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(旧版)セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
55/321

30 策

 カラットとドラギエルは川を上流に向かっていた。

 今までとは違い、道を作らないよう、木の根の上を背の高い植物は出来るだけ踏まずに歩く。


「あの...本当は、俺たちを助けに来たって事は...?」


 ドラギエルが言ったので、カラットは怒った。


「ヘイスの話を聞いて無かったのか?」


 しかしすぐにドラギエルが悪いわけじゃないと、思い直した。


「...そうだったらいいよな。」


 カラットは立ち止まった。


「やっぱり、心配だ。ヘイスは自分が勝てると思ってなかった。」


 そう言うカラットの言葉が、ドラギエルには全く聞こえていないようだった。


「...呼んでる。」


 ドラギエルは遠くの方を見て言った。


「誰が?ヘイス?」


 カラットには何も聞こえなかった。ドラギエルは来た道を戻り始めてから、ようやく返事をした。


「アキリと、ナバル。」


「...本当に?」


 ドラギエルの耳が常人離れしている事はカラットはもうわかっていた。ドラギエルが凄いのかコカトの人間がそうなのかは知らないが、とにかく遠くの小さな音まで聴きわけられるのだ。それを疑ったわけでは無かったが、アキリとナバルがいる状況の想像がつかなかった。


「見に行ってみよう。」


 カラットが言うとドラギエルも頷いて、二人で入江の方へ戻る事になった。


「見つかるところまでは行くんじゃ無いぞ。隠れながら行こう。」


「ドラギエール!!」


 振り絞るような枯れた声が聞こえた。言われてみれば確かにナバルの、低い女の声だった。アキリの声もカラットの耳に届いた。近付いてきている。木々の隙間の向こうに、明るい光を遮る人影が動いている。


「ほら!」


 ドラギエルが嬉しそうに言う。


「しっ。ヘイスと決めた合図を忘れたのか?出ていいならヘイスの声がするはずだよ。」


「...アキリとナバルが、敵だと思う?」


「わからない。でも、アキリは自分の意思では俺を探しには来ないと思う。」


「...。」


 ドラギエルが不満そうな顔をする。出て行きたければ一人で行けばいい、と言いたくなるのを堪え、ドラギエルの大きな体を潜めさせた。


「何も争いが無い事を俺だって信じたいよ。全部ヘイスの考え過ぎだって事もあるかもしれない。そうしたら笑ってやれば良いだけだろ、焦る事は無いんだ。」


「うん...。」


 ドラギエルは気の無い返事をする。カラットはいよいよ頭に来て、言った。


「お前、この前から様子が変だ。何を考えているのか、話してくれなきゃわからないよ。お前の頭の中では色々な考えがあるのかもしれないけど、今のお前に命を預ける事なんか出来ない。

 お前が殺されたりしてもお前の勝手だけど、ヘイスの邪魔になるから俺は止めるんだ。」


 静かに、しかし語気を強めてカラットは怒った。ドラギエルはようやくカラットの目を見た。その真剣な目つきに、ドラギエルは怖くなってすぐに視線を逸らした。


「...誰が敵なのか、知りたい。」


 ドラギエルは小さな声で言った。


「何?」


「誰がファルトーソーなのか、見たい。」


「お前、さっきもそんな事を気にしていたよな。...本当は何か、知ってるんじゃないか?」


「...。」


 それからドラギエルは、黙ったきりだった。静かで動かないでいてくれるのならそれで良いかと、諦めてため息をついた。


 アキリとナバルの声がしなくなり、森の中からは外の様子がわからなくなった。「何か聞こえるか?」と聞くが、ドラギエルも首を振った。カラットはそれを信用して良いのかもわからなくなってしまった。


(ヘイスの声は聞こえない。何かが起きているはずだ。ヘイスがファルトーソーに勝つ事を祈るしかない...。)


 その時、はっとカラットは閃いた。それはとても素晴らしい思いつきだった。全てが解決し、何もかも上手くいく作戦だった。


「ドラギエル、洞窟に行こう。」


 カラットは今までが嘘のように明るい表情でドラギエルに向き直った。


「あの箱だよ!ファルトーソーはあの箱を欲しがってる。それを渡せば北へ帰るってヘイスも言っていただろ?

 エッカーナ王女が捕まっていたとしても、箱を引き換えにすれば良いんだ。」


 ヘイスに言われてドラギエルが、銀色の狼の彫り物のある箱を入江から森の中の洞窟に運んだ。火が無ければ進めない奥の方に厳重に隠していた。


「...そうだ。それなら...。」


「最初からそうすれば良かったんだ。急ごう、ドラギエル。」


 身を屈めたまま二人は洞窟に向かって移動した。何故ヘイスははじめからそうしなかったのだろう、とカラットは思った。








「その足をどけろ!」


 グィオはその声を聞いた途端、喜びが胸にこみ上げてくるのを感じていた。


「...ば...か...な......ぜ...。」


 もう殺してしまったかと思っていたヘイスが砂の中で呻いた。グィオは小首を傾げ、一思いに首をへし折ってしまおうとしたが、考え直してヘイスの肩に錆びたナイフを突き刺した。


