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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
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24 波打ち際の膃肭臍

 朝、カラットは洞窟の入り口に何も置かれていないことを確認してから、ドラギエルとともにヘイスを外に運び出した。

 ずっと冷たい岩の上では具合が悪いのではないかと思い、暖かい砂の上に移動させたのだった。

 幸い気候は暖かめで夜も火が付かなくても過ごせるくらいだったが、やはり火があれば勝手が変わる。


「火打石があればなあ。」


 カラットは残念そうに言った。


「...あれ!」


 海を見ていたドラギエルが、カラットを呼ぶ。

 見ると、海からあの黒い生き物が、短い手か足のようなものをベッタベッタと動かしながら上がってくるところだった。

 それは三人の方に近づいてくる。カラットとドラギエルは逃げたが、ヘイスを置いたままだった。


「おい、ヘイスを担いでこなきゃだめだろ!」


「カラットだって...。」


 仕方なくカラットはヘイスの寝ている方へ戻った。昨日拾ったナイフの刃を出して、持ち手を汗をかく掌で握り締める。


 "それは儂の。いや、オーウェンのナイフ。"


 頭の中で言葉が響いた。


「今の...。」


 ドラギエルはカラットと顔を見合わせる。

 カラットは頷いて、黒く艶めく生き物を見た。泡立つ深海の色をした小さな目が、カラットを見ていた。

 じっと見合ったままそれは大きく口を下に開き、カラットの前にびたびたと跳ねる魚を三匹吐き出した。


「洞窟に運んで来ていたのはお前か...。」


 "とても美味い。食え。"


 鼻先でズイズイと魚を押してくる。魚の顔は何だか苦しそうに見えて、カラットは可哀想だと思った。


(タタディアが言う事を聞いたのはこいつって事だよな...。)


 "海は食べ物が有り余る。陸はどうだ?生物は数を増やしたか?"


 意味がわからないが何だか恐ろしい質問だとカラットは感じた。生物の数なんてわからないと思っていると、


 "熊か。虎、馬、どれも美味そうだ。"


 ドラギエルの思考を読んだ黒い生き物は言った。


 "儂は海を独り占めにしない。美味いものは分け合うと美味いと知る。"


「精霊...なのか?」


 "儂は精霊、姿は膃肭臍(オットセイ)。そして鯨、または烏賊であり海老でもある。蛸にして貝、海月、海豚、海牛、 鮟鱇で鮫。はたまた人間。"


 言葉とともに頭の中に海の中の光景が浮かび上がる。カラットとドラギエルが見た事も無い生き物の影が次々と通り過ぎて行った。


「何...?」


 "名はファムレ。儂は海の精霊王。"


 膃肭臍はぐうっと顎を上げた。

 カラットとドラギエルは咄嗟に、自分たちが彼の怒りをかったのだと思った。しかしタタディアと違って、あの身のすくむ嫌な感覚を覚えなかった。

 カラットは右手にナイフを握ったままだった事に気がついた。


(さっき...儂のナイフって言ったよな。)


 ファムレはゆっくり瞬きをした。


 "懐かしい。

 五百年前、この島にいたオーウェンという男が持っていたナイフ。

 魚の美味い食い方を知っていた男。

 オーウェンのおかげで儂は虫の味を知る。"


 そう言って、目を閉じた。

 カラットとドラギエルの脳裏に、この島でオーウェンとファムレが過ごした日々が伝わってくる。彼らはとても仲が良かった。共に釣りをして、共に美味いものを分け合い、生きた。


 "オーウェンは儂に多様な食い物の知識を与えた。儂らが来る前の世界にあった様々な料理。"


 二人はとても悲しい気持ちになった。

 もう彼の親友であるオーウェンはいないのだ。


(人間は五十年過ぎるばかりで死んじゃうもんな...。)


 ファムレは言った。


 "儂はずっと気になっていた。

 気になって

 気になって

 気になって

 気になって、

 とうとうオーウェンを食った。"


「は?」


 "その時から、儂は膃肭臍でありながら人間でもある。人間は人間を食わない。

 これ以上人間を食う事は無い。安心せよ。"


 そう言って全身の毛を波打たせた。

 カラットはナイフをしまうとヘイスを引きずって後ろに下がった。


「ドラギエル、逃げるぞ手伝え!」


 カラットが言うと、ふうー、と大きく息を吐いてファムレは腹を地面につけた。起き上がった腹の下には小さな火が燃えていた。

 ファムレは一度海に戻り、いつもジッとしているあの岩の上に姿を現した。




「火だ。」


 ドラギエルとカラットは、砂浜の上に小さく揺れる不思議な焔を見ていた。何も燃えるものがないのに、ずっと燃え続けている。

 ドラギエルは、ファムレは自分たちと仲良くしたい言ったのは本当の事ではないかと思った。


「...火が欲しいって言ってたの、叶えてくれたんじゃ。」


 カラットが森から木の枝を取ってきて、木に焔を移そうとした。だが木はいくら経っても燃えようとしないどころか煤けもしない。

 仕方なく二人でヘイスを火の側へ抱えて行った。すると焔はふっと消えてしまったのだった。


「おいおい、何で消えちゃうんだよ。」


 カラットが責めるように言った時、横でふーっと力強い風の音が聞こえた。

 ヘイスが一度大きく呼吸を吐き、まるで迷惑そうに眉間にしわを寄せると固く閉ざされていた瞼を動かす。


「ヘイス!」


 顔色もすっかり良くなっていて、いつもの眠りから醒めたのと同じようにヘイスは呆けっと上を見ていた。


 やがてすっかり枯れた喉を震わせ言った。


「...。」


「何だ?」


「海の底に沈んだのか、って。」


 聞き取ったドラギエルがカラットに教えた。


「大丈夫だ、陸地に着いたんだよ。ヘイスのおかげだ。」


「...そうか。」


 今度はカラットにも聞こえた。


「ここに着いて三日が経った。俺たちは生きていけるよ。」


 ドラギエルはヘイスのために水を汲みに行った。水を汲むのにヘイスの靴を使っていたので、これからは何か別のものを考えなければならない。

 ファムレはずっと入江の先で海を見ていた。カラットは頭の中でお礼を言うと小さな目だけがちらりとこちらを見た気がした。


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