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セレニアの国の物語  作者: さなか
アルソリオのトゥヴァリ
9/320

9 悪夢のはじまり

 (とおばかりの少女だった。

 あどけない顔つき、睫毛は長く鼻は高めで、白い肌は外光に輝き、歩くたびに黒髪が揺れていた。


 ぺたり、ぺたり、と裸足の足裏を大理石の床に張り付かせながら、宮殿を進んでいく。


「おはよう、セレニア。」


 ルヨは一面の壁に、色とりどりの割れた石片を貼り付ける作業を中断して、言った。


「ここは...?」


 彼女は言った。


「宮殿だよ。さあ、君は玉座の間に行く時間だよ。」


「玉座の間...。」


「そうさ。君は、精霊王セレニアだろ?」


 ルヨは狼の扉のところへ彼女を連れて行った。

 何だかとても恐ろしい形相の狼で、彼女はそれがとても怖いと思った。

 ルヨを見ると、早く入れと言っているような気がして、彼女はその取っ手を掴み扉を引いた。


 


 部屋には一人の男がいた。段の上の高くなっているところに置かれた肘掛椅子に座り、筋骨隆々とした身体つきに粗野な髭を生やしている。緑色の眼が怒りに燃えているようだった。

 ただ広いだけの部屋に、蒸せ返る腐った果実のような匂いが充満している。


「何だ?その態度は。」


 男の発声は、獣の唸り声のようだった。

 この果実臭のせいで鼻が曲がっているのではないかと、彼女は思った。


「また忘れたのか?この、犬の脳みその寄生虫め。俺に会ったら裸になって謝罪しろ!頭を床にこすりつけてな。」


「私...何をしたのでしょうか?」


 彼女は部屋の隅で、怯えながら言った。

 ナサニエルは忌々しそうに玉座から立ち上がり、自分をじっと見つめている少女の顔を、大きく無骨な手のひらで張り倒した。


 床に叩きつけられた少女は、唇と頬から血を流し、突然の仕打ちに驚いた。

 その恐ろしい存在はまだ頭上にあり、影を落としていた。


「ご、ごめんなさい...!」


 少女は訳の分からぬまま謝った。ナサニエルは片足で彼女の腹を踏み潰した。


「ぐ...ぅっ...!」


「お前に俺を怖れる資格などないぞ。罪があるのはお前なのだ。セレニア。地獄の底から湧いた羽虫。貴様は忘れる事など許されない。多くの人間を死に至らしめ、俺の兄を殺した。それでいて人の王になろうとは、傲慢に過ぎる。」


「ご...めんなさ...」


 内臓が破裂しそうだった。その警鐘のように、心臓は早鐘を打っていた。


「謝れ!本当に謝る気持ちがあるのなら、罰を受ける事を厭わないはずだ。俺に何をされても文句を言えないはずだ。それが贖いだ!謝って許されるほど、お前の過ちは軽くない。何度死を味わっても満たされるには遠い。」


 ナサニエルは何度も何度も足を振り下ろした。

 骨が折れ、内臓は潰れた。

 少女の口から大量の血が吐かれた。


「さっさと魔法で治せ。」


 ナサニエルは言った。少女は虚ろな意識の中で、その言葉を繰り返した。

 彼女の体は、何事もなかったかのように元に戻った。頬も、唇も。服も入った時のまま、真っ白に戻っていた。


 気怠い感覚のまま、体を起こす。


「お前は知りたいだろう、お前が記憶を失う前、お前が何の罪を冒したのか。俺に感謝して残る日を過ごせ。日が変わったら、忘れ癖のあるお前のためにまた俺が教えてやろう。繰り返して言え。お前はセレニアで、俺に謝罪し贖罪を受けると。お前は俺の望みをすべて叶えると。」


「私は...。」


 恐怖で言葉が浮かんでこなかった。

 怪我も痛みも、すべて夢だったかのように思い出せない。ただ、この男を怖いと思う気持ちだけが残った。


「本当に悪いと思っていれば言葉を迷う事などないはずだ。思い出せ!」


 ナサニエルは手元にあったガラス瓶を力いっぱい投げつけた。






 何度めかの再生を繰り返した後に、裸の少女は白く華奢な体を折り曲げ、膝と頭と両の手の先を冷たい床にしっかりとつけて、小さく震える声で言った。


「私は精霊王セレニアです。貴方の望みをすべて叶えます。

 私は謝罪します。人々を傷つけ、尊い命を奪い、貴方の兄を殺しました。彼らの痛み、悲しみを一時も忘れることはありません。

 私は贖罪します。過ちを繰り返さないよう、己に出来ぬ戒めに、貴方の手を借りて罰を受けます。」


 ナサニエルは酒に酔い、高いびきをかいて眠っていた。

 セレニアは恐る恐る、部屋を出た。慎重に扉を閉めた。

 完全に扉が閉まりきった時、セレニアは狼の彫刻にもたれかかって、嗚咽を漏らした。


「またそうやって、屈服するのかい?」


 咄嗟に体を隠し振り向くと、ルヨとハーヴァが立っていた。

 魔法で服は元通りになった。


「お願い...助けて!」


「ナサニエルには君が必要なんだよ。」


 ルヨは言った。


「私がこうなる前の、忘れてしまった私の事を、知ってる?」


 ハーヴァに目で縋ったが、彼女は憐れみの目を逸らしただけだった。


「私たち、不死の人間同士、お互いに無干渉でいる事を誓ったのよ...。悪いけど、自分で何とかして。」


 ハーヴァが逃げるように立ち去ると、セレニアは自分の体を抱き締めて、床に崩れ落ちて、泣いた。

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