 勇者が恋にうつつを抜かし、魔王との戦いを放棄したら困るからな。

 この国ならば、惚れた相手を問答無用で殺してしまう機能を勇者の装備に組み込んでいてもおかしくはないだろう。


 まぁこれは所詮、俺の勝手な妄想だ。本当かどうかなど実際には分からない。

 そして今は真相などどうでも良いのだ。

 重要なのは、このままでは俺とフロンがまとめてこのふざけた機能に真っ二つにされてしまうということなのだから。


 というわけで、選ぶ選択肢は①一択である。

 俺は選択肢を選ぶと同時にフロンに向かって突撃し、二人揃って倒れ込むことでギリギリのところでエルハルトの攻撃を回避することに成功した。



「うおおぉぉぉ!? あれは伝説に聞く、魔王殺しの熱光線か!」

「とんでもない威力だな。あれは相当な魔力量がないと使えないという話じゃなかったか?」

「エルハルトの魔力量は皇国随一だ。例え伝説の勇者の装備の秘められた力であっても、十全にその機能を引き出せるのだよ」

「王子殿下、こんな時に弟自慢をしないでください! ……って、そんなことを言っている場合じゃない!? このままでは神殿が崩れるぞ! 全員退避! 退避ー!!」


 俺たちはグレンの指示に従い、神殿の外へと飛び出した。

 次の瞬間には神殿は崩壊し、あっという間に俺たちの目の前には瓦礫の山が出来上がってしまう。って、あの兜男死んだんじゃないのか?


「おいおい、あの神殿の中には子供たちが何人も居たはずだろう!?」

「安心してくれ、フロン殿。民衆が押しかけてきた時に、あの神殿内にいた非戦闘員は全員退避させてある」

「そっ、そうだったのか、そりゃ良かった。って、フロン殿!? 何だよ突然。随分と扱いが変わったじゃないかよ、グレン」

「貴殿の身に降り掛かった不幸は本来この国に仕えていた我々がなんとかしなければならないことだったのだ。だが我々の力は及ばず、貴殿には辛い経験を味あわせてしまった。謝って済むことではないが謝らせてくれ。本当に申し訳ないことをした」

「えあぁっ!? いや、良いって良いって! いや、全然さっぱりこれっぽっちも良くはないけど、あんたにはどうにもできなかっただろうし、悪いのは王国の上層部なわけじゃん!」

「それでもその上層部を倒せなかった我々には責任があるのだ。もっと早く奴らを倒すことさえ出来ていればこんなことには……」

「お前たち気を抜くのは後にしろ! まだ戦いは終わっていないのだぞ!」


 グレンの突然のフロンへの謝罪は、バルガス王子が放った怒声によって中断させられてしまった。

 見れば崩れた瓦礫をかき分けて、エルハルトが立ち上がろうとしているではないか。

 一体何がどうなっているのだ。

 あれだけの瓦礫に潰されておいて、どうしてあいつには傷一つ無い。


「エルハルトが着ているローブは皇国が誇る国宝級のマジックアイテムだ。あらゆる衝撃を吸収し受け流す能力を持っており、高所から落ちても、瓦礫に押し潰されても、ガラス片が飛び散った床を転がりまわっても、所有者の身を護ることが出来る」

「その割には手の平を思いきり怪我してましたけど?」

「ローブに包まれていない箇所までは保護が及ばないのだよ。本来ならば頭部も急所の一つになっていたはずなのだが……」

「あれだけガッツリ防御されてちゃあ攻撃なんて通らないよなぁ! どうするよ、バル! 何か手はあるのかい?」

「それはこれから考える」

「これから考えるのかよ!」

「仕方ないだろう! エルハルトの奴は昔から良く怪我をしていたから、まかり間違って死なないようにと、最高級の装備を与えてしまったのだ!」

「とんでもないな! こんちくしょう!」


 バルガス王子とフロンが会話をしている間に、遂にエルハルトが瓦礫から這い出してきてしまった。

 その体には傷一つ無い。いやよく見れば手の平だけは出血していたが、それも一瞬で回復してしまった。


 皇国の第四王子。ヘルムマスター、エルハルト。

 絶対服従の呪いに侵された、皇国最強の治癒魔法の使い手が、俺たちの前に立ちはだかるのだった。

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