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セレニアの国の物語  作者: さなか
オルミスの三人(ルワレー)
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22 看病

 小舟に干していた服は雨でまたびしょ濡れになってしまったので、ドラギエルは岩にかけておいた。

 火を起こさなければならないと思ったが、乾いているものも火種も何もなかった。


『妾は助けてやらぬ。お前の程度の意識で妾の魔法を引き出せるなどと思うな。遠きコカトに助けを乞うが良い。』


 タタディアは意地悪く笑って言った。


「そんな...。」


 ぴちょん、ぴちょん、と服から滴る雫の音が響く。


「水!」


 ドラギエルはようやく気が付いて、岩にかけた服を取りに行き、カラットの腫れた足に絞った。


「ぐうううう!」


 息も絶え絶えになっていたカラットが声を枯らして叫び暴れたので、ドラギエルは慌てた。


(違う...!?どうしたら...そうだ、ヘイスにも...カラットにも水を飲まさなきゃ...。)


 ドラギエルは洞窟の入り口から両手に水を溜めた。大きな手に少しばかりの水を溜め、ポタポタと量を減らしながらヘイスの口に流し込む。水はヘイスの口端から流れ出てきた。

 次はカラットにも同じように運んで行った。距離が遠い分水は少ししか残らなかった。

 ドラギエルは靴を脱ぎ、外において水を溜めた。カラットの靴もヘイスの靴も、ドラギエルの服も外に置いておいた。


 少し座り込んだ間にドラギエルは眠ってしまっていた。

 カラットはうなされ続けていて、ヘイスはうんともすんとも言わずにいた。耳を寄せるとヘイスの呼吸をする音が聞こえた。

 カラットを何とかしてやらなくては、とずっと考えているのだが、何一つ思いつかずドラギエルは見ていることしか出来なかった。


(「食べられるうちはなんだって治るよ。」)


 ドラギエルが病気になった時、ずっと小さい頃に母が言った言葉を思い出した。


(「ドラギエルは体が弱いの?」)


 ワリーデもあの頃は心配してくれる優しい姉だった。何かにつけて何も出来ないドラギエルを連れて歩いた。


(「そうだね。体も小さいし...だからドラギエルにたくさん食べさせてやろうね。大きくなれるように。」)


(母さん...姉さん...兄さん...マルーセル...父さん...他の誰かならきっとなんとか出来るのに...。)


 ドラギエルは落ち込んだ。


(食べ物...。)


 カラットが取ってきた黄色い実を見やる。

 黄色い実はトガの毒だ。形が違うけれど、よく似た色をしているこの実も毒ではないだろうか。しかし物知りのカラットが取ってきたものだきっと食べられるに違いないとドラギエルは思った。

 ドラギエルは実にかぶりついた。ぐにゃぐにゃして美味しくなかったが、中心の白い部分だけが少しだけ甘く食べやすい。ドラギエルはぐにゃぐにゃの周りをとって、カラットの口に入れてやった。


 雨が止み辺りが暗くなり始める頃、カラットの熱は下がり呼吸も落ち着いて、眠ったようだった。ドラギエルはホッとして岩壁にもたれて自分も瞼を閉じた。





「ドラギエル...おい、ドラギエル。」


 カラットはドラギエルを起こした。もう朝はとっくに過ぎて日は高くなっていた。タタディアはいつの間にか姿を消している。


「大丈夫か?」


 上半身だけを起こし肘をついて移動しているカラットはすっかり熱が下がり顔色も良くなっていた。不思議と体調は良く、立って歩く事も出来そうだった。


「カラットは...。」


「それがまったく大丈夫なんだ。まさかお前のあの酷い看病で治ったとは信じがたいけど。」


 皮膚が捲れ上がった足に水をぶっかけられたり乾ききった口の中にぼそぼそした果実を捻じ込まれたり、熱に浮かされて朦朧としてはいたが意識はあった。


(こいつなりに一所懸命やってくれたんだよな。)


「ありがとうドラギエル。助かったよ。」


「よっ。」とカラットは体を折り曲げ、立ち上がった。たいした痛みはないが癖になって右足を庇いながらひょこひょこと歩くと、水が少し入っている靴を拾い上げる。


「すごい雨だったよな。あんなのがしょっちゅうなら、水には困らないけど...。」


 水を飲んで、空になった濡れたままの靴を履く。右足の傷もすっかり塞がっていた。薬もないのに、オルミスでついたかすり傷よりもよっぽど早く治っている。


「川...森の向こうに川がある。と思う、音がしたけど、まだ見てない。」


「じゃあこの洞窟をしばらく拠点にして...舟は、流されたか。」


 出口から入江を見ていたカラットは、足元に置いてあるものに気がついた。


「うわ!なんだ?」


 銀色に光る魚が、三匹積まれていた。

 まだ魚の口がパクパクと動き、尾を弱々しく動かしている。


「これって魚、だよな。ドラギエルがとってきたのか?」


 ドラギエルは首を振り、立ち上がってそれを見に来た。


「魚って水の中にいるものじゃないの?」


 カラットは川で魚を見た事があるが、本来は海にいる生き物なので海の精霊王の領分として触ろうとするものはいない。

 魚が陸に這って出てきた事はないし、こうして魚そのものを間近に見るのは初めてだった。


「昨日の波がここまで来たのかな。海に戻してやろう。」


 カラットは魚を手に取ろうとした。が、表面で滑って落としてしまった。


「うわー、なんだこれ。」


 苦労してカラットが二匹、ドラギエルも一匹渡されたものを持って岩場を下りて海に投げ入れた。


(あいつ...こっちを見てる。)


 濡れた黒い毛の動物とドラギエルは目が合った気がした。




 二人は森へ入った。ドラギエルが聞いたという川を目指す為だった。


「虫には触らないようにしろよ。花や葉っぱもやめておいたほうがいいな。」


「難しい...。」


 川の音は変わらずに聞こえていたので、ドラギエルは安心してその方向に進んだ。

 道がない、草はドラギエルの身長も超えて、また横に蔓を伸ばしたりしているので避けたり踏みしめたりして道を作っていった。


 ぶうん、と大きな羽音がして、ドラギエルは悲鳴をあげた。


「情け無いなドラギエル、虫くらい...うわ!」


 人の腕と同じくらいの長さの木の枝のようなものが、翅を広げカラットの耳の上をかすめ飛んでいった。

 突然、陰に覆われたかと思えば、上を鮮やかな青色の蝶が飛んでいく。畑で見る蝶の何倍になるのか、とカラットは身震いした。


「だから虫には気を付けろって、言ったろ。」


 二時ほど歩いて森を抜け、 ドラギエルの言った通りに川はあった。

 碧色の透き通る川だった。幅が広く流れは緩く、ドラギエルとカラットが想像していたようなコカトから農場へ流れる川とは全く別のものだ。


「ドラギエルはよっぽど耳がいいんだな。」


 カラットは驚いた。実際に川についても流れる音はほとんどしなかった。




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