「ぐうああああっ!」


 ヘイスが悲鳴をあげる。グィオはすぐにナイフを抜いたので、砂浜にぱっと血飛沫が散った。

 真っ赤な血が肩を押さえるヘイスの指の間から、溢れた。


「やめろと言っただろ!」


 怯んだカラットの顔を見て、グィオは満足した。カラットはヘイスに駆け寄ろうと思っているのに、足が動かないでいた。


「足を退けろ、としか言われていないなぁ。」


 グィオは呆れたように頭を掻いた。カラットは強く歯を食いしばった。


「やあ、君も戻って来てしまったのか。」


 グィオはそう言いながら数歩下がり、地面に這い蹲り肩を押さえているヘイスを無視してエッカーナの前に立った。


「ちっ」という強い舌打ちが聞こえた。カラットの反対側には、ナイフを構えるアキリが立っていた。


「エスラ様をどうした!?」


 アキリは怒鳴った。調理場で話していた時とは随分雰囲気が違うとカラットは思った。


「ああ、彼女は疲れが出て眠ってしまったようだ。」とグィオは(うそぶ)く。


「首を絞めたのを見た。」


 アキリは「約束が違う...。」と言ってグィオを睨みつける。青白い顔はやつれて、無精髭が生えている。腰を落とし上半身を屈め、視線の定まらないで睨みつけているのはあの銀の箱に彫られている狼の姿の様だった。

 少年の様に思えた幼さは全く感じられ無かった。数日で人の顔がここまで変わるのかと恐ろしくさえ感じられた。


「そろそろ君も使い古した。」


 グィオは反対に生き生きと赤い目を光らせている。カラットは二人の睨み合いに飲まれていたが、やがて我を取り戻した。


「グィオ機関長...ファルトーソー。あんたの目的は、あの箱なんだろう?」


 グィオは目を見開き、アキリを見つめたまま口元をニヤリと歪めた。


「箱...そうとも、その箱だ。君はこの中で誰よりも賢い、カラット・ローレウス君。」


「...エ...スラ夫人と、ヘイスから離れろ。そうしたら渡す。」


 カラットが精一杯声を張り上げて言うと、


「だめだ!」


 とヘイスが怒鳴った。体を起こしてはいるが、右手が、左肩と腕から腹の方まで血で真っ赤になっていた。

 ヘイスの方を向きもせずアキリを見たままグィオは言った。


「箱を見せて貰えれば彼らから十歩離れよう。」


 と、カラットの方へ一歩近づく。


「...そんなんじゃだめだ。箱を手に入れたら何もせずに帰ると約束しろ。」


 カラットが言うと、グィオは「ふうん。」と唸る。


「良いだろう。'狼王の剣'にはそれだけの価値はある。」


「狼王の...何だって?」


 アキリが愕然として言った。


「'狼王の剣'?何故そんなものがここにある?」


「俺が盗んできたからさ。」


 と、グィオは面倒臭そうにため息をついた。アキリは信じられない、と首を振る。


「探していたのは'狼王の剣'だと?」


「そうだとも。」


「...くそ!」


 アキリは砂浜にがくりと膝をついた。


「渡すな...カラット。それは...それに限っては...エスラ様よりも...。」


「なっ...何を言ってるんだ!アキリ、人の命より大切なものなんかあるもんか!」


「それが北の手に入れば、オルミス人が何人も死ぬ。」


 そう言ったのはヘイスだった。ヘイスはよろめきながら、カラットに近づいてくる。グィオに止められる様子はない様だった。カラットは駆け寄ってヘイスを支えたが、途端に全身の力が抜けたヘイスと共に砂浜に崩れ落ちてしまった。


「コカトも農場もファルトーソーの手に落ちる...。」


 ヘイスは虚ろな目で呟いた。カラットはヘイスの服の袖を縛って、少しでも傷を押さえる様にした。


「ヘイス・カフェトーが本当にオルミスの味方だという事がよくわかった。なのにオルミス国民であるお前は...。」


 アキリがカラットに対しナイフを向けた。


「それが何だよ。...もう帰るつもりもない場所の誰がどうなろうが、知るもんか。今目の前で死にそうな友だちを助けられるなら助けたいよ。」


「そうとも、君が誰よりも正しい。だがそちらで意見をまとめてくれなければ、応じられる交渉もはじめることも出来ない。」


 グィオが言って、カラットの足元にヘイスのナイフを投げる。


「俺と取引したければアキリを殺してくれないか。そうしたらどんなに悪い条件でも、聞いてやっても良い。」


「...そんな。」


「君が故郷を捨てる覚悟を見せてくれよ。彼一人の命でここにいる四人の命が助かる。アキリは友だちじゃないだろ?」


 カラットは、腰からオーウェンのナイフを抜いた。アキリがそれを見て眉をひそめる。カラットは両手でしっかりと柄を持ったが、目線の先にいるアキリを見るとその手は震えた。


 ヘイスを見ると、いつかのように白い顔をしてぐったりと、息をしていないようにも見えた。


「正気か?カラット。」


 アキリが言う。


「お前こそ...どうして邪魔をするんだ。」


 カラットの声は震えていた。アキリはそれには答えずに、話した。


「...あの時の事を謝れと言われてた。悪かった...何の悪でもないお前を疑って騒ぎ立てたせいで、ファルトーソーが動いているのを見逃してしまった。」


「...。」


「無事に帰ったらお前に教えてやろうと思ったんだ。ローレウス家っていうのは存在しないんだ。覚えておきなって。」


「...え?」


「何かで記憶したんだろ?エセレスク・ローレウス...正体はナランサ様だったんだ。ケワイス家に伝わる話でさ...だからお前が怪しいと勘違いしたんだ。」


 アキリはナイフを持つ手を下ろした。


「俺の任務は変わったんだ。この場にいる全員、あの船にいる全員死んでも良い。'狼王の剣'をファルトーソーの手に渡さない!」


 そう言って、アキリは突然カラットに向かって走り出すと、ひゅ、とナイフを一度振った。


「ぅ、わっ!」


 カラットは思わず身を屈めた。耳元を風が切り、首にちりちりと走るような痛みがあった。


「...ぁ。」


 カラットは手からナイフを落とし両膝を落として、首から噴き出した暖かい血が自分の体にかかるのを感じ、ヘイスの横に倒れた。

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