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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
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終幕

「可哀想に、彼が君に敵うわけないのに。」


 グィオはカラットが流し続ける血の川を見て、大仰にため息をついて、首を振る。

 アキリはそのままグィオに向かって行った。振りかざした手首を掴まれ、反対の肘で顎を打つ。しかしグィオに腹を蹴られ、砂浜に倒れた。


「君は強いが、俺より弱いヘイスよりも弱い。」


 グィオはアキリが落としたナイフを拾い、アキリの足に突き刺した。アキリは苦悶の表情でうめき声を上げる。


「やれやれ。誰も彼も無駄死にだ。'狼王の剣'の場所を喋らないように彼を殺してしまったんだろうが、もう俺の見えるところにあったんだよ。」


 そう言って、後ろを指差し、


「ドラギエル!加勢してくれ!」


 と大声で叫んだ。

 アキリが汗を浮かべた顔を向けると、銀色の大きな箱を手にした大男が、呆然と森の前に立っていた。





 ドラギエルはわなわなと手を震わせ、ついにそれを地面に落とした。

 砂浜に銀の箱がどさりと重たい音を立てる。


 足を怪我したアキリを押さえつけているグィオと、倒れているエッカーナの側にいるナバル。そして血の海を作っているヘイスとカラットを見て、ドラギエルは嗚咽を漏らした。


「二人を犠牲にしてすまない...だがおかげで、ようやく取り押さえられた!早くロープを...。」


「嘘だ!敵はグィオだ!ドラギエル!」


 エッカーナを抱えたナバルが、何とかその場を離れようとしながら叫ぶ。


「脅されていたんだ、アキリに。信じてくれ。」


 ドラギエルは、答えなかった。砂浜に両膝をつき、涙を流していた。

 グィオを信じていたかった自分自身が、本当は誰よりもグィオがファルトーソーだと判っていたのに、自分が裏切られたと思いたくないという理由だけで、目を背けていたせいでカラットとヘイスが殺された。


 今更グィオがいくら嘘を並べても、浜に出た時から、カラットとの会話がドラギエルには全て聞こえていた。


 自分には力が無くて、知恵も無くて、グィオを敵だったと認めたところで何も出来はしなかった。だがグィオを、むしろグィオが敵だと知っていたからこそヘイスにグィオが殺されないように願ってしまった。

 ドラギエルの心臓は音を止めたように冷たくなり、何も考えられなくなった。頭の中は自分を責める言葉が、泡のように浮かんでは消えた。


 グィオはドラギエルの様子を見て、嘘が無駄になったことを悟った。

 アキリの首を捻ると、脅えるナバルを一瞥し、ふん。と笑ってドラギエルの方に向かう。


「ドラギエル...俺が前に話した事を覚えているか?」


 グィオは赤子をあやすような優しい声でドラギエルに言った。


「俺はなぁ、その剣を使って新しい国を作る。皆が平等に活躍出来る、君たちのように...辛い思いをする若者がいない国を。」


 ドラギエルは、ヘイスも同じ事を、国を作る為にこの箱が必要だと言っていた事を思い出した。


「君は俺をまだ信じている。そうだろう?俺と一緒に北へ行かないか。そして、俺を手伝ってくれないか。俺は君が気に入っているんだ。」


 差し出された手を、無視してドラギエルは呟く。


「...グィオ機関長の国は...こんなに人が死ぬんですか...。」


 冷たい悲しみの中に、沸々と怒りが湧き上がる。


「こんなのが、作りたい国なんですか!」


「ドラギエル...。」


 悲痛な叫び声を聞いてナバルの目にも涙が浮かんだ。


 ドラギエルは、グィオ機関長が王様になればいいと思っていた事を後悔した。ドラギエルのような人間を馬鹿にせず役立ててくれる偉い人だと思っていた自分を責めた。


「こんな物を...。」


 横にある銀色の箱に手を置く。


「こんな物を奪い合って...っ!」


 壊れてしまえば良いと、ドラギエルは強く箱に手を振り下ろした。銀で作られた頑丈な箱は当然へこみもしなかったが、中でがたがたと何かが動いた音がした。


 ドラギエルは驚いて、箱の蓋を開けようとした。カラットと二人がかりでビクともしなかった狼の箱は、その重みさえ忘れてしまったかのように簡単に開いた。


 中には剣と呼ぶには程遠い、人の腕位の長さの骨のような物が入っていた。


「ああ、ドラギエル。何てこった。」


 グィオは笑いながら、ドラギエルに言った。


「それを開けるなんて期待以上だ、君の働きは。さあ、それをこっちへ寄越せ。」


 ドラギエルは聞かずに箱の中に手を伸ばす。白い骨に手が触れた時、鋭い痛みを覚えてドラギエルは手を引っ込めた。


「っ...!?」


 掴んだだけの両手のひらがナイフで切ったように裂傷が出来ていた。

 ドラギエルは痛みに震える自分の手を見つめていた。


「どうしたドラギエル。何だその傷は。」


 グィオがドラギエルに近づいて心配するように覗き込んだ。ドラギエルはグィオが隣にいる事に全身の毛が逆立つような嫌悪感を覚え、身を引いた。


「これが'狼王の剣'と呼ばれる物か。触れたものが傷を負う...なるほど、だから封印されているわけだな。」


 グィオはその中身に手を伸ばさなかった。左腕から血が流れているのをドラギエルは見た。


「さて、これを小舟に積み込もう。あの女二人を連れて、ふん...【セアラ・エッカーナ号】に、戻る。君の仕事はたくさんあるぞ、...ドラギエル?」


 ドラギエルは痛む両手で銀の箱を持ち上げた。頭上高く掲げたそれを、グィオが顔を引きつらせる前に思い切りグィオの頭に向かって投げ落とした。

 ごつんと鈍い音がしてグィオの体勢が崩れた。ドラギエルの頭は真っ白で、庇おうとする腕を上げるグィオが動かなくなるまで何度も何度も銀の箱をぶつけ続けた。



「ドラギエル!」


 ナバルがドラギエルの腕にしがみつき、「もう良い、ドラギエル!やめろ。」と言われてようやくドラギエルは手を止めた。


「はっ...はぁ...はぁ...。」


 砂に顔を埋めて動かないグィオの後頭部はぐちゃぐちゃと血が付いていた。


「...よくやった、ドラギエル。これでみんな助かる。」


 ナバルはドラギエルの腕を引いて、彼らが倒れている場所へ戻った。


「アキリは...だめだ。カラットも...。ヘイスは...ほとんどカラットの血だ。船に運ぼう、エスラ夫人も。」


 呆然としているドラギエルを連れて、ナバルは一人一人の状態を確認していった。彼女は泣きながらアキリやカラットの目を閉じさせてやった。


「早く船に行ってみんなを助けてやらなきゃ。一度戻ってそれから、墓を作りに来よう。」


 ドラギエルとナバルはヘイスとエッカーナを、そして'狼王の剣の箱'を小舟に乗せて沖へ漕ぎ出した。








【セアラ・エッカーナ号】は風に押され波に攫われて、泳ぐように島を離れて行った。

 入江の波打ち際に、黒い毛並みを濡らした膃肭臍がヒレをベッタベッタと動かしながら這い上がってきた。

 思い切り首を伸ばして砂浜の方に、泡立つ深海の色の瞳を向ける。

 ざりざりと腹を擦り付けながら岩場を進んでいき、尾びれが黒い長靴を履いた二つの人間の足になり、砂浜を歩いて行った。

 小さな赤い潮溜まりが砂浜の窪みに出来ていた。波がすべてを洗い流すには、長い時間がかかるだろう。

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