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第十九話

 崩壊した神殿の瓦礫の山から抜け出してきた兜男こと皇国の第四王子エルハルトは、あれだけの瓦礫に押し潰されたにもかかわらず、何のダメージも受けていないようだった。


 バルガス王子曰く、装備しているローブの性能が図抜けているからなのだという。

 あらゆる衝撃を吸収し受け流すことができる国宝級のマジックアイテムってあんた、そんなものを羽織っている相手をどうやって倒せというのだろうか。


「こうなれば致し方ありません。バルガス王子殿下、弟君と一戦交える許可をいただきたいと思います」


 グレンは流石は元筆頭騎士と言うべきか、瓦礫から出てきた兜男を目にした時には既に臨戦態勢に入っていた。

 見れば歓迎軍の連中は全員戦闘準備が出来ている。


 いくら待ち望んでいた皇国の王子とはいえ、目の前の相手は国王の操り人形になっているのだ。

 彼らが戦う理由としてはそれで十分なのだろう。

 ひょっとしたらこの人数で襲いかかれば、あのふざけた機能を持つ勇者の兜も無効化出来るかもしれないしな。


「……やむを得ないか。分かった、グレン。貴様たちがエルハルトと戦うことを許可しよう」

「ありがとうございます、王子殿下」

「しかし十二分に気をつけるのだぞ。なにしろエルハルトは皇国随一の治癒魔法の使い手だ。それは即ち、皇国最強の肉魔法の使い手であることを意味するのだからな」

「無論承知しておりますとも。しかも今の弟君は勇者の兜の力すらも扱えるのですからな」

「一応確認しておこう。あの呪いの兜の力だが、〈鑑定〉〈鑑定無効〉〈解析〉〈解析無効〉〈遅延の邪眼〉〈呪い無効〉〈熱光線〉〈冷凍光線〉〈知能向上〉〈集中力向上〉〈千里眼〉〈必中〉で良かったのだったな?」

「〈魔力増大〉〈魔力効率向上〉〈電撃光線〉が抜けております。それと〈絶対服従の呪い〉も」

「そうか、それもか。……改めて並べてみると恐ろしい性能だな。流石は勇者専用装備。並のマジックアイテムとは次元が違う」

「勝機があるとすれば、あれを手に入れたのが昨日ということでしょうか。恐らく弟君は勇者の兜の性能を十全には発揮できていないはずです」

「昨日の時点で〈鑑定〉と〈解析〉は確実に発動できていた。そして先程使った〈熱光線〉だ」

「こちらの手の内は全て丸裸にされ、逃げても背後から魔王殺しの熱光線の餌食となる……ですか。中々に痺れる展開ですな」

「まったくだ。昨日宝物庫で勇者の装備を手に入れた時は頼もしく思ったものだが、敵に回るとあまりの理不尽さに怒る気も失せてしまう……よ!」


 そう言っていつの間にやら間合いを詰めていたバルガス王子は、恐ろしい速度でエルハルトに向かって剣を振り下ろした。

 エルハルトは実の兄からの攻撃を無防備のまま喰らってしまう。


 しかし、何ということか。攻撃を受けたエルハルトは、ほんの少し後退しただけで、切り傷どころか怪我らしい怪我を一切していなかったのである。


「ガガガ……無駄ダ。コノローブハアラユル攻撃ヲシャットアウトスル効果ヲ持ッテイル」

「知っているとも。なにしろそれは私が父上に頼み込んで、お前に与えた物なのだからな!」

「敵二塩ヲ送ルナド、マサシク愚カ者ノ所業。オカゲデコウシテ楽ガ出来ル」

「あの時のお前は敵ではなく私の家族だったのだ! 弟の身を案じない兄がどこにいる!」

「優シサガ必ズシモ良イ結果二繋ガルトハ限ラナイ。愛シタ家族ノ手デ地獄二落チロ裏切リ者! 「あべしっ!」」


 距離をとったエルハルトは、バルガス王子に右手を向けると、情け容赦無く上級肉魔法の一つ「あべしっ!」を放った。

 当たれば即死と言われる魔法を肉親に向かって躊躇なく放つとは、どうやら奴は完全に勇者の兜の呪いに侵されてしまっているようである。


 光はまっすぐに王子へと向かい、どう見ても躱すことは出来ないように思われた。

 しかしエルハルトの放った肉魔法はバルガス王子には当たらずに霧散してしまう。

 王子は肉魔法が放たれた瞬間、腰に手を回して捕らえていたネズミを眼前に掲げ、それと同時に地面に落ちていた瓦礫を蹴り上げて、即席のバリケードを作っていたのだ。


 落ちている瓦礫を障害物として利用し、それが駄目でも生贄用の動物を用意しておくというスキを生じぬ二段構え。

 結局肉魔法は瓦礫に直撃して霧散してしまった。

 バルガス王子も彼が掲げたネズミも一命を取り留めたようである。


「相も変わらず正確な狙いだ。だが、だからこそ防ぎやすい」

「ガガガ……ダカラドウシタ。俺様ヲ倒ス算段ガ立ッタトデモ言ウツモリカ?」

「なにぃ?」

「貴様ハ俺様ノ実力ヲ良ク知ッテイルハズダ。小手先ノ技術デハドウニモナラナイ力ノ差トイウモノヲ、貴様タチニ教エテクレル! 「あたたたたたたた!」「ほぉあたあああああ!」」


