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(旧版)セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
48/321

23 ナイフ

  今日は良く晴れている。入江の色が一層綺麗に見えた。反対側の岩場に、黒い生き物はいた。ずっと同じようにして留まっている。


 足元に気配を感じて見ると、カラットは飛び退いた。


「うわ!」


 その声で、ドラギエルも起き出してきた。


 黒っぽくてごつごつした石のような背中をした細長い生き物が三匹、たくさんの足を動かしていた。カラットの足よりも大きい。小さな黒い目のようなものが二つついており、その先に細長いものが二つ伸びている。


「虫...?」


 カラットは少しだけ近づいたが、見れば見るほど気色が悪く顔を引きつらせた。


「どうしたの?」


 ドラギエルが聞くので、体の向きを変えて見せてやった。


「何?」


「さあ...。」


「海のやつかな。」


「さあ...。」


 カラットはその生き物の背中を恐る恐る掴んでドラギエルに渡した。次の一匹も渡したのでドラギエルは持ち方を変えるのに手間取った。

 それでカラットは一匹持って、岩場の下の方にその生き物を置いた。


『何故戻す?』


 突然、タタディアの言葉が頭の中に響いたのでドラギエルは足を滑らせて海に片足を突っ込み、靴を濡らしてしまった。


「なな、何が?」


 カラットは身を竦めて、言った。


『それよ。それを何故食わんのか、昨日も魚を何故食わんのか。』


 タタディアは相変わらずの仏頂面で、岩場をもぞもぞと移動し始めた生き物を顎で指した。


「これを置いたのはお...貴女ですか?」


 カラットが聞くと、『何故妾がそんな事を。』とタタディアは吐き捨てた。


『聞いているのは妾じゃが?』


 と睨むので、カラットは答えた。


「人間は...海の生き物、水の中の生き物は食べない。精霊王(セレニア)の領分じゃなく、海の大精霊ファムレの領分だから、人に与えられたものじゃないから。」


 するとタタディアは、


『ああ馬鹿らしい。こんなくだらない事に使われるなぞ腹が立って仕方ない。』


 すい、と行ってしまいそうになるのを慌てて引き留める。


「待ってくれ!ヘイスに何が起きたのか、教えて」


 するとタタディアは振り返ってにやりと笑い、


『嵐の海...』


 と言った。


『三人を助ける代わりに半分食って良いと彼奴は言った。だから妾は10分の9食った。』


 カラットとドラギエルは絶句した。タタディアが行ってしまうのをもう何も言えず見送っていた。


「10分の9...って?」


 光の球がふわふわと飛んで行くのを見ながら、ドラギエルはカラットに聞いた。

 カラットは答えなかった。





 水と食べ物に困らない場所に着いたのはヘイスがタタディアと交わした約束の結果である。


 今日はドラギエルは一人で森の中の川へ水を汲みに行き、カラットは海岸に沿って左に回ってみることにした。

 舟は流されてしまったのでここで生きていくしかないと二人は考えた。

 ヘイスが起きるまでにこの場所をもっと調べておこうと、二人で話し合った。




 出て行く時、カラットは振り返って眠っているヘイスを見た。


(コートナー料理長はあの時、ヘイスを疑ってた。'北の狼'って...。)


 '北の狼'ーーそれがオルミスの北に根付く反体制派組織の、リーダーの呼称だという事をカラットも知っていた。だがそれは祖父の代からいる人間であって、自分と同じ歳の青年の事ではないはずだ。


(ヘイスは北の生まれだった。そういう事だよな。)


 カラットはヘイスに突然胸倉を掴まれた、港町での事を思い出していた。


(「アルソリオのままの方が良かった。」)

(「...本当にそう思うか?」)


(生贄になろうって言い出したのは、オルミスの敵である自分が生贄に選ばれるって思っていたから?)


 ヘイスはほんの僅かに胸を上下させるだけで、寝返りも身動ぎもしない。


(ヘイスは自分なら精霊(タタディア)に勝てると思っていたんだな。それが成功してここにいる...。

 俺とドラギエルの生命を差し出せば良かったのに、自分を犠牲にして助けてくれたんだ。)


 ヘイスが毒を入れたかもしれない。カラットは今朝までほんの少しだけそう考えていた。

 ヘイスに疑いを持つのはやめるとカラットは決意した。





 カラットは砂浜を進んで行った。砂浜の内側には森がある、その景色がずっと続いている。波打ち際で、小さな赤い生物が波に押し戻されながら何度も海へ向かって行く。

 ずっと向こうまで同じような海岸が続いていると思っていたが、道は途中で途切れてしまった。海を隔てた向こう側に渡るには舟が必要だった。


(島...?)


 こちら側の陸地に沿って森の中に入っていく。砂浜はなくなり、沿岸部は木が捻じ曲がった根を水の中に下ろしている。


 カラットは森の中を岸に沿って進んで行った。

 そろそろ右に真っ直ぐ戻れば、入江に当たるのではないかと目星をつけその方向を睨んだ時、色鮮やかな緑の森に何か違和感を感じた。


(...何だ?)


 蔦が絡みついた岩肌に暗い洞窟が口を開けていた。


(ここにも洞窟があるのか。)


 灯りが無ければ中が見えない。少し中を覗いてみると、ひんやりと冷たく水が滴っている音がした。足の裏が薄っぺらい何かを踏んだ。カラットはそれを拾い上げて、外へ出た。


 それは掌に摑めるくらいの細長いものだった。


(木...石...?)


 茶色ような黒いような色をしていて、丸く錆びている部分がある。

 指がちょうど入るくらいの穴があり、カラットはそこに指を引っ掛けて持って行った。くるくるとそれを回そうとした時、突然それの形が変わった。

 変わった後の形をカラットは知っていた。


(ナイフ...?)


 どこから刃が出てきたのか、カラットはまじまじと眺めた。刃の背を押さえると動き、それは持ち手の方に二つ折りに畳まれた。カラットが持っている物よりもとても軽くて、カラットが持っていた物は海水に錆びてしまったというのに、それは刃にはほとんど汚れがなかった。





 入江に戻ったカラットは、先に戻っていたドラギエルにナイフのようなものを見せた。


「何?」


 丸い穴に指を引っ掛けて回し、刃を出してみせる。


「どうだ、すごいだろ?」


 カラットは得意満面に言った。


「すごい...。」


「森の中の洞窟に落ちていたんだ。今迄に、誰かここにきた事があるのかな。」


「俺たちの他にも人が...?」


「でも、今はいないと思う。洞窟の入り口も道になってなかったから。

 昔、沈没した船からここに着いた人がいたのかもしれないな。確か、【セレニア号】だっけ。もしかしたらアルソリオの頃、セレニアが魔法で出したものかも。」


 その洞窟を調べればもっと色々なものがあるかもしれない、とカラットは言った。しかし、灯りが必要だった。


「ドラギエル、火起こしは?」


「...出来ない。」


「そうだよなぁ。」


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