 それは懐かしきTVアニメを彷彿とさせる光景であった。

 エルハルトが七つの傷を持つ男が戦う姿よろしく、雄叫びを上げながら、両手を高速で抜き差しし始めたのである。


 アニメと違うのは、エルハルトの手が届く範囲には敵がいないということだろう。

 当たり前の話である。元々は拳法の一種、つまりは近接格闘術だった代物を、魔法で再現したために、相手に近づく必要性がなくなったのだから。


 放っているのは魔法であるからして、直接相手に殴り掛かる必要はない。

 エルハルトが叫び声を上げながら腕を振るえば、その手の平の先からは、肉魔法の光が四方八方に散らばっていくのである。


「ぐはぁ!」

「があぁ! くそっ、あばらがぁ!」


 しかしその威力は絶大だった。

 これだけの数の肉魔法を完璧に防ぐことは、流石のグレンたちでも不可能だったのだ。

 瓦礫に身を隠し、動物を盾にしたところで、僅かな隙間をすり抜けた肉魔法が当たるだけで、その体は吹き飛ばされ、場合によっては骨が折れてしまうのである。


「あったあああああ!」

「ほぉあたああああああああ!」


 その間、驚いたことにエルハルトは一歩も動いていなかった。

 彼は棒立ちのままでひたすらに絶叫しながら腕を振り続けていただけなのである。

 そしてそんな状態の相手に対して、バルガス王子も歓迎軍の連中も誰一人として接近することが出来ず、あっという間に排除されてしまったのだ。


 この間、俺とフロンは微動だにしていない。

 何故なら逃げるスキも隠れるスキもないままに戦いが始まり、あっという間に周囲に肉魔法が撒き散らされて、動きを完全に封じ込まれてしまったのである。


 不思議なことに俺とフロンに向かっては、ただの一発も肉魔法は飛んでこなかった。

 俺の周囲の人間だけがエルハルトの放つ肉魔法によって排除されていたのである。


 これが偶然であるわけがない。

 彼は意図的に俺たちをこの場に残したのだ。

 狙いは俺か、それともフロンか。

 どちらにしても、エルハルトの狙いは俺たちのどちらかであると思われた。


「ガガガ……邪魔者ノ排除ハ完了シタ。偽勇者タル肉屋、ソシテ実験体二十六号。陛下ガ城デオ待チデアル。速ヤカニ俺様ノ軍門二降ルガ良イ」


 どちらかどころか、奴の狙いは両方だったようだ。

 陛下ってあの老害国王のことだよな。今更あいつが俺に何の用があるというのだろう。


「陛下ハ肉屋ヲ直々二殺害シタイト仰セダ。実験体二十六号ニハ、新タナ魔王トナッテ貰ウ」

「オイラが魔王!?」

「お前それを言って俺たちが黙ってついて行くとでも思っているのか?」


 城に行ったら国王の手で殺される?

 フロンに至っては魔王をやらされるだって?

 そんな馬鹿な話に乗れるわけがないではないか。


 進むも地獄、この場に留まるのも地獄であるのならば、味方の多いこの場の方がまだ生存率は高いはずだ。

 だから俺はエルハルトの言葉にNOを突きつけた。

 俺の返答を聞いたエルハルトは、やれやれといった感じで肩をすくめると、俺に向かって両手を向けてくる。


「大人シク付イテコナイ場合ハ、コノ場デノ殺害モ許可サレテイル。最後ノ忠告ダ偽勇者ノ肉屋。陛下ノオ心ノ平穏ノタメニ、黙ッテ付イテキテ無様二殺サレロ」

「嫌に決まっているだろう、馬鹿か!」

「ナラバ仕方ガナイ。肉屋ハ肉屋ラシク無様二焼ケ焦ゲルガ良イ!」


 言うが早いかエルハルトの被っている勇者の兜が今度はバチバチと帯電を始めた。

 兜に発生した電撃は、次の瞬間には両目へと収束し、今まさに必殺の電撃が放たれようとしている。


〈三択です!〉


 しかし熱光線の時と同じ様に俺の奇跡が発動し、周囲の景色は停止してしまった。

 兜が帯電し、電気が発生していたことを考えると、あれはグレンが言っていた〈電撃光線〉だと思われる。

 熱光線と同じ種類の攻撃であるならば、しゃがめば攻撃を避けられるはずだ。

 だが三択が示した兜の攻撃方法は、熱光線とは明らかに異なっていたのである。


〈勇者の兜の機能の一つ、勇者ブレイブ電撃包囲網サンクチュアリが発動しようとしています! このままではエルハルトを中心として半径十m程が一瞬で黒焦げとなってしまうでしょう。どうしますか?〉


 ①発動までまだ時間はある! 全員に攻撃範囲を通達し、すぐさま避難を開始する。

 ②焼かれて死ぬなんて肉屋の本望ではないか。黙って相手の攻撃を受ける。

⇒③ロース



 うおおぃ! まさかの範囲攻撃なのかよ!

 半径十mって、歓迎軍もバルガス王子もしっかり範囲に収まっているじゃないか!


 こいつ、俺だけが狙いだとか言っておきながら、きっちり全員殺す気でいやがった!

 MAP兵器で周囲の敵をまとめて始末ってか。やる方はスカッとするだろうが、やられる方は堪ったものではないな。


 どうやらグレンやバルガス王子が知っている勇者の兜の能力と、実際の能力には差異があるようだ。

 熱視線は熱光線と説明されていたし、電撃光線に至っては電撃包囲網というまさかの広範囲攻撃である。


 だがこれは仕方がないのかもしれない。なにしろ最後に勇者が戦ったのは二百年も前の話なのだ。

 伝説が正確に伝わっていると考えるほうが間違っているのである。

 恐らく熱光線と冷凍光線と電撃光線は、その攻撃方法が混じって伝わってしまったのだろう。

 この分じゃ二人が説明した他の能力にも、間違いがあると考えておいた方が良いな。


 そして選択肢だが、これは①一択だ。他はありえない。

 大体選択肢の②の説明文は何なのだ。

 焼き殺されて喜ぶ肉屋がどこにいる。

 わけの分からないことを言うんじゃない!


 そういえば、これまで特に気にしていなかったが、この三択の説明文は一体どういった基準で出現しているのだろうか。

 誰かこの文章を書いている人でもいるのか?

 いや、こんなアホな奇跡に干渉できる人間がいるとは思えない。

 ということは、執筆者は神様なのか? それともまさかサンタの爺さん?


 あの爺さんだったらもっとまともな説明文を書くような気がする。

 まぁそれは今は良い。

 気にはなるけれど、喫緊の危機に対処することの方が何よりも重要なのだから。


「全員今すぐ距離を取れ! エルハルトを中心とした広範囲攻撃が来るぞ!」

「ええっ!?」

「なにぃ!? 広範囲攻撃だとぉ!?」


 俺は選択肢の①を選び、フロンの首を引っ掴んで、一目散にエルハルトから距離をとるために駆け出した。

 その姿を見たバルガス王子がすぐさま後に続き、逃げ出した俺たち三人を見た歓迎軍の連中がその後に続いて距離を取る。


 避難する時に重要なのは、呼びかけた当の本人がいの一番に逃げることだと言われている。

 実際に逃げている人間ほど説得力のあるものはいないからだ。

 全速力で逃げている人間を見れば、それを見た別の人もまた、逃げなければならない事態が起きていると瞬時に理解するのだと、いつしかテレビで放送していた。


 真っ先に逃げた俺ではあったが、フロンと共に逃げている上に、普段から碌に運動をしていないアラフォーであったので、あっという間に後続全員に追い抜かれてしまう。

 しかしそれでも十二分に距離を取ることは出来た。

 なにしろ歓迎軍の最後の一人に抜かれた瞬間に発動したエルハルトの電撃包囲網は、俺の遥か後ろでその射程範囲を終えていたのだから。


 バババッ! バリバリバリバリ!

 ガガガガガガ! ドガァァァン!


 しかしその威力は流石は勇者専用装備と言うほどの威力を誇っていた。

 エルハルトの周囲は建物も瓦礫もまとめて黒焦げとなって吹き飛んで、周囲一体が更地と化してしまったのである。


 その威力を目の当たりにした俺は思わず恐怖に身を震わせてしまう。

 三択によって、あらかじめどんな攻撃が来るのかは分かっていた。

 しかし、実際に目の当たりにしたその威力は、尻込みするのに十分な代物だったのである。


「肉片男! 貴様一体どうやって、弟君の攻撃を予知したのだ?」

「そもそもどうやって攻撃の種類を判別した? やはりこいつ、国王と何らかの繋がりを持っているんじゃあ……」

「馬鹿な事を言うな! ならばどうしてエルハルトは、肉屋殿も攻撃範囲に入れたのだ!」

「あっ」

「それに肉屋殿が敵と通じているのなら、わざわざ避難を呼びかけたりはしないはずだ! もう少し考えてものを言え! これ以上の肉屋殿への侮辱は許さんぞ!」

「申し訳ありません、バルガス王子殿下」

「私ではなく肉屋殿へ詫びろ!」

「そこまでで良いですよ、バル。それよりも続きが始まりそうですよ?」

「くそっ! 話の続きはこの窮地を脱してからだ!」


 見れば攻撃を躱されたことを理解したエルハルトが、俺たちに向かって近づいてくるところであった。

 俺は名指して指名されている。逃げても追跡が止まるとは思えない。

 ならばこの場の全員でどうにかエルハルトを倒すしかないのだ。

 それ以外に生き延びる道はないのだから。


 こうして第二ラウンドが幕を開けたのだった。

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